6、『はぐれ化』
先程までいた庭付きの二階建て民家があった場所に、巨大な、真ん中が鋭いフルーツジューサーみたいになってる一切のデコボコが無いクレーターができていた。
その中心に主人を踏み付けている剛鬼丸がいて……ど……どうなってるんだ!? 剛鬼丸は自警団の人の武霊じゃないのか?
素直に自警団の人の命令に従っていた剛鬼丸と、今の自警団の人を踏み付けている剛鬼丸の、あまりにも差があり過ぎる光景に俺が激しく動揺したが――
ふと自警団員の人が倒れる前にうわごとのように言った『はぐれ化』という言葉を思い出した。
もし、仮に、はぐれと呼ばれているあの骸骨犬が、オウキと同様に武装守護霊だったとするなら、その違いは、『人に憑いていない』ということになる。
人に憑いていないから、人に憑くことができなかったから、人にはぐれてしまったから……はぐれ?
そう考えると、目の前で起こった剛鬼丸の姿と対応がしっくりくる。それに、人に憑き、あまつさえ現実に具現化できるということは、そこに何かしらの糧となるエネルギーが必要になるはずだ。
物理現象に影響を与えている訳なのだから、そうでなければ不自然過ぎる。
だとすれば、それは何か?
心だろうか?
いや、それだったら人に憑けなかった武霊が具現化できはしないだろう。
心は人の中に生じる物だから。
まあ、動植物にもあるという話もなくはないし、そうなんじゃないかと俺自身も思ってはいるが……とはいえ、仮にそうであったとしても、はぐれている武霊には得ることはできないだろう。
なら、魂?
それも違う気がする。
そんな物を消費するのなら、それは守ることでなく、害する存在だ。
そうなれば守護霊なんて名前は付かないだろう。
なら、消費しても人に影響なく、かつ、憑いていなくても得ることができるものはなんだろうか?
そこまで考えた時、またしてもふと思い出した。
自警団員の人が口にした『意志力』という言葉をだ。
意志力。つまり、意志の力。
要するに、人が何かを成そう・しようとする思い。
そういう意志力なら、内にも外にも向けられているだろうし、俺の考えた条件に符合しなくもない。
では、意志力を糧として武霊が存在しているのなら、普通に考えて、具現化中の武霊は激しく蓄えた意志力を消費しているってことだよな?
なんせ、本来なら存在しえないイメージをこの世界に具現化しているのだから……っで、はぐれは人に憑いていない分、得られる意志力は少なく、存在を維持する為には、直接人を襲い意志力を奪い取るしかないと考えられる。
だとすると、骸骨犬が俺に殺す勢いで襲い掛かってきたのは、喰い殺して意志力を奪おうとしていたのだろう。
つまり、それがはぐれの習性。
そんな風に思考中も、剛鬼丸はずっと主人である自警団の人を踏み付け、ゆっくり周りを見回していた。
じゃあ……
不意に、剛鬼丸がこっちを見上げた。
はぐれになったばかりの武霊は……
何だか剛鬼丸と目が合った気がした。
お腹が減っているのか?
俺がそう思った瞬間、盛大に嫌な予感に襲われた。
その瞬間、いきなりオウキが俺を空中に放り投げ、勝手に両腕の簡易格納庫から大きなレンズが付いた金属のリングを出す。
出された二つのリングは、それぞれ出てきた腕を回るように動き、手首に装着された。
装着と同時に、手首周辺に円形の僅かな空間の歪曲が発生させ、オウキはそれを自分の手前に合わせる。
それにより生じていた現象が一気にオウキを覆うほど広がり、瞬間、俺の視界からオウキが……へ? いなくなった!?
慌てて副眼カメラを起動させ、全方位を見ると、クレーターの中央には自警団員の人しかいなくなっており、剛鬼丸はいつの間にか俺より上空にいて、自然落下していた。
そして、オウキは俺から大分離れた場所で飛んでいたが、シールドリングが壊れてる!?
オウキの両腕に装着された装備の名前は、『シールドリング』。
名のとおり不可視の力場『シールド』を発生させることができる防具で、二つを合わせることでより強力なシールドを張ることができる。
はずだったんだが、両方のシールドリングのレンズが粉々に砕け、発生していたシールドが消失していた。
な、何をされたんだ!?
