9、『学園大橋での悲劇と邂逅』
ゲームセンターから出て、そのまま近い方の出入口から商店街を抜ける。
その間、美羽さんは何事かを思い詰めた感じで、無言になっていた。
それまで饒舌だったのが嘘かのような黙り込みに、俺はおもいっきり冷や汗をかいてしまう。
きっかけはどう考えても、俺だ。
明らかに俺が苦し紛れに提案したことが原因ぽいので、えっと、ど、どうしよう?
ま、まあ、トンネル前の話や、美春さんの言動からして、必ず言わなくてはいけないことで思い悩んでいるようだから、とにかく、何か気がまぎれるようなことでも……
そう思って視線を巡らしていると、ふと視界に『星波神社』と書かれた石看板を見付けたので、ちょっとだけほっとした。
きっと案内してくれると思ったからだ。
だが、美羽さんは予想に反して神社前を素通りしてしまう。
こ、これは、俺から話を振った方がいいんだろうか? いや、だが、何事かを思い詰めているのなら、ここで変に声を掛けない方がいいよな? いや、しかし――
などと、うじうじ考えている間に神社から離れてしまい、結局それ以降話の切っ掛けを見付けることができなかった。
っく、わかっていたことだが、情けないぞ俺!
メインストリートに出て、暫く歩くと、昨日コウリュウの背から見た星波海岸に辿り着いた。
とはいえ、昨日とは違い、目の前には人工島へと繋がる巨大な橋がある。
本当に巨大な橋で、道路は六車線、歩道も大人十人が手を繋いで歩いても余裕がありそうなほど広かった。
事前に調べた情報によれば、星波駅から続く星波町のメインストリートの地下には地下鉄が走っており、それがこの星波大橋の下に続いているそうだ。
どれもこれも空港建設のなごりなんだろうが、豪勢というかなんというか、物凄く無駄な感じがする。
まあ、建設物資を送るためにも使われていたようだし、今だって学園に必要な物資を地下鉄で運んでいるらしいので、有効活用はしているのだろう。
とはいえ、費用対効果はマイナスになっている感じがしなくもないんだよな……学校運営がそんなに儲かるとは思えないし。
そんなことを思っていると、美羽さんが橋を渡り始めてしまい、俺もその後に続く。
すると、海風が直接当たるのが流石に寒かったらしく、美羽さんは空けていたパーカーを閉めてしまい、ざんね……じゃない! じゃないからな!?
俺が心の中で勝手にあわあわしている間に、橋の丁度中頃に辿り着いた。
そこで美羽さんは不意に立ち止まる。
「ここは星波学園へと繋がる『学園大橋』です」
そう説明してくれたが、その表情は硬い。
学園大橋という名前は単純でいいが、美羽さんの表情が気になって、正直それどころではなかった。
「学園の案内は、明日登校してからの方がいいですよね?」
「……ええ」
俺の頷きに、美羽さんは少し微笑み、手に持っていた人形を持ち上げた。
「夜衣斗さん。せっかく貰ったこのメガネウサギなんですけど……お供えに使ってもいいですか?」
え?
