26、『最後の敵』
商店街にある洋菓子兼和菓子屋『ホワイトキャット』から出てきた美羽は、その手にケーキの入った箱を持っていた。
ホワイトキャットはパティシエの奥さんと和菓子職人の旦那さんが経営する菓子店であり、和洋は勿論、そのコラボレーション的な様々な商品があるため、星波町のみならず、他の町からわざわざ買いに来るほど人気店。
それ故に、夕方にはほとんどの商品が売り切れになっていることが珍しくない。
が、今日は大量の分裂体に襲われた影響によりほとんど売り切れになっていないという、少々同情したくなりそうな惨状になっていた。
店舗的には他の商店街の店と比べで少々外観が焦げているぐらいで済んでいるので、全壊に近い状態になっている店と比べれば、直ぐに営業再開できただけでも幸運だったといえなくもない。
もっとも、そこら辺の事情に全く関係ない美羽は、なにも考えずにただ単純に一番人気商品である白猫ケーキを買えたことに上機嫌となっていた。
砂糖菓子で作られた白猫の人形が乗せられたホワイトケーキである白猫ケーキは、日によっては午前中で売り切れるほどで、美羽自身も買おうと思って買えなかったことを何度も経験している。
それを残り一個で、かつ、ホールで買えたとなれば、今日一日の出来事を一時忘れて鼻歌とか歌い出してしまう。
持っているものが持っているものなので、流石にスキップはしなかったが、鼻歌を歌いながら荒れ果てた商店街を歩くのは、酷く光景にそぐわない。
夜衣斗がこの場に居れば、慣れとは怖いとでも思いそうなことをしながら、美羽はなんとなく視線を商店街の一店舗に向けた。
シルクハットとマントに長靴を履いた白猫が看板に描かれている服屋『長靴を履いた白猫』。
そこの店主の方針か、老若男女様々な年代業種の服を取り揃えているため、三階建ての店舗内は常にカオスな状態になっていることで有名な店だった。
普段からカオスな状態の店内が、分裂体の強襲によりディスプレイに使われたガラスやマネキンが周囲に四散していて、更に混沌とした状態になっているのが店外からでも見て取れる。
そんな状況にもかかわらず、ガラスの無くなった自動ドアにはオープンの掛け看板が付けられていた。
星波町住人で、特に商店街の面々は、店舗まるごと無くなったり、商品全てが駄目になりでもしない限り、基本的に店を閉めることはない。
度重なるはぐれとの戦いの経験により、毎回毎回被害が出る度に店を閉めていたら、瞬く間に商売が成り立たなくなってしまうからだ。
加えていえば、星波町には星波デパートという商店街最大のライバルがある。
そこに負けないためには、ある程度のタフネスさが必要であり、それを受け入れられる度量が星波町住人にはあるので多少の損害程度なら客足が途絶えることはない。
当然、星波住民である美羽が気にしたのはそんなことではなく、あることを思い出してのことだ。
夜衣斗のただ単に色違いな服装に、「……あんまり服装にこだわりはないので」「……あまりお金がないですからね」という台詞に加え、その時の美羽の思い付き。
それらを連想して思い出した美羽は、にいっと笑う。
「んふふ。昨日と今日のお礼ってことならいいよね?」
そう誰ともなくつぶやいてから、美羽は服屋へと入っていた。
最後の……敵だと?
俺の前に現れた男性の言葉に、胸に剣が突き刺さっているのを一瞬忘れて、俺は眉を顰めた。
いきなり攻撃されて、ラスボス宣言をされれば、不審に思うのは普通だ。
そもそもなにを持って最後の敵だとする? ゲームや漫画じゃあるまいし……
俺の心の疑問に、自称最後の敵は苦笑し、ノートパソコンを打つ。
「「随分余裕だな。胸の剣が目に入らないのか?」」
突き刺した本人がそれを言うか!
「「安心しろ。それは攻撃用の剣じゃない」」
は?
