8、『星波商店街でのひととき』
「これは……本当に凄いわね……」
そう言ってヒーラーサーバントで治療した左腕の調子を確かめるように、握っては開いてを繰り返す幸野さん。
俺は幸野さんのその様子に、密かにほっとしていた。
昨日の田村さんの治療は最後まで確認することはできなかった。
なので、本当に完治させることができるか、正直なところかなり不安を感じていた。
だが、この様子だと完全に治っているぽいな。まあ、それでも若干不安を感じるといえば感じるが……
そんな俺の不安を見透かされたのか、幸野さんは俺に対して苦笑ぽい微笑みを浮かべた。
「武霊の具現化は、武霊使いの知識に準じるわ。だから、治療系の武霊能力を持っていても、完全に治療できなかったり、そもそも治すことができないことだってあるの。仮に治すことができたとしても、それには膨大な意志力を消費してしまうのだけど……」
俺の方をじーっと見る幸野さん。
俺の様子の変化を確認しているとわかってはいるが、どうにもどぎまぎしてしまうのを止められないな。
少しの凝視の後、安心したように小さく息を吐いた。
「意志力を大量に消費している感じしないわね。ほんのちょっとって感じかしら」
ん? 今の言い方だと、顔色やら表情の変化で、見極めているってわけじゃなさそうだな。だとすると、
「……感覚で意志力をどれぐらい消費したかわかるんですか?」
「なんとなくだけどね」
「……なんとなくって、随分アバウトですね」
「それでも大体あっているのよ。武霊の具現化していない状態は見た?」
オウキやコウリュウの半透明な姿のことか? なら、見ているので頷く。
「あの状態って、普通の人には見えないのよ。武霊使いは勿論普通に見えるけど、武霊使いじゃない人でもたまに見える人がいるわ。っで、そういう人は大体、霊感が強いって言っている人が多いの」
「……つまり、霊感ですか? まあ、武装守護霊って名前が付けられているのなら、そっち方面に関するなにかがあるとは思っていましたが……」
「ええ、背後から霊感が強い人しか見えない形で出てくるなら、守護霊って感じでしょ? しかも、取り憑いた人間の根本にあるイメージで武装するように自らを攻撃的に形作る」
「……だから武装守護霊。幸野さんが名付けたんですか?」
「いえ、気が付いた時にはその名前で定着していたわね。誰発信って感じでもなく自然とできた名称なのかもね」
「……まあ、武装も、守護霊も特別な言葉ではないですからね」
だが、妙な引っ掛かりを感じるな。
サヤは、
「この子は『武装守護霊』。夜衣斗の『想像で武装し、夜衣斗を守護する霊体』」
ってハッキリ言っていた。
だとすると星波町とサヤの知識には、使っている言葉が同じでも、根本の違いを感じる。
もっとも、だからといって、それがなんなのかまではわからない。
だが、少なくとも星波町の経験則で培われた知識を全面的に信用するのは危険だな。
「っで、そんな霊的な存在に取り憑かれて、具現化できるせいか、私達武霊使いは、勘、第六感みたいなのが鋭くなっているのよ」
「……美羽さんみたいにですか?」
チラッと美羽さんに視線を向けると、はっとして俺に対して小首を傾げた。
どうやらまたぼ~っとしていたらしい。
そんなに難しい話はしてないと思うんだがな……とりあえずなんでもないって感じで首を横に振っとく。
「美羽の場合は、更に勘の良さが強化された感じからしらね? 武霊使いになる前から、色々と気付く子だったから……頭は弱いけどね」
「だから、美羽の頭は弱くないです」
「はいはい、硬い硬い」
幸野さんが苦笑しながら頭をポンポンと叩いたので、思いっ切りむくれてそっぽを向く美羽さん。
なんだかな……まあ、とにかくだ。
「……第六感って言いましたけど、霊感ではないんですか? まあ、そもそも第六感って言葉に霊感やらESPやら色々な意味が含まれていますけど」
「霊感って感じではないのよね。もしかしたらそういう方向にも鋭くなってるかもしれないけど、今の所、武霊使いの中に幽霊を見たって子はいないわね」
「……それはちょっと不自然な感じですね。武装守護霊が本当に霊的な存在であると仮定するなら、本物の幽霊などがいてもおかしくないですし」
