三、『捕まるとあんな感じになるのか……』
騒がしかった校内放送が静かになった。
多分、唖然としているのだろう。
その原因となった俺でさえ、あまりにも上手くいき過ぎて、信じられない気持ちでいるのだからか当然といえば当然か……
開始のチャイムと同時に、逆鬼ごっこはオウキのワンサイドゲームとなっていた。
千機以上のサーバントに、ガトリングミサイルポット (ウロボロス)を装備したオウキ達による射撃兵器の乱舞。そんな攻撃密度に、現実の人間を基にした武霊が耐えられるはずもない。
炎や氷、散弾や爆発などなど、様々な物に晒されたグラウンドは焦げたり、凍結したり、細かい穴が開いたり、砕けていたりと、まあ、酷い状況になっていたが、意図的に破壊したわけじゃないし、後で直す予定だから許容範囲だろう。
とはいえ……ん~終了のチャイムが鳴らないな……
グラウンドには、武霊は勿論、鬼の姿はどこにもない。
例え、武霊が射撃兵器の乱舞に耐えたり、防いだり、避けたりできても、その弾丸の中に混ぜていた睡眠弾の無色透明なガスによって鬼達は瞬く間に眠ってしまい、転送されているはずだ。というか、実際にそうなっている人達を何人か確認している。
だとすると、グラウンドにいたメンバーが全てではないってことか……村雲から聞いた話だと、展開に時間が掛かる武霊能力があるらしいからな……仮にそういう思惑で動いているということになると、そいつらは俺を侮らず、かつ、多勢に無勢でも自分達が武霊能力を行使するまで生き残っていると予想していたってことになる。そういうのが相手だとすると、慎重に対応する必要があるな。
「……スカウトサーバント。パーティフォーメーションで、学園全域への索敵開始」
俺の命令により、スカウトサーバントを中心とした近距離・遠距離・中距離・防御・補充が可能なサーバント達を引き連れ、四方へと飛んだ。
攻防隙の無い構成であれば、武霊使いがいる武霊と相対しても、あっさりやられることはないだろう。
まあ、だからといって、大人しく索敵結果を待つ必要はない。とっととゴールできるならしてしまうべきだ。
「……オウキ。PSサーバント。マルチレッグ。セレクト。ローラーフット」
足の形状をローラースケート状に変化かせ、自動回転により進もうとした瞬間、
「「ちょっと待ったぁああああああ!」」
校内放送で早見さんに大声を出されて、思わずつんのめってしまった。
ほぼ同時に、俺の近くに早見さんが現れた!?
瞬間移動系武霊能力を持っているのか?
なんて疑問に思っていると、早見さんがにっこりと俺に笑い掛ける。
「はいは~い♪ 夜衣斗君。ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」
……お願いね……ん~……
「……内容にもよりますが……」
困惑しながらそう答えると、早見さんはパタパタと片手を振った。
「いやいや、そんなに手間が掛かるお願いじゃないわ。夜衣斗君に、マイクを付けさせてほしいだけだから」
マイク?
「普通は逆鬼ごっこの鬼にマイクとか付けないんだけど、今回は夜衣斗君一人だけだし、ああも一瞬で決着付けられたら、他で補わないと」
そう言いながら、その手に持っていた手持ちマイクを軽く振る早見さん。
声と音ね……
「……そういうのは開始前に言ってくれます?」
「ごめんね~。思い付き出し、色々と忙しくって、審判部のせいで近付けなかったし」
「……そもそも今接触しているのもルール違反では?」
「ほら、私、逆鬼ごっこを運営している立場だし」
「……外部マイクで拾えないんですか?」
「うちの部員の武霊能力じゃ、遠くから撮影するのが限度なの……と言うわけでお願いできる?」
……別にその程度なら問題ないが……さっきのように爆発乱舞していたら、そんなマイクで聞きとれるのか?