自称最後の敵の言葉共に、俺に突き刺さった剣の翼が大きく開き、輝き出した。
それと共に、ふわっと俺の身体が楽になる。
思わず胸を見ると、俺の身体も淡く輝いていた。
回復系の武霊能力? いや、さっき最後の敵って……
敵と自称しておきながら、俺を回復した自称最後の敵の行動に困惑するしかない。
俺の身体から輝きが消えると共に、役目を終えた回復剣は霧となって消えた。
後に残った俺の身体は、先程まであった気怠さや疲れが一切なくなっている。
意識もさっきよりクリアになった感じがするので、意志力も回復しているのかもしれない。
「「今の剣は、癒しの翼剣。怪我の治療は勿論、疲労回復に加え、強力な意志力譲渡能力がある設定だ」」
意志力譲渡? コミュニケーションで受け渡し増幅される現象を強化しているってことなのか?
「「そう捉えてくれても支障はないな」」
自称最後の敵の返答に俺はますます眉を顰めた。
なにが目的なんだ?
そう問いを思いながら、俺はゆっくりと立ち上がり、神社本殿から下りて石造りの参道で自称最後の敵と対峙した。
俺の背後では、オウキが半透明な状態で出ており、いつでも具現化できるぞこの野郎って感じの敵意をバンバン出している。
防御具現をあっさり破られたことに怒っているのか、守れなかったことに警戒しているのか知らんが、下手に刺激するなよ。まあ、この考えも向こうには伝わっているんだろうが……
俺とオウキの警戒の目線に、自称最後の敵は苦笑する。
「「さて、そこまで元気であるのなら、始めようか?」」
始める?
「「決まっているだろ? 主人公と敵が相対した時、やることは一つだ」」
自称最後の敵の言葉に、俺は思わず目を見開いた。
主人公という言葉がここで出てくるとは思わなかったからだ。
そして、その言葉を俺に対して口にしたのは、心の中にいるサヤのみ。
つまり、俺に運命を変える選択を与えた謎の老人の関係者?
俺の思考に自称最後の敵は答えない。
ただ、背後から自身の武霊を半透明状で出した。
あらゆる銃と剣で構成された身体。
その形はオウキとは違い、日本刀とリボルバーが飾りとなって変わり兜のようになっている頭部など、日本甲冑をベーズにデザインされた姿をしていた。
「僕の武霊『転剣銃王』。身体から出すことができる様々な剣と銃に、それぞれ特殊な効果を付与する武霊能力を持つ」
ということは、オウキと似たオリジナルタイプか?
「では、始めようか?」
な!
「ちょっと待った!」
このままでは訳がわからないまま戦いに突入しかねないと思った俺は、思わず制止の言葉を口にしていた。
「意味がわからない。いくらなんでも唐突過ぎる! なんでいきなり、見知らぬあなたと戦わなくちゃならない!? 理由がなさ過ぎる!」
「「『宿敵』と相対したんだ。そこに理由など必要ないだろ?」」
「ふざけてんのか!?」
あまりにもふざけた回答に流石の俺も頭にきた。
もしかしたら、さっきまでの戦闘の影響が残っていたのかもしれないが、普段の俺では決して出さないレベルに声を荒げる。
「あんたが何者で、なんでいきなり俺の治療なんてし、襲い掛かろうとしているのかはわからないが、武霊は武装である以上、凶器だ! それをむやみやたらに使うなんて、それでも大人か!?」
昨日のはぐれ、今日の分裂体によって引き起こされた町の爪痕を見れば、否応なしにも自覚させられる。
武霊は危険な能力だ。
選択を間違えれば、多くを失う結果になりかねない。
特に俺のオウキは、死の運命を変えてしまうほど強力であるのなら、なおさら使うのに慎重になる。
喧嘩かなんかしらんが、相手が例え戦う気満々であろうと、使うことが避けられるなら避けるべきだ。
だが、その思いを読んでいるはずの自称最後の敵は、肩を竦める。
「「別にふざけてなんていないんだがな……まあ、今の君にはわからないのは無理もない。意図的に記憶を忘れさせられているようだからな」」
な! そんなことをこの場で思考したことはないはずだ。
「「心を読めるんだ。それぐらいわかるさ。もっともどんな記憶を忘れているかまではわからないがね」」
ってことはどこまで俺の心は読まれたんだ?