「そうね。少なくとも、武霊を見れるほど霊感の強いって言っている人達によると、星波町は極端に幽霊が少ない、もしくはいないそうよ。他の町では普通に浮遊霊とかいそうな場所にいないとかなんとか」
幸野さんのその困った感じの説明に、俺は幾つかピンとくるものがあった。
「……霊能力者を呼んだことがあるんですか?」
「ええ、そういうインチキぽい連中も呼んだことがあるわ。なんとか武霊の正体を掴みたくってね。でも、そんな彼らでも武霊はよくわからないって言われたわね。断定した自称霊能力者は詐欺師だったし、そっち方面での収穫はゼロよ」
「……得られたのは、さっき言ったことと、武霊は霊的な物ではない可能性と、それによって鋭くなった感覚が霊感の類ではないかもしれないってことですか?」
「そういうことになるわね」
「……もし仮に霊的な存在が実在するのなら、幽霊が極端にいないのは、はぐれが原因ってことである程度説明が付く気がしますね」
「ええ、私達もそう考えているわ」
「……でも、それすら証明する手段がない」
「霊的な存在に対していうのも変だけど、いない存在を見ることはできないものね。まあ、少なくとも勘が鋭くなるのは本当よ。今みたいに、意志力の減りぐらいをなんとなくわかるとか、はぐれの発生をなんとなくわかるとかぐらいしか役に立たないけどね。ちなみに、学園のテストは、武霊使い対策として選択系の問題は出されないことが多いから、気を付けた方がいいわよ」
うっ! それはちょっと困る。苦手強化とかはそれでなんとかしていることが多いっていうのに……
「それにしても、ほとんど意志力消費がないってことは、夜衣斗君の治療系武霊能力は、物理法則に基づいておこなわれているってことよね? 医療の知識でもあるの?」
そんな知識、平均以下、いや、普通の高校生でも持ち合わせてないと思うが、いや? そういえば、あるといえばあるか?
「……漫画とかで知った程度の知識しかありませんよ」
「医療漫画とか?」
「……SF的知識も多少はあるので、その影響かもしれません」
「SFは科学的な物理法則にある程度基づいたものが多いものね。そこに、多少なりとも医学知識が加われば、物理から大幅に離れた武霊能力になることはないってことかしら?」
「……可能性は高いと思います」
「実際にそうなっているのだから、間違いないでしょうね」
そう言って苦笑した美春さんは、不意に真剣な面持ちになる。
「治療もできて、多様性汎用性のある武霊能力。見た目からしても、オリジナルタイプだと思うけど、違う?」
なんだろう? この問いに、妙な不安感を感じつつ、俺は頷いた。
「そう……」
チラッと美羽さんを見る幸野さん。
その美羽さんはいつの間にかふくれっ面から戻っていて、俺を不安そうに見ていた。
「美羽?」
幸野さんの呼び掛けに美羽さんは、ちょっとだけビクッとして、見るからにうろたえてしまう。
「えっと……その、まだ言ってなくて……」
「そう……美羽の気持ちはわからないでもないけど、なるべく早く教えてあげなさい。それが町案内をする人の義務であり、特に夜衣斗君には重要な話なのだから」
「うん」
「……私が言おうか?」
「ううん」
「そう……頑張りなさい」
「うん」
などと謎のやり取りをして、そのことに関する会話は打ち切られた。
その後は軽い雑談。主に春子さんの悪行の数々を中心に聞かされてしまった。
酔って電柱に絡んだりとか、白猫屋でこんこんと担当編集者に説教されていたとか……まあ、嫌われてはいない、どちらかというと好かれているようではある。
だが、これから同居する相手だというのに、そんな不安になるようなことを聞かせないで欲しいもんなんだがな……
白猫屋珈琲の昼食代は、予想通り幸野さんに若干強引に奢らされてしまった。
「これ腕の治療代ね」
なんて言われれば強く拒否できるはずもない。
ん~だが、これでは当初の予定どおり、俺は昼ご飯を奢って、美羽さんにゲーセン代を奢って貰う案が瓦解してしまう。まあ、俺が三時のおやつを奢ればいいか? って、さっきパフェを食べたばかりだから、三時のおやつまで食うのはどうなんだろうか?
