20、『その微笑みを守るために』
「えっと」
俺の困惑に美羽さんも困った顔になる。
そんな美羽さんに対して、ふと気付いた。
顔色が少し悪くなっている。
顔をあんまり直視してなかったから気付くのが遅れたが、多分、レーザーブレスを吐かせた直後から悪くなっているんだろう。
つまり、
「……もしかして、レーザーブレスは……」
俺の問いに美羽さんは首を縦に振った。
「はい、レーザーブレスは一番威力が高いんですけど、その分意志力の消費が激しくって」
などと語りながら、ふとその目線をメガネウサギへ向け、辛く悲しそうな表情になった。
あの武霊の武霊使いだった子は、美羽さんの後輩。この反応は当然だよな……
「……大丈夫ですか?」
「あ、はい! 大丈夫です」
そう言って、パッと恥ずかしそうに俺から離れる美羽さん。
名残惜しいんだか寂しいんだが……
なんだかオウキに、そんな場合じゃないだろう! って突っ込まれた気がするが、わかってるっての……っで、見えたか?
俺の問い掛けに、オウキは自分が見た光景を脳内ディスプレイに送ってきた。
ん? ……やっぱりそうか……
「や、夜衣斗さん! 見てください!」
美羽さんもなにかに気付いたのか、オウキが見ていた彼女を指差す。
彼女は疑似レベル2達の最後尾にいるごちゃまぜロボットの肩に乗っていた。
そして、ドレスの裾から大量の粘液を出し、倒したエブン初号機とファーストゴンダムを再び具現化し、疑似レベル2化させているようだった。
「させない! コウリュウ! レーザーブ――」
「待ってください!」
高威力のブレスをぶっ放させようとする美羽さんを、俺は慌てて止めた。
狙いは明らかに直で彼女であり、前にレーザーブレスを防いだメガネウサギがいるとはいえ、直撃すれば……駄目だ! このまま戦う訳にはいかない。とにかく時間を稼がないと……オウキ!
「ガトリングガンパージ!」
両肩両腰に繋がっている弾倉ベルトが弾かれるように離れると同時に、オウキはガトリングガンを投げ捨てる。
「セレクト! 『ガトリングミサイルポット(ウロボロス)』! 弾頭セレクト! 爆裂弾」
オウキの両腰簡易格納庫から、ガトリングガンより口径が大きい長大な銃身が五つずつ飛び出し変形。
瞬く間に銃把が上に付いた新たなガトリングガンが二門形成された。
そして、銃杷をオウキが握ると共に、ガトリングガンと同じ工程で弾倉ベルトが繋がる。
「撃ちまくれ!」
ガトリングミサイルポット(ウロボロス)の銃口から電光が噴き、小型ミサイルを途切れることなく発射した。
こいつは弾丸ではなく小型ミサイルを途切れることなく撃つことができるので、使うものの性質上、ガトリングガンより連射性は劣るが、その分威力は高い。
これならどうだ!
打ち込まれる小型ミサイルが次々と疑似レベル2達に当たり、彼らの姿を半ば隠すほどの派手な爆発を起こす。
この程度じゃ大してダメージを与えられないだろうが、主を守るために疑似レベル2達は防御せざるを得ない。
とはいえ、ただそれだけなら直ぐに対抗策を打たれてしまうだろう……まあ、美羽さんと話せる時間が稼げれば十分だ。
「どうして止めるんですか?」
そう口にした美羽さんの表情は、町の案内をしてきた時とは違い、そして、後輩の話をしてくれた時以上に暗く、冷たかった。
「……どうするつもりだったんです?」
俺の問いに、美羽さんはさっと顔を伏せる。
まるで自分の今の顔を見せたくないように。
「高神麗華の意志力は膨大です。自警団とたった一人で対等に戦えるほどに、いくら分裂体を倒しても新たな分裂体を出しますし、なにより今日はいつも以上に異常なんです。まるで無限に意志力があるみたいに……だから……」
口籠る美羽さんに、俺は盛大に嫌な予感を感じた。
星波町は忘却現象により周囲から記憶的に隔離された、いわば特殊な閉鎖空間だ。
そんな環境が十年も続き、その原因となっていると思われる武霊による殺人事件が起きている現実。
その現実を直に体感してしまっている人は、果たしてそこにある常識や意識は、現代日本から外れずに済んでいるだろうか?