その俺の不安を読み取ったのか、自称最後の敵は苦笑。
「「安心しろ。心の全てを読めるわけではない。心の表面に出てくる言葉やイメージを読むのが限度であり、特に今のように武霊に警戒されてしまってはほとんど聞こえなくなる」」
つまり、武霊は精神系の防御能力をある程度持つのか? まあ、守護霊であるのなら、魂を守り易いのは当然といえば当然か?
「「さて、君が戦うのに理由が必要だというのなら、せざる得ない理由を与えてあげよう。『隔離剣』!」」
自称最後の敵の言葉と共に、半透明状態の転剣銃王が天に右手を上げた。
その瞬間、掌からなにかが射出され、なにもないはずの上空に突き刺さる。
それは鏡のような球体が鍔になったレイピアだった。
部分具現化により現実となったレイピアの球体が、神社の光景を映し出す。
その瞬間、空色にひびが入り、連鎖するように割れ目が広がり、一気に周りの光景がひびだらけになる。
神社の敷地内を取り囲むように発生したひびは、どう見ても触れればヤバそうな感じだった。
しかも、ひびの向こう側に視線を向けると、巣に帰るため飛んでいたであろう鳥や、風に揺れていた木々などが、全て止まっていた。
「「隔離剣。あの球体に映し出した範囲を、空間断絶により隔離する剣だ。今この時、この場所は周囲の時間と空間から隔離され、ここでなにをしても周囲に気付かれることはない。勿論、出ることもできない」」
な、なんでもありか武霊は!
「「さあ、どうする? これで僕を倒さなくちゃここから出ることはできなくなったぞ?」」
「……どうしても戦いたいんですかあなたは……」
「「僕は君の最後の敵だ。そして、僕にとっても君は最後の敵なのさ」」
妙に確信を持ってそうノートパソコンに言わせる自称最後の敵。
その言葉に、俺はハッと気付いた。
「まさか、予知能力も持っているのか!?」
俺の驚きの声に、自称最後の敵はにやりと笑う。
「「勿論、未来は不確定な物だ。選択一つ間違うだけで、運命は大きく変わり、未来の結果も違ったものになる」」
「……つまり、あんたは俺と最後に戦う未来を望んでいる訳か?」
「「理解が早くて助かる。だからこそ、僕は確かめなくてはいけない。君が果たして僕が望む未来に辿り着く可能性を持っているのかどうかを」」
「……その試しで合格点に至らなかったら?」
「「決まってる。君が死ぬだけだ」」
まさか速攻で新たな死の運命が降り掛かってくるとは……なんて運命だこの野郎! というか!
「あんたは俺に繋がる未来を望んでいるんじゃないのか!?」
「「勿論そうだ。だが、君が僕の最後の敵となる未来は、あくまで最良最善の未来。唯一無二ではない上に、最も困難な道のりだ。一歩間違えれば僕ごと死の運命に負けかねない」」
なんだそりゃ……
「そんなものを望んでいるなんて……あんたはその未来になにを望んでいるんだ?」
俺のその問いに、自称最後の敵は不敵に笑う。
「「全力で戦わないと死ぬぞ?」」
自称最後の敵をすり抜けて、半透明の転剣銃王が前に出る。
それに応えるようにオウキも俺をすり抜けて前に出た。
くそ! やるしかないのか!?