「……ちょっと待ってください」
そう断りを入れてから、俺は空を見上げる。
「え? ええ」
早見さんの戸惑う声を聴きながら、スピーカーサーバント一機を俺の近くに降下させた。
「……こいつを連れてって、音響機材に近付けさせてください」
「この子を?」
不思議がる早見さんに俺は頷き、
「……こいつから俺とオウキが聞いている音を直接機材に流させます」
そう言って、スピーカーサーバントの一部からケーブルを出させて見せた。
このケーブルは先端から専用のナノマシンを出すことができ、それによってどんな機械類でも接続が可能なため、音声情報をその機会に流すことができる設定なんだが……まあ、実際に試してないので、若干不安だが……
「ってことは、夜衣斗君とオウキが見ている映像もこっちに流せる?」
「……ええ」
早見さんの問いに俺は頷き、無数のレンズが付いた楕円形のミラーボールのような小型円盤を降下させる。
「これで映像をこっちに流すことができるの?」
俺が説明するより早く、そう聞いて来たので、頷く。
これは『プロジェクションサーバント』という投影用のサーバントで、レンズから情報や映像を投射し、なにもない空間にそれを映し出す機能がある。また、この機能を利用して、ドッペルゲンガーサーバントのように化けたりすることも可能。ただし、こちらは映像に特化しているため、ドッペルゲンガーより再現率は低い。その代わり、より大規模に映像を展開でき、スピーカーサーバント同様に、映像を他の機器に流すこともできる。
「じゃあ、映像も別個で撮れる?」
そんなことを聞かれたので、俺が頷くと、ぱーっと顔を輝かせる。
「夜衣斗君! うちの部に来ない!?」
………………はい?
「その武霊能力、絶対うちの部向きだわ! ね! ね!? いいでしょ? ね?」
そう言いながら物凄い迫力で俺に迫ってきたので、俺が盛大に困惑していると、
「「お~い早見ぃ~いい加減にしろ~」」
なんだか呆れたような投げやりのような村雲の声が校内法則から聞こえてきた。
「「苦情がこっちに殺到してるってよ。って言うか、逆鬼ごっこの管理している奴が、逆鬼ごっこ中に鬼を勧誘してどうするよ?」」
もっともなことを言われたと言うのに、早見さんはむくれた顔になる。
「ぶー別にいいじゃない。マスメディア部は逆鬼ごっこに参加するわけじゃないんだからさ」
ぼそっとそんなことを言ったが、流石にこれ以上の勧誘は不味いと思ったのか、近くで浮遊していたサーバント二機を捕まえた。
「じゃあ、準備するから、ちょっと待っててね」
そう言って一歩歩くと、その姿が一瞬で消えた。というか、この武霊能力を起こしている武霊はどこにいたんだ? マイク以外はカメラを持っていたぐらいだし……
なんて考えながら、脳内ディスプレイで、早見さんに持ってかれたサーバント達の視界を確認しつつ、それぞれの機材に接続させる。
さて、これで……迂闊なことは喋れなくなったな……まあ、元々そんなに喋る気はないが……
そんなことを思いながら、ローラーフットを起動。
グラウンドには入らず、オウキ先行で高校校舎と体育館との間を通り、船着き場の隣にある歩道へと出ようと校門前まで来た。
その瞬間、脳内ディスプレイに警告音。
来たか!
脳内ディスプレイのセンサー画面に意識を集中しようとした時、オウキが俺に飛び退くように意思を送ってきた。
咄嗟にローラーフットを逆回転にし、急停止すると同時に後ろに飛ぶ。
ほぼ同時に、黒い小さななにかが直前まで俺がいた場所に突き刺さる。
その場が全て黒く染まるほどの密度で撃ち込まれたそれに、先行していたが故に、僅かに回避が間に合わなかったオウキのガトリングミサイルポット(ウロボロス)が巻き込まれた。
正体を確認するより早く、その黒い物体が強烈な衝撃波を発し、俺とオウキを吹き飛ばす!?