あまりにも一瞬なことに、俺が驚愕していると、オウキの視点から見た剛鬼丸の行動が送られてきた。
魂? 経由ではなく、PSサーバント経由での映像だったので、俺は咄嗟にPSサーバントの『クイックアップ機能』を起動。
これにより、脳内に入ったナノマシンが一定時間思考速度を上げ、周囲の光景や、俺自身の動きすらスローモーションなった。
思考のみが加速された世界の中で、俺は思わず心の中でほっとしてしまう。
よし、この機能もちゃんと再現されてる。
これで余裕を持って何が起きたか見ることができるが……
送られてきた映像を、副眼カメラとは違うPSサーバントの電脳空間を見せるもう一つの視界というべき『脳内ディスプレイ』で再生しようとしたが、何故か脳内ディスプレイの中が文字化けで一杯になっていた。
って! 何だこれ!?
脳内ディスプレイのその光景に、俺は愕然となってしまう。
何故なら、単純な機能以外の細かく操作する為には、脳内ディスプレイ内に展開されている俺をデフォルメしたようなアバター使って、その機能を表す文字をタッチなどして操作しないといけないからだ。
だが、これではどこをどうすればいいかさっぱりわからない。
って、冷静に考えている場合じゃない! 何されたかわからなくっちゃ、いや、それ以上に、『脳内ディスプレイがまともに使えないとなると、オウキの機能をフルに使えない』。映像再生などの一部の機能なら、音声操作でできなくもないが、あくまで思考速度を上げているだけなので、喋ることができるわけではない。
ど、どうしよう……というか、俺、こんな風に脳内ディスプレイがなっているなんて想像してないぞ? 本当にどういうことだ? いや? ちょっと待てよ? そういえばさっきからオウキが一言も喋っていないよな? 喋れる設定なのにだ。しかも、よくよく考えてみると、剛鬼丸だって喋れそうなのに喋ってなかった。
つまり、武霊は喋れないのか!? いや、ここで文字化けも起きているってことは、言葉と文字を持っていない!?
そう俺が思うと、オウキから肯定するような感情? が送られてきた。
っく! 存在そのものが違う存在だからか!? だとすれば、本当にどうすれば……
そう思った時、不意に脳内ディスプレイの中の文字化けの一つが点滅し始めた。
もしかして……これが?
再び肯定するような感情。
なるほど。まあ、考えてみれば、オウキになっている武霊と俺の魂が繋がっているのなら、こっちの思考も向こうに伝わっている。だとすれば、俺が望めば例え文字や言葉として伝えることができなくても、向こうから教えてくれることは可能だよな……うっかりしていたというか何というか……とにかく、ありがとうオウキ。
そう思い、照れたようなオウキの感情を感じながら、思考制御で俺のアバターを動かし、点滅している文字をタッチした。
すると、正しく映像再生ボタンだったのか、オウキから送られた映像が脳内ディスプレイ内に流れ出す。
思考が加速している影響か、それともオウキが気を利かせたのか、オウキから送られてきた映像はスローモーション映像で……うわ……マジかよ……
俺をオウキが投げた瞬間、剛鬼丸の背中の鎧が開き、ゆっくりと後ろに倒れる。
剛鬼丸の角度が丁度オウキを正面に捉えたその瞬間、閃光が生じた。
そして、次の瞬間には剛鬼丸がオウキへと激突していた。
ギリギリ展開し終えていたシールドリングと、剛鬼丸の突き出した両拳が衝突。
その威力は凄まじく、一瞬の内にウィングブースターの出力を越え、オウキは弾き飛ばされていた。
何とか体勢を立て直せたが、超高速での突撃はシールドリングの防御力を越えたのか、直後にシールド発生装置であるレンズが両腕とも壊れた。
俺は思わず眉を顰めようとして、中々動かせないことに気付き、止め、代わりにデフォルメ俺のアバターの眉を顰めさせて深いため息を吐かせた。
何かの本で、宇宙船の推進力として光を使おうとしている研究がされているって読んだことがある。
つまり、剛鬼丸の超高速突撃をする前に起きた閃光や、大きなクレーターを作った強烈な閃光は、剛鬼丸が鎧の下から発したレーザー光線に近い光ってことなんだろうか?
