14、『高神麗華は嗤う』
俺の前に唐突に現れた二体の分裂体。
それが示すのは、テレポーター分裂体の武霊能力が使われたということ。
ってことは、少なくとも三体も分裂体を出す余裕が彼女には残っていたのか!? くそ! いくら実戦経験が二回目だからといって、また失態を演じるか俺は!
自分の判断の甘さと失敗を嘆いている俺の前で、全身甲冑を着た男の鎧が開く。
瞬間、開いた場所から爆発が生じ、まるでロケットのように突撃してきた。
似たようなことをした剛鬼丸よりは使っているものの性質の違いのせいか、遥かに遅く感じる。
だが、至近距離でそれを使われてしまったということもあり、咄嗟の回避は不可能だった。
俺を助けようとしたオウキも、体中に穴が空いた鬼から体当たりされたため、その動きを止められてしまう。
しかもその際に、鬼は全身の穴から蒸気のようなものを猛烈な勢いで噴出させていた。
噴き出した勢いが強力な推進力となり、俺からオウキを一気に引き離す。
援護を失った俺に対して全身甲冑の男は拳を振り被り、猛烈な勢いのまま殴り掛かってくる。
あまりにも至近距離であるため、手に持っている榴弾銃を撃つことができず、スナイパーサーバント達もその銃身の長さ故に、間に合わない。
防御しろ!
咄嗟の思考に応えたオートマチック機能が、両手に持っていた榴弾銃を十字にして、全身を硬化させた。
PSサーバントには防御機能の一つとして、着ているパワードスーツを硬化させる『硬化機能』がある。
これを起動させることでPSサーバントは、着用者の身体表面をダイヤモンド並みの硬度にして守るのだが、それには一つだけ難点があった。
それは身体が硬くなった分、全く動けなくなるということ。
当然身動きの取れなくなった俺は、全身甲冑の男の拳をまともに受けてしまう。
榴弾銃ごしの打撃だったが、インパクトの瞬間、男の腕の装甲から更なる爆発が起き、その威力を倍増。
一瞬の拮抗を見せた後、榴弾銃は銃身ごと砕け散り、俺の顔面に男の拳が突き刺さった。
そのインパクトの瞬間にも、男は装甲を爆発させる。
今度は全身から爆発を起こしたため、俺を空に飛ばし続けていたいウィングブースターの出力をあっさり超え、一気に下へと吹き飛ばされた。
顔を殴られたため、周囲の景色がわからなくなるほどの勢いで回転しながら落ちる。
硬化機能のおかげで俺自身にはダメージはない。
だが、このまま地面に叩き付けられると、硬くなっているが故に、地面に突き刺さってしまう。
そんな間抜けと同時に大きな隙を生んでしまうことをするわけにはいかない。
ウィングブースターフルブースト!
俺の命令に応え、俺に掛かる慣性を相殺するために黒いウィングブースターが、まるで翼が巨大化したかのように広がった。
ウィングブースターは普段は周囲の空気を取り込んだ圧縮空気で飛んでいるのだが、更に出力を上げる場合には、エネルギーを圧縮空気に混ぜて放出する。
そのため、フルブーストしたウィングブースターは見た目が大きくなる。
のだが、それでもなかなか回転と降下が止まらない。
っく! 止まれぇえええええええ!
俺の心の中の絶叫に応えるかのように、地面に激突する寸前で、逆さまに止まった。
視界の上に爆裂弾でぼこぼこになった廃グラウンドが見えるので、本当にぎりぎりだったようだ。
思わずほっとしたくなるが、それを許される状況じゃない。
ウィングブースターの出力を調整して、グラウンドに着地。
同時に、上空からサーバントに投げ寄越された震騎刀を受け取り、簡易格納ホルダーから新たな銃器を取り出そうとした。
だが、銃器を取り出すより早く、身体が勝手に動き、振り向きざまに震騎刀を振るった。
なにが起きたのか一瞬わからなかったが、直後に金属と金属がぶつかる音が聞こえる。
背後から振るわれた斬撃をPSサーバントのオートマチック機能が防いでくれたようだが、それに感謝する暇もない。
何故なら、俺に対して斬り掛かってきたのが、自身の左腕の機械義手の手の甲を刀身に変えた鉄の錬金術師のイドワード・ブルリックだからだ。
まだ出せたのかよ!