「「転剣銃王!」」
「オウキ!」
互いに通常具現化した武霊同士が、武霊使いの命令を待たずに同時に動いた。
自称最後の敵と俺との距離は約五歩。
その距離が一瞬で縮まり、互いが剣の間合いに入る。
オウキが左腕の簡易格納庫から震王刀を居合抜きのように抜き放つ。
転剣銃王は、まるでオウキが出した武器に合わせたかのように、左腕から生えるように飛び出した日本刀を抜き放った。
先に抜いたオウキの震王刀が、後に抜いたはずの転剣銃王の日本刀に滑らされるように弾かれる。
あまりにもあっさり弾かれたためか、オウキから怒りの感情を感じた。
落ち着けオウキ!
俺の冷静を促す思考を無視して、オウキは弾かれた震王刀で、再び強引に転剣銃王に斬り掛かってしまう。
頭に血が上っているのか!? そんな単調な攻撃じゃ――
案の定、再びオウキの斬撃は弾かれる。
オウキはそれでも斬撃を繰り返し、一方的な剣撃戦が始まった。
転剣銃王は常に防戦のみだが、対するオウキに比べて余裕があるように見える。
剣術なんて漫画やアニメでしか知りえてない俺には、本物の剣撃戦なんてわからない。
そんな素人でも、オウキと転剣銃王の実力差はありありとわかった。
明らかに遊ばれている。
「「君の武霊は確かに強い」」
剣撃戦が繰り広げられている向こうから、自称最後の敵の言葉が聞こえてきた。
「「武霊能力は、僕の転剣銃王と同等かそれ以上だろう。だが、いくら武霊能力が強くても、武霊使いの経験・知識が不足していれば、宝の持ち腐れだ。これは、高神麗華があれほどの分裂体を行使しながら、結局は町を壊滅に至らせなかった要因の一つといえる」」
確かに上手く使えないからこそ、圧倒的な数に自警団は対応できていたのだろうが……
「「武霊能力の性質上、全ての分裂体を操り切れなかったという要因もあるだろう。だが、最も大きな要因は圧倒的に強力な武霊能力に頼り切った戦い方をしていたが故に、高神麗華自身が武霊使いとしての経験を積み辛く、知識を得ようとも思わなかったことだ。そして、それは君自身にも、武霊オウキにも当てはまる」」
その言葉と共に、オウキの震王刀が転剣銃王によって絡め取られるように弾き飛ばされた。
しかも、連続した動きでオウキの胸に日本刀の剣先が突き出される。
ギリギリ突き刺さるか刺さらない位置に置かれた剣先に、オウキは身動きが取れなくなってしまう。
「「武霊オウキは昨日生まれたばかり。そして君は実戦経験が少なく、武霊に対する知識も乏しい。いくら君が豊かな想像力と仮想に対する知識を有していようと」」
オウキが両腕から二丁拳銃を出そうとした瞬間、転剣銃王の日本刀が一瞬で伸び、背後にいた俺の前にその剣先が付き付けられた。
額に僅かに刺さって止まった剣先により、血が流れ、鼻をつたい、口を通って、顎から落ちる。
「「経験を積んだ武霊には敵わない」」
その言葉と共に、胸を貫かれたオウキは霧散してしまった。
血がぽたぽたと落ちる感覚と共に、俺の心臓が痛いぐらい高まる。
「「君が高神麗華に勝てたのは、武霊の相性が良かったことと、彼女自身が君に執着した上で、武霊を最大限に扱う気がなかったからだ。だからこそ、町の総力を挙げても捕まえられなかった武霊使いに、未熟な君でも勝つことができた」」
心臓の高まりと共に、湧き上がる恐怖の感情が抑えきれなくなり、身体が勝手に一歩後ろに下がってしまう。
だが、伸ばされた日本刀は変わらず俺の額に突き刺さったまま。
俺が一歩下がると同時に、同じ距離だけ伸ばしたのだろう。
しかも、突き刺さっている場所以外を傷付けた感じがしない。
それはつまり、歩いたことにより揺れた身体に合わせるように、伸びる刀を動かしていたということ。
それだけでも驚嘆に値することだが、止まり、それを維持する動作は、武術において難しい技術だとどこかで聞いたことがある。
動くことを前提に人の身体ができていると考えるなら、確かにそれは当然だと思う。
なら、人外の存在であろうと同じ人型であるなら、同じような難しさが生じるんじゃないだろか?