まあ、想像を具現化している存在が武霊であるのなら、そこら辺の原理は必ずしも物理法則に基づいてない可能性が高い。
そもそも本物の光を使っているのなら、被害はこんなもんでは済まないだろうしな……
俺は副眼カメラをもう一度使って、自然落下中の剛鬼丸を見る。
丁度こっちに背を向けている体勢だったので、容易に開いた鎧の下を見ることができた。
鎧の下を確認して、俺はまた顰められない眉を顰めようとして、代わりに再びアバターでため息。
剛鬼丸の背には、ちょっとグロテスクな目が在ったからだ。
それだけ見ると、軽いホラーだが、その目から閃光が発せられるのだろう。
そして、直ぐに再生する鎧は、その目の瞼の役割をしているってことか……何だか、目からビームを出すアメリカンヒーローを思い出すな……って! そんな悠長なことを考えている場合じゃないだろう! 相手が高速、いや、光速の速度で突撃してくる上に、オウキのシールドをあっさり破られるなんて――
不意にクイックアップ機能が停止し、周囲の光景が元の速度で動き出す。
クイックアップ機能は使用者の脳に大きな負担を掛ける為、一定時間が過ぎると勝手に止まるようになるって設定だったが、まだ思考がまとまってないって!
反射的に剛鬼丸の方を見ると、背中の鎧を閉じ。落下中でありながら器用に体勢をこっちの方に変えようとしていた。
っげ! 今度の狙いは俺!? っく! させるかって! 頼む! もってくれよ!
「セレクト! シールドサーバント八機!」
落下しながら出した命令に、俺の下へ駆け付けようとしていたオウキの両肩が開く。
そこからPSサーバントより大きな、俺の頭と同じぐらいのシンプルな小型円盤・防御用サーバント『シールドサーバント』が八機飛び出し、
「キューブゲージ!」
俺の命令により、剛鬼丸を取り囲むと共に、シールドサーバントの装甲が開き、花弁の大きなひまわりのようになり、その下にあった巨大なレンズが露わになる。
そのレンズはシールドリングに付いていたシールド発生装置と同じ物だが、倍以上の大きさがある為、発生するシールドの威力は高く、展開できる範囲も広い。
その展開された強力な各機のシールド同士が重なり合い、剛鬼丸を中心にした力場の檻が形成する。
瞬間、剛鬼丸から閃光が生じ、こちら側のシールドにひびのような物が入り、中で反射しているのか、次々と別々の方向にひびが入る。
うお! 大丈夫だったけど大丈夫じゃないじゃん!
だったら!
「シールドモード変更! 固体から気体に」
シールドの力場には三つのモードを設定していて、それぞれに液体・固体・気体とその特性を象徴した名前を付けている。
液体が、流動的に力場が展開されていて、力場が常に流れている。その為、柔軟性があっても脆い。だが、直に修復できる特性があるので人を受け止めたり、柔らかい・脆い物を受け止めるのに適している。
固体が、展開されている力場が固定されていて、柔軟性は全くない。が、その分液体より硬く、対象を拘束するのに向いている特性がある。力場が固定されているので、破壊されるとガラスが砕けたようにひびが入ったりする。つまり、今使っている相手を取り囲むフォーメーション・キューブゲージで使われるのはこれ。
気体は、力場が常に放出され続けていて、最も強固な上に、攻撃されて力場が相殺されても、次々と新たな力場が展開されるので、よほど強力な攻撃でない限り、消えることはない特性を持っている。ただし、常に放出されている為、力場に触れると弾かれ、破壊されるので守ることにはあまり向いていない。
まあ、なんというか、これを考えたのが、幼い頃だったので、色々と足りない・デタラメな部分があるような気がするが……それすら具現化してるんだよな……凄いというか、意味がわからないというか……
そんなことを思っている間に、キューブゲージのひびが一気に消えると共に、弾かれるスピードが落ち、剛鬼丸の姿が視認できるようになる。
剛鬼丸はシールドに弾かれる度にその身を包んでいる鎧にひびが入り、砕け、その下の目が無数に生えている肉体が露わになり始めていた。
クレーターができるぐらいの閃光を撃ったってことは、全身にあの眼はあるんだろうと思っていたが……とにかく、これで少しは時間を稼げるはず……
「PSサーバント! セレクト! ウィングブースター!」
俺の命令に、PSサーバントのロングコートがオウキと同じ、ただしこっちは黒色のウィングブースターとなった。
そのせいである意味、素っ裸に近い格好になってしまうが、そんな事を気にしている場合じゃない!
黒いウィングブースターで空中に留まると同時に、自分の目で自警団員の人の姿を探し、剛鬼丸が突撃した時の閃光で元いた場所からクレーターに落ちていたであろうその姿を見た時は、思わずぞっとしてしまう。
手足がまるで人形のようにでたらめに方向になっていたからだ。
大丈夫だよな! 頼む! 設定どおりの効果を発揮してくれよ!
「オウキ! セレクト! ヒーラーサーバント!」