23、『ブルースター』
コウリュウが地面に立っていたので、落下する感覚は直ぐに終わり、俺は背中から地面に叩き付けられた。
PSサーバントの硬化機能のおかげで俺自身にダメージはないが、彼女によるタックルの勢いが加わっているので、かなりの衝撃があったはずだ。
あわよくば、生じた衝撃で彼女が離れてくれることを期待したが、こっちも身に付けている武霊に守られていたらしく、硬くなった俺の身体の下敷きになったはずの両腕を、離すどころかより力を込めてきた。
生理的嫌悪感が生じたのか、ぞぞっと寒気が全身に走る。
「離せ!」
反射的に彼女の両肩を掴んで強引に引き離そうとするが、硬化機能の影響が残っているせいか、上手く力が入らない。
彼女も抵抗するように、自分の顔を俺の胸にぐいぐいと押し付けてくる。
「欲しい! 欲しい! 欲じい! 欲じい!」
駄々を捏ねる子供のように叫ぶ彼女の身体から、赤いドレスが溶けるように離れ、背後に溜まり出す。
「欲じぃいぃいぃいいいい!」
元の姿に戻ったペットスライムが、彼女の欲求に応えるかのように急速に増殖し始める。
本体も奪った武霊の姿になれることは、基となったアニメでもそうだったので可能だろう。
このままでは奪った武霊のどれかになって、やられるのは目に見えている。
だが、原作と大きく違うのは、武霊使いという最大の弱点があることだ!
「セレクト! 拳銃 ! 弾丸セレクト! 睡眠弾」
奪った武霊に変化する隙を突き、右腰簡易格納ホルダーから飛び出した拳銃を空中でキャッチ。
しようとした瞬間、粘液が触手のように飛び出し、拳銃が取り込んでしまった。
そのまま来るのか!?
予想外な動きに咄嗟に対応ができないでいると、コウリュウがその場で身体の向きを変えた。
俺の窮地に、美羽さんが命令したのか、コウリュウがペットスライムを吹き飛ばそうと腕を振るう。
だが、美羽さんの意志力も限界なのか、それとも俺が近くにいるせいか、その威力は弱く、粘液に弾かれてしまった。
ヤバい! この展開は……
「一緒に、一緒にぃいいいいい」
なんでそうなる!? なんなんだ! 本当になんなんだ!?
ペットスライムが俺ごと彼女を取り込まんとばかりに迫る。
PSサーバントの強化機能で彼女を引き離せば、いや、それだと加減できるか!? 彼女は今生身だ。握り潰したり引き裂いた入りしたら、って、なんでそんな配慮を彼女にする! 馬鹿か俺は!
そう自分に叱責するが、強引に彼女を引き離すことができない。
だが、そんな躊躇をしている間に、ペットスライムが更に近付いてしまう。
っく! 間に合うか!?
仕方なく、俺は強引に彼女ごと立ち上がろうとした。
しかし、それより早く、粘液触手が俺の手足に襲い掛かり、動きを拘束されてしまう。
ここまで追い詰めて、もう駄目だっていうのかよ!?
そう思った瞬間、俺とペットスライムの間に黒い影が着地し、粘液触手を踏み潰した。
王鬼か! まだ動けるんだな。助かった……
思わずほっとしてしまうが、状況は良くなっていないことに直ぐに気付く。
王鬼の姿は巨大化を止めており、その両腕はない。
しかも、巨大化の影響により、黒光靄装甲は完全に固着化しておらず、靄となって漏れ出しており……そうか!
「黒光靄装甲固着化解除!」
俺の命令と共に全ての黒光靄装甲が靄に戻り、王鬼の身体から一気に噴き出す。
ある程度指向性を持たせて噴出された黒光靄が、ペットスライムに触れた。
その瞬間、粘液が蒸発し、ペットスライムが後退する。
やっぱり効くのか!
黒光靄はエネルギーの塊でもあるので、解放された状態で触れれば、ペットスライムの粘液を蒸発させることだって可能なはず。
そう思っての解除は正しかった。
よし、これなら!
「そのまま突撃しろ王鬼!」
巨大化したペットスライムに王鬼が突撃し、その身体を一気に蒸発させる。
粘液が蒸発されることにより、急激にその体積を小さくなるペットスライム。
だが、それでも彼女は諦めずに俺に抱き続け、ペットスライムもその思いに応えるかのように前身に転じる。
対する王鬼もオーバードライブを限界以上まで酷使しているためか、苦痛の感情が送られ始めた。
俺も俺で急激に薄れる意識をなんとか維持しようと踏ん張っているので、応えることができない。
彼女の意志力が切れるのが先か!
