一、『いよいよ初転校初登校か……』
パチッと目覚めると、目の前には見知らぬ天井。
一瞬状況がわからず固まるが、直ぐに春子さんの家に用意された自分の部屋だと思い出す。
赤井家での歓迎会の後、酒を飲んで酔っ払っていた春子さんをシールドサーバントで運び、シャワーを浴びて、パジャマだけを段ボールから取り出して、さっさと寝てしまったのだが……
上半身だけ起こし、周りを見回す。
最初っから用意されていたベッドの周りには、段ボールが所狭しと置かれていた。
俺の服とか生活に必要なものとかだけなら、段ボール一つ二つで済んだんだろうが……うちの母にも困ったものだ。まあ、見たい漫画とかが直ぐに読めるのはありがたいことではあるが……これをどう片付けろと? 物凄くめんどくさいんだが……
などと思いながらベッドから出ようとした時、気付いた。
何故か春子さんがベッドの縁に顔をうつ伏して寝ている。
服装は、これまた何故か昨日の歓迎会時に着ていたメイド服のまま。
メイド服を着ていた割には、給仕とか全然せずに食って飲んでばかりしていたが……まさか普段着ってことはないよな?
一抹の不安を覚えつつ、昨日のことを良く思い出してみる。
確か、シールドサーバントで運んだ春子さんを、自室だという思いっ切り腐な部屋の中のベッドにほっぽった。
よな? じゃあ、なんでここにいるんだ? 酔いが醒めない内か、起きた後に寝惚けてここに来たとか?
なんであれ……
「……春子さん」
寝ている春子さんの肩を揺すってみる。
が、反応はない。
「…………春子さん!」
ちょっと強めに揺すってみるが、やっぱり反応はない。
代わりに、
「うへへ。駄目よ夜衣斗ちゃん。え――」
ふざけた寝言を言い始めそうだったので、反射的に頭にチョップを放ってしまった。
一瞬しまったと思ったが……
「っち。ぐふふふ」
不気味な笑い声を上げ始めたので、思わず深いため息を吐いて、チョップを連発。
「うにゃ! にゃ! な、なに!?」
ようやく起きた春子さんだが、なんとなくチョップは止めない。
「いたい、痛いわ夜衣斗ちゃん!」
ささっと俺のチョップの範囲から逃れる春子さん。
思わす舌打ちをしたくなったが、代わりにため息を吐き、ジト目になる。
「……なんで俺の部屋にいるんです?」
俺の問いに春子さんは人差し指を頬に当て、腕を組んで考える仕草をした後、ウィンクと共に舌を出した。
「夜這い?」
さっとチョップ体勢になると、さっと頭を庇う春子さん。
まったくしょうがない人だな……まあ、酔っぱらいがやったことだ。これ以上追及しても意味のないことだろう。
そもそも、そんな時間もない。
目覚まし機能が起動し、ピピッと鳴り出すスマフォを止めつつ、
「……着替えますので、出て行ってくれます?」
チョップの素振りをしながらにっこりと笑う。
「はいはい。夜衣斗ちゃんって、目覚ましより早く起きるタイプなのね」
と言って立ち上がった春子さんは、ふと思い出したように、壁の方を見る。
つられて同じ方向に目を向けると、そこにはブレザーが掛けられていた。
どうやら段ボールから制服だけは出してくれていたらしい。
「ちなみにあれが星波学園の制服だからね」
は?
予想外の言葉に、思わず春子さんを見るが、別に冗談とかを言っているわけではないようだった。
まあ、こんな冗談なんて言う意味がないしな……
などと思いながら改めて壁に掛けられているブレザーを見ると、確かに服のデザインも胸の校章も見たことが無い物だった。
ブレザーのデザインはそれほど特出したものではないが、胸にある校章が流れ星の下に広がる波を描いたデザインだったので、明らかに前の学校と違う。
とはいえ、俺がこれまで通っていた高校もブレザー指定だったので、パッと見で気付かないのは無理もないよな……いや? そもそも、俺の転校が決まったのはゴールデンウィークに入る前であって、こんなに早く制服が用意されているとは普通は思わない。
転校生が前の学校の制服を着て登校するのは定番なネタになるぐらいなのだから、それが普通である可能性が高いと考えても支障はないだろう。
まあ、そうはいっても、ここは武霊なんてものが存在する町だ。
この制服だって、武霊能力によって作られた物だと仮定するのなら、短期間で用意されたことに不自然さはないように思える。
だが、社会構成の中に武霊能力を組み込むのはどうなんだろうか?
