3、『剛鬼丸』
現れた巨大な鎧甲冑のあまりにも鬼らしい鬼の顔に、思わず、
これって……助かったんだよな?
と思ってしまったが、振り返った鬼の視線の先は俺にではなく、俺の丁度真上、家の屋根の方だった。
「よくやった剛鬼丸」
再び声がすると同時に、屋根から誰かが降って来て、剛鬼丸と呼んだ大鬼に一旦受け止められて着地した。
降って来たのは、短髪で、若干強面の成人男性。
鬼が描かれた派手でパンクなTシャツに、ダメージジーンズを着たその人物の腕には、『星波町自警団』と書かれた腕章が付けられていた。
つまり、この人はさっきの放送をした自警団の団員?
そう疑問に思った時、不意に自警団員の人がくらっとし、剛鬼丸にさっと支えられ、
「っち! 昨日今日では『意志力』が回復し切れてないか……」
などと言いながら頭を軽く振り、剛鬼丸の手から離れたが……意志力?
「君、大丈夫かい?」
俺の前にまで来た自警団員の人は、顔付きとは違い優しく話しかけてきてくれたので、
「……はい、大丈夫です」
頷いて、そう応えると、自警団員の人は困ったように笑って、
「放送、聞いてなかったのか?」
「……聞いてはいたんですけど……その、周りに住民の人がいなくて……戸惑っている内に襲われてしまって……」
俺の返事に何か納得したように頷き、
「なるほど……ということは、君、はぐれ発生はこれが初めてだね? いつこの町に来たんだい?」
そんなことを聞いて来た。何でこの状況でそんなことを聞くのか? とも思ったが、とりあえず、
「……今日、引っ越してきたばかりですけど……」
「今日!? ……それはまたツイてないな……何もこんなイレギュラーな日に……」
イレギュラーな日? ……そういえば、『昨日』発生しているので、とか言ってたな。というか発生?
「……一体――」
今のは、目の前にいる剛鬼丸って、何なんですか?
そう言おうとした時、周囲に何かが着地する音が聞こえた。
それも複数。
反射的に視線を向けると、そこには倒された骸骨犬と全く同じ骸骨犬が何匹もいた。
「っち。他の連中は何やってんだ」
自警団員の人は俺を庇うように動き、腰に付けていた伸縮式警防を構えた。
「蹴散らせ、剛鬼丸」
自警団員の人の命令に、剛鬼丸は最も近くにいる骸骨犬に突撃し、拳を振るう。
その素早い拳撃に、骸骨犬は避けられず、吹き飛び、コンクリートの塀に叩き付けられ、たった一撃でばらばらになってしまった。
それを見た他の骸骨犬は、ターゲットを剛鬼丸だけにしたのか、一斉に彼? に襲い掛かる。
剛鬼丸は、襲い掛かってくる骸骨犬に対して……って! 何もしない!?
当然、骸骨犬の爪や牙が剛鬼丸の鎧に突き刺さる。
思わず自警団員の人を見るが、その表情は余裕だった。
その余裕さに疑問符を浮かべながら視線を剛鬼丸に戻すと、攻撃を全身に受けている剛鬼丸は平然としている。
それどころか、肩に牙を突き立てている一匹の頭部を無造作に掴み、握り潰した。
他の骸骨犬達はそんなことを至近距離でされた為か、一斉に剛鬼丸から離れようとする。
だが、何故か剛鬼丸から離れることができない。
よく見ると、爪や牙が突き刺っている鎧が急速に修復されて、まるで鎧に掴まれているかような状態になっているようだった。
そして、剛鬼丸は逃げられない骸骨犬を一匹一匹確実に握り潰し、全滅させた。
随分あっけない。だけど、今度こそ、本当に助かったのか……
最後の一匹が握り潰された所で、俺はそう思ってしまい、思わずホッとしてしまう。
そのせいか、張っていた緊張の糸がぷっつりと切れると共に身体の力が抜けて、玄関にもたれかかるように座ってしまった。
かなり情けない自分と安心感に、俺は思わず深い溜め息を吐き、項垂れてしまう。
その俺の様子に自警団員の人は、
「だらしないな。お前、それでもおと――」
不意な小さな爆発音。
その音を疑問に思うより早く、自警団員の人の言葉が不自然に途切れたので、反射的に顔を上げると――
……最悪だ。
と再び思ってしまった。
何故なら、男性は驚愕に目を見開き、自分の腹を貫通した骨を凝視していたからだ。
自身の腹に刺さった骨を押さえ、少し振り返って後ろを見る自警団員の人。
それによって俺の目に、自警団員の人の背が、炎が縄状になって繋がっている骨が突き刺さっているのが入った。
炎の縄は剛鬼丸に最初に粉々にされた骸骨犬の頭部の方へと繋がっていて、同様の炎の縄がばらばらになった他の骨にも繋がっていた。
全身から出る炎を爆発させて、骨を撃ち出した?
そう理解した時、炎の縄が一気に収縮し、ばらばらになっていた骸骨犬の骨が一気に集まり、元の形に戻ってしまった。
条件反射的に、自警団の人を見ると、腹に刺さった骨が戻らないように剛鬼丸に骨を掴ませていた。
医学とか詳しくないからわからないが、骨が引き抜かれたらどうなるかぐらい、漫画とかから得た知識だが、俺でもわかる。
大量の出血を起こし…………死ぬ。
ぞっとした。
自分の死を覚悟したことはある。
既に死んでいる人を葬式などで見たことがある。
だが、死ぬかもしれない人を、目の前で、見たことなど……
あまりのことに茫然としていると、炎の縄が他の粉々になっている骸骨犬達にも生じ始め、瞬く間に復活した骸骨犬達に囲まれてしまった。
何のタイミングの悪さか、
「「自警団本部から緊急連絡。今回のはぐれは死んだフリをし、全身の骨を炎で飛ばすことができる模様。現在交戦中の『武霊使い』は十分に注意してください」」
と言う町内放送が入ったが、その注意するべき人は、
「お、おせえよ」
既に脂汗を流し、身動き取れない状況になっていた。
背中から腹に貫通している骨を戻そうと、その骨の持ち主であろう肋骨が一本欠けた骸骨犬が飛び跳ねるように繋がる炎の縄を引く。
とはいえ、剛鬼丸が掴んでいる為か、突き刺さっている骨は一切動かない。
だが、
「っく!」
自警団員の人が苦悶の声を上げる。
同時に、肉の焼ける臭いがし始め、想像したくないが、多分、突き刺さっている骨の温度がどんどん上がって、自警団員の人を内部から焼き殺そうと……ちょっと待て! このまま自警団員の人が死んだら……
剛鬼丸は、自警団員の人の命令で動いているようだった。
命令なしでも動くようだが、自警団員の人に骨が刺さった時、骸骨犬を攻撃するのではなく、骨を安定させるように動いた。
ということは、剛鬼丸の行動原理は、自警団員の人中心ということになる。
だから、必ずしも俺を守る為に動くという訳でなく――
不意に、骸骨犬達が後足で立ち上がった。
肋骨をこっちに見せるその姿は、次に何が起こるか安易に想像させるものだった。
内部が焼かれる痛みと、巨体の剛鬼丸により視界が制限されている自警団員の人には骸骨犬達の行動は見えない。
かといって、自警団員の人が剛鬼丸に俺や自身を守るように命令したとしても、周囲を囲まれている状況では、明らかに防ぎ切れない。
ああ……これで俺は死ぬんだ。
思わずそう思ってしまうほど絶望的な状況に、それを更に確定させる小爆発が、骸骨犬達から一斉に起こり、俺は思わず目をつぶってしまった。