そうであるとするなら、確かに転剣銃王は誕生してから二日しか経ってないオウキより圧倒的に経験値の高い武霊だと理解できる。
そんな武霊相手に、力を示せってか? どんな無茶な要求だ……
自分の歯軋りが聞こえそうなほど奥歯を噛み始めた時、ノートパソコンの人工音声に自称最後の敵はため息を吐かせた。
「「このままでは、『渇欲の悪意』を退けることができても、残り六つの『宿命の悪意』によって引き起こされる死の運命を変えることはできないだろう」」
渇欲の悪意? いや、宿命の悪意!?
思い出すのは、病院で目覚める前に見た過去の記憶。
その中で老人は言っていた。
「「願わくば、君に与えた運命を変える選択が、あらゆる宿命の悪意に打ち勝つことを……」」
まさしく思い出していた言葉を、自称最後の敵はノートパソコンに言わせた。
やっぱりあの老人の関係者か……
「「君がどこまで知り、どこまで憶えているかは知らない。だが、この言葉は憶えているだろ?」」
額に剣先を突き刺している相手に対して問いを投げ掛けるなよな……
肯定の否定もできない俺に対して、自称最後の敵はどう思ったのか、暫くの沈黙。
「「……今の言葉は、僕の師匠がよく口にしていた言葉だ」」
師匠だと!?
具現化トリガーを俺に教えたことを考えると、記憶の中の老人は、間違いなく武霊使いだ。
そして、その弟子だという自称最後の敵が強力な武霊使いであるのなら、伝授するほど武霊を深く知っている人物だということになる。
幼い頃の俺に武霊を教えられたということを加味して考えると、星波町に武霊が発生する前から彼らを知っていたことにならないか?
つまり武霊を代々受け継いでいるとか、研究者とか……なんであれ、星波町が非日常的な世界になってしまっている原因を知っている可能性が非常に高い。
当然それは、弟子である自称最後の敵も同様だろうが……聞き出す選択が正解なのだろうか? 下手に知ることは、特に実力が伴っていない今の俺には藪蛇になる可能性が大いにある。
くそ! 自分が平均以下の高校生だって自覚しても、ここまで自分がそうであることを恨んだことはない。
もしかしたら、全てを解決するかもしれない手掛かりが、すぐ目の前にあるというのに!
自分の不甲斐なさと、弱さは叩き付けられるように自覚しながら、俺は転剣銃王を、いや、その背後にいるであろう自称最後の敵を睨み付けた。
「「師匠曰く、知性を持った存在は常に宿命のように付き纏う悪意によって危機に晒されているそうだ。それは個人は勿論、集団に、過去、現在、未来、あらゆる人が関わる場所に存在し、人を害そうとする意思もしくは意志。大なり小なり誰しもが持つこれに、人はいつの時代も打ち勝つことで滅亡することなく発展し続けた。だが、人が宿命の悪意に勝てば勝つほど、宿命のように存在しているが故に消えることのない悪意は圧縮され、より強い悪意となって現れる。高神麗華はその一つの例だと言えるだろう。何故なら、人々の渇欲に晒され続けた結果、生まれてしまった渇欲の悪意そのものなのだからな。ある意味、渇欲の悪意の犠牲者といえるが……まあ、退け終えた今の君にはこれ以上は関係ない話だな」」
気になる言葉がいくつもある自称最後の敵の語り。
彼女が普通じゃないことは、橋の上で最初にあった時に感じていた。
今の話からすると、彼女のその普通じゃなさは先天的ではなく、後天的だということになる。
ネグレクトという言葉が真っ先に浮かぶが、そうであるのなら人々という言葉は使わないだろう。
加えて、渇欲という言葉。
文字の意味をそのまま受け取れば、渇くほど欲するってことなんだろうが……それを集団で向けられたということは……
「児童買春」
「「なるほど、君は確かに師匠から運命を変える選択を与えられるに値する人物のようだな。少ない情報からよくそこまで導くことができる。君自身に対してはまずは及第点を上げよう」」
「……試していたのか?」
「「この場で試していないことなどないさ。僕は君の全てを確認しているよ。例えば、剣先を額に突き刺されてもなお、冷静さを失わず、いや、思考に没頭することで冷静さを保っているのかな? なんであれ、危機的状況下で普段通り思考できることは、正しい選択を選ぶことに対して大きな強みだ。その歳で、実戦経験も経った二日程度での君がそこまで至っていることは称賛に値する。もっとも、君の過去と生い立ちを鑑みれば、当然といえば当然かもしれんがな」」
こいつ!