予想外な言葉に、俺は思わず目を見開いてしまったが、前髪で隠れているので美羽さんには気付かれていないだろう。
落ち着け、ここで取り乱すのはカッコ悪い。
「……ええ、それはもう美羽さんの物ですから、どうしてくれてもいいですよ」
「ありがとうございます」
そう俺にお礼を言って、美羽さんはその場にしゃがみ、欄干に立てかけるようにメガネウサギの人形を橋に置いた。
「……ここで誰かが亡くなったんですか?」
「ええ」
そう小さく頷いた美羽さんは両手を合わせて黙とうし始めた。
俺も美羽さんにならい手を合わせて、見知らぬ誰かに対して黙とう。
暫く冥福を祈った後、美羽さんはゆっくり立ち上がり、悲しく俺に微笑んだ。
「ここで死んだ子は、武霊がメガネウサギになるほど眼鏡動物シリーズが好きだったんです」
それだけ説明すると、俺から見て右側の方を指差した。
視線を指し示す方向に向けると、そこに波止場に大小様々な建物がある場所が見える。
遠くから見ても明らかに廃墟感があるほど錆びたり壊れたりしているので、間違いなくあれが潰れた自動車工場なのだろう。
星波町の海岸は平坦になっている上に、橋の中頃から見ているのでよく廃工場が見渡せる。
地図上でも大規模だとは思っていたが、あれほどまで大きいと全て壊すのにもかなりの費用が取られるのは間違いないだろう。
だが、バブルが弾けて何年経ってると思っているんだろうか? 随分無責任な話というか……
なんて感想を抱きながら、美羽さんが喋り出すのを待つ。
きっと町の嫌なことを口にしなくちゃいけないのが辛いのだろう。
これまでの町案内で見せた美羽さんの様子は、自分が住んでいる星波町を本当に愛しているって感じだった。
常にニコニコと案内していたのだから、それは間違いない。
そんな町の負の部分を口にしようとしていのだから、それなりの覚悟がいるのは当然だと思う。
なので、俺は美羽さんが口を開くまでの間、色々と考えて時間を潰そうとした。
だが、次のことを考えようとした時に、美羽さんが大きく息を吐く。
「あの廃工場地帯には『鬼走人外』って暴走族グループがたむろしていることがあるので気を付けてください」
そりゃまた随分大仰な名前で、まあ、暴走族は漢字が好きみたいだから、不自然ではないが……ふむ。
「……警戒するってことは、そいつらも武霊使いなんですか?」
「ええ。結構な人数が被害を受けてて、何度か自警団で壊滅させようとしたんです。けど、その度に近くに在るトンネルから町の外に逃げられちゃって」
「……なるほど……ん? ってことは、町の外に出るというのも避難方法の一つなんですか?」
「ええ。そういうことも含めて書いてある避難マニュアルが星電で見れますので、落ち着いたら確認しておいてください」
「……わかりました」
「えっと、それで鬼走人外については、少なくとも暫くは大丈夫です。春休みに主力の武霊使いは武霊を失っているはずですから、町の方にちょっかいを出してくるまでにはまだ時間が掛かるはずでしょうし、町の外で犯罪グループとトラブルを起こしているって噂もありますからね」
町の外でもそうだってことは、どんだけ凶悪なんだか……ん? ちょっと待てよ? 今の話だと、春休みに大規模な掃討作戦でもあったんだろうか?
浮かんだ疑問を聞こうとしたが、それより早く美羽さんの説明が先に進んでしまう。
まあ、暫く大丈夫だというのなら、後で聞けばいい話だしな。
「ですから、今、夜衣斗さんが一番気を付けなくちゃいけないのは、あそこです」
美羽さんが身体ごと振り返り、反対側の山の中腹を指差す。
指差された場所を見ると、そこには木造校舎らしき建物があった。
ってことは、あれが元町立高校の校舎だな。
「あそこには危険な武霊使いが住んでいて、あいつらに……」
不意に言葉を区切った美羽さんに、思わず向けていた廃校舎から彼女に視線を向ける。
すると美羽さんは、噴き出す怒りを我慢しているかのようにギュッと下唇を噛みながら廃校舎を見ていた。
その視線の強さに、ドクンと自分の心臓が嫌な感じに高まった。
力があるのなら、それが振るわれることを考えないといけない。
例えば銃。
それが一般に広まれば、それを使った犯罪や事故が多く起こるのは必然であり、実際、銃社会であるアメリカなどではそれが絶え間ない問題として扱われている。
しかも、一度浸透してしまえば、それを絶やすことは容易ではなく、アメリカの銃問題は常に問題視されながら、一向に解決する気配が見えていない。
それには色々な思惑があるだろうが、一番の問題は使い易い力だということだと思う。
使い易いからこそ浸透し、使い易いからこそ絶えることはない。
それは武霊も同じなのではないだろうか?
自分の根本となるイメージが基になっているのだから、それ以上に使い易い力はないだろう。
そして、武霊が銃と同じであるのなら、同じことが起きるはず。
犯罪利用は勿論、暴発事故、そして――
美羽さんはぎゅっと強く目をつぶり、少しの葛藤を見せた後、俺の方に悲しそうな辛そうな目を向け、言った。
「何人もの武霊使いが殺されているんです」
殺人事件も起きているのだろう。
上空にいた全ての敵を倒し切った美羽はほっと一息吐いた。
(よかった。今回は誰の犠牲も出さずに済みそう)
コウリュウの背でそう思った美羽は、ふと視線を下に落とした。
(あれ? なんで彼女がこんな所に?)