などと考えながら、美羽さんの案内で商店街の奥へと進む。
あ、そういえば、さっきのお礼を言ってなかったな。
「……美羽さん」
「はい?」
俺の呼び掛けに、くるっと振り返って、後ろ向きに歩き始める美羽さん。
なんというか、さっき俺に対して無条件に味方してくれたせいか、今日一番に可愛く見えた。
単純すぎるだろ俺、別に美羽さんが俺に対して好意を抱いていていたからああしてくれたってわけじゃなくて、彼女が彼女として信頼し、期待してくれたってだけだ。
決して勘違いするなよ黒樹夜衣斗!
などと自分にそう強く言い聞かせながら、軽く頭を下げる。
「……さっきはありがとうございます」
「え? え? えっと、美羽、夜衣斗さんにお礼を言われるようなことをしましたっけ?」
俺のお礼に立ち止まり、本気で戸惑う様子を見せる美羽さん。
ん~唐突過ぎだか? でも、ついさっきの話で、俺がお礼を言うことなんて一つしかないと思うんだな。
「……幸野さんが俺に監視付けるって言った時に、反対してくれたでしょ? そのお礼です」
「え? だって、あれは夜衣斗さんとしては監視して貰った方がよかったんでしょ? だったら、美羽にお礼何て言う必要はありませんよ。美羽は夜衣斗さんの邪魔をしちゃったわけですし」
これは思いの外、ちゃんと意図を汲み取っていたんだな……意外と思うのは失礼だが、確かに人を見る目、それに通ずる感情や気持ちを機敏に感じる人のようだ。
僅かではあるが、美羽さんが俺の思惑を邪魔したって思ったのは確かなことだし。
まあ、だからといって、美羽さんが俺のためにしてくれたことであることは変わりない。
だったら、ここでお礼を言わないのは、俺自身が自分を許せなくなる。
「……それでも、お礼を言いたかったんですよ。ありがとうございます。その……嬉しかったです」
俺の色々な気持ちがこもった言葉に、美羽さんは少しキョトンとした後、おかしそうにコロコロと笑った。
「それって変ですよ夜衣斗さん」
そう言って美羽さんは再びクルリと回り、歩き出してしまう。
まあ、俺が変なのは否定はしないが、ん~なんだろう? 変って言われているのに、嫌な感じがしない。前に言われた時は不快でしかなかったのにな……
などと思いながら、美羽さんの後を追って歩き出した時、ふと気になって商店街を見回す。
なにが気になったのか最初はわからなかったが、よくよく周りを見ると、白猫屋珈琲や酒屋酔い猫などのように白猫をイメージさせる名前や看板が多いことに気付いた。
そのことについて美羽さんに聞こうかとちょっと悩んでいると、不意に美羽さんが立ち止まる。
じーっと見ているのは、ねこねこ玩具店と看板が付いた猫の玩具専門店みたいな名前の玩具屋。
そのディスプレイに目を向けていて、何となくその視線の先を追う。
するとそこには、全長一メートルぐらいありそうなでっかいぬいぐるみが展示されていた。
シロクマをデフォルメした感じのぬいぐるみで、何故か黒縁眼鏡を掛けている。
そんな人形で、『実寸大メガネベア』って書かれていた。
えっと確か……眼鏡動物シリーズっていう作品だったかな? 二十年ぐらい前から世界的に展開されているぬいぐるみで、妙に設定が凝ってるって聞いたことがある。
何でも世界から世界へ放浪する習性を持った異次元生物で、色々な世界に渡ってはそこの住人と心温まる交流を重ね、旅立っていくって設定だったかな? まあ、又聞きだから、若干違うかもしれないが……ふむ。
「……眼鏡動物シリーズが好きなんですか?」
俺の問いに、美羽さんははっとなって、カーッと顔を赤くさせた。
「え! いえ! その……」
しどろもどろになって、顔を下に向けてしまう美羽さん。
「こ、高校生にもなって、ぬいぐるみ好きなんて変ですよね?」
なにその可愛い反応! ハートにぐざぐさくるんですけど!?
お、落ち着け俺、さっきの言葉を忘れるなよ黒樹夜衣斗!
