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武装守護霊  作者: 改樹考果
第一章『渇欲の武霊使い』
17/85

5、『忘却現象と廃校の二人』

 どうにも俺は思考型の性格であるせいか、一度一つのことを思考し始めると、それがプラスでもマイナスでもとことんまで考える性質らしく、下手をすればそれがしばらく後を引きずるまで深みに陥る。

 今回の切っ掛けは、田村さんにお礼を言われたためだが、普通ならポジティブに受け取ってもいいはずのことに、俺のどうしようもない性格はそれをネガティブに受け取ってしまう。

 このままでは、懸念しているとおりに後を引きずるまで落ち込みかねない。

 それを防ぐために俺は美羽さんに次の場所を案内されながら、貸し出された星電をいじっていた。

 目新しい機械は触らずにはいられないってのもあるが、他のことに集中するのが一番余計なことを考えなくて済む。

 のだが、ん~星電って、機能的には普通の携帯とそんなに変わらない感じだな。

 他とは違うのは、あくまで内容だけって感じかな? 通信システムは勿論、星波動画などの星電からしか繋がらないサイトなどなど。

 その内容は結構多岐に渡っているようなので、歩きながら全てを調べるのは難しそうだ。

 ついでにいえば、携帯の電池残量も田村さんが使用していた物だったためか、半分を切っているので心許ない。

 なら、後で充電しながら見ればいいか。そうそうとこれが必要になる事態になるとは思えないしな。

 そう思った俺は、星電をいじるのを止め、ジーパンにしまう。

 すると、それまで星電に気を向けていたおかげで止まっていた俺の自己嫌悪のスパイラルが再び始まりそうになった。

 まだだめか。なら、別のことに意識を向けるしかない。

 かといって、全く関係ないことを考えられるわけがないので、マイナスの思考をする切っ掛けとなった田村さんの奥さんの言葉を少し考えてみることにした。

 で、ふと思考だけではわからないことが気になった。

 「……昨日のはぐれ、発生でしたっけ?」

 「え? あ! はい!」

 俺の唐突な言葉に、美羽さんは少しびっくりした様子をみせた。

 というか、そんなに驚かなくても……俺と同様に何か考えことでもしていたのだろうか?

 若干間抜けな感じで返事をしてしまった恥ずかしさを誤魔化すためか、美羽さんは若干早めに頷く。

 「ええ、はぐれ発生でいいんですよ。それがどうかしましたか?」

 「……昨日のはぐれがイレギュラーな発生ってことは、もしかして、そのせいで治療系の武霊能力を持つ武霊使いが足りなくなったりしてません?」

 そう俺が聞くと、美羽さんは目を見開くほど驚く。

 「ええ、確かに、医療系の武霊使いは足りてませんけど……何でわかったんです?」

 何だか戸惑った感じで問い返されてしまったが、ん~簡単な推測なんだけどな……

 「……ゴールデンウィークで人が大分出ているみたいなことを昨日美羽さんが言っていたでしょ? ……それに、さっきの田村さんの奥さんが、夫が死なずに済んだって言ったことを重ね合わせて考えると、そう考えるのが自然だと思いまして……」

 「自然……なんですかね?」

 俺の説明に、いまいち美羽さんは釈然としてない感じだった。

 ん~まあ、かといってこれ以上説明できないので、とりあえず次の質問。

 「……田村さん以外の重症者は大丈夫だったんですか?」

 「あ、はい。なんとか軽度な人や辞退した人以外は足りたみたいです」

 「……俺も含めてですか?」

 「え!」

 「……いや、だって、目覚めたら病院にいて、あんな至近距離で爆発を受けてしまったのに、どこにも怪我がないってことを考えると、武霊能力で治療されたって考えないとおかしいでしょ?」

 「そ、そうなんですか?」

 「……だとすると、俺の治療のために辞退した人もいるんでしょうね……」

 何だか申し訳ないことを知らぬ間にしてしまった感じだな。俺の武霊能力にも治療系があるわけだから、後で病院に戻って、差し出がましい気がするが、治療の手伝いをするべきか?

 そう思っていると、まるでその考えを見透かしたかのように美羽さんは困った顔になる。

 「えっと、多分ですけど、昨日治療できなかった人も、医療系武霊使いの意志力が回復次第治療されると思いますし、今日星波町に帰ってくる人だっていますから、夜衣斗さんはそんなに心配する必要はありませんよ」

 ん~どうやら美羽さんは推測とかは苦手だが、こう直感に優れている人かもしれない。俺とは正反対のタイプって感じか? まあ、とにかく、そういうことなら余計な心配だったな。

 「……そうですか、それは良かった」

 そう言って少しだけほっとした時、俺の前に大きな橋が現れた。

 美羽さんは特に何もいわずに俺より先に歩き出し、橋の真ん中で立ち止まる。

 そこは、ある橋と一体になっている長椅子がある休憩所みたいな場所で、美羽さんはそこでクルリと綺麗に振り返った。

 その際に、何だか嬉しそうな感じの顔が急に現れた。

 っく! 一々可愛いなこの人……

 だが、勘違いするなよ俺! 彼女が俺にこうやって案内してくれるのは、春子さんと親しくしているからで、何も俺に好感を持っているからではない。

 昨日今日で俺のことを漫画やアニメじゃあるまいし、す、好きになるなんて、まずありえないだろう。

 この嬉しそうな顔だって、こういう状況を楽しんでいるって感じだしな。きっとこれが彼女の素なのだろう。まあ、そもそも、俺は女子に嫌われたことがあっても、俺をいじめていた連中が男女別々にグループを組んでいたことも鑑みて、俺は同性異性問わず好かれるタイプじゃないんだろう。

