六、『よそはよそ。うちはうちです』
「や、夜衣斗様! わかっていておいでですの!? 今、逆鬼ごっこを行うということは、誰も夜衣斗様の味方をせず、たった一人で星波学園のほとんどの生徒組織と戦うってことですのよ!?」
俺の問いに、琴野さんは目を見開いてそんなことを言った。
「……勿論わかってますよ」
「わかっていらっしゃいませんわ!」
動揺のためか立ち上がり、首を激しく横に振るってツインテールがブンブンと振り回す。
ん~座っていたからわからなかったが、美羽さんなみの身長と体型だな……外国の血が混じっていても、必ずしもグラマラスになるってわけじゃないって感じか、あるいは日本人の血が色濃く出ているのか……まあ、この容姿なら体型が貧相でも、それが魅力のマイナスになるってことはないだろう。って、なに考えているんだか俺は……
心の中でやや失礼なことを考えている間、琴野さんは言葉を続けていて、俺は特に考えを挟まずに返事をしていた。
「確かに夜衣斗様は、剛鬼丸や高神麗華を倒したほど強力な武霊使いですの。でもそれは、必ずしも最強の武霊使いであるというわけではないのですのよ? 武霊使いの中には、限定条件下で真価を発揮する武霊を持つ者達もおりますし、武霊使いが本気で集団戦を行った場合、たった一人では太刀打ちできるなんてまず不可能ですわ」
「ええ、そのことをも重々承知です。俺の一昨日と昨日の勝利は、ただ相性が良かっただけ、幸運が重なっただけだと」
「でしたら、何故直ぐにやりたいだなんていいましたの? 逆鬼ごっこで決まってしまった所属する生徒組織は、余程のことがない限り変更はできませんし、ちゃんと活動しないと本人には停学や奉仕活動、所属組織には活動費の減額などの処分が与えられてしまいますの。それはつまり、やりたくないことに時間を費やさなくてはいけないということにほかなりませんわ。夜衣斗様はそれでもよいとおっしゃるのですの?」
「よくはないですよ。まあ、とりあえず、逆鬼ごっこの詳細を教えてくれませんか? もしかしたら、それを聞いて考えを改めるかもしれませんし」
なんて言いながら改める気はさらさらないが、俺の言葉に琴野さんはちょっと困ったように頷いた。
「逆鬼ごっこは、武霊使いを巡るイベントですので、当然、武霊の使用は許されていますわ。それ故に、別名『武霊鬼ごっこ』とも呼ばれていますの。期間は、『わたくしが宣言した翌週の月曜日から土曜日までの一週間』。場所は、『星波学園内』。時間は、『帰りのホームルーム終了後、鬼が下駄箱から出ていて学園庭園に入るか、子が鬼にタッチをすれば終了』ですわ。勿論、『武霊を使ってタッチの邪魔をすることも可能』ですが、『タッチが有効になるのは、あくまで鬼となった武霊使いのみ』ですの」
……なるほど……それならなんとかなりそうだな。
琴野さんのその説明に、俺は幾つかの活路を見出した。
それが本当に使えるかは、もうちょっと時間を掛けなくてはいけないが、明日一日あればどうにかなるだろう。
「おわかりだとは思いますが、『鬼が捕まれば、捕まえた子が所属する生徒組織に鬼は入らなくてはなりません』の」
「……さっきのペナルティを無視してさぼった場合は?」
「『星波町に居る間は、統合生徒会の直轄組織である武装風紀の監視下に常時置かれることになります』わ」
常時ね……嫌な学園生活になりそうだ。ん~なんであれ、
「……いくら助っ人が許されるとはいえ、それはあまりにも鬼側に不利な条件なのでは? 一週間という期間も長い気がしますし」
「はい、ですので、鬼側と子側では、武霊の使用などで鬼側に有利に、子側に不利に働く様なルールとなっています」
「……鬼側に有利に働くルールですか……」
「まず、武霊に関してですが、『鬼側の武霊使用に制限はありません』が、『子側は一日の逆鬼ごっこで一回限りの具現化しか許可されてません』の。そして、『鬼側が武霊を何度倒されてもなんのペナルティもありません』が、『子側の武霊が倒されると、その武霊使いは強制退場となり、その回のそれ以降の逆鬼ごっこには参加できなくなります』の」
ふむ……
「……それは武霊使いが自ら具現化を解除しても適応されるのですか?」
「その日の逆鬼ごっこに関しては、その通りですの。ですが、その場合は、その次の日の逆鬼ごっこに参加する資格はありますわ」
なるほど……
「それらのルールのため、『子側の武霊使いは、逆鬼ごっこ中は武霊を常時具現化していなくてはいけません』の。勿論、鬼側はそのような制限はありませんから……言い忘れましたが、武霊を使うことが前提となっている逆鬼ごっこでも、『建物や人を故意に破壊する・傷付けるのは当然厳禁』ですわ。もし、『故意にそれらを行ったと確認されれば、停学処分。悪質だった場合は退学処分となります』のでご注意くださいですの」