明らかに俺の過去を知っているような口ぶりに、心の中からどろりとしたものが出始めた。
自称最後の敵が、なんで俺や彼女のことをここまで知っているのか気になるが、それよりなにより、思い出したくもない過去に僅かに触れられてしまったせいで、現状の危機に重なって殺気混じりの怒りが先立ち始める。
思考がどうやってこいつを倒すか加速度的に回り出し、導き出した答えが俺を一歩前に出させた。
反射的に転剣銃王が腕を引いたのを確認すると同時に、後ろに飛び退き、剣先から逃れることに成功する。
剣先を額で止めているということは、殺すなという命令が転剣銃王にされているということだ。
つまり、現段階では俺が自殺しようとすれば、それを防ぐ行動を取る。
そう思っての賭けは、俺の勝ちだったようだ。
いや、これは賭けですらないな。
剣先をピッタリ俺の額に合わせることができる腕前なら、俺程度のとんでもない行動に対応することぐらいできるのは間違いない。
問題は、その動きにも合わせられる可能性もあることだったが、一歩退くだけと、前に進んで後ろに下がる動作では、生じる隙が二倍以上ある。
それぐらいあれば!
「オウキ!」
再び通常具現で具現化したオウキが、日本刀の腹に掌底を叩き込み、放たれようとしていた突きの軌道をずらした。
「「見事!」」
背後にある神社の本殿に日本刀が突き刺さると同時に、賞賛の言葉が聞こえてくる。だが、
「褒められたって嬉しくない!」
「「はっは! そう言うな! 僕は嬉しいんだ!」」
「その余裕。絶対に後悔させてやる!」
「「是非そうしてくれ」」
舐め腐りやがって!
「セレクト! ジャミングスモーク!」
オウキの両腰両肩両腕全ての簡易格納庫が開き、白い煙が一気に噴き出す。
煙に巻き込まれると同時に、俺の視界と感覚が一気に喪失する。
こ、これはかなり怖いな。まさかこれを自分で体験することになるとは……ええい、そんな感想は後だ後!
「セレクト! PSサーバント!」
PSサーバントが張り付く感覚すら感じなかったため、一気にパワードスーツ姿になり、感覚が唐突に戻った。
それと同時に、俺とオウキは二手に分かれて走り出す。
「セレクト! スナイパーサーバント! シールドサーバント! ソードサーバント! ガンサーバント!」
四機のサーバントを音声制御で出させつつ、思考制御で、俺は二丁拳銃に睡眠弾、オウキは二丁拳銃に爆裂弾を装填して出す。
ほぼ同時に、突風が吹き荒れ、ジャミングスモークが吹き飛ばされる。
現れた転剣銃王のその両手には、刀身の半ばに扇風機のような羽が付いた大剣を持っていた。
僅かに残るジャミングスモークが、扇風機剣の刀身を中心に渦を巻いて動いている。
風邪を操る剣もあるだろうっていうのは予想済み。
俺の目的は、その剣を出し、使用することによって生じる僅かな隙だ。
ヒーラーサーバントによる脳の治療も終わっているので、クイックアップ機能を遠慮なく使える。
これで、僅かな隙も逃すことはない。
低減モードで、クイックアップ機能起動!
