五、『乗ってやるよその思惑に!』
琴野?
統合生徒会長の名乗りに、俺は前髪の下で眉を顰めた。
琴野って、確か星波学園を運営している一族の名前だよな?
その疑念を覚えられるのは毎回なことなのか、俺が口を開くより早く、琴野さんは苦笑。
「お気付きの通り、わたくしは琴野家の者ですわ。とは言っても、未成年ですし、学生でもありますので、わたくしに琴野グループの力を使う権限はありませんの」
まあ、確かに未成年が巨大企業グループの力を使えるなんていうのはフィクションではよくあることでも、実際にはそういうことは稀なんじゃないかと思う。
テレビなどを見れば、親が甘やかしてお手伝いさんがいたり、なんでも買い与えられていたりするなんて情報を見ることがあるが、それだって本人というより、親がってことばかり。
であるのなら、琴野さんの言っていることは真実だと頷ける。
頷けるのだが、隣の美羽さんは頷けなかったらしく。
「ど~だか」
と嫌悪感むき出しな声を出した。
へ?
その声の調子に、思わず俺の思考は停止し、隣にいる美羽さんを見てしまう。
美羽さんの顔は声の調子と同じように、すこぶる機嫌が悪そうだった。
「なにが……どうだかと?」
ピッキっと音が発ったかのように場の空気が凍り付く。
ええ!?
直前までの和やかな口調とは全く違う棘のある琴野さんの声に、驚いて視線を戻すと、彼女も物凄く機嫌が悪そうな顔になっていた。
な、なにこの雰囲気。
女の子二人が顔を合わせた途端に機嫌が悪くなる状況。
今まで架空でそれを見たことがあっても、実際に体感したことがない。
「あれ? わからないの?」
「わかりませんわね」
「言ってあげようか?」
「ええ」
「みんな言ってるわよ。コトサラは家の力で統合生徒会長になったって」
「……あなただけでしょ? そんなことを言っているのは」
「え~そんなことはないとおもうけど? コトサラは耳が遠いなぁ~」
黒い! なんか美羽さんが黒いんですけど!?
昨日の町案内でも、戦闘中でも見せたことがない美羽さんのダークサイドに、驚きというより戸惑うしかない。
対する琴野さんも、言葉を交わすたびに怒気を強めている感じがするし……物凄く冷や汗が流れる。
「さっきからコトサラコトサラって……ぶち殺しますわよ!?」
怒りがピークを越えたのか、それまで抑えた声で喋っていた琴野さんが、プッツンと音が聞こえそうなほどに激怒し、背後から半透明の武霊を出してしまう。
赤い巨大な鳥。フェニックスを連想させる……というより、フェニックスの武霊なんだろうな。を出した琴野さんに反応して、美羽さんの背後にも半透明のコウリュウが現れる。
「やれるもんならやってみなさいよ!」
更にエキサイトする美羽さんに同意するように、威嚇の牙を見せるコウリュウ。って! こんなところで武霊バトルをする気か!?