まあ、それぐらいはしないとな……むしろそれでも緩い感じがしなくもない。
「……それらの判定も含めて、逆鬼ごっこの管理は誰が行うんです? 武風ですか?」
「いえ、武装風紀は、逆鬼ごっこに参加する立場なので、『イベント運営委員会』・『審判部』・『マスメディア部』の三組織が合同で行います」
聞いたことがないような組織名だな。少なくとも前の学校にはなかった。というか、武風が参加する側に回るのか……治安を司っている連中が相手となると、より厳しい戦いになりそうだな……まあ、今の俺からすれば望む所だとても思わなきゃいけないんだろうが……胃がキリキリしてきた。ん~まあ、とりあえず、気になったことを聞いておくか。
「……もしかして、『子同士の邪魔し合いも可能』だったりします?」
「はい」
「……当然、『子同士でも武霊を倒しても逆鬼ごっこ参加資格は失われる』んですよね?」
「ええ、その通りですわ」
「……各生徒組織のイベント参加者数には制限はないんですか?」
「制限はありますわ。『各生徒組織ごとに一回の逆鬼ごっこに出せる人数は最大で三人まで』ですの」
「……それには交代はありですか?」
「いいえ。逆鬼ごっこに参加を表明する生徒組織は、『まず最初に出る武霊使いを三人登録しないといけません』の。そして、『一度登録すると、その三人の交代は一切認められません』わ」
「……つまり、『三人の武霊を倒せば、その組織はその回の逆鬼ごっこの参加資格は失われる』と?」
「はい、そういうことですわ」
「……なるほど……ちなみに、星波学園の生徒組織の数ってどれくらいあるんですか?」
「部活が百十三、同好会が七十五、委員会は五十。ですので、逆鬼ごっこに参加する武霊使いの数は単純計算でも六百八十四人になりますわ」
「……それはあくまで単純計算でしょ? 同好会なら三人以下というのもあるでしょうし、参加しない組織もあるでしょう。それに、逆鬼ごっこが一週間も続けられるのなら、どの組織もペース配分をするのが自然なんじゃないんでしょうか? ……なら、一日に相手をする武霊使いの数は自ずと限られる……違いますか?」
「確かに一日に出られる武霊使いには、夜衣斗様が予想したことも含めて『様々な理由』から限度がありますわ。ですが、それでも、今朝から放課後までにあった申請数から考えて……一日に相手にする武霊使いの数は五十を下回ることはないと思いますの」
五十ね……まあ、予想より少ない数だな……ふむ……
いつもの癖で、腕を組み、片手で口を覆い、鼻だけでゆっくり深呼吸をし始めた時、琴野さんが、小さくため息を吐いた。
「わかりましたわ。明後日の月曜日から夜衣斗様の逆鬼ごっこを開催いたしましょう」
「沙羅!?」
琴野統長の唐突な了承の言葉に、美羽さんが声を上げて驚く。
そんなに驚くことか? というか、今、下の名前で呼ばなかったか?
呼ばれた琴野さんはちらっと美羽さんを見たが、特になにも言わず、俺に対して微笑んだ。
「夜衣斗様は、その方がご都合がよろしいのですわよね?」
「……ええ」
若干戸惑いながら、俺は琴野さんの問いに頷いた。
「でしたら、統合生徒会としては止める理由はありませんわ。本日は、わざわざご足労をお掛けして申し訳ありませんでしたの。わたくしからの生徒校則に関する説明は、これで終わりですわ」
夜衣斗の進言と沙羅の判断により、逆鬼ごっこが明後日の月曜日に開催されることが決まった。
夜衣斗がなにを考え、沙羅がなにを思ってそれを許可したのか、美羽にはわからない。
だが、
(夜衣斗さんのこの感じだと、今日明日で考えが変わるとは思えないしなぁ……本当は、明日にでも武霊部にこっそり誘うつもりだったんだけど……うーどうしよう。って、私が、夜衣斗さんを捕まえればいいんだろうけど…………でも、それって、私にできるのかな? オウキは倒そうと思えば倒せるだろうけど……んー……う~ん……仕方ない。気が進まないけど、ダメ元で部長を説得してみよう)
そう思った美羽は、夜衣斗に先に帰ってもらうように伝え、武霊部の部室へと向かった。
小中高校門の反対側に、部活・同好会・委員会の部屋が集まっている建築群がある。
様々かつ無秩序な感じの建築群の中、最も古い建物に武霊部の部室は在った。
春休み前までは、建物全てを使っていたが、ほとんどの部員が武霊使いではなくなってしまったこともあり、現在は部室として機能しているのは建物の隅一部屋のみとなっている。
もっとも、現在いるメンバー四人の内、一人はとある事情で入院中であり、もう一人は野良武霊ファイトを行っていたことが発覚して停学中。更に現部長は一切部活動をする気がないため、まともに部活をしているのは、美羽のみとなっていた。
