二、『武霊抜きにしても普通の所じゃなかった』
まあ、予想通りというかなんというか……
美羽さんと一緒に星波学園へ向かっていると、同じように徒歩で登校中の星波生がかなりいた。
昨日の町案内で聞いた話によると、星波学園には学生寮が六つあり、学園内にある『專』以外の『花』『月』『雪』『星』『宙』の五つは町内にあるという話だった。
しかも、その割合は全校生徒の約半分な上に、残り半分は町外からなので結果的に、学園へ近付けば近付くほど登校中の生徒の数は多くなる。
要するに、学園大橋を渡っている時点で、パッと見で軽く百を超える人数が周りにいるというわけで……その全員がチラチラと俺の方を見ていた。
人生初の注目度に、脂汗が出るのが止まらない感じで、ものすごく帰りたい。引き籠りたい。
「予想はしてましたけど、凄い注目ですね」
美羽さんがのほほんとそんなことを言ってくるが、俺と一緒にいることで否応なしに同じぐらい注目を集めているはずなのに、なにこの余裕。これでは一年先輩というアドバンテージを全然感じない。まあ、そもそも感じるつもりも、感じたいつもりもないんだが……なんであれ、なるべく周囲の視線を感じないように……ん? 視線?
ふと気になったことが生じたせいか、直前の緊張感が嘘のように俺は周囲を冷静に見回すことができた。
まあ、それでも何人かと目があったのはかなり恥ずかしかったが……ん~……
「……これだけ注目されているのに、誰一人こっちに近付いてこないですね」
俺の疑問に、美羽さん小首を傾げて、周りを見回した。
俺と美羽さんの周りには、何故か妙な空白地帯ができており、明らかに人のパーソナルスペースより広く開いているように見える。
その様子を見た美羽さんは、ちょっとだけ苦笑した。
「みんな『武風』を警戒しているみたいですね」
武風?
その美羽さんの言葉に、改めて周りを見回すと、橋の歩道に、一定間隔で『武装風紀委員会』と書かれている腕章を付けている生徒が立っていることに気付いた。
「……武装風紀委員会を約して武風なんですか?」
「そうですよ。あの人達は、学園で起きる武霊に関したことに対処するために集められた武霊使いで、生徒だけで作られた自警団みたいな感じですかね?」
「……なるほど……っで、なんで彼らを警戒しているんです?」
俺のその問いに、美羽さんがちょっと困った顔になった。
なるほど、つまりさっき美羽さんがうっかり喋ってしまったことに関わっているわけか。なら、ここで迂闊にその話題をするのは避けるべきだな。
「……今日はいい天気ですね」
なんとなく空を見上げて、下手な話題の変更をしてみる。
「そ、そうですね」
それに乗っかった美羽さんが微笑んだ時、丁度学園大橋を抜けた。
学園大橋の先には、半円形の巨大な広場。
右側にバスが何台も止まれそうな停留所。
左側に地下に繋がると思わしき広い階段とスロープ。
学園大橋の下には線路が整備されているので、そこに繋がる階段か?
まあ、スロープが一緒にあることを考えると、地下駐車場にも繋がっているのだろう。
そんな二つに挟まれてあるのは、五つある巨大な門だった。
確か『学園大門』と名付けられている門だったかな?
遠目から見た感じだと、五メートルぐらいの大きさだろうか? 連なる壁も門より少し低い程度だし……ちょっとどころじゃないほどの過剰さだな……
そんなことを思いながら人の波に流されて門に近付く。
段々近付く門をなんとなく見ていると、学園大門は両開きの開き戸のようで、こっちに向かって開かれているようだった。
なんとなく、どうしてこっち側なんだろう? と疑問に思うが、特に考えも挟む必要もなく解決した。
門の向こう側に自動改札機が立ち並んでいたからだ。
あれが設置されているのであれば、内側に開く訳にもいかないよな。あと、波対策とか考えるなら、外向きにしか開かないようになっていれば、耐久性が向上するかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は内ポケットから仮っと書かれている一枚のカードを取り出す。
実は今日、春子さんの家から出る時に、この仮生徒カードというのを渡されていた。
なんでも、星波生はこのカードで登下校を管理されているとか。
また、現金を持つことが許されていないらしく、その代わりとして生徒カードには現金をチャージする機能があるらしい。
っで、なにか必要になったら、学園内の売店とか、一部の星波町内の店で生徒カードを使って買うことができるとのこと。
無駄使いとか買い食いとか……後は生徒間での恐喝とかを防ぐ意味があるんだろうが、正直、武霊使いは星電マネーがあるので前者に対しては意味があまりない気がするな。
そういえば星電マネーって武霊が関わっているから、星波町外に持ち出せない金銭でもあるんだよな?
