一、『うん。逃げ遅れたなこれは』
月曜日のホームルーム後、俺の前に席に座っている村雲勇人が、振り返りざまにその手に持っていたスマフォを見せた。
そこには星波学園新聞と書かれた記事が表示されており、幸野美春さんと俺が親しげに喋っているように見える写真が載っている。
画面の大きさからなんて書いてあるかわからないが、村雲の面白そうに俺を見る反応と、周囲のクラスメイトから疑念、あるいは敵意の視線を感じることから、狙い通りに効果を発揮できたようだ。
「っで、これは一体なんの目的なんだ?」
小声でそう俺に聞いてきた村雲に、俺は思わず眉を顰めてしまう。
どうやら村雲にはある程度、見透かされてしまっているようだな……
「というか、まさか今日から逆鬼ごっこを始めるなんてな……お前のことだから調子に乗っているってわけでもないだろうし」
「……調子に乗っているだけさ」
「調子に乗っている奴が、そんなこと言うかよ。そもそも、そんな奴が、こんな小細工なんてしないだろ?」
そう言いながらまたスマフォを見せつける村雲。
俺はため息一つ。
「……なんで小細工だと思ったんだ?」
「お前の武霊なら、この距離での盗撮なんて直ぐに気付くと思ったからな」
気付いたのは俺だけどな。
「それに、相手が幸野先輩なんだ。普通は、こんな記事なんて出てから数時間もしない内に消されるか、そもそも出ないことが多いかな?」
「……確かに、随分迷惑をこうむっている感じだったな」
「そういうことさ。まあ、あの手この手でゴシップ記事を書かれて、先輩がプッツンしたことが何度か……」
その時のことでも思い出したのか、ぶるっと身震いする村雲。
うん。なにがあったか聞くのは止そう。下手すれば今後の接し方が変わってしまいそうだ。
「なんであれ、これが平然と出ているということは、お前がなんかしたとしか思えないんだよな」
そう言って、にやりと俺に対して笑みを浮かべる村雲に、俺は再びため息を吐いた。
「……まあ、大して隠し事するようなことじゃないからな……強くなるためだよ」
「って、武霊使いとしてか?」
「……ああ」
「なんでまた?」
「……引っ越して早々に二日連続で酷い目にあったからな。今後も同じようなことが起きないとは限らない。なら、できるだけ早く武霊に慣れ、強くなる必要があるだろ?」
「それはまた荒修行だな……別に、そこまでして急ぐ必要はないと思うんだがな……あんな事態、滅多にないと思うぞ?」
「……大原亮が俺を狙うって言ったのは村雲だろ?」
「それはそうだが……」
ガシガシと頭を掻いた村雲は苦笑。
「もう気付いているとは思うが、逆鬼ごっこが始まる前までは、武風による監視が密かに行われるんだ。だから、その期間中はいくら亮でも手出しはしないって思っていたんだが…………なんかあったのか?」
そう心配そうに俺の顔を見ないでほしいな。つい口を滑りそうになる。
まあ、念のために強くなりたいってだけでは理由としては不足だよな。とはいえ、これ以上のことを口にできるはずもないし……ん~……
どうするべきか悩んでいると、村雲がまた苦笑した。
「まっいいや。お前にはお前の考えがあるんだろ? なら、好きにやればいいさ。仮にその考えを聞けたとしても、今の俺にできることは限られているからな……」
そう言って少し寂しそうに自分の手を見る。
失った武霊のことでも思っているのだろうか?
「とりあえず、俺に聞きたいことはないか? 元武霊使いとして色々とアドバイスできると思うぞ?」
「……いいのか?」
「今の俺は逆鬼ごっこに関係ない立場だからな。協力したって誰も文句は言わないさ」
「……まあ、そうかもしれないが……」
周囲を見回すと、こっちの様子を窺っていたであろうクラスメイト達が一斉に顔をそむけた。
唯一そんな動作をしなかったのは、隣の席に座っている隣の席のクールビューティ。
俺に関心があるのかないのか……いや、関心があられても困るといえば困るが……
そんなことを思いながら、村雲に視線を戻す。
ん~……さて、どうしたものだろうか? 事前に情報を知るのと、知らないのでは、対応力の身に付き方が違う可能性もある。だが、今回の逆鬼ごっこは、俺を捕まえた人達を死の運命に巻き込みかねないリスクが大いにある。だとするのなら、武霊使いとしての実力を上げることのみに集中すべきだな。
「……じゃあ、悪いが幾つか教えて貰えないか?」
「ああ、勿論」
昼休み。俺は村雲に聞いた情報と、昨日考えた作戦を組み合わせて、それが実行できそうな場所を探して高校校舎周りをうろうろしていた。
一応、ネット見ることができた星波学園の地図や航空写真とかで確認はしているが、実際に体感しながら見るとでは間接的に知るのとは大きく違ってくる場合もあるって話だしな……とはいえ、今のところ大きな作戦変更の必要性を感じないが……
高校校舎は、というか、多分、小中校舎も同じなんだろうが、校舎を海側に、内側にクレーン舗装のグラウンドと体育館。その間に室内プールが建てられている構造のようだった。
とりあえず校舎の周りを一周してみたが、特に変わった所も、利用できそうな場所もなかった。