美羽がいる下には学園大橋があり、その中頃に見知った女の子がいたからだ。
眼鏡を掛けた三つ編み二つ結びおさげの彼女は、小学校高学年でありながら美羽が所属している部活に所属している武霊使いだった。
後輩である彼女が武霊すら具現化せず一人でいることを不自然に思った美羽は、コウリュウに指示して学園大橋の横にまで降下。
「大丈夫?」
コウリュウが上空から現れたことに驚く後輩だったが、現れたのが美羽だった事に安堵した様子を見せる。
「はい。ちょっと意志力を使い過ぎちゃって」
そう言う後輩は確かにどこかふらふらしており、少し危なっかしかった。
「空の敵は倒し終わったから、送ろうか?」
「いえ、学園まで後もう少しですし、大丈夫です」
「そう。まだ警戒態勢が解かれてないから、気を付けてね」
「はい」
自分の言葉に素直に頷いた後輩に、美羽は微笑んでからコウリュウを上空へ上げた。
見える範囲の敵を倒し終わったとはいえ、その武霊使いが見付かったという報告を聞いていない。
そのため、空から捜索に参加しようと思っての行動だった。
だが、その判断は間違っていた。
「え?」
上空に上がっている最中、小さな悲鳴を美羽は聞いた気がした。
同時に下の方に悪寒を感じた美羽は、反射的にさっきまで近くにいた学園大橋を見る。
そして、愕然とすることになった。
何故なら、直前まで会話を交わした後輩が、『巨大な赤いスライム』に包まれ、その中でもがいている姿を目撃したからだ。
「コウリュウ!」
悲鳴に近い主の叫びに応えて、コウリュウが赤いスライムに向けて一気に急降下した。
だが、コウリュウの手が届くより早く、赤いスライムは橋から海に落ちてしまう。
「お願い! 間に合って!」
美羽の悲痛な願いと共に、橋にぶつからないようにわずかに上昇したコウリュウは強引に方向転換し、海に突入しようとした。
しかし、それより早く、飛び込もうとした海面に大爆発が起こった。
慌てて急停止するコウリュウに、海水と共に赤いスライムの破片が叩き付けられる。
そして、それが意味することを知っていた美羽は――
この場で何があったか、辛そうに話した美羽さん。
所々説明不足だったり、どうなったか語り切ったりはしなかったが、事前に聞いた言葉から言わなくてもわかる。
殺されたのだろう。
こういうことがあるのは、ある意味俺の予想どおりだった。
だが、予想どおりだったからといって決して望んでいた訳ではない。
それほど寒さは感じていないのに、悪寒が走った気がして身体が震えた。
「少し寒いですよね」
俺の震えに気付いたのか、美羽さんはそう小さく微笑んだ。
「ちょっと待っててください。近くの自販機で温かい飲み物を買ってきますから」
美羽さんはそう言うと、俺の返事を待たずに町の方へ走って行ってしまった。
あまりの素早さに唖然とするしかないが、もしかしたら少し一人になって落ち着きたかったのかもしれない。
明言はしてなくても、殺されたその時の出来事を、美羽さんぐらいの年齢で口にするのは酷なことだろう。
しかも、これほどまでに躊躇ったってことは、もしかしたら、後輩以外の殺された人の中に美羽さんと親しかった人がいたのかもしれない。
何人ものって言葉であることを鑑みれば、少なくとも殺された人は一人や二人ではきかないだろうからな。
では何人ぐらいなのだろうか?
そんな疑問が浮かぶが、それは美羽さんから直接聞いた方が早いし、考えるだけ無駄だろう。
ここで考えるべきは、悪寒が走った原因だ。
サヤは言っていた。
俺の身に降り掛かる死の運命を変えても、変えれば変えるほど他の運命を引き寄せてしまう。
と。
だとすると、死に直結することを俺は引き寄せやすいってことになるんじゃないだろうか?
つまり、殺人者がこの町にいるのなら、俺はそいつらと遭遇しやすいということになる。
いや、よくよく思い返してみると、さっき美羽さんは、「今、夜衣斗さんが一番気を付けなくちゃいけないのは」って言っていた。
それってつまり、俺がなにかしらの要因で狙われやすいってことなんじゃないんだろうか?
では何の要因で?