周囲の光景がゆっくりになると共に、オウキが転剣銃王に対して爆裂弾を撃ちまくる。
さっきの剣撃はほとんど見えなかったが、低減モードで使ったクイックアップにより、弾丸の動きは勿論、転剣銃王の動きさえゆったりした動きに見え始めた。
転剣銃王は、扇風機剣を投げ捨て、近くに突き刺していた元の長さに戻っている日本刀を取り、刀身で弾丸を弾く。
撃ち込まれた弾丸は全て弾かれ、直撃することはなかった。
だが、なにも直撃させることが爆裂弾の使い方ではない。
弾かれた弾丸が転剣銃王を通り過ぎようとした瞬間、時限式にしていた爆裂弾が炸裂する。
周囲を包み込む爆発により、転剣銃王の動きが一瞬だけ鈍った。
今だ!
オートマチック機能を起動し、転剣銃王の後ろにいた自称最後の敵に向けて、二丁拳銃を撃――
不意に、二丁拳銃が弾かれる。
反射的に自称最後の敵を見ると、顔の向きは転剣銃王に向かれているが、その脇から銃口が出ていた。
読まれていた!? だが、これで終わりじゃない!
オウキの背後から三機のサーバントが飛び出す。
真っ先に飛び出したシールドサーバントが、俺と転剣銃王・自称最後の敵を三分割するようにシールドを展開。
シールド発生と同時に、ソードサーバントが隔離された自称最後の敵に突撃する。
ソードサーバントは、刀身部分に震王刀と同じ機能が付いている西洋剣をデフォルメしたような斬撃用サーバント。
サンダーブレイド!
俺の思考命令と共に、ソードサーバントの刀身が刃の先端から縦に真っ二つになる。
僅かに空いた隙間により二本の刀身になると同時に、柄の内部に組み込まれているシールド発生装置が起動。
形成されたシールドの刃に、柄に内蔵された現象発生装置から電撃が込められた。
瞬く間に電撃の剣と化したソードサーバントが自称最後の敵に突き刺さらんと迫る。
その後ろには、ピッタリと寄り添うように円盤に銃身が付いた形をした銃撃用サーバント。
スナイパーサーバントのようにスコープが付いておらず、銃身も短いため、精密射撃・遠距離射撃は向かないが、中距離近距離でなら余計な物が付いていない分、スナイパーよりあらゆるものが早い。
これなら例えソードが駄目で――
「「畳み掛けるような連続攻撃のアイデアは良いが、電撃は勘弁して貰いたいな」」
な!?
低減モードとはいえ、クイックアップモード中の俺に、ノートパソコンから発せられる人工音声が普通に聞こえた。
つまり、こっちの加速に合わせて人工音声の再生を早めている!? んなばかな!
予想だにしないことに一瞬脳がそのことに囚われた。
その瞬間、ソードサーバントとガンサーバントが霧散化してしまう。
慌てて確認すると、二機があった場所の真下に、投槍のような剣が突き刺さっていた。
それによって二機が消滅させられたのは理解できたが、いつ空に放たれた!?
俺の疑問に、オウキが即座に脳内ディスプレイに映像を送ってくる。
爆裂弾の爆発に紛れて、三つの細い影が転剣銃王の肩から飛び出している映像に……って三つだと!?
直ぐに周囲の林に隠したスナイパーサーバントの反応を確認するが、二機のサーバントと同時に消えているようだった。
二丁拳銃も、サーバント達も、全てジャミングスモークで隠しながら使ったものだ。
それをこうも簡単に見破られてしまった。
隠すという行為はなにかを仕掛けますよと言っているようなものだから、わかりやすかったのかもしれない。いや、例えわかりやすかったとしても、それぞれ別々の方向から、距離もなにもかもバラバラで、かつ、僅かな間に正確に撃ち抜ける。準備ができるだなんて――
「「種明かしをするほど僕は優しくないぞ?」」
俺の思考を遮るように、再び人工音声が聞こえた。
ただしそれは前からではなく、俺の背後からだった。