などと思いっ切り自分に言い聞かせながら、ばれないように小さく深呼吸。
若干落ち着きを取り戻してから率直な考えを述べることにした。
「……変ではないと思いますよ」
俺の言葉に、美羽さんはぱっと顔を上げて、満面の笑みをこっちに向けてきた。
「本当ですか!」
「……ま、まあ、大人になってもぬいぐるみが好きな人だっていますし、個人的な考えでは、本当に好きだったら、他人にどうこう言われようと好きであるべきだと思いますよ」
「ですよね。えへへ、そっか変じゃないんだ」
美羽さんは俺の言葉に本当に嬉しそうに歩き出した。
ふむ、丁度いいし、どうせだったら、あの巨大メガネベア人形を昨日のお礼としてプレゼントしようかな?
と思い、値札と見る。
うっ! 定価三万だと!? 何このバカ高い値段……そんな人形、誰が買うんだよ……ん?
今の俺の財力ではかなりキツイ値段に思わず硬直していると、メガネベアが入っているガラスの箱に、「星波商店街福引景品三等対象商品」と書かれていた。
ふむ……まあ、なんであれ、今の俺には無理だな……
若干肩を落としながら、ちょっと遅れて美羽さんの後を追って歩き出した。
商店街中心近くに在る美春さんが店番をしている酒屋酔い猫を通り過ぎ、その隣の自警団本部と看板が立てかけられている場所をちらっと確認して、商店街出口近くにあるゲームセンター・アソビネコの前に辿り着く。
入り口前にプリクラ、入った所にクレーンゲーム。奥にはカード系やメダルゲーム。壁に付けられている案内によると地下には音ゲー各種などの比較的身体を動かすゲーム。二階にアーケードゲーム各種って感じになっているようだった。
客層は俺ぐらいの年代から、幼い子供連れ夫婦に、ご老人方など、多岐に渡っていて、随分繁盛している。
しかも、ほとんどの人が星電をゲーム機に当ててプレイしているってことは、公式武霊使いの人達が主な客ってことか?
「あ!」
不意に美羽さんが軽い驚きの声を上げた。
つられて美羽さんを見ると、クレーンゲームにその視線が注がれている。
そのクレーンゲームには「新景品入荷」と書かれており、しかも、入っている景品はさっき美羽さんが引き寄せられていた眼鏡動物シリーズのようだった。
これは一種の天恵だろうか?
「……取りましょうか?」
「え!?」
「……いや、眼鏡動物の新景品」
「えっと、美羽、口に出してました?」
「……そんなに熱心に見ていたら誰だってわかりますって」
「そうでした? えへへ。じゃあ、お願いします」
「……はい」
俺は頷きつつ、ちょっと気恥ずかしさも手伝って美羽さんの方に顔を向けられず、クレーンゲームに近付く。
「……とは言っても、久しくクレーンゲームをしてなかったので、あまり期待はしないでくださいね」
そう断りながら財布から取り出した小銭を投入。
小学生の頃にやったぶりだからな……はたしてうまく取れるかどうか……
ちらっと新景品が、眼鏡を掛けた兎・メガネウサギであることを確認し、箱の中のどの位置にあるか調べる。
っで、テレビとかでやっていたクレーンゲームのコツを思い出す。
取れやすい奴を見極め、景品の重心を考え、一発で取るのを意識するのではなく、場合によっては何回かに分ける。
紐に引っ掛けるとか、二個取りとかあるみたいだが、ほとんど素人である俺がそんな高等テクニックができるわけもないので、シンプルに掴む動作だけでどうにかするか……よし! やるぞ!
と意気込んでみたものの、結果は惨敗。
気が付くと、財布の中に在った百円玉十枚が瞬く間になくなっていた。
ま、まあ、ゲームは好きでも、大体は一人でプレイするものばかりだし、アクション系とかも苦手だしな……とはいえ、何度かチャレンジしたせいか、狙いのメガネウサギのぬいぐるみはかなり穴に近い所まできている。
この分だとあと数回くらいかな?
そう思った俺は周りを見回し、近くに両替機があるのを見付ける。
「……ちょっと待っててください。今、両替してきますから」
「え! そんな悪いですよ」
「……昼ご飯を俺が奢っていたら、もっとかかっていたはずですから、気にしないでください」
「それはそうかもしれないですけど……」
「……もしかして、美羽さんはクレーンゲーム得意だったりします?」
「いえ、そんなに得意じゃないです。じゃないですけど……」
俺の問いに困ったような顔になってしまう美羽さん。
「……なら、ここは俺に任せてください。後もう少しで取れそ――」
取れそうですからって言おうとした時、不意に店の奥からくわえ煙草をしている女性が現れた。
その人物が、色眼鏡を掛けた目付きの鋭い人だったので、思わずビクッとしてしまう。
そんな俺の反応を無視して、その人はすたすたとクレーンゲームに近付いた。
っで、手に持っていた鍵の束から一本取り出し、ガラス箱を開けてしまう。
店の名前が入ったジャンパーを着ているので、店員なのは分かるが……もしかして、このタイミングで商品追加とか? それは流石にひ――
「こいつでいいのか?」
とぶっきらぼうな感じで聞いてきた店員の手には、頭部を鷲掴みされているターゲットだったメガネウサギのぬいぐるみがあった。
へ?