こころの中で悪態を吐きつつ、震騎刀の高周波振動を上げ、機械義手の刀身ごと切り裂こうとした。
だが、それより早く、イドワードは刀身を滑らし、こっちの懐に入ってきてしまう。
その際に両手を合わせ、電光が生じさせており、ってヤバい!
イドワードは両手を合わせる動作を行った後、触れた物体の分子構成を変えることができる設定だった。
つまり、触れられてしまえば、PSサーバントは破壊され、俺は途端に無防備になってしまう。
そんなことさせるか!
俺の意思に答えたウィングブースターが、片翼だけ噴射。
強引に高速回転してイドワードの手から避けると共に、通り過ぎるその背を震騎刀で切り裂いた。
一撃で致命傷まで与えることができなのか、イドワードはあっさり消え去った。
これで次は上空の――
意識を上に向けようとした時、不意に脳内ディスプレイの中にあるウィングブースター使用中を表していたモザイク文字が消えた。
反射的に副眼カメラで背後を確認。
後にはいつの間にか頬十字傷があるサムライ・うろうに剣人の志村剣人がいて、サヤに刀を収めている所だった。
五体目だと!?
副眼カメラの視界に落ちるウィングブースターが映る。
攻撃されたことにオートマチック機能が反応し、振り向きざまに震騎刀を振るう。
その刹那、志村剣人の姿が掻き消え、振り切った震騎刀には柄から先の刀身がなくなっていた。
まずい! これはどう考えても、他にも分裂体がいると想定しないと! と、とにかくクイックア――
この危機を乗り切るための思考時間を得るために、クイックアップ機能を起動しようとした。
だが機能を起動するより早く、目の前に唐突にドアが現れる。
タヌえもんのいつでもドア!?
瞬間移動機能を持った未来アイテムの登場に、クイックアップ機能を使うより、その場から飛び退くべきだと判断した俺だったが、回避行動に移るより早く、ドアが開いてしまう。
開いたドアから飛び出してきたのは、残りの分裂体達全て。
溢れるように現れた彼らに、抵抗さえできずに捕まってしまった。
押し倒され、そのまま次々と俺の上に重なる。
あまりの勢いと荷重に硬化機能が反射起動。
おかげで重さを感じはしないが、首から下を完全に抑え付けられたため、完全に動けなくなってしまった。
上空では、オウキが蒸気と爆発で飛ぶ鬼と全身甲冑の男と激しい空中戦を演じており、直ぐには助けにこれそうにない。
展開していたスナイパーサーバントも、いつ撃墜されていたのか、どこにも見当たらず、反応もない。
さっきまで余裕だった状況が、こうも簡単に追い詰められるか!?
あまりにも唐突感がある窮地に思わず心の中で絶叫していると、未だに開いているいつでもドアから高神麗華が赤いスライムを引き連れて現れた。
その顔には疲弊の色はなく、とても再分裂を行った姿には見えない。
どういうことだ? さっきの疲弊感は分裂体を隠して展開した時みたいに演技だったのか? っく、なんて女だ。いや、そこまで疑うべき相手だということ見抜けなかった俺が間抜けなだけか。
「あはは! ようやく捕まえた!」
嬉しそうに笑う彼女が、一歩一歩俺に近付く。
「礼治見た? お姉ちゃんやったよ? うふふ。嬉しい?」
なんだ?
この場にいない弟に語りかけ始める彼女に、俺はさっきから何度も感じている妙な感覚を……待てよ? これってもしかして、デジャヴュって奴か? なんでそんなのを今ので――
「礼治が好きなロボットがようやく手に入るよ」
その言葉と共に、俺の頭上に彼女は立つ。
背後にはぶよぶよと動いている赤いスライム。
ヤバい! デジャヴュがどうのこうの考えている場合じゃない! どうする!? どうする!? このままじゃ!
「じゃあ、貰っちゃうわね?」
そう彼女が言うと共に、赤いスライムがゆっくり彼女を避けながら俺を取り込もうと動き出した。
くそ! クイックアップ機能起動!