俺の意志力が切れるのが先か!?
ぐらっと今日一番の意識の薄れを感じた俺が思わず、
「負けるかぁあああああああああ」
そう叫んだ瞬間、王鬼が警告の意思を送ってきた。
な! もう限界だと!?
俺がその意味に気付くと同時に、黒光靄の隙間から見えるオウキの姿が崩れ始める。
こういう所まで再現しやがりやがって!
思わず心の中で悪態を吐きながら、思考制御で抱き着いている彼女をコートで包み、硬化機能を最大まで使った。
その瞬間、強烈な閃光と共に、周囲の木々を押し倒すほどの強烈な衝撃が発生した。
発生源であるオウキは勿論、ほぼゼロ距離にいたペットスライムは霧になる暇も与えず消滅してしまう。
原因であるオウキが消滅しても、既に起きた現象は消えない。
硬化機能の限界を超えないことを祈ると共に、衝撃が俺と彼女に襲い掛かった。
オーバードライブの威力も重なった爆発は凄まじく、二人分の体重をあっさり空中へ吹き飛ばす。
劇的に回る光景が――
う!? い、今、一瞬、意識が飛んだ!?
ヤバい!
と思うと同時に、俺の姿が普段着に戻っていることに気付く。
落下しながら回る感覚と、強く感じる風。
まだ落ちてないが、どこだ!? どこに落ちる? せめて木の上に!
そう思ってなんとか目を開けると、視界に廃校舎が入った。
こっちまで吹き飛ばされたのか!? なんの因果だ! くそ! このままでは廃校舎の壁にぶつかる。
そう理解すると同時に、俺の身体は勝手に動いていた。
抱き着いている彼女をしっかり抱え、身体を強引に動かし、自分の背中が当たるように調整。
果たしてその調整が上手くいったのか、咄嗟のもくろみ通り、背中から俺は廃校舎に激突し――
気が付くと、俺は地面に倒れ伏していた。
強烈な衝撃に、また意識が飛んだのか? 簡単に意識が飛んでは取り戻しし過ぎやしないか?
思わずそんなことを考えながら、身体を動かそうとした。
その瞬間、全身が悲鳴を上げる。
口の中に血の味と土の味を同時に感じるから、顔から地面に落ちたのかもしれない。
今の俺がどんな状態であるか想像したくはないが、現状から考えて、意識を失っていた時間は刹那だろう。
緊張状態だから一瞬で済んだんだろうか? いや、どう考えても自然じゃない。つまり、意志力不足が関わってる? ん? ちょっと待てよ? 地面ってことは、廃校舎にぶつかった際に彼女は俺から離れたのか?
意識を失う前に感じていた抱き着かれている感覚がない。
っく、なんであれ、この痛みをなんとかしないと、動くに動けない。持てよ俺の意志力! セレクト! ヒーラーサーバント!
部分具現化でヒーラーサーバントを具現化。
意識がぐらっときたが、体中から感じる痛みのおかげか意識を失わずに済んだ。
二対のヒーラーサーバントが俺に取り付くと共に、すうっと痛みが和らぐ。
考えてみると、自分に対して使うのはこれが初めてだ。
ん~自分で思うのもなんだが、凄いなこれ。
思わず感心しつつ、ヒーラーサーバントのシールド機能をサポートに立ち上がる。
PSサーバントが消えたおかげで、前髪がいつもの定位置に戻ってうっとおしかったが、直ぐに彼女の居場所を確認することができた。
俺が間に挟まっていた影響か、十歩ほど離れた位置に彼女は横になって倒れている。
パッと見た感じ、着ている白いワンピースは酷く汚れてしまっているが、こっちほどダメージを受けている感じはしなかった。
彼女に続くように生えている草が倒れているので、上手い具合に大量にある所に滑るように落下したんだろうか?
とはいえ、身動き一つしないってことは、彼女の方は本格的に意識を失っているんだろう。
そう思った時、彼女がもぞもぞと動き出した。
っく、意志力切れで意識を失った訳じゃないのか!?
