七、『……色々と話したいことがあるしね』(終)
ん? ……どこからか美羽さんの声が聞えたような……ん~……
周りを見回すが、ちらほら他の星波生がいるだけで、美羽さんらしい姿は確認できない。
気のせいか……それともそんなに美羽さんと一緒に帰りたかったんだろうか? …………ま、まあ、気のせいか……さっき部室に寄ってから帰るって言ってたしな。空耳ってやつだろう。そもそも、部室がある場所と、こっちじゃ逆方向だしな。
俺が今いる場所は、学園庭園内学園大門前。
部室がある場所は反対方向にあるらしいので、例え本当に叫んでいたとしても聞こえようがない。
それにしてもいきなり部室によってから帰るなんて言い出すってことは、明らかに俺が明後日から逆鬼ごっこを始めることを聞いたからだよな? つまり、他の武霊部部員と対応策を話し合う気だ。
村雲と美羽さんから聞いた武霊部の活動内容は、正式名称が武霊研究部となっている通り、武霊を研究しているとのこと。
その活動内容から自然とはぐれなどの危険な存在と相対することが多いため、部員になる条件として必ず武霊使いではなくてはいけないらしい。
それ故に、自ずと強力な武霊使いが数多く集まっている部活。
だった。
俺が星波町に来る前、今年の春休みに、武霊部部員であった大原亮によって、村雲を始めとするほとんどの武霊部部員は武霊を奪われた。
理由は不明で、止めるために町が半壊するほどの激闘が繰り広げられ、昨日まで行方不明になっていたらしいんだが……まあ、なんであれ、結果、現在の武霊部は強力な武霊使いを強く求めているのは間違いないことだろう。
どれだけの数減り、現在の部員数がどれほどなのかはわからないが、研究調査するためにはオウキのような武霊は欲しいと思うのは当然だ。なんせ、サーバントシステムのようなそういうことに向く武霊能力が結構ある武霊だからな。まあ、そのことを口にはしてないが、二度も間近でオウキの武霊能力を見ている美羽さんが、そこら辺に気付かないなんてことはないと思う。
……いや、あるいは気付いてないかもしれない。ただ単に、純粋な思いで自分の所属する部活に入って欲しいとか、美羽さんなら思いそうだが……それはちょっと、いや、かなり期待し過ぎな思考だな。
そもそも、オウキは必要であっても、俺のような奴を必要はだとは思わないだろう。
まあ、真相がどうであれ、現状で武霊部に俺が入るのはまずい。
武霊を研究するということは、それだけ死の運命に近付く可能性があるということだ。
一昨日と昨日の死の運命が、両方とも武霊に関わるものだったことを考えるなら、他の死の運命も武霊に関わるものである可能性が高い。勿論、そうすぐに決め付けるのは軽率だと思うが、現状で一番危険度の高いのが武霊に関することであるのなら、弱い今のままでは下手に関わると俺が死ぬどころか、周りに甚大な被害を及ぼしかねない。
そう考えた時、思わず右腕を触ってしまう。
今日一日、治ってはいても、まるでフラッシュバックのように右腕が砕け散る瞬間を思い出してしまっていた。当然、それに呼応して、胸に大剣が突き刺さった感覚も蘇り……まだ実質一日も経ってないのだから、当然といえば当然かもしれないが……これからもこういうのがどんどん増えていくんだろうか?
そんな不安を抱きながら、今度はちゃんと自分の顔付きの生徒カードで自動改札機を通り、ため息一つ。
思考に没頭しても、感じるのは周囲の視線。
周囲は下校時間からずれているためか、人はまばらだったが、この場にいるほぼ全員が獲物を狙う獣のようにギラギラした視線を俺に向けている。
今朝以上の視線の強さから、思考に没頭してもどうにも気になってしまうほどだ。まあ、それでも、逆鬼ごっこの開催が宣言されると、その対象になった新人武霊使いへの勧誘は完全に禁止されているらしいので、直接声を掛けて来る者がいないのが救いといえば救いだが……その監視のために、所々に立っている武風に凝視されるのは酷く居心地が悪い。別に悪いことをしているわけじゃないんだけどな……ほんと、メンタル弱いな俺。
そんな風に思いながら学園大門を抜けた時、目の前に一人の女子学生が立ち塞がった。
髪を後頭部でまとめたシニヨンヘアで、ヘラヘラしてさえいなければ凛々しく見える容姿。
若干残念さを感じさせるその女の子の腕には、マスメディア部と書かれた腕章が付けられていた。
「はいは~い♪ 黒樹君。ちょっと取材いい?」
ネクタイの色からして同学年の彼女の声は、俺だけに向けられたにしては大きく、近付こうとしていた武風委員達にも向けて放たれた言葉のようだった。
ふむ……帰路は学園大橋一本のみだ。つまり、ここで断っても、断らなくても大して意味はない。
なら、向こうが情報を引き出してやろうと加虐性を出させないように素直に応じた方が無難か? イメージ的にはマスメディア関係者というのは、隠せば隠すほど暴きたくなる性質があるような感じがするんだよな。まあ、ただの偏見だろうが。
「……歩きながらでいいのでしたら」
俺の頷きに、彼女は面白そうに笑う。
「普通は嫌がるものだけど、流石は今、話題の黒樹君ね。いい意味で普通じゃないわ」
あんまり嬉しくない褒め言葉だな。
「ちなみに私は『早見 芽印』。黒樹君のクラスメイトなんだけど、気付いてた?」
歩き出した俺の隣に並んだ早見さんが自己紹介したが……クラスメイト? いたっけ?