苦し紛れにクイックアップ機能を起動したが、だからといって、この状況を改善できるわけじゃない。
ただとてつもなくゆっくり絶望が迫ってくるだけだ。
それにクイックアップには制限時間がある。
永遠と今の状態を維持できるわけじゃないが、それでも俺はクイックアップ機能を使うしかなかった。
少しでも長く生きたいがためじゃない。
この絶望的な状況を引っ繰り返す、なにかを探すための時間を欲したからだ。
考えろ俺! 考えるんだ! 相手はこっちが油断するようにわざと窮地を演じて見せた。なら、こっちの二三手先を読んでいるのか?
いや、とてもそうは見えない。
見えないからこそ見事なまでに窮地にハマってしまったんだろう。って! この方向で思考を続けても駄目だ! 今考えるべきは、そこじゃない。 ではどこだ? なにをどう考えれば、この窮地を脱することができる?
運命を変える選択だというオウキは、上空で空中戦中。
あの感じだと、サーバントや新たな武器などを出すこともできないだろう。
出せたとしても、直ぐに壊されるし、俺がここにいる以上、強力な攻撃はできない。
分裂体達に遠慮ない攻撃ができたのは、周りに被害を出しても問題なかったからで……って、こっちの方向でもない!
駄目だ! オウキを使ってもどうすることもできない! どうすればいい!? このままでは、美羽さんの後輩みたいに取り込まれ……爆死……そんな最後……ん? 爆死?
あまりの八方塞っぷりに恐慌状態になり掛けた俺だったが、浮かんだ最悪の場景にふと疑問に思う。
スライムなのに溶かすんじゃなくて、なんで自爆するんだ?
いや、実際に見たわけじゃないから、実際の所は、溶かしてから爆発するのかもしれないが……そうだったとしても不自然過ぎる。
武霊だからといえばそれまでだろうが、その姿を武霊使いの根底にあるイメージで形作っているのなら、そういうイメージを持っていた?
百歩譲ってスライムはわかる。
結構世に溢れている有名モンスターだからだ。
だが、その有名なスライムに自爆能力を持っている奴なんていたか?
ゲームとかでいたかもしれないが、スライムといったらどちらかというと溶かす方が有名だと思う。
彼女の赤いスライムは、不形タイプのスライムだとすれば、より溶かすタイプをイメージするのが普通だ。
もしかしたら、武霊能力を後から追加できるかもしれない。
そうであると考えるなら、自爆する能力を除外して考えるべきだ。
光明があるとすれば、それは武装守護霊の基となった根底をなすイメージ!
考えろ! どこかに隠れているはずのなにかを! なにかに導けるなにかを考えろ!
高神麗華、高神礼治、赤いスライム、武霊を奪う能力、彼女が台詞のような……台詞のような?
バチンとなにかが繋がった気がした。
次の瞬間、どっと溢れるように思い出す記憶。
じゃあ、彼女の武霊は……だとしたら――
溢れ出した記憶からなにかの結論を導き出そうとした時、不意にスローモーションの世界が終わった。
急速に迫り始めるスライム。
まだ確証を得ていないって! くそ! 分の悪い賭けだが、やるしかない!
分裂体達に抑え込められながら、頭部の硬化機能を強制解除し、俺は叫んだ。
「これから出すサーバントを絶対に守れオウキ! セレクト! スピーカーサーバント!」
俺の無茶な命令に、オウキは二体の分裂体の攻撃をわざと受け、その身体を掴んだ。
分裂体達が拘束から抜け出そうと暴れる中、オウキはサーバントを出すと共にウィングブースターをフルドライブ。巨大な白い翼により、出したサーバントから分裂体を自分ごと強引に遠ざけた。
無事に出すことができたスピーカーサーバントは、見た目は円盤状のスピーカーで、拡声だけでなく音に関する様々な機能を有している。
そのサーバントとPSサーバントを繋げ、俺の声をスピーカーサーバント越しにし、
「音色変換! 対象高神麗華!」
俺の言葉をスピーカーサーバントが、
「コード!」
高神麗華を演じている少女の声に変換させる。
「な! 止めろ!」
彼女が原作通りに驚きを見せたことに、俺は確信を得て、続く言葉を口にした。
「『高神麗華は嗤う』!」