考えられるのは、武霊使いが殺されている、とわざわざ言ったこと。
つまりなにかしらの目的で武霊使いだけを狙う犯罪武霊使いってことになる。
そのなにかがよくわからないが、少なくとも俺が狙われる可能性が高いことには変わりはない。
まあ、だからといってすぐに狙われることなんてないだろう。
事情を知っている美羽さんだって、気を付けなくちゃと言いながら、俺を一人にしている。
少なくとも町中でいきなり襲われることはなだろうし、住処を特定できているのなら、監視も容易になるってことだ。
もっとも、気になるのは住処を特定していながら、殺人犯を野放しにしていることだが、それはある意味、それだけ強力な武霊使いだってことの証明にもなる。
強いからこそ捕まらないのは単純明快な構図だが、ことはそれだけで済む問題なのだろうか?
あいつらって美羽さんが言っていたことから考えて、殺人犯は複数だ。
とはいっても直前に暴走族グループの話が出ていてからの言葉だとすると、グループと呼べるほどの人数ではないのだろう。
正確な人数がわからなくても、少数人数で町全体と渡り合っているのだから、それをなんとかする方法があると考えるべきだな。
まあ、そうは考えても、町中で渡り合える方法なんて考えようがない。
これも後で美羽さんに聞いた方が早いだろう。
しかし、現状でもわかることがないわけではない。
さっき見た星電での武霊活動限界領域の線は、殺人犯達が住む廃校の直ぐ近くにあった。
つまり、その住処で窮地に陥ったら、その線を越えればいいのだ。
そうすれば、忘却現象の影響で全てを忘れてしまう。
犯人が武霊使いであるのなら、その犯罪は当然武霊を使って行われているのだろうから、それすら、例え殺人であっても、忘却現象の対象内ということになる。
捕まえる側も、捕まる側も忘れてしまうのなら、町の外で捕まえられるはずもない。
そもそも、仮に犯人を捕まえることに成功したとしても、その後はどうするんだろうか?
罪を罰するためには、町にある警察署だけでは処理し切れない。
立件には検察庁や裁判所など、必ず町にない施設や役所が関わる。
だとすれば、武霊関連の記憶や情報を外に持ち出せない忘却現象により、武霊のことをそのまま町の外に伝えられない今の状況では、まともに犯罪武霊使いを裁くことができない。
証拠資料も、警察も、犯罪を犯した本人でさえ、町の外に出てしまえば、起きたはずの事件は忘れ去られてしまう。
これでは犯罪の立件どころか、立証すらできない。
まあ、武霊を上手く利用すれば、証拠を武霊が関わらない形への偽造・加工ができるだろうから、少なくとも軽犯罪などはなんとかなるだろう。
だが、殺人犯などの重犯罪の場合はどうだろうか?
重犯罪はどれも質が違く、注目度も段違いだ。
下手をすれば町の外から人を大量に呼び込みかねないし、何より偽装し難い。
どんな重犯罪かにもよるかもしれないが、特に殺人などは厄介だろう。
なんせ、殺された手段が、普通では存在していない武霊によって行われるのだから、例え人間に近い武霊だったとしても、普通なら証拠として残ること一切合財残らない可能性だってあるし、残ったとしても武霊使いに結びつかせられない。
武霊は武霊使いの中に本体を置いていたとしても、イコールではない、別個体だから、どうしたって残った証拠に違いが出てしまうだろう。
まあ、それ以前に残った証拠に関連付けさせる証拠が忘却されてしまえば、いや? そもそも、殺そうと思って殺す連中が忘却現象を利用しようと思わない訳ないし、さっき思ったとおり、証拠が残るような武霊能力ばかりとは限らないだろうしな。
そうなると、武霊能力によって偽造するにしても限度があるだろう。ないものを偽装はできないだろうし、例えあった・できるとしても、倫理観に反するのではないだろうか?
