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武装守護霊  作者: 改樹考果
第一章『渇欲の武霊使い』
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12、『高神麗華』

 元星波高校校舎は、木造二階建ての建物だった。

 廃校になってから手入れもされていないようで、所々窓ガラスは割れ、壁板の一部も剥がれて周りに四散している。

 蔦性の植物や苔なども生えており、全体的にくすんでもいるので、いかにも廃墟という感じだ。

 当然、俺が今いるグラウンドらしき場所も、背の低い草木が生え、荒れ果ててしまっている。

 そんな場所を、目の前の彼女は私の屋敷と呼ぶ。

 美羽さんが彼女の名は高神麗華だと言った。

 ん? 高神麗華? なんだ? なんかが引っ掛かるが……直ぐにそれがわからないのなら、今はそれを気にしない方がいいな。

 今考えるべきは、彼女自身のことだ。

 弟? の礼治が赤黒いドラゴンの武霊だったことから、彼女が美羽さんの後輩を殺した赤いスライムの武霊使いである可能性が高い。

 現在知っているその赤いスライムの武霊能力は、取り込んだ相手と一緒に爆発することのみ。

 それだけの武霊だったら、何人もの武霊使いが殺され、未だにその犯人である彼女が捕まらないで済んでいるということないだろう。

 目の前でくるくると回りながら、哄笑している彼女は確かに狂っているように見えるが、少なくとも殺人犯という雰囲気はない。

 とはいえ、さっきコロコロとまるで人格そのものが変わったかのように雰囲気や言動が違った彼女を見ている俺としては、見えなかろうと最大級の警戒をするべきだろう。

 しかし、下手に刺激を与えてもいいんだろうか?

 オウキを具現化して、相対するのは容易いが、向こうの能力が未知数である以上、なるべくなら戦いを避けるべきだし、美羽さんも学園大橋での対決を避けようとしていた。

 二対一でも避けるということは、それだけ強力な武霊使いだということだ。

 とはいえ、一対一であるのなら、二対一よりやりようはある。

 本当にこの場に彼女しかいないのならだが……

 そう思って俺は慎重に周囲を見回したが、どうやら他に人はいそうにない。

 だとすると、俺の前に二人だけで敵だらけの町中に現れたことも考えて、ここに住んでいるのは高神姉弟のみである可能性は高いだろう。

 そう考えるなら、たった二人で自警団を退け続けたということになる。

 もっとも、さっき考えた予測が正しければ、この場を住処にしていることが大きく影響しているのだろう。

 町の外に逃げれば、忘却現象で追う人物達どころか、自分達さえ犯行を忘れる。

 それでは例え町の外で逃げる彼女らに追い付いても、捕まえることなどできるはずもない。

 つまり、武霊犯罪者にとってこの場所は住むのに最適な住処ということになる。

 だが、これは逆に俺にとっても有利に働くということだ。

 美羽さんの反応からして、町中に彼女らが現れたのは予想外だったはず。

 だとすると、弟が足止めしたことを鑑みても、俺がここに彼女と共にいることが自警団に知らされるのは遅れるはずだ。

 彼女の方がどうだかわからないが、弟の方は明らかにそれ相応の知性を感じた。

 なら、美羽さんが自警団に連絡するのを邪魔するのは間違いないだろう。

 実際、ここからでは木々に囲まれている為に姿は見えないが、激しい戦闘音が海の方から聞こえてくるので、向こうは派手な空中戦を繰り広げているに違いない。

 少なくとも、これでは町の住人からの通報は美羽さんの方に集中するだろうし、自警団も真っ先に弟の方に向かうだろう。

 これなら、美羽さんの方は心配しなくても問題ない。

 問題なのは俺の方だ。

 俺が取れる手段は三つ。

 自警団が駆け付けるまで時間を稼ぐ。

 オウキで彼女を無力化する。

 町の外に逃げる。

 特に町の外に逃げるは、確実な気がした。

 なんせ地図上では町より活動限界領域が近いからな。いや? 待てよ? そうやって逃げた場合、その理由を忘れ、その場にいることに疑問に思ってこっちに戻ってきてしまう可能性もあるんじゃないか?

 だとすると戻らないで済む、武霊以外の理由が必要になるが、山の中にいる理由なんてそうそうあるか? 強引に思った理由がどれほどまで有効になるかわからない以上、安易に逃げるという選択をするべきではないか。

 だとすると時間稼ぎが最も有効か? 何故なら……彼女はいつまで回っているんだろうか?

