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武装守護霊  作者: 改樹考果
第一章『渇欲の武霊使い』
36/85

24、『悪い知らせ』

 彼女の完全な無力化を確認した後、俺と美羽さんは疲れ果てて廃校舎の壁に寄り掛かり休んでいた。

 足元が王鬼の爆発の影響か、さっきの戦闘の影響か、ガラスなどが散らばっていて危ないので、座りたくても座れないのが少々辛いが、まあ、それはしょうがない。

 しょうがないが、今のこの状況は困ったものだな……

 勿論、困ったことは体勢のことじゃない、隣の美羽さんだ。

 美羽さんが意志力の回復を促進するためとか言って、俺の片腕に腕を絡ませ、肩に頭を乗せていた。

 そのせいで戦いが完全に決着したというのに、未だに情けないレベルで心臓がバクバク。

 心臓の音が美羽さんに伝わってないか心配で仕方なかったが、その妙な緊張感のおかげか、意識がさっきよりはっきりしてきている。

 恥ずかしさとかなんというかこういうのでも意志力は回復するんだなぁ~とか思って極力美羽さんを意識しないようにしていた時、白い犬の武霊に乗った幸野さんが現れた。

 真っ先に見付けた俺と美羽さんの姿に、幸野さんは一瞬驚き、直ぐにニヤリとなってしまう。

 いや、別にやましいことは思ってませんからね。少なくとも美羽さんは。

 そんなことを思わず思っていると、直ぐに真剣な顔になった幸野さんが白い犬から飛び降り、こっちに近付いてきた。

 「また君にお礼を言わなくてはいけなくなったな。町を救ってくれてありがとう」

 そのお礼の言葉に、俺はなにも反応できず、目を瞬かせてしまう。

 お礼を言われ慣れてないとか、俺だけで町を救えたわけじゃないってこともあるが、それよりなにより、その言葉を発したのが、幸野美春さんだったからだ。

 さっきと口調が違う、というか、なんで男言葉?

 という疑問が生じたが、隣にいる美羽さんは普通にしているので、どうやらおかしくなったってことじゃないみたいだが……気になる。

 「ん? ああ、すまない。私は自警団の仕事をしている時だけ、威厳を出すために男言葉を使っているんだ」

 はあ? さいですか……説明されてもよくわからないな……分裂体の目線から見た強さを思い出すと、別にそんなことしなくても十分な気がするし、言葉の違い程度でプラスされる威厳なんて高が知れているだろうしな。

 そんなことを思いながら、じーっと幸野さんを見ていると、念の為に近くで治療を行っている彼女に近付いた。

 彼女は、俺の正面、少し離れたところでぷかぷかとヒーラーサーバントで浮かせながら治療している。

 その彼女を、隣の美羽さんはさっきから睨み付けていた。

 とくに幸野さんはなにも言わないが……

 「……殺人犯だと美羽さんから聞かされています。実際に俺も殺され掛けましたから、治療なんてするべきではないかもしれませんが……」

 「正しい判断だ。私は君の考えを支持するよ」

 俺の言い訳のような言葉に、幸野さんは微笑みながら振り返った。

 「いや、賞賛したい気分かな? 命を奪おうとした者を普通は手当をしようとは思わないだろう」

 そんなに褒められることだろうか? 人として当然な行為だと思うし、これでもし万が一彼女が死んでしまったとしたら、それは見殺しにしたといことになり、結局は人殺しと変わらない。

 殺人犯と相対し、殺されたからといって、同じ殺人犯になる必要はないし、してはいけないのが、今の人間の形だ。

 そこから間違った方向へ一歩踏み出せるのは、空想上の人物か、そうしなければいけない人物のみでなくてはいけない。

 が、それはあくまで理想論の話だ。

 ちらっと美羽さんを見る。

 殺意の籠った目が彼女に向けられていて、非常に痛々しく感じてしまう。

 そんな目をして欲しくないと強烈に思ってしまうが、それを昨日今日出会ったばかりの俺に言う権利はない。

 そう改めて思った時、幸野さんがまた微笑んだ気がした。

 「美羽」

 幸野さんが自然な動きで美羽さんの前に移動し、彼女の姿を隠した。

 視線を遮られた美羽さんは、はっとなって幸野さんを見る。

 「美春さん……」

 「辛いでしょうけど……駄目よ」

 女言葉に戻って悲しそうに微笑む幸野さんに、美羽さんは目に涙を溜め始めた。

 「亮兄が……亮兄が、現れたんです」

 「うん。『コロ丸』が感じてたわ」

 コロ丸っていうのは幸野さんの武霊の名前か?