自分だけ違う制服で浮いてしまう恥ずかしさを予測していただけに、非常に助かったといえば助かったわけだから、変に否定するのもどうかとは思うが……とはいえ、正直制服だけ同じでも注目度の軽減はされないだろうしな……
なんだか朝っぱらから胃がキリキリしてきた。
思わず胃を押さえてしまう俺に、春子さんは優しく微笑んでくれるが、
「じゃあ、早く着替えて赤井家に行きましょ?」
言っていることは大人の女性として……どうなんだろうか?
「……本当に三食お世話になっているんですね……」
「だって私は家事全般全然駄目なんだもん」
エッヘンと何故か胸を張ってそんなことを言う。
思わず再びジト目になりながら、深いため息を吐いてベッドから出る。
壁に掛けられているブレザーに近付きながら……言うことだけは言っとくか。
「……胸を張って言うことですか……母にリークするつもりは今のところありませんが、努力ぐらいはするべきだと思いますよ?」
パジャマのボタンをはずしつつ、
「自立した女性だからという理由も含めて、俺は春子さんに預けられているわけなんですし、女性であろうと男性であろうと、ある程度の自立性は…………」
ふと気付く。
じーっと俺が手に掛けているズボンの部分を見ている春子さん。
「……春子さん」
俺の呼び掛けた声に怒気が混ざっているのを感じたのか、てへぺろっと笑い。
「漫画の参考にしようと思って」
「……出て行ってくれます?」
「は~い」
しぶしぶっていった感じで出て行く春子さんを見ながら、俺は思う。
これからこんな人と一緒に暮らさなきゃいけないのか? ……すこぶる憂鬱だ。
赤井家のダイニングで、俺と美羽さんは朝食を取っていた。
っで、美羽さんもブレザーを着ているんだが……どの服でもかわ……じゃなくて、ネクタイの色が違う。
俺が青で、美羽さんは赤。
男女の違いって考えられなくもないが、ネクタイの色で学年を判別しているところが多いよな? まあ、詳しくは知らないからなんともいえないが、少なくとも前の学校はそうだった。
ん~今更ながら美羽さんが年下なのか年上なのか知らない事実に気付いたな。
とはいえ、この感じで年上ってことはない。
と思う。
今更ながら年齢を聞くのも、そもそも女性に対して年齢を聞くのはタブーだしなぁ。
などと思っていると、
「そういえば、言い忘れていましたけど、美羽は夜衣斗さんの一つ下の学年なんですよね。なので、一緒のクラスになることはないので……ちょっと残念です」
向こうから教えてくれた。
俺がそういうことを考えているのを勘で察したんだろうか?
黙っていてもこれでは、俺がなにかを隠していることをなんとなく感じている可能性があって困る。
つまり、美羽さんを俺の死の運命に巻き込むべきではないと考えるなら、より注意を持って接しなきゃいけないってことになるのだが……さて、それをどう注意すればいいんだか……
出された朝食を食べながら、俺はため息を吐きたい気分になった。
今後のこともそうだが、今のこの状況がどうにも……御好意を無下にするのは、人としてどうかと思って御厄介になってはいるが……
頂いているご飯・味噌汁・ベーコンエッグは美味しくて、ありがたいことではある。
のだが、居心地がいいと思えるほど直ぐに適応できる柔軟性は俺にはないし、朝食を食べて居間のソファでごろごろしている春子さんのようには振る舞える訳もなく、というか、適応し過ぎだろうが! なんで横になりながらのほほ~んと茶をすすりってテレビ見てやがるんだあの人は! 神経図太過ぎだろうが!
思わず恨みがましく春子さんを見てしまうが、その際に視界の隅に映ったテレビの内容がふと気になった。
朝のニュース番組で、昨年日本で起き、世界中を震撼させた二つの事件『弱者同盟事件』と『東京ラグナロク』の特集。
この二つの事件は、首謀者達が神話などで語られている女神の名前を使っていたため、関係あるのではないかと言われていた。
色々な憶測や、未だに捕まっていない首謀者達など、色んな理由で非常に興味を持っているのだが……特集の内容は俺がネットで調べた以上の情報は語られていないようだった。
ん~だとすると、事件解明が進展したという話も聞かないし、見る必要はないな。
そう思った俺は、『人形の館事件』についてというテロップが入った時点で、視線を美羽さんに戻した。
本当においしそうにご飯を食べているな……
って、いや、別に美羽さんを見る必要はないんだが、正面に座っているために自然と視線が行ってしまうんだ。決して幸せそうに朝食を食べている美羽さんが可愛いからとかそんな理由で……って誰に対して言い訳しているんだ俺は……
自分自身の思考に思わず呆れた時、直前に見ていたニュースのせいか、連想して気になることができた。