思わず眉を顰め沈黙してしまう俺に、早見さんはケタケタと笑う。
「まあ、あんな濃いクラスメイトばかりだと、同じ日本人はあまり記憶に残らないわよね」
そんなことはないんだがな……
ふと隣の席のクールビューティーを思い出したが、まあ、彼女は隣の席だから記憶に残ったっていうのもあるんだろう。なんであれ、
「……すいません。俺、人の顔を覚えるのが苦手で」
「いいのいいの。転校初日だっていうのに話し掛けなかった私達もいけないんだからね。その代り、逆鬼ごっこが終わったら、みんなからの質問攻めとか覚悟しておいた方がいいわよ」
「……お手柔らかに」
「マスメディア部の現部長である私に言われてもね~」
「……部長自ら取材を?」
「覚えられていなかったからあんまり関係ないかもしれないけど、クラスメイトだしね。それに所詮は学生のマスメディア。肩書きなんてあってないようなものよ」
「…………なるほど」
「っで、逆鬼ごっこの質問攻めを少しでも軽減するために、色々と聞いて記事にしてもいい?」
「……これ以上晒し者になるのは勘弁願いたいんですが……」
「答えたくない質問なら答えなくてもいいわよ。気楽に気楽に」
「…………とりあえず、なにを聞きたいんですか?」
そう聞きながら、俺は武霊に関してだろうとなんとなく検討を付けていた。というか、俺にそれ以外の関心ごとなんてないだろう。
なんて思った俺の予測を斜め上行く質問を彼女はしてきた。
「はいは~い♪ じゃあまずは最初に、黒樹君って彼女いる?」
思わず絶句し、隣の早見さんを見てしまうと、小首を傾げられる。
「学生のマスメディアよ? こういうのは基本でしょ?」
「……そりゃそうかもしれませんが……」
そうなのか? いや、そうであろうと、こんな質問答えられるか! よ、よし、誤魔化そう。
「そういえば、マスメディア部って随分大きなくくりなんですね?」
「星波学園は電子機器が豊富だからね。電子新聞は勿論、テレビ、ラジオと手広く幅広くやってるから、気が向いたら見てみてよ」
「ええ、気が向いたら」
「はいは~い♪ っで、どうなの?」
うっ! 流石に今のでは誤魔化せないか……ん~というか、どうなのって……見ればわかると思うんだがな?
諦めた俺は深くため息を吐いてから、首を横に振った。
「……いませんよ」
「そうなの? じゃあ、気になる子とかいる? 赤井美羽さんと親しいみたいだったけど、彼女って見た目は美少女よね?」
見た目はって……若干失礼なことをさらっというなこの人は……
「……マスメディア部ってそんな記事ばかり書いているんですか?」
「色恋は誰しもが関心を持つことですもの」
「……ワイドショーか、週刊誌みたいですね」
「あそこまではやらないわよ。我が部は健全な生徒組織ですからね」
「……では、色恋の話題以外でお願いできませんか? そういうのは苦手で」
「そう? はいは~い♪ じゃあ、さっき黒樹君が逆鬼ごっこに即日始めることを申請し、受理したって統合生徒会から通知があったけど、なんでそんなに急ぐの?」
そう聞いてきた早見さんの目がキランっと光った気がした。
どうやらこっちが本命らしい。
まあ、マスメディア部じゃなくても気になる類の話かもしれない。
客観的に見れば、俺の行動は理に適ってないしな。
とはいえ、どう説明すべきか……
「……調子に乗っているって理由じゃ駄目ですか?」
「調子に乗っている人が、自分でそうは言わないと思うけど?」
「…………俺は――」
「あ、やっぱりいいわ」
は?
「時間切れ」
そう言って早見さんの指差したのは、学園大橋の接岸部分だった。
「こう見えて私は色々と忙しいのよ。逆鬼ごっこの準備もしないといけないしね」
そういえば、逆鬼ごっこを運営する三つの生徒組織の中にマスメディア部の名前もあったな。
「色々と大変よ? 一ヶ月後だと思っていた逆鬼ごっこが急よ明後日になって」
「……すいません。お手数をお掛けします」
「いいのいいの。私達からしたら、こういうイレギュラーは大歓迎だから」
そう言って面白そうに微笑んだ早見さんは、くるっと振り返った。
「とりあえず、黒樹君がなにか色々と企んでいることがわかっただけで十分だから」
「……ゴシップは勘弁してくださいよ」
「はいは~い♪ じゃあ、月曜日にね」
「……ええ」
手を振って星波学園へ戻って行く早見さんの背を見ながら、俺は小さくため息を吐いた。
彼女が俺に接触してきた意図がわからなかったからだ。
確信を聞く訳でもなく、聞き出されたわけでもない。これではただ会話しただけ……あるいは、なにかしらの武霊能力を使われていた可能性もあるんだろうか?