流石にそんなものを至近距離かつ閉鎖空間でやられたらたまったものではない。
だが、どう止める? どう考えても、俺が入り込む余地がないような……
そう思った時、バタンと扉が開く音がした。
音のした方向を見ると、俺が入った入り口とは違う、隣の部屋に繋がっていると思わしき扉があった。
その前に、無感情で無表情なメガネ娘が立ち、美羽さんと琴野さんを一瞥した。
特になにも言わない彼女だったが、代わりにその背後に真っ白な着物を着た白髪の女性武霊が半透明な状態で現れる。
なんとなく雪女ぽい武霊だな。
そう思っていると、何故か美羽さんと琴野さんが顔を青ざめさせ、速攻で武霊を引っ込めさせた。
「しょ、紹介いたしますの。今出した武霊が、わたくしの武霊『ヒノカ』。そして、この子は、副会長の『村崎 好美』と、その武霊の『凍り姫』ですわ」
琴野さんのその紹介に、村崎さんは小さく俺に会釈して、手に持っていたノートパソコンを円卓に置いて操作し始めた。
どうやら俺以上の無口らしい。まあ、俺はそもそも必要な時以外喋らないだけだから、無口とはちょっと違うか。
「と、とりあえず、そこにお座りくださいですの」
琴野さんに促されて、円卓に座ると、美羽さんも俺の隣に座る。
その美羽さんに対してジト目になる琴野さん。
「あなたは帰っていいんですのよ?」
「やーよ。コトサラに美羽のあることないこと夜衣斗さんに吹き込まれたくないもの」
「まあ! わたくしがそんなことをするとお思いで? わたしくが言うのは、あなたの事実だけですよ?」
「あんなの事実じゃないもん!」
……なんかまた言い争いし始めたし……つまり、変になっちゃうほど琴野さんとは犬猿の仲なわけか……っで、
「なによ!」
「なんなのですわ!」
またしても背後に半透明の武霊を出すまでにヒートアップし始めた二人。
その瞬間、一気にこの場の空気がヒンヤリとし出す。
いや、比喩ではなく、本当に物理的に気温が下がったようで、全身の毛が逆立つ感覚を覚える。
「い、いやですわ好美。こんなのただのいつものじゃれあいじゃないですわ。ね、ねえ、赤井さん」
「そ、そうね琴野」
無言で凍り姫を具現化させた村崎さんに、揃って硬い笑みを浮かべ、互いの武霊を引っ込める琴野さんと美羽さん。
……要するに二人のストッパーなわけか。
なんとなく三人の関係がわかった所で、琴野さんは小さく咳払い。
「既にご存じだと思いますが、我が星波学園は星波町内で最も武霊使いが多い場所ですわ」
そう説明し出す琴野さんは、チラチラと村崎さんを気にしている。
俺の隣に座っている美羽さんも、村崎さんを気にしているようでチラチラ。
見られている村崎は特に気にしている様子もなく、無表情にノートパソコンを打っている。
……なんだかなぁ……
「それ故に、武霊使いによる事件・事故を未然に防ぐためにも、武霊使いの管理は町以上にしなくてはいけないのですわ……ですが、学園の武霊使いは、ほとんどが未成年。教師、大人が管理をしようとすれば、反発は確実。そう考えた初代統合生徒会長により、『生徒による生徒の為の武霊使い管理』を、『生徒校則』が創られたのですわ。そして、ここからが肝心なのですが、生徒校則により、『武霊使いは一部の例外を除いて、必ず部活・同好会・委員会のどれかに所属しなくてはいけない』ことになっているのですの」
まあ、今朝した予想通りだな……なんであれ、改めて聞くと嫌な校則だ。
そんなことを思いながら、美羽さんを見ると、困った顔をしてて、俺の視線に気付くと引きつった感じで微笑む。
素直すぎるなこの人……
「武霊使いと言っても、私達は学生ですわ。勉強は勿論、人生を豊かにするためにも、所謂青春と呼べる物は必要だというのが、初代の考えでしたの」
青春って……言ってて恥ずかしくないんだろうか? お? ちょっと顔が赤くなってるような……
肌が白いために、頬が朱色に染まると目立つこと目立つこと。
「ですので、ただ武霊使いを管理する組織を、武装風紀委員会がその組織ですわね。作るのではなく、所属する組織に管理の義務と責任を委譲することで、その武霊使いの学業と武霊使いとしての義務を両立させることを可能にさせているのですわ」
そりゃ、まあ、部活などは青春への近道だろうけど、そうじゃない奴だっているぞ? 俺みたいに……
前の学校でも部活とかに一切所属してなかったのは、単純に人間不信最盛期の時だからってのもあるが、なんであれ、そういうのに俺はあまり向かない。そもそも、今朝考えたみたいに死の運命のこともある。一昨日と昨日あれだけ経験したことを気のせいだとか、もうこないだろうとか楽観視できるほど気楽な性格ではないしな。石橋は叩いて渡るべきだ。
ふと気が付くと、琴野さんがなにか疑わしげな視線を俺に向けていた。
その疑問の目が何故向けられているかわからないが、琴野さんは特になにかを言うわけでもなく説明を続ける。