咄嗟にガトリングミサイルポット(ウロボロス)を切り離して更に後ろに飛んだため、オウキにはそれほどダメージは無かったが……ガトリングミサイルポット(ウロボロス)が使い物にならなくなったな……というか、なんなんだ今のは?
脳内ディスプレイで、なんだったのか直前の記録映像を再生しようとしたが、その前に、船着き場の歩道に何者かが現れ、立ち塞がった。
まあ、何者かっていう表現もおかしい気がするが……というか……
立ち塞がった人物に、俺は思わず確認を忘れ、困惑してしまった。
何故なら、俺の前に立ち塞がったのは、上が襟付でポロシャツに似た服、下はハーフパンツで、その手には卓球用ラケットと、明らかに卓球部な格好をした武霊使いだったのだが、何故か厨二病患者だったからだ。
どうして厨二病かと思ったかというと……
「くっくっく! 我こそは! 星波学園を守りし守護天使!」
と叫びながら顔に片手を置き、もう片方の手で十字になる様に腕を重ねてポーズを取っていたからだ。
……なんだかセリフの中にルビが見える気がするな……
じーっとなにもせずに見ていると、自称守護天使は、段々赤面し始めた。
……もう少し放って置くか? ……それにしても、初めて見たなこういうタイプ。俺の周りにあからさまにあんなセリフを吐いたり、ポーズを取った奴はいなかったし……まあ、そんなことより……
「……なんで卓球部?」
その答えはなんとなくわかっているが、やっぱり気になる疑問を口にすると、自称守護天使は、ふっとカッコつけて笑い。
「魔王の経絡により、我は捕らわれの身となった! だが、我の心は今だ天命を忘れておらず! 故に汝を我が宿敵と書いて友とせんがために今ここに降臨せん!」
…………言ってる意味がわかるようなわからないような……まあ、なんであれ――
「「くぉらあああ黒丸!」」
急に実況放送から聞き覚えのない女性の怒号が聞こえ、自称守護天使はびっくんと震えた。
ついでに、黒って部分に、俺もチョットだけ反応してしまい……恥ず……
「「わっわ、こら、勝手に放送室に――」」
どうやら声の主は早見さんからマイクを奪ったらしく、遠くに彼女の抗議する声が聞こえる。
「「誰が魔王だってぇええええええ。お前ぇええ、戻ったら球出し千本だからなぁあああ」」
「っな、な! ちょ、ちょっと待ちたまえ我が天使」
「「誰がてめぇのい天使だ! あんたと私はタダの幼馴染で! ただの部長と部員だボケェエエエ!」」
「ひ、酷いよ梅ちゃん!」
「「梅ちゃん言うなぁあ!」」
「僕、もう卓球なんてしたくない!」
「「あぁあ? なんだともう一度言ってみろこらぁ」」
「うぅううう。僕はインドア派なんだ! 卓球だって何度やっても駄目で――」
「「うっせボケ! だから私が鍛えてやってんだろうがぁ!」」
「誰も鍛えてくれなんて言ってないし」
「「あ? てめぇ守護天使自称してんなら、そんななよっちくてどーすんだ!」」
「じ、自称じゃないし、しゅ、修行なちゃんとやってるし!」
「「アホかお前! あんな訳の分からん技名の発声練習なんて修行になるかぁ!」」
「修行になるもん!」
なにやら校内放送と俺経由で痴話喧嘩をし始める黒丸君と梅さん。
というかなんか性格が激変しているな……まあ、これがが本来の姿なんだろう。ん~……どうやら二人は幼馴染で、梅さんが卓球部部長……ってことは、梅さんは黒丸君より年上かな? っで、梅さんに罠を掛けられ、黒丸君は望まぬ卓球部に入らされたと……一緒に部活動したかったんだろうか? いわゆるツンデレ? それも初めて見るな。まあ、今は声だけだが……なんであれ……全くジャンルが違う所に捕まるとあんな感じになるのか……
若干違う気もするが、自分の強引なレベルアップのためとは言え、随分リスキーなことをしているな。って改めて思ってしまった。