15、『溢れ出る渇欲』
どうやら武霊は基になったイメージに欠点があろうと、それを忠実に再現してしまう習性があるようだった。
PSサーバントの身体に負荷が掛かり過ぎるオートマチック機能を始め、時間制限があるクイックアップ機能に、極めつけは全く動けなくなる硬化機能。
治すことができるとはいえ、これだけの欠点をそのままにして自らの身体にしてしまうということは、そういう習性なのだとしか考えられない。
非常識非日常の塊なくせして妙な所で融通が利かないというか……とにかく、オウキがそうであるならば、他の武霊はどうなのだろうか?
美羽さんから聞いた限りでは、明らかにオウキは他の武霊とは違う形で手に入れている。
とはいえ、同じ武装守護霊であることには変わらないと思う。
もしかしたらなにかしらの違いはある可能性があるが、少なくとも今の所それらしきところはないし、それを調べ・確認する術はないので、今は関係ない。
考えるべきは、同じように欠点があれば、同じように再現されている可能性が高いということ。
それを俺は自らの手で、いや、口で証明することができた。
俺が発した『自爆コード』に反応して、赤いスライムは勿論、分裂体達も一斉に弾け飛んだ。
赤い破片は地面に落ちることなく、霧のようになって全て消失した。
間違えようのなく武霊の具現化が解除された時の光景に、俺は思わず安堵の息を吐いてしまう。
「あ……ああぁあああああああ! 私のスライムが!」
そして、仰向けに倒れている俺の頭上で、彼女が原作通りのセリフを絶叫した。
そう、アニメ『高神麗華は嗤う』通りのセリフをだ。
高神麗華は嗤うは、十数年ほど前に一部の地方テレビ局深夜帯でやっていた超マイナーアニメ。
知名度は低いがコアなファンが未だに存在している超問題作なのだが、俺がアニメを熱心に見出したのは、中学に入ってからなので、当然、俺は直接見たことはない。
あくまでネットなどで間接的に仕入れた知識であるが故に、あんなにも気付くのが遅かったんだろうが……
とにかく、その内容は、どこぞの大富豪の令嬢・高神麗華が、自身が持つ財力と技術力を使い、他のアニメ世界に乗り込んで、そのアニメの主人公に成り代わり暴れ回るというとんでもないもの。
舞台となる他のアニメというのが、ほぼ有名どころのすれすれパロディばかりで、そのアニメの関係者・ファンからクレームが殺到し、結局放送予定を大幅に削って打ち切りのように終わった、らしい。
しかも、その最終回の内容がほとんど謎の独白で終わるという、わけがわからないものだったとかなんとか。
作品の内容も内容だが、そのかなりとんでもない最終回のおかげか、ネット上でネタとして散々使われた時期があった。
その断片というか、残滓を俺は見て、高神麗華は嗤うを知ることになったのだが……まあ、普通は知らないかなりマイナーなアニメであることは間違いない。
その証拠に、星波町の人達はこのアニメを知らなかった。
知っていたら、今の俺みたいに簡単に彼女を無力化し、捕まえていただろうから、これは確定してもいいだろう。
で、そのアニメの主人公高神麗華が主人公に成り代わるために使ったのが、ただ単にペットと呼んでいた赤いスライム。
その能力は、主人公を取り込んで、その服装を溶かして主人公の格好と能力を奪うというもの。
奪った後は、スライムが自身の身体を使って服装や能力などを再現し、高神麗華に使わせ、時にはその主人公そのものに変化もしていた。
自爆が後から追加されたものだと仮定するなら、スライム武霊はまさしく高神麗華のペットスライムそのものだといえる。
作中においても、その能力は絶大で、ほとんどの主人公達はなんの抵抗もできずに主人公を奪われていた。
反撃をした主人公もいることはいたようだが、反撃によって分裂したペットスライムからそれまで奪ってきた主人公達の力が分裂体として現れ、結局は捕まり奪われていたようだ。
そんな強力無敵なペットスライムだったが、弱点が一つあった。
それが、ペットスライムの暴走を想定した『自爆コード』
つまり、麗華の声で「高神麗華は嗤う」と言うだけで、ペットスライムは爆発四散する仕組みがあるのだ。
そんな作品の最終回は、その自爆コードでペットスライムを失った後、真っ白な背景にほとんど立ち絵の高神麗華が、最後まで謎の独白をしてエンドになるというもの。
そして今、目の前では高神麗華を名乗り、そのペットスライムの武霊を持っていた彼女が、まさにその謎の独白をし始めていた。
「私がスライムを作り出したのは三歳の時、その時のスライムは――」
あくまで断片しか知らないアニメだが、ネタとして動画サイトに上がっていた最終回の一シーン通りの、一字一句間違いなく喋る彼女。
よくよく思い出してみると、彼女の言動のほとんどが高神麗華は嗤うの主人公を連想させるものだった。
特にスライムを出した後の彼女は、それが顕著になっていた。
「あははは! さあ! やっておしまい」や、「御機嫌よう、お馬鹿さん」などは、分裂体を複数出して主人公に襲い掛かる時・窮地に陥ってさっさと逃げる時などに頻繁に使われていたらしく、これまたネタとして動画加工などでよく使われていて、ちょっとだけ興味を覚えて調べた時に結構な割合で見ていたと思う。
だからこそ、俺の薄い知識でも気付くことができたのだろうし、その程度で気付けるほどに真似ているからこそ、武霊も基となったアニメ通りの設定が付属してしまったと考えられるな。
だとすると、彼女の目的は、高神麗華の真似が主であり、完全に武霊を奪い切るために武霊使いを殺す能力を獲得したんだろうか? 例え設定通り武霊能力が再現されていたとしても、それが武霊能力である限り、ペットスライムの具現化が解ければ、それによって起きた物理現象以外の結果は消失してしまう。つまり、殺すことで、彼女の武霊は完全に武霊を奪える? ん~完全にペットスライムを再現されているだけなら、原作のように奪われた武霊使いは生きたまま素っ裸で放置されるはずだしな……それとも武装と名が付くからこそ、武霊はより攻撃的に自らを形作ったとか?