だからこそ美羽は、夜衣斗には絶対に『武霊研究部』通称武霊部に入って欲しいのだが、どうしても部室の前で躊躇ってしまう。
現在、唯一武霊部が部室として使っている部屋は、部員が少ないことをいいことに、現部長の私物化してしまっており、その『趣味』で埋め尽くされていた。
美羽は、その現部長の趣味がどうしても苦手だった。
(だけど、夜衣斗さんを確実に捕まえるためには、『現星波学園最強の武霊使い』の力は絶対必要だよね)
そう決意した美羽は、深呼吸してドアノブに手を掛けようとした瞬間、
「み~は~ちゃん」
「へ?」
不意に肩を叩かれ、反射的に振り返ると、
「いっ!?」
ゾンビが目の前にいた。
「っ――――」
声にならない悲鳴を上げて、美羽が固まっていると、そのゾンビは肩を震わせて笑い、顔を剥いだ。
「あらあら? 相変わらずいい反応するわね」
ゾンビの顔を下から出てきたのは、穏やかな笑みを浮かべているどこかの令嬢を思わせるかのような美少女・武霊研究部現部長『青葉 愛』だった。
彼女の趣味は、スプラッターなホラー映画。かつ、人にそれを見せて喜ぶSっけの強い性格をしていた。
そして、美羽が学園の中で最も苦手としている人物でもある。
もっともそれは、スプラッターなホラーが苦手なだけともいえなくはないが……
美羽はなるべく愛が手に持つゾンビのデスマスクを見ないようにしながら、
「あ、愛部長。お話があるんですが……」
「あらあら? 美羽ちゃんが私に用なんて珍しい」
などと言いながら、美羽の視界にわざとゾンビを見せるように掲げる愛に、美羽は浮かべる笑顔が引きつるのを感じた。
「あらあら? そう、そんなに強い武霊使いなのね?」
愛の趣味で埋め尽くされている、表に看板がなければ黒魔術研究会とかと誤認しそうな部室の中で、美羽は夜衣斗を捕まえるための相談を愛にした。
反応は、見るからに興味なさそうだった。
「強いだけじゃないんです! 十年間の武霊の歴史の中で、初めて町に来た日に武霊使いになってますし! 夜衣斗さんが来た日に前日に発生したのにはぐれが発生しましたし! それに」
「あらあら? はいはい。わかったわかった。凄い子ね夜衣斗君って」
「もう! 真面目に聞いて下さい愛部長!」
「あらあら? 聞いてますよぉ~」
とか言いながら部室にあるDVDプレーヤーを起動させようとしたのを美羽は見逃さず、無言で愛からリモコンを取り上げた。
美羽としては、流石にこの部屋で愛の趣味の映画を見る気にはなれない。
過去に一度、愛のお勧め映画を見て(強制)、一週間以上悪夢にうなされたことがあるからだ。
「でもね。うちの部に入りたくない人を、無理やり入れることには、私は反対だなぁ~」
とにこにこと笑いながら、リモコンを奪い取ろうとする愛。
「それは分かってますけど……他の部活だってやってることじゃないですか」
と言いながら、必死にリモコンを死守する美羽。
「あらあら? よそはよそ。うちはうちです。だから、私は協力しませんよ?」
「う~そこをなんとか。はぅあ!」
一瞬の油断でリモコンを持つ腕を愛に掴まれた。
「駄目なものは駄目です。美羽ちゃんだってわかってるでしょ? ここは自由意思をなにより尊重している部活なのですよ?」
と言いながら、思いっきりリモコンを握っている私の手の指を一本一本はがし始める愛。
「……それに、今の武霊部は、去年までの武霊部とは違うわ?」
「それは! だからこそ! 夜衣斗さんの力が――」
唐突に声のトーンを落とした愛の言葉に、美羽が熱く語ろうとした瞬間、
「隙あり!」
「あ!」
意識がリモコンを持つ手から一瞬だけ離れた隙を突いて、愛は美羽からリモコンを奪った。
(ヤバい!)
そう思った美羽は、
「あらあら? そんなことより、とってもお勧めの新作入ったのよ? ね? ね? 見よ? 見よ? 美羽ちゃん♪」
「あ! 私、これから大事な用があるんで」
そう言って愛の手を振り払い、背を向けダッシュで逃げようとしたが、部室のドアに手を掛けようとした所で、ガシっとなにかに両肩を掴まれてしまう。
美羽が恐る恐る振り返ると、そこにはローブを纏った骸骨がいた。
サーっと血の気が引くのを感じる美羽。
それが、現星波学園最強の武霊といわれている愛の武霊『ハクシ』。
更に近接戦闘タイプであるため、遠距離広範囲戦闘タイプであるコウリュウと相性が悪く、なにより部室内だ。当然、抵抗しても敵わないのは間違いない。
「さあ、さあ、楽しい、楽しい、観賞会の始まりよ♪」
それでも必死に無駄な抵抗する美羽を、ずるずると愛の隣まで引き摺るハクシ。
「た、助けて夜衣斗さーーーーん!!」
思わずそう叫んでしまう美羽だが、勿論、こんなことになっているとは知る由もない夜衣斗の助けが来るはずもなかった。