 俺がさっきからずっと思考に集中できているのは、目の前の彼女が笑いながらくるくると回り続けているからだ。

 正直、意味の全く解らない行動だが、俺としてはなにもしなくても時間稼ぎできているからいいっちゃいいが……

 そんなことを思った時、ふいに彼女が回るのを止めた。

 っで、膝から崩れ落ち、地面に両手を付く。

 「き、気持ち悪い」

 彼女のその言葉に思わずこけそうになり、自分の中から緊張感がごっそり削られた感じがした。

 な、なんなんだろうか彼女は?

 こんな感じでは警戒しようにもしづらい。

 かといってこれを好機と見て逃げ出すのは軽率すぎるだろう。

 相手も武霊使いだと想定するなら、人間の走力で逃げ切れるとは思えないから。

 さあ、どうやって時間稼ぎをする?

 彼女の行動がこうも予測できないと、会話で時間稼ぎをするというのも危険だろう。

 なにに反応するかなんてわかったもんじゃない。

 なら俺が取れる手段は一つ。

 無反応。

 ……いや、もうちょっとなにか手段はないものだろうか? これではあんまりにも……だが、それ以外を思い付かないのも事実だし。

 などと葛藤していると、不意に彼女がすくっと立ち上がった。

 しかも、直前までのどこかコミカルな雰囲気が一変して、背筋が寒くなるほど妖艶になる。

 急激な雰囲気の変化はさっきから何度もあったが、それとは違う、何故か強い危機感を感じ始めた。

 彼女自身がなにかをしているというわけではない。

 ただ立っているだけだ。

 なのに、俺の中に危機感がどんどん強まる。

 なんだ? なにに対して危機感を感じているんだ?

 そう疑問を感じ、周りを見回すが、こちらも変化はない。

 が、何故か嫌な予感がする。

 正体不明の危機感に動けずにいる俺に、彼女は言った。

 「その武霊が欲しいの」

 その視線は俺の背後にいる半透明のオウキに向けられている。

 彼女の関心は完全に俺からオウキへと移っているようだ。

 だが、欲しいといってもあげられる類の物じゃないだろう。

 だからこそ殺しているのか?

 理解できないな。そうすることで奪えると思っているのだろうか?

 そう思いながら俺は、いつでもオウキを具現化できるように意識しつつ、注意深く彼女の動きを見ていた。

 油断はしていなかった。

 だが、俺はここで大きな失敗をしていた。

 考えるべきだった。いや、気付くべきだった。

 武霊の具現化が、一つではない(・・・・・・)ことを。

 「欲しい」

 一言彼女が呟いた瞬間、彼女の背後に赤いスライムがもこりと現れた。

 思わず驚愕で目を見開いてしまう。

 何故なら、今の現れ方は、半透明な状態から具現化していない。

 既に具現化し、グラウンドの草むらに平たくなって隠れていた。

 そんな出現の仕方だった。

 美羽さんはコウリュウを具現化する時、武霊の名を呼んでいた。

 俺だって、部分具現化でもサーバントの名を呼んでいたし、具現化トリガーなんてものを謎の老人から教わっている。

 だからこそ、無意識に具現化は口に出してするものだと思い込んでいた。

 だが、具現化には武霊が勝手に具現化する防御具現がある。

 それはつまり、具現化には必ずしも言葉を使う必要はないってことだ。

 多分、名を呼ぶのは、より武霊の姿をイメージしやすくするための手段にすぎないのだろう。

 それに気付けなかったのは完全な俺の失敗だ。

 しかも、

 「欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい」

 彼女が呟く度に、周囲に一体、更に一体と、次々と新たなスライムが現れる。

 そして、瞬く間に俺の周りは赤いスライムによって取り囲まれてしまった。

 その数は二十体。

 これが彼女の武霊の能力か!? スライムだから分裂能力があるってことなんだろうが、気持ち悪いといって地面に手を付いたのは、このスライム武霊の分裂体達を俺に気付かれないように具現化・配置するためだったってことか……クソ! こうなる前になんで気付かなかった俺! 緩急をつけられたからといって、気付けないほどのことでもないだろが!

 俺は心の中で自分に叱責しながら、オウキを強くイメージ。

 「我が呼び声に応え、現れ、武装せよ今は名も無き守護霊! 汝は機械の王にして全てを守る王の騎士! 武装守護霊オウキ!」

 早口で具現化トリガー、一瞬の意識の揺らぎと共に、俺の背後から半透明のオウキが飛び出し、地面に着地すると同時に具現化した。

 「セレクト! PSサーバント!」

 具現化したてのオウキからPSサーバントを出させ、直ぐに装着。

 俺の姿が全身タイツマッチョの黒色ロングコート姿に変わると同時に、現れた分裂体達がぐにょぐにょと形を変え始める。

 なんかしようとしているのは明白だが、それに付き合う気はさらさらない!