……まあ、現段階ではどんな予測も推測の域を出ていないのだから、この思考は無意味だな。
とにかく、彼女がアニメの世界に浸っている内に、とっとと拘束してしまおう。
俺がそう思うとタイミングよくオウキが空から降ってきた。
その両手から武器は失われており、胸と脇のシールアーマーにはひびが入っている。
仮にあのまま戦闘を続けていたら、オウキの方もやばかったぽい。
ん~一回目と二回目の分裂体戦で、どんな違いが生じて攻守が逆転してしまったか考えたいが、今はそんな場合じゃないから考えるなよ俺。
湧き上がる衝動をぐっと我慢して、俺は拘束用サーバントをオウキから出させようとした。
「セレクト! SJサーバ――」
その瞬間、不意に強烈な違和感を覚え、命令を飲み込んでしまう。
な、なんだ!? 武霊能力か? と、とにかく! クイックアップ機能起動!
あまりにも無視できない違和感に、俺は大慌てでなにが起きたか調べる。
俺が感じた感覚をオウキも感じたらしく、二丁拳銃を取り出す許可をイメージで求めてきた。
これで気のせいじゃないのは確定したが、一体なんなんだ?
思考制御で二丁拳銃を出す許可しつつ、副眼カメラをフルに使って周囲を見る。
正体不明な全身を襲うかのような違和感であり、その発生源も良くわからない。
しいていえば、この場所全体が一瞬だけなにか別物ものに入れ替わったかのような……
そう思ったからこそ俺は、オウキと共に念入りに周囲を見たのだが、なにかが変化した様子が一切ない。
オウキと俺自身になにかしらの変化があったのかと、脳内ディスプレイからダメージ検索システムを手動で起動してみる。
オウキと俺の全身をデフォルメしたような姿が現れ、そこに矢印とモザイク状の文字が現れた。
既に出ている所は、自動でシステムが起動して上がってきた報告なのだろう。
さっき俺が視認した胸と脇の部分を矢印とモザイク文字が指し示しているから、それは間違いない。
その報告をいったん消し、再検索を指示したが、同じ場所からの報告しか上がらなかった。
そもそもなにかしらの異常ダメージを受けたのなら、ダメージ検索システムが自動的に起動して報告を上げてくるはずだ。
なら、なにに対して違和感を覚えたんだろうか?
あきらかに気のせいってレベルじゃなかったんだが……
そう疑問に思いながら、クイックアップ機能を解除する。
同時にオウキが二丁拳銃を両手から重ねるように取り出し、腕を大きく広げてどこになにが起きても対応できるように油断なく構えた。
俺もオウキに続こうとしたが、それより早く、あることに気付く。
語ってない?
気が付くと高神麗華を真似ているはずの彼女が無言になっていた。
高神麗華の最終回語りは、その回のほとんどを占めるほどだったという。
つまり、まだ語り始めて数分も経ってないのに、黙るなんてことはないはずなんだが……武霊になるほど高神麗華を演じている彼女が、唐突に原作通りの言動を取らなくなるなんて、明らかにおかしい。
思わず彼女を凝視してしまうと、その表情は熱病に置かされたかのようにぼ~っとしており、心なしか顔も本当に赤らんでいるように見える。
しかも、目の焦点が合ってないようで、どうみてもさっきとは別の意味で異常になっていた。
唐突過ぎる異変に、どう対処すべきが困惑していると、不意に彼女が俺の方に顔を向ける。
思わずビクッとすると、彼女は目の焦点が合わないまま微笑んだ。
「欲しい」
一言そう言って、緩慢な動きで両手を差し出した。
「欲しい」
ゆっくりと一歩とも呼べないほどのずり足で俺に近付く。
「あれも欲しい。これも欲しい。それも欲しい。あらゆるものが欲しい」
近付く彼女は身体に力が入ってないのか、全体的にふらふらし始めていた。
念の為、上空に飛んでいるスピーカーサーバントを近くに移動しながら、後ろに下がる。
そんな俺を見たためか、不意に彼女は立ち止まった。
「……でも、なにが欲しい?」
その疑問と共に唐突に頭をかきむしり始め、
「わからない、わからない、わからない、わからない、わからない――」
同じ言葉を繰り返し、頭を振り回す。
強くかきむしっているのか、頭が振り回される度に、彼女の髪が散る。
あまりの行動にホラー物を見ているかのような恐怖感に襲われていると、
「わからない、わからない、わからない、わからない、わからない――」
「でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも――」
「欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい――」
何故か多重に彼女の声が聞こえ出し始める。
武霊を使っている? こんな状態で?