そんな不安を忘却現象の説明を聞いた時に、言葉にならないレベルで思っていた。
いや、意識することを無意識に避けていたんだろう。
死は俺にとって最も避けるべきことだ。
自分は勿論、他人に対しても、普段の俺は激しく拒否感を感じる。
だが……だからといって、俺に美羽さんの結論と覚悟を否定することはできない。
思い出すのは、分裂体オウキ越しに見た美羽さんの特攻。
あれには自分の命を賭けた、自らが穢れても守りたいものを守ろうとする強い意志を感じられた。
目の前で誰かを殺されれば、殺され掛ければ、至ってしまう当然の結果なのだと、例え架空であるとはいえ、多くの過程を見てきた俺は理解できる。
だが、だがそれでも、美羽さんにはそんなことをしてほしくない!
なにより、美羽さんにこんな顔をさせたくない!
その、理屈ではなく、心から生じた思いが俺を突き動かした。
「俺に任せてくれませんか?」
「え?」
美羽さんは驚きの表情を俺に向け、慌てて首を横に振った。
「夜衣斗さんが手を汚すなんて駄目です! 理由がありません。美羽なら、美羽ならそうする理由も、そうしなきゃいけない理由も――」
「美羽さんに、そんな顔は似合いませんよ」
美羽さんの言葉を遮るために、反射的に出た言葉は、恥ずかしいセリフだった。
そ、それ以外で止められる言葉なんていくらでもあっただろうが! ううっ、少女漫画方面まで手を出すんじゃなかった……
なんて思いながら、つい顔を反らしてしまう。
流石に美羽さんが今どんな顔をしているか見ることができない。
が、言葉を止めるわけにもいかないよな。
「……俺には美羽さんのその結論も、覚悟も否定する資格はありません。でも、だからと言って、目の前でそんなことをさせてしまえば俺は一生後悔するでしょう。そしてそれはきっと美羽さんもです……したこはないんでしょ?」
俺の問いに、美羽さんが躊躇いがちに頷く気配。
やっぱりそうか……そうでなければ、口にすることを躊躇うなんてことはしないだろう。
少しだけ安心した。これならまだ俺の言葉も届く。
「甘いことだと俺もわかっています。躊躇えば他の誰かが傷付けられるかもしれない。取り返しのつかないことが起きるかもしれない。万が一を考えれば、武霊なんてものが存在する町では生きてはいけないかもしれません」
美羽さんが今どんな表情をしているか見ることができない。
もしかしたら呆れているかもしれない。
もしかしたら怒っているかもしれない。
俺の言葉はそれだけこの町ではおかしなことだと自覚できる。
実際に俺だって殺され掛けているのに……馬鹿だと思う。
だが、これを認めてしまえば、俺は俺でなくなる。
それが自分であろうと、他人であろうとだ。
非常に自己中心的な理由だが、貫けることができるならなんの問題もない。
そして、その方法は既に俺の中にある。
「ですが、自らを失ってまで、しなければいけない状況ではないんです」
「で、でも」
「彼女が膨大な意志力を持っている理由がわかりました」
「え?」
チラッと立て続けに起きる爆発の隙間から疑似レベル2達を見る。
レーザーブレスで二体倒された後、残りの二体は直ぐに後退し、ごちゃまぜロボットに乗っている彼女を守るように密集していた。
倒した二体も既に再具現化は終わって後ろに控えているが、小型ミサイルから彼女を守るために身動きが取れなくなっているように見える。
まだ大丈夫そうだな。とはいっても、ずっとミサイルを連射し続けられるわけじゃない。きっとこっちの意志力の方が先に切れてしまうだろう。
「これを見てくれますか?」
俺はそう言って、右腕を上げた。
思考命令により、右手の甲には小さなレンズが形成されており、そこから空中に映像が投射される。
そこには二体の疑似レベル2を倒された直後の彼女の姿。
彼女は酷く顔を青くしており、今にも倒れそうだった。
「俺は一回、彼女をここまで追い込みました。ですが、直後に新たな分裂体を出して、一気に追い詰められてしまい……さっきまではこの一連の流れを、彼女が意志力切れを演じたと思い、常人以上の膨大な意志力を持っているか、余程消費効率のいい武霊能力のどちらかだろうと予測したんですが……」
「美羽達もそう思ってますけど……違うって言うんですか? なにを根拠に?」
