11、『高神礼治』
赤黒い血の中に夜衣斗と高神麗華が沈み、消えた。
それを目撃していた美羽が反射的に手に持っていた星電を確認すると、不通になっており、愕然としてしまう。
(今のって転送系!? BBドラゴンにそんな能力なんてなかったよね!?)
コウリュウの同意の意思を感じながら、星電をリダイヤルする美羽。
勿論、視界は追ってくる赤黒いドラゴンに向けられている。
そのドラゴンは、コウリュウと同じように翼と腕が別々にある人型に近いタイプなのだが、その首は短く、頭部は繋がる胴体に近いほど巨大だった。
全体的にずんぐりとしたこの赤黒いドラゴンは、『BBドラゴン』という高神礼治の武霊。
当然、背中には礼治が乗っており、その足には赤黒い結晶で固定されていた。
(血の結晶で自分を固定って……姉もいないのに美羽とやる気なの!?)
戦闘態勢を整えている礼治の姿に、美羽は軽い驚きを覚えた。
何故なら、今までの礼治は姉である麗華と常に一緒に行動し、サポートされながら戦っていたからだ。
「お姉ちゃんの邪魔はさせないよ! BBドラゴン!」
礼治の命令により、BBドラゴンがコウリュウを追撃しながら巨大なあぎとが開き、その胸部が膨らむ。
「させない! コウリュウ防御鱗・壁!」
美羽の命令に応えたコウリュウは、背中の鱗を大量に生え変わらせると共に、ぼろぼろと落ちる鱗を念動力で操り、後方へ飛ばす。
瞬く間に二体のドラゴンを隔てるように鱗の壁が形成される。
ほぼ同時にBBドラゴンはブレスを吐くが、吐き出されたそれは赤黒い霧であったため、鱗の壁で防がなくても何の影響も及ぼさないように見えた。
だが、鱗の壁に触れた次の瞬間、唐突に霧が赤黒い炎と化し、防御鱗を焼き尽かさんばかりに燃え始める。
しかも、炎はそのまままるでスライムのように鱗の壁にくっ付き、ゆっくりと落ち始め、消える気配を一切見せない。
鱗の壁がコウリュウの念動力により、二体のドラゴンと同じ飛行速度で動き、強烈な風に晒されているというのにだ。
このままではいずれ防御鱗は炎によって焼失させられるのは明白だったが、そうなってしまうより早く、
(お返しよ!)
美羽の思いに応えたコウリュウは、形成した壁を崩し、防御鱗をBBドラゴンへとぶちかました。
弾丸のような速度で迫る防御鱗がBBドラゴンの身体を貫こうとした瞬間、燃えていた炎が赤黒い球体と変化し、鱗を包み込む。
赤黒い球体は弾性に富んでいるのか、BBドラゴンの身体に当たっても軽く弾かれるだけで終わってしまった。
そして、その変化はそれだけに留まらず、球体は弾かれると同時に再び炎となり、防御鱗を焼失させてしまう。
(相変わらず嫌な能力)
BBドラゴンの武霊能力は、『自身が出す血を自在に操ることができる』というもの。
更に様々な属性や効果を血に付与することもでき、これを使って血霧のブレスを粘性の炎に変えたり、弾性を持った球体に変えていた。
そのことを美羽は今まで幾度となく戦ってきた経験から知ってはいるが、そのどれもが能力を隠しながら戦えるほど甘いものではないはずだった。
(今まで転送系なんて見せたことはなかった。なのに夜衣斗さんを星電が繋がらない場所に転送させた)
リダイヤルを何度となく繰り返しても、繋がるのは相手が電波の届かない場所にいることを知らせるアナウンスのみ。
(武霊能力で転送させられたのなら、星波町は越えられない。それなのに電波が届かない場所は……)
視線を星降り山山中へと向ける。
星降り山にある廃校には星電用のアンテナは設置されていない。
それは設置する前に高神姉弟が現れたためであり、それ故に星波町で唯一星電が使えない場所となっているからだ。
つまり、夜衣斗は高神姉弟の中で最も危険な姉と彼女らの住処に送られてしまったということになる。
しかも、上空でドラゴン同士の追撃戦が始まれば、否応なしにこちらへと注目が集まってしまう。
(今のままだと、誰も夜衣斗さんのピンチに気付けない! 早く自警団に連絡しないと!)
しかし、その気付きは一歩遅かった。
夜衣斗の星電へのリダイヤルをやめ、自警団本部へ掛けようとした時、不意に圏外になる。
(な! なんで!)