 「麗華の武霊を奪って(・・・)、消えちゃったんです」

 「ええ」

 んん? 奪って?

 「もう、美羽には、ううん。春休みの時から、美羽には亮兄の考えがわからない……あんなに、こんなに奪ってなにをする気なのか……そう思ったら、夜衣斗さんには止められたけど、こ……」

 出かけた言葉をきゅっとつぐみ。

 「ごめんなさい夜衣斗さん」

 そう言って俺の背に腕を回し、顔を胸に押し付け、声を殺して泣き出してしまった。

 俺の胸が一気に濡れだすのがわかり、思わずオロオロしてしまう。

 断片的な情報からわかるのは、ブルースターの武霊使いが、美羽さんと深い関係があり、春休みになにかを起こした。そのなにかに関わるのが、武霊を奪う能力。彼女が無事であったことを考えると、ペットスライムの武霊と違って殺し奪う能力ではなく、ただ武霊を奪う能力なのかもしれない。

 というか、赤竜物語のブルースターにそんな能力あったっけ? まあ、コウリュウと同じように武霊能力が追加されたってことなんだろうが……ん? ただ武霊を奪うだけの能力? それができるってことは、彼女が殺さなくちゃいけない前提条件が崩れないか? まあ、理由なき殺人事件なんていくらでもあるしな……なんであれ、亮という人物は、力を求めて武霊を春休みに奪いまくったと考えるのが自然か。

 その真意がわからないから、それ以上の暴走を許さないために、それ以上の力を与えないために……そう考えた美羽さんは、もう無駄だとわかっていながら、封じていてくれていた殺意を蘇らせてしまい、その理由が理由だけに気持ちがわっとなってしまったのかもしれない。

 さっきまでは溢れ出す殺気を止めるために、武霊を奪われ、意識も失っている無力な彼女を睨んでいたのだろうか?

 だから、幸野さんが視界を塞いだ時、多分、目の前に現れたのが本当に心許せる人だったことも重なって、言葉が、涙が溢れてしまった。

 だとすると、俺に彼女をどうこうすることはできない。

 ほとんど部外者だからな……

 困った俺は、幸野さんチラッと見る。

 俺の視線を受けた幸野さんは、声を出さずに口だけ動かし、「男でしょ?」と言った。

 そりゃそうだが……こ、こういう場合って、どうすればいいんだっけ? 考えろ……思い出せ……と、とりあえず、落ち着かせるために……

 俺は恐る恐る美羽さんの後頭部をゆっくり撫でる。

 こ、これしかできないのはかなり情けないが……

 暫く撫で続けていると、美羽さんの力が徐々に抜け出した。

 俺に寄り掛かる感覚が強くなり、同時にむっじゃない! そこは考えるな俺!

 とっさに抱き抱えると、美羽さんが小さな寝息を立て始めてしまう。

 って、この状況で寝るの!?

 大いに戸惑う俺に、幸野さんは苦笑した。

 「意志力の使い過ぎね」

 「……それじゃあ、田村さんみたいに……」

 俺の心配に幸野さんは微笑みながら首を横に振った。

 「大丈夫。意志力切れで意識を失った訳じゃないから、直ぐに起きると思うわ」

 「……違いがあるんですか?」

 「ええ、意志力切れの場合はもっと唐突に意識を失うからね」

 なるほど……

 「だから暫く美羽を支えておいてくれる?」

 へ?