 「セレクト! ジャミングスモーク!」

 オウキの両肩・両腰・両腕の簡易格納庫から白い煙が吹き出し、瞬く間にグラウンドを白一色の世界にした。

 この煙の中では、煙の主成分である特殊なナノマシンにより、PSサーバントを着ている俺やオウキ以外は知覚できないようなる。

 なのでこのまま隠れ続けることも可能だが、相手は自爆能力を持っていることを考えると、この場に留まり続けるのは危険だろう。

 「オウキ、PSサーバント! セレクト! ウィングブースター!」

 俺は着ている黒のロングコートを変え、オウキは背中の専用簡易格納庫から翼のような飛行装置ウィングブースターを出すと共に、一気に空へと飛び上がる。

 向こうは知覚が封じられている状態だから、こっちが空に逃げていることに気付くことはできない。

 更に、いきなり廃校舎から白い煙が大量に上がれば、いくらなんでも異常事態が起きたと思って自警団が出動するだろう。

 だからこのままジャミングスモークの中から抜け、町の方に逃げれば、自警団と合流で――

 不意に風が起きた。

 しかも、吸い込まれるような強烈な下降流。

 俺とオウキはウィングブースターをフルブーストしてなんとか耐えることができたが、周りのジャミングスモークは阻害機能以外ただの煙でしかないため、瞬く間に下へと流れてしまう。

 反射的に副眼カメラで下を確認すると、グラウンドには光る魔法陣が書かれていた。

 生じた魔法陣の中心にジャミングスモークが渦を巻いて吸い込まれており、このままではすべて吸い込まれてしまう。

 だがどうすれば!?

 俺が対策を思い付くより早く、ジャミングスモークの煙が全て消えてしまった。

 そして、完全に視界を塞ぐものが消えてしまったグラウンドに現れたのは、色はそのままに人型に形状を変えた分裂体達だった。

 光る魔法陣の中心には、いかにも魔女といった感じの三角帽にマントを着た少女。

 魔法使いの武霊なのはわかる。

 魔女の武霊が吸収魔法を使ったということだろう。

 だが、グラウンドに点在している他の人型分裂体はなんなのだろうか?

 ツンツンした頭で背中に虎の漢字が書かれた胴衣を着ている男は、ビャッコボールの孫悟地。

 麦わら帽子をかぶり右目の下に傷痕に、ベストに半ズボンを着た少年は、ツーピースのウキー・B・ルヴィ。

 左腕と右足が機械義手義足にコートを着たアホ毛の少年は、鉄の錬金術師のイドワード・ブルリック。

 頬に十字傷がある着物を着た剣士は、うろうに剣人の志村剣人。

 球状の頭部と胴体、短い手足のたぬき型ロボットは、タヌえもん。

 毛先を垂らした状態のお団子頭でセーラー服を着た少女は、美少女闘士セーラーアースのセーラーアース。

 二本角のような髪型に、パンツとロングブーツのみを着た少年ロボットは、鉄脚アドムのアドム。

 計七体、アニメ化にもなったことがある有名な漫画の主人公キャラ達の姿だった。

 それ以外にも、画家がいたり、ガンマンがいたり、鬼がいたりと、見たことがないキャラ達の姿になっているのが確認できたが、一様に全身真っ赤であるため異様な光景だった。

 ただ、それら分裂体を出した本体ぽいスライムだけは、さっきと同じ場所同じ形状で高神麗華の背後にいる。

 本体が平常変化しなかった理由はわからないが……もしかして、変化した全分裂体は、それぞれその姿に合った武霊能力を持っているんだろうか? 魔女が魔法陣を使ったみたいに? それはいくらなんでも一人の根底イメージで……一人の? ちょっと待て!?

 頭の中でそれまで空いていたパズルのピースが埋まり、出来上がった一つのイメージに、俺はぞっとした。

 武霊使いばかり狙う殺人者。

 武霊使いを取り込み、自爆するスライム武霊。

 俺が狙われる理由。

 何人もの犠牲者が出ているのに、いまだに捕まっていない現状。

 たった二人で町と渡り合うことができる。

 そして、眼下にいる変化した赤いスライムの中に、明らかに現実の作品を基にしたと思われる武霊がいること。

 それらが示しているのはただ一つしかない。

 高神麗華の武霊は、武霊使い(・・・・)を殺し(・・・)その武霊(・・・・)を奪う(・・・・)武霊能力(・・・・)を持っているのか!?

 導き出した衝撃的な事実に俺が硬直していると、眼下の彼女がゆっくり俺の方を見上げ、その口が動くのが見えた。

 「欲しい」

 そう距離的に聞こえないつぶやきが聞こえた気がした瞬間、分裂体達が一斉に動き出した。

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