驚く美羽だったが、直ぐにその原因に気付く。
周囲一帯に、いつの間にか赤黒い小さな球体が無数に浮かんでおり、それらが僅かな電光を放っていた。
美羽にはその原理はわからなかったが、それが星電を圏外にしていると直感で理解する。
「だったら美羽ができることは一つ! 倒すよコウリュウ!」
瞬時に防戦から攻撃へ意識を切り替えた美羽に、コウリュウが咆哮と共に反転。
「ファイアブレス!」
正面にBBドラゴンを捉えると同時に、ブレス袋に炎を溜め、一気に解放。
コウリュウの口から吹き出す強烈な火炎放射が、追ってきていたBBドラゴンを包み込もうとした。
追う立場であったため、避けるにしても距離は近く、止まるにしても勢いは殺せない。
普通なら必殺のタイミング。
「Bゲート!」
礼治の命令と共に、BBドラゴンは血霧のブレスを吐く。
吐き出された血霧が瞬時に半径三メートルほどの巨大な円形板になり、迫っていたファイアブレスを防ぐ。
同時にBBドラゴンは自らが作り出した赤黒い円盤にぶつかってしまう。
かに見えた。
次の瞬間、BBドラゴンの身体が円盤に飲み込まれるように消えてしまう。
美羽は直感で、学園大橋の方角を見ると、丁度BBドラゴンがそこから飛び出しているところだった。
(あそこには夜衣斗さんが転送された血だまりがあった。じゃあ、血から血へ転移する武霊能力のが追加されたの?)
BBドラゴンと対峙するようにコウリュウを飛ばしながら、美羽はそんなことを考えたが、直ぐに首を横に振る。
(そういうことはあとあと! 今は早く高神礼治を倒さないと、夜衣斗さんが!)
美羽の焦りの気持ちに反応したのか、コウリュウが威嚇するように獣のように吠え、それに応じるBBドラゴンが甲高い声を発する。
その二体の咆哮が、まるで合図にでもなったかのように互いに対して突撃を開始した。
「逆鱗剣!」
美羽の命令に応え、コウリュウが顎の下に手を伸ばす。
その瞬間、鱗の中で唯一逆さに生えている鱗が剥がれ、直ぐに生え、剥がれ、を繰り返して連なり、一振りの剣となる。
「Bソード」
対するBBドラゴンは、礼治の命令に応え、自分の腕に鋭い爪を突き刺した。
傷口から噴き出す血が瞬く間に剣の形となる。
二体のドラゴンがそれぞれの特性で作り出した剣を振り被り、
「いっけええええええ」
美羽の気合の言葉と共に、コウリュウが逆鱗剣を振るい、遅れる形でBBドラゴンもBソードを振るう。
二体の突撃の勢いが加わった斬撃が空中で激突。
一瞬の拮抗を見せた斬り合いだが、軍配が上がったのはコウリュウだった。
逆鱗剣の刃がBソードに僅かに喰い込んだ。
次の瞬間、逆鱗剣がBソードの刀身と共に、BBドラゴンの胸部ごと一気に切り裂いた。
噴き出す血。
「Bニードル」
だが、その血が瞬時に針に変わったことで一気に優勢が逆転してしまう。
至近距離からコウリュウを突き刺そうとする血の針。
避けられる距離ではない。
だから、美羽は避けるつもりはなかった。
「ファイアブレス!」
迫る血の針を巻き込み、コウリュウから吐き出された炎がBBドラゴンの胸部ごと焼く。
焼かれたことで血の噴出が止まったが、ブレス範囲外にも血の針は飛び出しており、コウリュウの周囲を取り囲むような形で停止する。
「Bゲートテリトリー!」
礼治の新たな命令に反応して、周囲に展開された血の針が円形に変化。
コウリュウが振り切りざまに繰り出した逆鱗剣の突きを、血の針から精製したBゲートに飛び込むことで回避するBBドラゴン。
同時にBゲートが無秩序に動き出し、ゲートからゲートへBBドラゴンは連続で転送し始めた。
「そんなのでかく乱になると思っているの!? コウリュウ! 周りにファイアブレス!」
美羽の命令に答えたコウリュウは、ブレス袋を今まで以上に膨らまし始める。
「させないよ!」
連続転移していたBBドラゴンが、コウリュウの頭上のBゲートから飛び出すと同時に、血霧のブレスを吐き、Bニードルに変化させた。
「防御鱗・傘」
降り注ぐ血の針に対して、新たなに飛ばした防御鱗を傘状に展開。
Bニードルが雨のように弾かれると共に、BBドラゴンはコウリュウの背後に転移。
現れると同時に吐かれた血霧のブレスは、今度は炎と化し、コウリュウに襲い掛かる。
美羽は振り向きもせずに、
「急降下!」
コウリュウの羽ばたきを止めさせ、一気に降下させて回避。
だが、避けた先には、別のBゲートから飛び出したBBドラゴンがBソードを構えていた。
振るわれるBソードの斬撃は、今度も背後からの攻撃だったのだが、まるで予期していたかのようにタイミングよく振り返るコウリュウ。
再び激突する逆鱗剣とBソード。