思わぬ事態にキョトンとしかできない俺に、
「ん」
っと一言だけ言ってぬいぐるみを押し付け、すたすたと店の奥に去って行ってしまった。
え~っと……
思わず美羽さんを見ると、困ったように苦笑していた。
「あんな感じで何回も失敗していると、プレゼントしてくれるんですよ」
「……それってゲームとして、いや、店としてどうなんでしょうね?」
「さあ? あ、今の人ここの店長さんなんで、プレゼントしてくれること自体は問題ないですよ」
「……そうですか……えっと……では、どうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「……いえいえ」
美羽さんにプレゼントされたメガネウサギを渡しながら、俺の心中は色々と複雑な感じだった。
ん~……これではお礼にならないよな……
それにしても……この人のパーソナルスペースはどうなっているんだろうか?
そんな疑問が浮かんだのは、幾度目かのゲームをプレイした時だった。
実は商店街に入ってから、町役場同様に俺にやたらと視線が集まっていた。
それが星波動画の影響であるのなら、当然星電を持っている人が多いゲームセンターでは更に視線が集まるのは明白。
なので、俺はそれを気にしないために、ゲーム画面へ物凄く集中してプレイしていた。
そのせいなのかなんなのか、美羽さんの行動に直ぐに気付かなかった。
シューティングゲームをやっていた時、ふと気配を感じて隣を見ると、物凄く近くに美羽さんの顔があることに気付き、思わず硬直。
「あ! あ~あ、やられちゃった」
当然プレイどころじゃなくなってゲームオーバーになってしまった。
次のゲームも似たような感じになり、どうやら美羽さんは他人がゲームしていると近い目線でプレイを見たいらしい。
だとすると、それを自然にやっていたことを鑑みても、俺が気付く前にも同じことをしていた可能性がある。
それを想像すると思わず赤面してしまいそうになるが、ん~なんとなく幼い子供を連想してしまうな。
まだ精神的に子供としての側面が強いのかもしれない。
まあ、なんであれ、今までこんなに無防備に近付いてくる女子はいなかった。
普通に接してくれる子が一人しかいなかった上に、その子だって実質的に妹みたいなものだから、異性としては初めてだといえるかもしれない。
雰囲気からしてそんなんじゃないとわかりながら、どうしても意識してしまう。
だが、勘違いするなよ俺! 彼女が俺にこうやって接してくれるのは、春子さんと親しくしているからだし、彼女がそういう人だってだけで、何も俺に好感を持っているからではない。
昨日今日で俺のことを、漫画やアニメじゃあるまいし、す、好きになるなんてない。
この嬉しそうな顔だって、こういう状況を楽しんでいるだけで、そもそも、俺みたいな平均以下の奴に好意を抱く人なんていないだろうし、いだかれても迷惑なだけだろう。
そのことをしっかり自覚しろよ黒樹夜衣斗!
そう今日何度目かの言い聞かせをしてみたが、あんまりにも何度も強引に自制させたせいか、あんまり効果がなく、美羽さんを意識することを止められない。
なんというか、俺が今まで僅かばかりに触れ合ってきた女性とは違い過ぎて、自制心が効きにくくなっているのかもしれない。
だから、湧き上がる抱いてはいけない類の好意をなんとか押し留めるために、俺はこの状況を変えようとした。
「……そろそろ町案内に戻りませんか? できれば、明日から通う事になる星波学園を見ておきたいので」
何だかヘタレな感じだが、まあ、実際ヘタレだし。
「そうですね。夜衣斗さんにはちゃんと話しておかないといけないことがありますし……」
俺の苦し紛れの言葉に、それまで楽しそうにしていた美羽さんが、急に暗い顔になってしまった。
あれ? ……もしかして、かなりの失言だったんだろうか?