「これです」
俺は映像の中で彼女がその手に持っているタブレットケースを指差した。
指で引いて開けるスライド式の円形ケースを二つ持っているが、ん? どこから取り出したんだろうか? ワンピースにポケットが付いていないことを考えると、なにかで腕か足に付けていたと見るのが自然か。
「……これがどうしたんです?」
意味がわからないのか、キョトンとする美羽さん。
ちょっと考えればわかると思うんだが……まあ、とりあえず、
「見ててください」
俺の言葉と共に映像は再生され、タブレットケースを開けた彼女は一気に中身を口の中に入れ、噛み砕いて飲み込んだ。
次の瞬間、彼女の血色がよくなり、平然と倒された疑似レベル2達を再具現化し始めた。
「これって……でも、こんなこと今まで……」
「俺が追い詰めた時、彼女は廃校舎裏に逃げていました。多分ですが、意志力切れになる度に、彼女は戦っている相手からその姿を隠していたんじゃないんでしょうか?」
「それは……確かに戦闘中に何度か隠れる姿を見たことがありますけど」
「戦闘中の行動であるのなら、隠れる行為は戦術的に当然です。武霊が主に戦う武霊使い戦であれば、それに対して疑問を持つことなんてなおさら無理でしょう。ですが、思い出してみてください。彼女が隠れた後、分裂体の数が増えたり、回復したりしてませんでしたか?」
俺の問いに美羽さんは少し間を開け、頷く気配。
「はい。確かに増えたり、回復したりして……え!? じゃ、じゃあ!」
「ええ、彼女はいうなれば『意志力回復薬』を持っているんでしょう」
「で、でも、なんでそんなものを持ってるんです!? ずっと研究している美羽達だってそんなものがあるなんて、ううん。できるだなんてわかってませんよ? そんなものをなんで彼女が!」
当然の疑問だが……
「それについては後で考えましょう。この状況を長く維持できるわけではないので、今は回復薬があると仮定できるだけで十分です」
「あ、はい、わかりました」
本当に素直な人だな。まあ、この場合は助かるが……
「そして、その仮定が正しいのであれば――」
「美羽達だけでも勝てる!?」
喰い気味に言葉を遮った美羽さんにちょっと気圧されつつ、俺は頷いた。
「そうです。強力な攻撃で倒せることが可能であるのなら、一体一体相手して行けば十分勝機があります。だからもう一つ確認させてください。彼女は戦闘中に何回ぐらい回復してました?」
「え? えっと……多分…………四回ぐらいだと思います」
「間違いないんですか?」
「あ、はい。美羽達の間で、五回目の逃げに入った時は、確実に逃げている時だって何度か話題になりましたから、間違いないと思います」
なるほど……っは、なんてわかりやすい。いや、回復薬の存在を仮定してない段階では、わかりようのないことだし、決め付けるのは逆に危険だな。
「でも、大量の分裂体を出した分とかもありますから……あれ? だとするともっと持ってるってことになるんじゃ?」
「いえ、多分、大量の分裂体を出すことができたのは、別の要因だと思います」
「別の要因?」
思い出すのは、自爆コードで追い詰めた後に感じた違和感と、彼女の中に在った縮む黒い穴。
きっとこの二つは関連があるだろう。
それがなんの関連かはわからないが、少なくとも意志力回復薬とは関係なく、そのチートといえる現象は今の彼女を見る限り打ち止めだと確信できる。
仮にその影響が残っているのなら、意志力回復薬を使う必要なんてないだろうしな。
とはいえ、これをどう説明するか……
「夜衣斗さんがそう思っているのなら、そういうことなんでしょう。美羽は信じますよ」
俺の悩みを見透かしたかのように、美羽さんは不意にそう言ってくれた。
ふと、雰囲気がやわらかくなった気がして美羽さんの方に視線を向けると、今日いつも俺に向けていてくれていた微笑みに戻っていた。
「……やっぱりそっちの方が美羽さんには似合いますよ」
「え?」
思わず出たつぶやきに美羽さんが反応してしまったので、再び顔を反らす。
どうか聞こえてませんように! なんて思いながら顔が思いっ切り赤くなっているな……戦闘で妙なスイッチが入っているのか? さっきからなに言っているんだか……と、とにかく!