「なお、武霊使いを所属させる組織には、大きなメリットを得られる権利が与えられますの。はぐれ武霊の存在はご存じですわね?」
そりゃ、まあ、襲われ、死に掛けたから、重々承知してる。ので、頷く。
「はぐれは、その具現化を少しでも長く維持するために、人を襲いますの。その習性故に、必然的に人の密集度の高い場所にはぐれは集まりますわ。発生タイミングにもよりますが、我が星波学園は、町以上にはぐれの脅威に晒されやすいのですの」
そう言えば、星波学園の近くの海には、はぐれ発生ポイントの一つが在ったな……だとすると、平時の昼間とかに発生すると、もろに学園にくるってことか? まあ、普通に考えればそうなる。ってことは、ここってある意味、町以上に危険な場所になる場合もあるってことか? まったく……次から次と厄介ごとが増えていくな……はぁ、勘弁してくれ……
「そんなはぐれの脅威から、一般生徒を守るために、星波学園に所属している武霊使いには、『星波学園にやってくるはぐれを倒す義務』が課せられていますの。ただし、町とは違って、撃退しても報奨金は出ません。代わりに出るのは、はぐれを倒した武霊使いが所属している組織に対する活動費のみですの」
これも今朝考えた通りだな。まあ、美羽さんから直接肯定されているから、ほとんど確定していたようなものだが……
そんなことを思っていると、不意に琴野さんが深いため息を吐いた。
な、なんかしたか俺?
反射的にそう思ってしまうが、琴野さんの視線は俺ではなく、美羽さんに向けられた。
「喋りましたわね赤井さん」
その一言に、ビクッとする美羽さん。
うわ……さっきも思ったが、もうちょっと隠す努力をしましょうよ……
「しゃ、喋ってないもん」
「嘘ですわ。喋っていなければ、夜衣斗様がここまで無反応だなんてことはありえませんの」
いや、それは俺がただ単に、リアクションが薄いだけで、それなりに驚いてはいたんだけど……なんであれ、またにらみ合いが始まってしまってはちょっと面倒だ。
「……確かに美羽さんはうっかり喋ってはいます」
「や、夜衣斗さん!?」
俺が暴露したことに美羽さんが驚きの声を上げるが、まあ、弁解は後回し。
「……ですが、語った内容は僅かで、後は俺の推測を肯定しくれたぐらいです。ほとんど喋っていないと言ってもいいでしょう」
「そうですの?」
琴野さんの問いに、美羽さんは直ぐにうんうんと頷く。
「……それに、俺は例外的に一ヵ月も経たない内に武霊使いになった人間です。通常の生徒校則を守らせるというのも無理があると思いますよ? 本来なら意識せずとも黙っていられるようなことですからね」
「それはそうかもしれませんが……」
ふむ。こっちの話に飲まれ始めているな。なら畳み掛けるか。
「……先程の話と美羽さんの話を統合して考えると、武霊使いが所属するメリットは、組織側のみのメリットのように感じられます。そうなれば武霊使いの中には不満を口にして部活に所属しないという連中も出てくるでしょう。また、既に組織に所属してから武霊使いになった者を、様々な理由から欲しがる組織もあるでしょうね。そうだとすると、その両方に公平にチャンスを与える生徒校則があっても不自然ではないと思うのですが、どうですか?」
俺の問いに、琴野さんは少しびっくりしたように頷いた
「ええ、逆鬼ごっこという仕組みがありますの」
「……新たな武霊使いには、『所属する組織を選べる権利を勝ち取るため』の、生徒組織には『所属する新たな武霊使いを得る権利を勝ち取るため』の『武霊を使った勝負』が行われると?」
俺の更なる問いに、琴野さんは更に驚き、美羽さんも別の意味で驚いているようだった。
嘘を吐く時は、真実と虚偽を入り混じった方が騙しやすいってどっかで聞いたことがある。
まあ、今回の場合は、逆鬼ごっこのことを既に知っているって言っていないだけなので、嘘とは言えないかもしれないが、これで美羽さんのうっかりは更にどうでもよくなっただろう。そもそも大して非があるわけじゃないしな。
なんであれ、こっちのぼろが出る前に、とっとと話を進めないと。
驚いて少し当惑している琴野さんに対して、なにも言わさないように言葉を続ける。
「……推論ですが、通常の武霊使いが一ヵ月以上の期間を有するのなら、その逆鬼ごっこは今日の宣告から一か月後の行われると考えてもいいですか?」
「いいえ、武霊使いに目覚めてから、どの生徒組織に所属してない場合と、他の生徒組織から要請があった場合、即日行われることになります」
それはまた……
「……拒否権は?」
「ありませんわ。ただし、夜衣斗様の場合は例外中の例外で武霊使いになっていますから、その部分を考慮した判断がなされてますの」
まあ、それぐらいは配慮して貰わないとちと困る。
「その説明の前に、一つお聞きしてもよろしいですか?」
お聞きしたいこと?