仮にそれをしてしまったとしても、重犯罪であるのなら、徹底的に調べられるだろうから、軽犯罪よりぼろが出やすい気がする。まあ、そこら辺のことを詳しく知っている訳じゃないから、実際のところどうなのかはわからないが、少なくとも、軽犯罪に比べ、重犯罪は偽装しなくてはいけない事柄が多過ぎるのは間違いないだろう。
数の問題だけじゃなく、質の問題も同時に問われるのなら、僅かでも安易な偽装を行えば、最悪は殺人犯が無罪放免ということになりかねない。
これを回避するためには、『町独自の仕組み』が必要になるだろうが……それをやると場合によっては魔女狩りへと誘発されかねないだろうしな……
まあ、少なくとも、今日、町を見回った限りでは、そんなことが行われている感じはしなかったし、凶悪な武霊犯罪が多発しているって感じはしなかった。
もしそうなっていたら、町は荒れ放題、町中を普通に出歩くようなことはできなかっただろう。
そういう様子が見られなかったことを鑑みれば、ほんの少しの者達を除いて、町の治安は維持されているということになる。
そんな町の中にいるのだ。
余程の混乱がない限り、例えば昨日のはぐれ発生とかが起きなければ、殺人者に狙われる可能性は低いと考えてもいいだろう。
そんなことを考えながら、俺は美羽さんを待っていた。
どこまで買いに行っているのかは知らないが、ちょっと遅いような気がしないでもない。
まあ、俺の予想通りってことなのかもしれないので、そうだとしたら遅過ぎるぐらいがちょうどいいだろう。
ん~しかし、なんというか、さっきから頭をフルに動かして思考しているせいか、妙に甘いものが欲しくなるな……
そう思った俺は、ジーパンのポケットをごそごそ。
実は、ゲーセンで店長からぬいぐるみも貰った後、流石に貰っただけでは俺のわずかばかりのプライドが許せなかったので、チョコが景品のクレーンゲームにチャレンジしていた。
面白いもんで、何の気負いもなくやったそれは、たった一回でチョコを手に入れてしまう。
それで、美羽さんは大喜びしてくれたのは良いんだが、俺としてはなんとも微妙な感じになってしまった。
なので、俺のポケットには、チョコなのにある意味苦い粒チョコが入っている。
まあ、気持ち的に苦かろうと、とりあえずの口寂しさを紛らわすには丁度いいよな。
そう思いながら粒チョコを取り出し、ポリポリ食べていると、ふと星波学園の方から誰かが近付いてくるのに気付いた。
学園の生徒かと思ったが、学生服を着ていないので、違うかもしれない。
先頭を歩く年頃同年代ぐらいの少年は、全体的に華奢っぽいが、その肌は健康的な感じで浅黒いのでひ弱なイメージはない。
その顔付きは美少年なのだが、年相応の幼さと柔らかさがある笑みがないと、一つ違えば獰猛な人物に見える感じだった。
シンプルなズボンとシャツを着ているその少年の後ろには、周りをキョロキョロ見回しているやはり同年代ぐらいの少女がいた。
俺はその彼女に酷く興味を惹かれてしまった。
腰まであるロングストレートの黒髪は、思わず魅入ってしまうほど綺麗で、海風でさらさらなびいている様子は、俺の心拍数を跳ね上げてしまう。
着ている服は白いシンプルなワンピースで、アクセサリーは勿論、化粧すらしてないのに、これほどまでに魅了する女性を俺は物語の中でしか知らない。
それなりに接近しているので、向こうも俺が自分達を見ていることに気付いているとは思うのだが、どうしても彼女から視線を外せなかった。
気味が悪いと思われることを承知で彼女を見続けると、その肌が異様なほど色白であることに気付く。
まるで生まれてから一度も日に当たってないかのように見えるほど、白く綺麗な肌は、黒髪と同様に俺を魅入らせる。
俺があまりにも注視していたためか、今までキョロキョロしていて見えなかった彼女の顔が不意にこちらに向く。
あまりにも不意打ちだったため、ばっちり目が合ってしまった瞬間、俺は戦慄を感じた。
年相応の幼さがあるのに、その顔は怖さを感じさせるほどに酷く妖艶に見え、それまで感じていた髪や肌に対する魅力も途端に恐ろしさを感じ始める。
正直、意味の解らない感覚だった。
怖いのに見たい。
恐ろしいのに逃げたくない。
相反する感情が同時に生じ、酷く困惑している内に、いつの間にか前を歩いていた少年を追い越し、彼女が前に出ていた。
しかも、直ぐに俺の前までやってきて、その足を止めてしまう。
無遠慮に見ていたことを咎められるのかと、思わず身構える。
そんな俺に、彼女はそれまで感じていた妖艶な雰囲気を掻き消し、とてつもなく幼い感じの微笑みを向けた。
そして一言。
「チョコちょうだい」
ガクッと肩透かしを感じるようなことを口にした。