反射的に部分具現化で睡眠弾を装填した拳銃だけを出した。
くらっと意識が薄れた上に、PSサーバントのサポートがない為か、ずっしりと拳銃の重みを感じ、上手く銃口を彼女に向けることができない。
それまで感じていなかった銃の重みが、人に銃口を向けるという行為を否応なしに自覚させる。
例え相手を傷付けない弾丸を装填していても、銃というイメージから湧き上がるのは、血飛沫を上げて吹き飛ぶ人体。
漫画やゲームで見た映像が、途端にリアリティを持ち出して俺に襲い掛かる。
大丈夫だ。このまま撃っても、そんなことにはならない。
そう思いながら、俺の腕は震える。
俺はなんで殺人犯をこうまで彼女のことを気遣ってしまう? まあ、彼女が直接殺した場面を見たわけじゃないから、どんなに意識を殺人者だと思わせても危機意識がそこまで上がらなかったのかもしれない。なんであれ、甘すぎる。こんなんじゃこれからやっていけないだろうか! しっかりしろ黒樹夜衣斗! というか、照準が合わなくても、近くに着弾すれば睡眠ガスが炸裂するんだ。体に当てようとするから、上手く狙えないのなら、近くの地面を狙え!
そう思い、トリガーを引こうとした瞬間、彼女が目を開け、俺を見た。
その表情は明らかにほっとした安堵の表情だった。
あまりにも予想外な表情を彼女が浮かべたことに、俺は思わずトリガーを引く指を止めてしまう。
な、なんでそんな顔をするんだよ……俺を殺そうとした癖に……
やや呆然となる俺の耳に、不意に美羽さんの声が入った。
「夜衣斗さん! 危ない!」
上空からの警告!?
俺が反応するより早く、ヒーラーサーバントが勝手に動き、彼女から強制的に離れさせられた。
その際に、彼女の下がいつの間にか巨大な鏡に変わっていたことに気付く。
武霊能力!?
そう気付いた瞬間、鏡から巨大な咢が飛び出す。
安堵の表情を浮かべ続けたままの彼女が、閉じる咢の中に消え、現れた喉がごくりと動いた。
彼女が丸呑みされたのだと理解はしたが……
唖然とする俺の前で、咢の持ち主は鏡から一気に飛び出し、その姿を現す。
地響きを上げて着地したそれはレベル2状態だったのか、俺からの位置からだと爪の生えた足元しか見えない。
ゆっくりと下から上へと見上げ、その姿を確認すると、それは青い人型ドラゴンだった。
首が人と同じぐらいの対比しかなく、手足の太さも人に近いため、コウリュウより人間の姿に近い。
それがいきなり現れ、彼女を喰らった。
あまりの唐突ぶりに、唖然とするしかない。
が、ふと気が付く。
『ブルースター』だ。
コウリュウの基となった赤竜物語に出てくる親友にしてライバルのドラゴン。
まるでその俺の気付きに合わせるかのように、俺とブルースターの間にコウリュウが降り立った。
ただし、その姿はレベル1に戻っているので、嫌な汗が出てくるのを止められない。
今の状態でコウリュウがブルースターに勝てるとは到底思えないからだ。
「亮兄ぃ!」
りょうにい? 田村さんじゃないよな……武霊が違うし、失っているし……
「また始める気なの!? そんなに力を求めて! 一体どうして!? どうしてなの!」
俺の困惑を余所に、美羽さんが周囲に向けて叫ぶ。
近くに亮兄って人がいるのか?
思わず周りを見回すが、それらしき人影はない。
誰もなにも答えないまま、ブルースターの姿が霞み出す。
「亮兄ぃ!?」
美羽さんの声を無視して、ブルースターの姿は完全に霧散化し、消えてしまった。
同時にブルースターの腹があった場所から彼女が現れ、落下し始める。
なんだ? なにがしたかったんだ?
訳がわからないが……
「セレクト。シールドサーバント」
シールドサーバントを部分具現化し、彼女を受け止めさせた。
……とりあえず、これで終わったんだよな?
俺の治療が終わったヒーラーサーバントを彼女の下に飛ばし、その生存と意識を失っていることだけなのを確認し、俺はほっと一息吐く。
が、どうにも釈然しない決着だな……
ブルースターが消えた場所に顔を向けている美羽さんの背を見ながら、俺は言葉にできないごちゃごちゃと絡まった感情を抱き、深い深いため息を吐かざる得なかった。