思考を読む能力は、自称最後の敵も使っていたことを考えると、その類を使われていた可能性も考えられる。
まあ、なんであれ、答えは来週の月曜日にわかることだな。そもそも、今ここでなにかを考えても、既に色々と手遅れだ。
そう思った俺は、思わず深いため息を吐いてしまった。
またしても迂闊なことをしてしまったのかもしれないな……
帰宅してから数時間後の夕方。
春子さんの家の……もう自宅でもいいか? ……自宅の庭で、俺は明後日の逆鬼ごっこのために、武霊の実験をしていた。
具体的な作戦を考えるのは、現在の俺がどこまで武霊を使えるかある程度知ってからの方がいいって判断したわけだが……まあ、明日が日曜日だからある程度心の余裕が生じて、あんまり思考したくないってのも正直なところだ。
とにかく、まずはレベル0.5の制御具現。これには結構幅があるようだった。
手乗りサイズの大きさから、俺と同じ大きさまで、武霊使いの加減しだいで、様々な大きさで具現化できる。
部分具現化も、似たような感じでできるようだが、この感じからすると、レベル2倍加具現もその延長線上にあるのかもしれない。
が……ん~…………どうやったらいいか、どうもわからないな。
一応、ステルスサーバントを使いながら、周囲の迷惑にならないように上空で、制御具現と同じ要領でオウキが何倍もの大きさになるイメージを何度も試みたが……一切反応が無い。
倍加具現には、なにか特殊な条件でもあるんだろうか?
などと考えていると、庭から見える赤井家玄関に、デッカイ黒いローブ着たなにか……大きさからして武霊だろうが……がいることに気付いた。
制御具現の実験のために、丁度俺と同じぐらいに具現化したオウキを連れ、なんとなく玄関がよく見える位置に動き、ギョッとした。
ローブの中は骸骨で、その骸骨、死神みたいな武霊の腕の中には、意識を失ってるぽい美羽さんが抱えられており、青い顔をしてうなされている。
「あらあら? もしかして、あなたが黒樹君?」
そう言ったのは、死神みたいな武霊の前にいた、どこぞの令嬢みたいな女性だった。
腰まであるストレートロングヘアに、タレ目などこかほんわかした雰囲気を醸し出す容姿をした彼女が、多分、この死神みたいな武霊の武霊使いなんだろうな……武霊とのギャップが物凄く過ぎる。
そんなことを思っていると、彼女はオウキに目線を向けてやや驚いた感じになった。
「もしかして……レベル0.5?」
ん? 問いの意味が今一よくわからないが、とりあえず頷いた。
その頷きに、彼女は驚きを苦笑に変える。
「……あなた、本当に凄いわ。美羽ちゃんに二日目で部分具現化ができたって聞いてはいたけど……それに加えて制御具現まで物にするなんて……本当に今まで聞いたことがないわ」
ん~……どうもそれが信じられないんだよな。俺ごときが両方とも簡単にできたのにだ。
ってか、今更だけど誰だろう? 制服からして、星波学園高等部の同学年みたいだが、見覚えがないから別クラスだろうか? いや、早見さんの例もあるからな……
「あらあら? ごめんなさいね。一方的に喋っちゃって、私は美羽ちゃんが所属している武霊研究部部長・青葉愛よ。よろしくね」
そう自己紹介され微笑まれたので、俺も軽く頭を下げる。
「……黒樹夜衣斗です」
……それにしても武霊研究部ね……つまり、青葉さんが美羽さんと共に逆鬼ごっこで出てくる相手か……
ちらっと死神みたいな武霊に目を向ける。
見るからに強力そうなその武霊は、容姿だけならコウリュウより脅威を感じなくもない。
部長ってことは、少なくとも美羽さんと同等かそれ以上の武霊使いである可能性が高いってことだよな?
死神の武霊か……
青葉さんの実力を予想していると、赤井家の玄関が開き、軽い悲鳴が聞こえた。
まあ、普通は驚くよな……あんなのが突然玄関前に現れたら……わざとやってるのだろうかこの人? いや、わざとか。
死神の武霊に抱かれ、うなされている美羽さんを見て、そう俺は確信した。
……それにしても、別れた後、美羽さんは一体なにをしていたんだろうか?
「ううっ、も、もう勘弁してください……あわわっ! 人が、人がっ!」
とうわごとを言っている美羽さんに、俺は首を傾げた。
……謎だ。
間章その一『ようこそ星波学園へ』終了
次章
間章その二『誰目線の真実なんでしょうね?』