強いて変わった所を上げるとすれば、地下への出入口がある校舎一階ぐらいか? なんでも、そこから一昨日昨日に掛けて急ピッチで準備された観覧会場にいけるらしい。地下なら空き部屋が腐るほどある上に、そもそも普段からはぐれ対策として地下は対武霊用に改造されているらしく、上でいくら大暴れしようと安全なんだそうだが、逆鬼ごっこでの中への侵入は禁止されているから、今の俺にはあんまり関係ない。
とはいえ、俺からすれば上でドンパチしている地下でそれを観戦しようという気概がよくわからないんだよな……海の向こうとか、地球の反対側とか、それぐらい離れた出来事なら、まあ、見ようかな? とか思わなくもないが、いや、だとしても、ここ以外で武霊と同等の異常環境ができているとは思いたくないな。
なんて思いながら、グラウンドに降り立ってみる。
ちょっと強めに足踏みしてみるが、普通にクレーン舗装だ。構造的にどうなっているかは知らないが、何メートルか何センチか下には地下空間が広がっていると考えると、対策が打たれているとはいえ、あんまり威力の高い攻撃はしたくない。とはいえ、加減をして乗り切れるとは思えないし……
グラウンドにはボールを使ってサッカーやらドッチボールをしている連中がいたり、体育館でもバレーやバスケをしていたり、室内プールは常時開放されているのか泳いでいる奴らもいたりした。
昼休みの短い時間に、よくまあそんなことできるな……
呆れと関心が混ざったことを思いながら、目を瞑り、脳内ディスプレイに集中。
今の俺は、見た目は学生服だが、擬態したPSサーバントを着ており、空にはスカウトサーバント達を飛ばしている。
彼らの視界を脳内ディスプレイ越しに見て、校舎・室内プール・体育館の屋根を確認。
校舎の屋上は、フェンスが張られ、ベンチが置かれている。
生徒に対して常時開放されているのか、多くの生徒が集まって、弁当などを食べていた。
というか、なんかカップル率が屋上は多いな……別にリア充爆発しろとかまで思うほど、他人の充実ぶりをうらやむ気はないが……見てて面白いもんでもないな。むしろ、イラッとする。
自分の心の狭さを再確認した俺は、ため息一つ吐いて校門方向に向かって歩き出す。
校舎と体育館の間を通って向かったその先には、移動式屋台が十台ぐらい置かれており、のぼりには料理部・インド料理部・イタリアン料理部・日本料理部・中華料理部・韓国料理部・ロシア料理部などなど書かれていて、ここからでは見えない位置にある屋台もどこかの国名が書かれているんだと予想させた。
部活同好会の数が多いのは知っていたが、そんなに分派してどうするんだろうか?
そんなことを思いながら、殺到している生徒が比較的少ない料理部の行列に並んで見る。
屋台の脇に建てられている看板には、本日はハンバーガーと書かれていた。
ハンバーガーね……
ちらっと屋台から離れていく星波生を見ると、手に持っているのは紙袋だったため、内容がわからない。屋台も屋台で、人垣のせいでなにが作られているかわからないんだが……ん~美味そうな肉が焼ける匂いと音がしてくるので、物凄く食欲がそそられてしまう。
見えないことがかえって刺激しているんだろうか?
なんて思った時、
「夜衣斗さぁ~ん」
俺を呼ぶ声が耳に入った。
振り返って、生徒玄関の方を見ると、小走りで近寄ってくる美羽さんの姿を確認できた。
こんな場所で、そんなに大声で俺の名前を呼ばれるのは物凄く困るんだが……まあ、意識しないようにしていただけで、登校してから誰かの目線が途絶えたことはないんだが……
そんなことを思っていると、美羽さんと俺との中間地点に、なにかが降り立った。
その後ろ姿は黒髪ツインテールで、振り返らなくても琴野さんだとわかる。
というか、どこから降ってきた?
思わず見上げると、空に火の鳥・ヒノカが飛んでいた。
それが俺の見ている前でこっちに向かって降下し始め、琴野さんの背後でホバリングを始める。
全てが加工物であるため、土埃とかはないが、舞い上がる風に屋台が心配になる。
が、見てみると、いつの間にか店仕舞いをし、一目散に校門から生徒と一緒に逃げている後ろ姿が見えた。
つまり、今、この場にいるのは俺と美羽さん達のみということ。
…………あ~なるほど……
「再三、再三忠告しましたわよねぇえ!」
初っ端からフルスロットルな琴野さんの怒鳴り声に、美羽さんも激昂の表情に変化させる。
「はあ? なんのこと?」
「や・い・と・さ・ま・に・ち・か・づ・く・なっと、言いましたわよねぇえ?」
「ええ、言ってたわよね。でも、別に勧誘するわけじゃないんだからいいじゃない」
「だから、自分の立場と言うものを――」
「まったく、コトサラは本当にコトサラうるさいわね~」
ぼそっと言った美羽さんのその言葉に、ブチッと音が聞こえた気がした。
「だから……コトサラって言うんじゃないわよぶち殺しますわよ!」
「やれるものならやって見なさいよ! コウリュウ!」
とうとう美羽さんも武霊コウリュウを具現化し、
「レベル2!」「レベル2ですわ!」
一気にレベル2の巨体となり、目の前で互いが威嚇し合う怪獣映画のような光景になってしまう。
うん。逃げ遅れたなこれは。
そう確信すると共に、互いの武霊がファイアブレスを吐き、俺はその余波で吹き飛ばされた。