だとすると、星電マネーの方は、生徒カードにチャージした現金とは逆に積極的に使って、無駄遣いをした方がいいかもしれない。
町の経済の活性に繋がるだろうし、使わないと色々な意味で無駄になりそうだしな……というか、そもそも、星電マネーって、財源をどっから捻出しているんだ?
現状で星波町の基幹産業といえるのは、星波学園のみ。
これだけではぐれ撃退の報奨金を出せるほどの収入があるのかかなり疑問だ。
いや? 俺が今着ている制服が武霊能力で作られたとするのなら、道路の整備などのある程度の公共事業を武霊に任せることが可能になる。
なら、報奨金に回せるぐらいの予算なんて軽く生じさせることができるな。
とはいえ、外に関わるような事業にそんなことをすれば、忘却現象のせいでおかしなことになるだろうから、ある程度のごまかしと、できないものなども結構あるかもしれない。
そう考えると、星波学園を運営している琴野グループがある程度の金銭的支援をしているのだろうか?
だが、ここも忘却現象がネックになるよな……資金管理だって本社が町の外にあるだろうからそっちでやっているだろうし、ここに変に資金を贈与するとかするのは、場合によっては脱税行為などの犯罪として外で捉えられてしまう可能性だってある。
などと余計なことを考えながら、密度の増した注目を気にしないようにしつつ、俺は自動改札機に仮生徒カードを押し付けて星波学園へと入った。
逃避の思考に没頭していた為、転ばないように俺の視線は下に向けていた。
それは改札機を潜ってから数歩は変えなかったんだが、ふと濃く良い香りが鼻を刺激したため、思わず顔を上げてしまった。
その瞬間、目の前に予想だにしてなかった光景が現れ、思わず立ち止まってしまった。
現れたのはいわゆる庭園と呼べるようなもの。
ただし、その規模が色々な意味で桁違いで……ここはどこぞのお城か? っと思わず思ってしまうほど豪華絢爛だった。
バラを始めとするポピュラーなものは勿論、アネモネなどの園芸などでしか見掛けないようなものから、オオイヌノフグリなどの草花まで、ありとあらゆる五月に咲く花々が咲き乱れていた。
しかも、学園大門から奥へ奥へと行くたびに段々と背が高い植物が植えられている上に、そこを通る道が放射線状に作られているので、途切れることなく様々な花々を今の位置から見ることができる。
赤白黄青紫……まあ、これでもかってぐらい様々な色を持った花が無数に生えているが、ちゃんと計算して植えられているのか雑然とした感じではなく、一種の芸術作品のように整然と存在しているように見える。
そういえば、星波町に来る前にネットで見た航空写真では、橋を抜けた先がやけに緑になっていたな。
夏頃に撮ったものだったのか、それともその時期にはまだこんな風にやっていなかったのかどうかわからないが……アホみたいに凝り過ぎだろうが……本当にここは学校施設か?
呆然に近い感じで目の前の花々を凝視していると、隣にいた美羽さんがクスクスと笑い、後ろ腰に両手を当てて、下から覗き込むように俺の顔を見た。
「どうですか夜衣斗さん? 凄いでしょ?」
この人はまあ、いちいち可愛らしい仕草をしてきて困る。
などと思っていることを知らない美羽さんは、覗き込むのを止めて、俺の前に出てくるっと一回り。
「ここ学園庭園にある草花は、み~んな星波生が植えたり育てたりしたものなんですよ」
何故か胸を張ってエッヘンとする美羽さんに、俺は思わず苦笑してしまった。
美羽さんの自分の範囲が結構広いのかもしれない。まあ、自分が在学している学校の凄い所を自慢したくなるのは普通の感覚かな?
「ちなみに、夜衣斗さんから見て右側の大学区画の方には、学園長の趣味が加わったもっと凄いところがありますから、放課後にでも見に行きましょ?」
そんな花をバックに微笑まれて誘われたら、断れる男なんていやしない。
「ええ」
特に思考を挟まずに頷くと、美羽さんは満足そうに笑う。
「じゃあ行きましょう夜衣斗さん。まずは統合事務局で夜衣斗さんの転校手続きを終わらせないと」
美羽さんの先導で、『学園総合事務局』と呼ばれる場所に行き、俺の顔写真入りの生徒カードを貰った後、いよいよ高校校舎へと向かう。
のだが、なんというか、航空写真で馬鹿でかいとはわかっていたが、直に見ると驚嘆しっぱなしになるというかなんというか……
学園大門前から、花々が咲き乱れる学園庭園を進むと、外周には森と形容していいほどの木々が植えられていた。
木の大きさから考えて、植樹したものなのだろうが、なんでわざわざこんな大量に植えているんだろうか?