 「公然と女の子に抱き着いていられるんだから、役得でしょ?」

 そ、それはそうかもしれないけど……

 「って! まずいでしょう!? 昨日今日出会ったばかりの男女が!」

 「あら? 随分古風な考えをするのね?」

 「古風古風じゃないの以前の問題です!」

 「真面目ねぇ~……じゃあ、こう言いましょうか? 意志力の回復は同性同士より、異性同士がコミュニケーションを取った方が早いのよ。美羽を早く目覚めさせるために、その状態を維持してくれると助かるわ。なにがあったか美羽にも詳細を聞きたいの」

 正論ぽく聞こえるが……面白がってなくないか?

 疑惑の目を幸野さんに向けていると、不意に着信音が鳴り出した。

 幸野さんの方から聞こえ出したので、誤魔化すためにか直ぐに携帯じゃなくて星電だな。に出て、こっちに背を向ける。

 暫くなにごとかを通話相手と話していた幸野さんは、不意に振り返って美羽さんを見た。

 「今さっき意識を失ったばかりだ……ああ、そう考えると、もっと前に逃げられていた可能性が高いな」

 そう言って幸野さんは深いため息を吐く。

 「まだ周辺にいる可能性もある。慎重に周囲を捜索してくれ」

 幸野さんが星電の通話を切ると同時に、俺の腕の中で美羽さんがもぞもぞと動き出した。

 「う~?」

 寝惚けた感じで胸の中から顔を上げ、俺の顔をぼーっと見る。

 うわ……寝起きの女の子をこんな間近で……

 惚け、やや上気した美羽さんの顔を思わず凝視してしまい、同時に自分の頬が風邪にでも掛かったかのように熱くなるのがわかる。

 「……や、夜衣斗さん!?」

 不意に目の焦点が合った美羽さんが、驚くと共にはっとなり、一気に顔を真っ赤にする。

 「ふわわ! ごめんなさい夜衣斗さん」

 何故か謝って美羽さんは慌てて俺から離れた。

 いや、どっちかっていうと、こっちが感謝の言葉を言わないと……って何考えているんだ俺は! というか、幸野さんの前でなに見詰め合ってしまっちゃってるの!?

 恐る恐る幸野さんを見ると、面白い物でも見たかのように口に片手を当てて笑いを堪えていた。

 僅かに漏れ出る笑い声に反応した美羽さんが、キッと幸野さんを睨む。

 「み、美春さん! な、なんで起こしてくれなかったんですか! 意志力不足による一時睡眠はちょっとだけでいいっていうのに!」

 「わざわざ起こす状況でもなかったしね。それにああしていた方が『一時睡眠』の回復がより速くなるのは知っているでしょ?」

 「そ、そそれはそうですけど」

 顔を真っ赤にしながら、ちらっと俺の方を見て顔を伏せる美羽さん。

 ん~可愛いな……

 思わずそう思ってしまう美羽さんに苦笑しつつ、考える。

 つまり、あの戦闘中に感じた眠気で眠っても、直ぐに起きれるし、簡単に起こすことも可能なのか? ってことは……

 「……一時睡眠って外的要因により意識を失っても起きるんですか?」

 俺の問いに幸野さんは頷く。

 「意志力不足によって引き起こされる意識の薄れは、耐え続けると睡魔に変わる時があるわ。私達はそれを単純に『意志力睡魔』って呼んでる。それが生じる時に意識を失うと、基本的に一時睡眠と同じ現象が起きるのだけど……もしかして戦闘中にあったの?」

 「……ええ。ほとんど終わった後に、二回、一瞬だけ意識を失いました」

 「そう、だから起きていられるのね」

 「……みたいですね」

 なんだか細かい所で特殊な現象が起きるみたいだな……そこも含めて色々と知っておかないと、これから降り掛かってくる死の運命を退けることはできないかもしれない。だが、知識として知ることはできても、実感を伴わない経験は身に付き難いだろうしな……だとすればどうやって身に付ける?

 そんなことを思っていると、不意に幸野さんが真面目な顔になって美羽さんを見た。

 「美羽」

 雰囲気が変わったことに、美羽さんは赤面するのを止め、幸野さんを見た。

 「悪い知らせだ。浜辺でお前が拘束していた高神礼治が、どこにも見当たらないそうだ」

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