とても武霊を具現化するために意識集中しているように見えない。
つまり、武霊が勝手に具現化、防御具現が起きているということになる。
だが、そうであるのなら、なにに対して? いや、そもそも、どこに具現化しているんだ?
その疑問に答えたスピーカーサーバントが、声の出所を調べ、脳内ディスプレイにデフォルメした彼女を出現させた。
それによると、声を出ているのは、口は勿論、胸、腹、更に徐々にその場所が増えているようだった。
スライムだから彼女に密着した状態で具現化しているんだろうが、武霊は喋れない。
つまり、これは彼女の思考をペットスライムが武霊能力として再現しているにすぎないということになる。
だが、そもそも高神麗華のペットスライムに、そんな能力はあったか?
少なくとも、俺が見た設定資料には喋るなんて機能はなかったはずだ。
なのに喋ってる? この場で追加されたのか、それとも既に追加されていたのか……というか、本当に武霊能力か?
そんな疑問が生じた時、不意に彼女が連呼を止めた。
それと一緒に頭を振り回すのも、かきむしるのも止め、ゆっくりと顔を上げる。
目の焦点の乱れはなくなり、しっかり俺を見る彼女だったが、その顔には表情がなかった。
いつの間にか人形に入れ替わってしまったんじゃないかと思えるほど、無表情無感情に見詰められ、背筋が寒くなる。
それに反応したオウキが、彼女に二丁拳銃の銃口を向けた。
装填されている弾丸は、着弾と同時に電流が発生する液体が入っている『電流弾』なので、威力を落とせば人に向けても問題はない。
が、その姿は気分がいいものではない。
正直にいえば、こっちには自爆コードという手段があるので、オウキの行動は過剰だ。
そういうのも重なって、つい余計な感情が生じてしまったのだろう。
俺の心情を余所に、銃口を向けられている当の本人は無表情のまま言葉を続ける。
「渇くほど欲しいのに」
今度は多重に聞こえはしなかったが……なにを言っているんだろうか彼女は?
「あれも、これも、それも、欲しいのに……手に入れても、手に入れても、手に入れても」
そこで言葉を区切った彼女が、次の瞬間、
「わたしは、わたくしは、僕は、自分は、俺は、儂は、あたしは、あたいは、わいは、わては、あては、わだすは、あだすは、わすは、うちは、おいらは、おらは、おいは、おいどんは、うらは、わは、わーは、ワンは、ワーは、ぼくちゃんは、ぼくちんは、おれっちは、おりゃあは、ぼかぁは、わたしゃは、あたしゃは、わしゃあは、おれぁは、ミーは――」
あらゆる一人称を口にすると共に、その表情を目まぐるしく激変させた。
一人称ごとに表情を変えているのか、その変化の速さは、人間ではなく機械が入力されたプログラムに従って顔を動かしているかのようだった。
唖然とする俺の前で、彼女は不意に一人称を言うのを止め、一拍置いてぽつりと一言つぶやいた。
「渇くほど」
つぶやきと共に、背後にペットスライムを具現化!?
半透明から現れての具現だったので、あれ? じゃあ、さっきのは? って、そんな場合じゃないだろうが!
心の中でつい疑問を浮かべてしまう自分に対して突っ込んでいる間、オウキは二丁拳銃を撃った。
だが、その弾丸は素早く彼女の身体を包み込んだペットスライムの体液に阻まれてしまう。
阻まれたからといって、電流が生じるのが止まる訳ではないが、彼女に到達するほどの電流量ではなかったようで、具現化は維持されたまま。
だったら、スピーカーサーバント!
「コード! 高神麗華は嗤う!」
俺の意思に応えたスピーカーサーバントが、既に録音していた彼女の声で俺の言葉を発する。
ペットスライムは自爆コードに反応して、弾け、飛ばなかった!?
何故かなんの反応もしないペットスライムがぷよぷよと揺れる。
彼女はそんなペットスライムの中で、ゆっくり口を動かした。
欲しい。
それはさっきから何度も彼女が口にしている言葉だったため、ペットスライム越しで聞こえないはずの声が聞こえた気がした。
その瞬間、ペットスライムが急激に膨張し始める。
しまった!
と思った時には、俺とオウキはスライムの体液に取り込まれ――