逆鱗剣に切り裂かれるのを嫌ったのか、直ぐにBソードを引かせたBBドラゴンは、即座に刺突を放つ。
その突きを逆鱗剣で逸らすコウリュウだったが、反撃に転じるより早くBBドラゴンはBソードを引き、斬りと突きを組み合わせた斬撃を始める。
ブレス袋を膨らまし続けている影響か、コウリュウの動きは鈍く、防戦一方となってしまう。
それでも二体の剣撃戦が徐々に激しさを増し、防ぐことしかできないコウリュウの鱗が徐々に傷付き始める。
終にはBBドラゴンの一撃がコウリュウの頬を切り裂いた。
噴き出す血にコウリュウの視界が奪われた瞬間、
「Bゲートソード!」
止めとばかりに礼治が叫ぶと、無秩序に周囲を飛び回っていたBゲートの一部がコウリュウの周りに殺到。
瞬く間にコウリュウは逃げ場を失うと共に、BBドラゴンの刺突を放つ。
ただし、その狙いはコウリュウではなく、自分の目の前に移動させたBゲート。
Bゲートに血の剣が突き刺さり、刀身のみが転送される。
コウリュウの周囲にBゲートが集まっている以上、どこから刺突が飛び出すかわからない。
はずだった。
間髪入れずにコウリュウの真横にあるBゲートから刺突が飛び出し、横腹を突き刺そうと迫る。
しかし、Bソードの剣先がコウリュウの腹に突き刺さるより早く、上から防御鱗・傘が降り、Bソードを叩き落とした。
どこから繰り出されるかわからないBゲートを絡めた連撃を、美羽とコウリュウがことごとく防いでしまった。
その全てが初見であるはずなのにだ。
あまりの予想外な事態に、驚愕で目を見開く礼治。
その様子を、傘状からばらけて四方に散る防御鱗の隙間から確認した美羽は不敵に笑う。
「あんたなんか」
コウリュウは自身の胸部が二倍以上に膨らんだ時点で、念動力と翼の羽ばたきを調整し、その場で回転し始める。
「姉がいないとたいしたことなんて、ない!」
残像が残るほど回転速度が速まった瞬間、コウリュウは限界まで溜めたブレスを吐き出した。
長いブレスと回転、更にそこに念動力が加わることにより、瞬く間にコウリュウを中心とした炎の竜巻が形成される。
咄嗟に近くのBゲートに飛び込み逃げるBBドラゴンだが、薄い血の膜でしかないBゲートは、炎に巻き込まれ次々と焼失してしまう。
結果、BBドラゴンは最後に残されたコウリュウの頭上にあるBゲートから出てしまう。
しかも、周囲を炎に囲まれているため、上にしか逃げられず、下にしか攻撃できない状況に追い込まれていた。
だが、美羽はそのどちらもさせるつもりはない。
「コウリュウ!」
ファイアブレスを吐き切ったコウリュウは、回転方向を一気に九十度変え、BBドラゴンと平行になる。
「Bシールド!」
危機感を覚えたBBドラゴンが血霧のブレスを吐き、自分の下に四角い盾を作り出す。
「逆鱗槍!」
美羽の命令と共に、コウリュウの手にあった逆鱗剣の鱗一つ一つが細く鋭くなり、一本の槍と化した。
「終わりよ!」
その美羽の宣言と共に槍は放たれた。
コウリュウの腕力は勿論、回転力に加え、念動力によっても威力を上げられたその一撃は、あっさり血の盾を貫通し、BBドラゴンの股から突き刺さる。
しかも刺さると同時に、逆鱗槍の一部が変化。
かえし状になって内臓を引っ掻き回しながら貫通し、槍の先端がBBドラゴンの脳天から僅かに飛び出して止まった。
苦悶の咆哮すら上げられず霧のように散って消えるBBドラゴン。
その背に乗っていた礼治は当然自然落下し始める。
「BBド――」
落下しながら礼治はBBドラゴンを再具現化しようとするが、それより早く周りに防御鱗二枚が現れ、挟み込まれてしまう。
「拘鱗!」
美羽の叫びと共に、礼治を挟み込んだ鱗が変化。
身体の形が外からわかるようにピッタリと変わる鱗。
当然、中の礼治は急激に圧迫されており、瞬く間に意識を失ってしまう。
礼治の気絶をコウリュウの感覚で確認した美羽は、思念で拘束力を緩めるように指示。
頭だけ外に出るように拘鱗をずらした後、念動力で飛ばし、近くの砂浜に突き刺した。
「急いで廃校に向かって!」
コウリュウが廃校へとその翼を向けると同時に、美羽は星電を取り出し自警団本部に掛ける。
「高神礼治を星波海岸に気絶させて拘束しています! 直ぐに『武霊課』の人を向かわせてください! それと廃校で高神麗華が夜衣斗さんをね――」
美羽が言い切るより早く、進行方向上にある星降り山中腹に変化が起きた。
「え?」
そしてそれは、長年星波町に住み、幾度となく高神姉弟と戦ってきた美羽が初めて見る物だった。
「夜衣斗さん!」
思わず美羽は悲鳴に近い声で夜衣斗の名を叫んでしまう。
その視線の先には、まるで天を穿つかのように伸びる赤い柱があった。