こればっかりは聞かないとわからないので、少々の覚悟を決めるために小さく深呼吸。
「……美羽さん」
「はい、なんです?」
にっこりと笑って小首を傾げてくる美羽さん。
どうにも慣れないな……この程度でいちいち心臓が高まっていたら、これからやっていけないぞ? 平常心平常心。
「……昨年の『弱者同盟事件』に星波学園は巻き込まれていました?」
「あ~いじめられていた人達が、テロリストにそそのかされて復讐する事件が立て続けに起きたって奴でしたっけ?」
「……ええ」
正確には、社会的弱者、学校であろうと会社であろうと虐げられていた。もしくは、虐げられていたと思い込んでいた者達に、高い科学技術を有した弱者同盟を自称するテロリスト集団が技術提供したことにより、日本全国で強者への復讐と称した犯罪行為が横行した事件だ。
その発生件数は起きていなかった都道府県市町村がないほどに非常に多く、また対象も幅広いため、国は後手に後手にと回らざるえなくなり、最終的には一時期国会議事堂を占拠されるまでに至る。
まあ、その国会議事堂占拠事件を機に、弱者同盟は壊滅状態になったわけだが……なんであれ、俺自身、中学時代にいじめを受けていたので、弱者同盟事件は他人事でなく、いつ彼らから誘惑があるのか恐怖に近い感情を抱いていた。
弱者に提供されていた技術は、治安維持の関係上公開されていないが、起きた復讐事件の情報を統合する限り、毒ガスや高性能爆薬などの個人が持つには過剰過ぎるものが与えられていたようだった。
もし、そんな力を当時の俺が持てば、弱者同盟事件で捕まってしまった弱者達と同じことをしていたんじゃないかという疑念は、今でもある。
幸いなことに俺の所には彼らからの誘いはなく、こうして何事もなくこの町に来るまでは過ごせていた訳だが……そういえば、去年出来事はほとんど思い出せないが、この事件ともう一つの事件のことだけは妙に記憶に残っているんだよな……そもそも、今考えるとあんな底辺の高校で、弱者同盟事件が起きなかった方が不思議だよな? いじめだって結構横行していたみたいだし……まあ、馬鹿過ぎて彼らが技術を提供するに値する人物がいなかったってだけかもしれないが……ん? ちょっと待てよ? 今、美羽さんは聞いてきたよな? それってつまり……
「……その感じだと星波学園でも起きていなかったんですね?」
俺の問いにこくりと頷く美羽さん。
「武霊なんてものが存在する町ですしね。特に星波学園は武霊使いの密度も高いですし、下手に介入できなかったんじゃないかって、部活の先輩が言ってました」
「……まあ、忘却現象とかもありますしね」
「それもありますけど、学園では結構頻繁に武霊に関するイベントとかが催されてますからね。そういうのを目撃しちゃえば、関わろうとは思いませんって」
まあ、武霊なんて超常的な奴を見れば、弱者同盟事件だって可愛く見え……るのか? というか、
「……イベント?」
俺の疑問に美羽さんは頷いた。
「例えば、申請さえすれば『武霊ファイト』って呼ばれている武霊を使った勝負ができるんですよ」
「……申請さえすればってことは、個人でも団体でもできるって感じなんですかね?」
「ええ、個人的な揉め事の解決から、部活単位での催し物まで、色々なことで武霊ファイトは使われていますよ」
「ようは武霊を使った喧嘩って感じですか?」
「そう言っている人もいますね。ちなみにこれを提唱したのは、星波学園在学中の美春さんだったりします」
「……幸野さんが?」
随分イメージと違うことをするんだな……
「美春さんは初代『統合生徒会長』ですからね」
「……統合?」
「星波学園は小中高大の学校を一つにしている学校です。その生徒を一つにまとめるためには、それぞれの生徒会生徒会をまとめる生徒会長がいるんですよ。とは言っても、各生徒会長の中から選ばれるだけですので、生徒会長は生徒会長なんですけどね」
はあ? ……要するに、
「……星波学園は生徒数が教職員より圧倒的に数が多く、その上、武霊使いの数も多いから、彼らをまとめるためにも大人による統治ではなく、同じ子供による統治の方が生徒としても納得し易くやり易いがために、統合生徒会と言う組織を作ったってところでしょうかね?」
「え? あ、はい。多分そんな感じです」
これは俺が言ったことをわかってない感じだな……さっきの言葉も誰かの受け売りかなんかかもしれない。まあ、なんであれ、そうなると、星波学園では生徒会の力は結構ありそうだ。それが良いのか悪いのか現時点では判断は付かないな。
「……幸野さんって、自警団団長だったり、そんな仕組みを在学中に作ったりと、かなり凄いんですね」
「そうなんですよ!」
思考を巡らせながら、なんとなく幸野さんを褒めた瞬間、美羽さんがまるで自分が褒められたかのように顔を輝かせる。