「……なんでしょう?」
「夜衣斗様は、どこか入りたい生徒組織はありますか?」
ん? ……なるほど、既に所属している組織に新たに生まれた武霊使いも対象になるわけだから……
「……それはつまり、そのイベントには、『助っ人が認められている』というわけですね?」
その俺の問いに琴野さんは頷く。
「はい、既に所属している組織があるのなら、その組織と、その組織が助っ人を頼んだ組織を味方として付けることができますの。勿論、これは個人でも可能ですが、帰宅部を選択される方の助っ人を引き受ける組織はあまりいませんわ」
なるほど、逆鬼ごっこはいわば集団戦だ。数が多ければ多いほど有利に働くと考えれば、わざわざどこにも所属しようとしない奴を味方するなんて割に合わないし、仮にそんなんでも味方してくれるような奴だったら、とっくに部活なりに入っているだろうしな。なんであれ、転校したての俺に味方をしてくれる人物なんていないだろう。
そもそも、あれだけ悪目立ちしてしまったんだ。普通に考えると……
「……俺を対象にした逆鬼ごっこ申請している人達って結構います?」
「ええ、残念ながら」
「……ですよね」
「勿論、夜衣斗様はまだ武霊使いになられて数日しか経っていませんの。即逆鬼ごっこをするのはあまりにも酷ですわ」
「……猶予を与えてくれると?」
「はいですの。統合生徒会権限で、一ヵ月の猶予期間を設けましたの。それだけあれば、夜衣斗様への関心はある程度減る可能性もありますし、仲良くなられた方が味方をしてくれる可能性だってありますわ」
それはどうだろうか? 人見知りで、俺自身は平均以下野郎でしかない。そんな人物に味方をしてくれる人間っていうのは……正直、思い付かないな……
そう思ったが、ふと隣に視線を向けてしまう。
不意に俺から視線を向けられたせいか、小首を傾げて見せる美羽さん。
……まあ、美羽さんなら味方になってくれる可能性もあるかもしれないが、昨日聞いた話だと武霊部ってのに所属しているみたいだしな。これではどう考えても逆鬼ごっこでは敵に……敵に?
ぞわっと俺は思い出した。
星波神社で自称最後の敵に襲われた時のことをだ。
昨日の出来事である上に、片腕が砕け、胸に剣を突きさせられたことを早々と忘れるはずもない。
それが背筋を寒くさせたが、重要なのはそこじゃなかった。
「「現段階では星波町は勿論、星波学園の上位武霊使いにさえ勝てないだろう。当然、赤井美羽にも君は勝てない。今回勝てたのは、何度も言うようだが、なにもかもが君にとって有利に働いていたからにすぎないのだからな。それをより実感するためにも、一度は赤井美羽と戦ってみるといい。彼女は君と真反対な戦い方をするタイプであるが故に、丁度良い相手と言えるだろう。なにより、実戦はよい修練となる」」
思い出したその言葉に、まさに相応しいのが逆鬼ごっこじゃないか! あの自称野郎はこのことを知っていてあんなことを言ったのか? ……っく、掌で踊らされている感が物凄くあるが……
「……一つ聞いてもいいですか?」
「はい? なんですの?」
「……その逆鬼ごっこ。直ぐにやるわけにはいかないんですか?」
乗ってやるよその思惑に!