「現在の彼女の様子を見てください」
腕から出る映像を現在のオウキの視界に変える。
爆裂弾の爆炎で見え辛いが、明らかに再びタブレットケースを口に運んでいるように見えた。
「これで四個目です。つまり、一ケースの服用で一体分の疑似レベル2が作れ、一体あたりに使われている分裂体の量は一度に出せる二十前後と同等ってことになります。二十体前後ですよね?」
「ええ」
「二十体分使っているから二十倍の強さってことにはならないでしょうが、直前の戦闘から考えて、少なくともレベル2武霊に近い強さになっているのは間違いないでしょう」
「じゃあ、今出ている五体ともう一体の疑似レベル2を倒せば……」
「ええ、そうすれば彼女を追い込むことができるでしょう」
「美羽達二人で?」
その美羽さんの問いの中に、明らかな不安が混じっていた。
「確かに、美羽さんは意志力不足で、オウキはレベル1。明らかに戦力不足です。本当なら逃げるなり、自警団と合流するなりするべきでしょう。それが俺達だけ(・・)が安全に、そして、確実に彼女を止められる手段でしょう」
正直に思えば、今すぐ逃げ出したい。
殺人者に求愛されているという異常事態は勿論、捕まればなにをされるかわからない。
というか、あんな巨大なのに掴まえられたら、ぐちゃっとなるのは確実だろう。
思わず自分の最悪な死に方を想像してしまい、ぞっとなる。
心の底から逃げたいという感情が湧き出すが……だが、逃げることで運命は変えられるんだろうか?
いいや、違う。
そこにオウキは介していない。
原因が解決されていない。
だとしたら、例え他の人が解決しようとしてくれたとしても、死の運命がそれで変わるだろうか?
むしろ、今の美羽さんのように、ただ俺の死の運命に他の人を巻き込むだけだ。
そう、俺は美羽さんを自分の死の運命に巻き込んでしまったんだ。
不意に俺の中で覚悟が決まった。
同時に、強い意志が自分の中で湧き上がるような感覚を覚える。
「……ですが、ここで決着付けられなければ、町の大きな被害が出るのは避けられないでしょう。今は拮抗している自警団と分裂体達との戦いも、彼女が加わることで分裂体側に傾きかねないですからね。例えば、彼女のコントロールが自警団と戦っている分裂体達に及んで、大量の疑似レベル2などが生じる可能性だってある。ですから、今、彼女が俺に執着している状態で倒さなければいけません」
俺はここでゆっくり息を吸って吐き出し、目を隠している前髪を後ろに流して固定し、美羽さんを真っ直ぐ見た。
これからするお願いを前髪越しですることなんてできない。
俺の行動に少し驚いた様子を見せる美羽さんに俺は言った。
「だから、美羽さん……」
言葉を吐くのに躊躇するな、俺!
「い、一緒に戦ってくれませんか? 美羽さんは必ず俺が守ります。だからお――」
「よかった」
俺の言葉を遮るように、美羽さんはそう言って微笑んだ。
発せられた言葉の意味がわからず固まっていると、美羽さんはクスっと笑い。
「だって、昨日みたいに逃げてくださいって言われるのかと思ってましたから」
「それは……」
「だから嬉しいんです。一緒に戦ってくれって言ってくれて、美羽はとっても嬉しいんです」
嬉しい……そんなことを言われたのはいつぶりだろうか? というか、異性から言われたのは人生で初めてかもしれない。こんな状況じゃなければな……
「でも」
ぴっと俺を指差す美羽さんは、不敵に笑い。
「勘違いしないでください。守るのは美羽の方です。なんてったって、美羽の方が武霊使いの先輩ですからね」
指した指を左右に振る美羽さんは、ウィンクした。
その仕草に、思わず俺は可愛いと思うと同時に、カッコいいと思ってしまった。
こんな女の子、今まで俺の周りにはいなかったな……そんな場合じゃないというのに、どうしても見惚れてしまう。
「いきましょう夜衣斗さん!」
「え、ええ」
なんかまたしてもあっさり主導権握られないか? ま、まあ、別にいいけど。
「あ、その前に、やっぱりその方が似合いますよ」
なんて美羽さんが俺の顔をまじまじと見ながら言うので、昨日に引き続き苦笑するしかできなかった。