「美春さんって本当に万能超人みたいな人で、武霊発生当初から色んな仕組みを作ったり、自警団だって美春さんが作ったんですよ」
ムフーって感じで興奮したように語る美羽さんに若干気圧されてしまう。
そんな俺に対してお構いなしに言葉を続ける美羽さん。
「これから夜衣斗さんがやらなきゃいけない『逆鬼ごっこ』だって、よくできた仕組みだってみんな言ってますし」
「……逆鬼ごっこ?」
「あ、はい。武霊使いって基本的にどこかの部活・同好会に所属しなくちゃいけないんですよ」
「……学園内での武霊使いの制御と監視の意味って感じですか?」
「らしいですよ。部活に青春の汗を流していたら、余計なことを武霊でしないだろうって考えもあるとかなんとか」
「……それは一理あるかもしれませんが……必ず所属しなくちゃいけないんですか?」
死の運命のことを考えると、放課後は極力人に関わらない方が良さそうなんだけどな……
「いいえ、一つだけ所属しなくてもいい方法がありますよ」
「……それが逆鬼ごっこ?」
「はい。逆鬼ごっこはその名の通り、鬼になった対象の武霊使いを、子になった部活・同好会所属の武霊使いが捕まえるってゲームなんですけど、それで期間内に逃げ切れた人のみが所属しなきゃいけないことを免除されるんです」
「……なんで逆鬼ごっこなんです? 普通に捕まえる対象が子で、捕まえる相手が鬼でもいいんじゃ?」
「逆鬼ごっこの対象になる人の数が少ないですし」
「……なるほど、確かに鬼ごっこは普通鬼一に対して子が多数ですものね……武霊使いが対象ってことは、武霊能力の使用は解禁されるんですか?」
「ええ、鬼や子に直接使っちゃいけないとか、子は武霊を倒されると退場とか、細かいルールは現統合生徒会長の……」
不意に顔をサーッと青くさせる美羽さん。
「ど、どうしよう。これって美羽が言っちゃいけないことだった」
言っちゃいけないこと? ん~……
「……つまり、部活同好会側に、武霊使いを所属させるメリットがあるってことですか?」
「な、なんでそう思うんです!? 美羽、そんなこと一言も言ってないですよね!?」
「……そりゃ武霊使いという場合によっては厄介ごとになりそうなのを抱えるということは、万が一の事態になった場合に責任を負うということですからね。そう考えると、町から貰えるはぐれ撃退の報奨金以外に、倒した数に応じて部費などが増えるとかそんな感じなんじゃないかとおもって」
「その通りですけど……」
「……だとするのなら、新入生や転校生の武霊使いは、部活同好会間での争いの火種になりかねない。その対応策の一つとして、逆鬼ごっこに関することなどが統合生徒会長から説明されるまで伏せられる。逆鬼ごっこの情報が未所属の武霊使いに伝わるということは、それだけでその個人の判断や思いに影響を及ぼしかねないですしね……とはいえ、本来なら、美羽さんがうっかり喋ってしまうような事態は起こりえないでしょう。武霊が取り付くまで通常は一ヵ月以上星波町に通うか住むかしないといけないのなら、その前に逆鬼ごっこのことなどを伝えればいいわけですし、わざわざ武霊使いではない者に教える必要もないですからね。うっかりしてしまうのは無理からぬことだと思いますよ」
その俺のフォローに、ぽか~んと俺を見ていた美羽さんはパーッと顔を明るくした。
「そうですよね! うん。そうですよ」
まあ、それはあくまで俺の感想であって、他の人がどう思うかは、その人の価値観次第だからな……
「……とりあえず、お互いに今のことは黙っておきましょうか」
「そうですか?」
「……ええ」
「ん~夜衣斗さんがそう言うなら……」
いまいちよくわかってなさそうな美羽さんに一抹の不安を覚えるが、まあ、この程度の情報漏洩では大した罰にはならないだろう。
そんなことを思っていると、美羽さんがふと俺の背後を見た。
確か俺の背後の壁には時計が掛けられていたな。
「そろそろ家を出ないとまずいかもしれませんね。転校の最終手続きとかでちょっと時間を取られるって話ですから」
そういえば、星波学園は少々特殊なところがあるんだったな……まあ、今聞いた話でも十分過ぎるぐらい特殊な感じだが……
美羽さんの言葉に頷いた俺は、折角出して貰った朝食を残す訳にはいかないと思い……緊張のためにあまり喉が通らないが……強引に口の中に残りをかき込んだ。
いよいよ初転校初登校か……正直、武霊のことを考えると不安しか出てこない。
唯一の救いは、今日がゴールデンウィーク明けの土曜日だということかな?
なんでも星波学園は私立であるためか、学校週5日制ではなく、土曜半日授業にしているとのこと。
これなら今日は半日で終わる上に、明日は休み。
どんなに心的ダメージを受けても、引き籠ることができる! ……って、なに考えているんだか……情けないぞ俺! …………はぁ。