そんな意味不明な森を抜けると、亀みたな……警備ロボットか? が出入りしている黒いドーム状の建物『学園警備局』が目に入り、学校の設備にしては過剰過ぎるものを目撃。
美羽さんいわく、星波学園は琴野グループが開発している様々な技術のテストを行っているらしく、亀みたいな警備ロボット『トータルガード』もその一つだとか。
確かに琴野グループは警備会社なども含めて手広くやっているって話だったが……
っで、その警備局の脇を通って進むと、右側に全体的に白く巨大な柱やギリシャ彫刻みたいなレリーフが散りばめられた建物『学園大講堂』、左側に流線形にデザインされた五階建てのマンション『学園寮・專』があって、そこを通り抜けた先に、小さなビルである学園統合事務局があった。
なんというか、どれもこれも四つの学校が統合されているからといっても、学園の設備にしては過剰過ぎる。
技術のテストも兼ねているんだろうが、教職員合わせて三千ぐらいでは……ん~もしかして丁度いいんだろうか? ちょっとよくわからないな……
まあ、なんであれ、本当に色々とある。
今歩いている小中高区画の端にある長く広い歩道になんて、その真横に船着き場がある上に、モーターボートやら小型船舶やら色々と船が置いてあったりもした。
見ていて飽きないが、謎の豪華さというか……もしかしたら、幾つかの施設は武霊能力で再構築したり、創り出したりもしているのかもしれない。
既にあるものを武霊能力で加工した結果は、例えその武霊能力の具現化を解いても維持されるだろうしな。
問題は、それを源さんが破壊と認識するかどうかだよな……まあ、そこら辺は追々とわかってくることだろうし、深く考えるのは止そう。
事務局に立ち寄ったことにより、登校時間から少しずれたせいか、歩道を歩く他の生徒はまばらだった。
なので、今は学園大門前後ほどの注目度は集めてはいない。
が、数が多かろうと少なかろうと見られていることには変わらないので、意識するとどうにも無用な緊張感を感じてしまう。
そのことに結構な情けなさを感じつつ、俺はその緊張感を誤魔化す為に周りの光景へより視線を向けながら歩いていた。
正直に言えば、見ていて飽きないという理由もある。
まあ、転校初日な上にこうも特色のある学園であれば、俺でなくても興味は尽きないだろう。
歩道は、ひし形のモノグラム的にデザインされていて、歩いている感触からしてゴムかなんかを混ぜた弾性を持った素材で作られているようだった。
この素材は学園内の道という道に使われているようで、生徒の足腰を心配してか、ただのテストかわからないが、なんとなく高そうだ。
歩道の学園内側に目を向けると、三メートル以上はある防波堤があり、通り過ぎた小学校舎前ともうちょっと先にある中学校舎前には、かなり分厚そうな金属製の校門があった。
とはいえ、武骨なイメージを抱かせないためか、防波堤と校門には抽象画的ななんかこう、芸術? って感じの絵がびっしりと描かれていた。
綺麗といえば綺麗だが、芸術に縁遠い俺からするとシンプルなデザインの方がいいんじゃないか? と思えてしまうが……まあ、俺がこの場でとやかく思ってもしょうがないな。
それにしても、今通り過ぎた中学校舎校門の配置からすると、どうやら小中高区画は均等に三つに分けられていて、それぞれの校舎や施設が建てられているようだ。
防波堤がある歩道からでは全ては見えないが、かまぼこ天井の体育館に、五階建ての校舎は、他の施設に比べてシンプルなデザインに見える。
そのせいか、校門の隣の防波堤に星波小学校とか星波中学校とかプレートが張り付けてなければ、どっちが小中かわからないほど全く同じ感じだった。
まあ、対象年齢から考えれば、建物内の構造は違っている可能性はあるが、他の施設があれ程特色あるのに学び舎だけシンプルというのは、ちょっと意図がわからないな。
校舎だけ普通だと、かえって普通さが異質に感じるし、各施設を部分部分として見れば統一性を感じられるが、学園全体として考えた場合、もはやカオスといってもいいほどの統一感の無さを感じる。
ということは、琴野グループは星波学園を本気でテストの場として考えているのかもしれない。
学校施設の建設って建前があれば、ある程度の税金の免除などとかがあるとか?
まあ、そこら辺を詳しく調べたことなんてないから、本当にそうなのかどうかなんてわかりようもないし、それを本気で調べようと思うほど興味を惹かれることでもないな。
そう思うと同時に、丁度タイミングよく高校校舎校門前に辿り着いた。
「じゃあ夜衣斗さん。事務局で言われた通り、まずは職員室に行きましょう」
「……ですね」
美羽さんの言葉に頷きながら、チュイーンと四本足の裏に付いたローラーで背後から高校校舎敷地内へと入るトータルガードに思わず視線を向けてしまう。
それにしても……警備ロボットが徘徊している学園ね……武霊抜きにしても普通の所じゃなかったみたいだな……