 何だか心がずきりと重く痛むな……

 そんな風に俺が心の中で葛藤している間、美羽さんは橋の説明を始めていた。

 「この橋は星波町のほぼ中央に流れる星波川に掛かっている橋の中で、星波海岸から二番目にある星波大橋です。星波川には五本の橋が架けられていて、最も山側にある小さな橋が星波橋。次に夜衣斗が乗ってきた星渡線の鉄橋。その次のにそこそこ大きな星降り橋。その次の次がかなりの大きさを持つここ星波大橋。最後に星波海岸沿いにある星波海道の星波海岸大橋となってます。もっとも、橋だけに限った話でいえば、星波学園と町を繋ぐ学園大橋もありますけど……それはとりあえず後回しにして、次に行きましょう」

 などと言って、クルリと回って先へと歩き出した。

 そのくるって回る仕草も可愛いよな……本当に一々ドキドキするというか、美羽さんだからそう思うんだろうか?

 まあ、何であれ、女子に免疫とかない俺には酷な一日になりそうだな……


 美羽さんは歩きながら、目に付いた公共施設などを説明しつつ、どんどんと、何故か町の外へと向かっていた。

 町の外周である山が段々と近付いてきていることからそのことがわかったんだが、案内されている手前、その疑問を口にしていいものか迷っていると、星波海道の端にある山岳トンネルに辿り着いてしまった。

 何でここに来たかわからず、まじまじと目の前にあるトンネルを確認するが、どっからどう見てもただのトンネル。

 確かこの先は、隣町である星取町へと繋がってるんだったよな……ん~ゴールデンウィークの旅行から帰っている人が多いのか、それなりの車がトンネルから出てくる以外、特に気になる所もない。

 美羽さんは美羽さんでこっちの戸惑いを気にせず、トンネルの中に入ってしまったので、慌てて後を追う羽目になる。

 「これを見てください」

 トンネルの半ばまで歩いた美羽さんが不意に立ち止まり、指差した。

 指し示された場所を見ると、そこには地面から天井にぐるりと描かれている太くて赤い線があった。

 ん? これって確か、昨日電車に乗っている時にも似た様なのを見たよな……

 「これはここから先に進むと『忘却現象』が起きるという目印です」

 忘却現象? おお、ようやくそれが何であるか説明されるのか……まあ、ある程度言葉から想像はできるが、とりあえず説明しやすいように、わかりきっていることを口にするか。

 「……つまり、その忘却現象というのが、武霊に関する記憶とか、証拠を町の外に持ち出せないという原因ですか……」

 「え!?」

 って、なんで驚くんだ?

 驚きの意味がわからず、美羽さんを見てしまうと、不思議そうな顔で俺を見て、小首を傾げた。

 「あれ? 美羽、夜衣斗さんにそのことを言いましたっけ?」

 「……武霊が星波町以外にいないことや、その情報が町の外に一切出てないこと、断片的に入ってきた情報などをまとめれば、自然とそういう結論に行き着くと思いますよ?」

 「そうなんですか? ん~」

 俺の説明にいまいち納得いってない感じの美羽さん。

 「……それで、忘却現象というのは、具体的にどんな現象なんですか?」

 「あ! はい。ちょっと待ってください」

 俺の問いに、何故か美羽さんは服のポケットから星電を取り出した。

 「おいでコウリュウ」

 美羽さんの呼び掛けに応え、コウリュウが半透明な姿で背後に現れ、具現化した。

 とはいっても、その姿は手乗りサイズになっていたので、俺は軽く驚いてしまう。

 こんな具現化もできるのか……

 「これは具現化レベル0.5の『制御具現』っていいます。『通常具現』を加減して、その大きさを通常の以下にするんですけど、部分具現ができた夜衣斗さんなら直ぐにできると思いますよ?」

 そんなことを言いつつ、美羽さんはコウリュウを目の前に移動させ星電のカメラ機能で撮ろうとする。

 すると、コウリュウは向けられた星電が嫌なのか、それとも撮られるのが嫌なのか、シャッターボタンを押す瞬間にひょいっと避けてしまう。

 「あ! こら、逃げないの!」

 と言いながら、コウリュウにレンズを向けようとするが、再びひょいっと逃げられてしまい、むっとした美羽さんが素早くフレームの中に収めようと動くが、対象が飛んでいる分、あっさり逃げられてしまう。

 何しているんだか……

 ん~さっき、レベル2って言葉もあったことから考えると、レベル1であろう通常具現は、背後から現れる状態をそのまま具現化することを指し、レベル0.5である制御具現は、それ以下の大きさにする具現化を指し、レベル2は……

 「……レベル2って昨日、俺を助けてくれた時に巨大になっていたコウリュウの状態のことを指すんですよね?」

 なんて忙しそうにコウリュウを撮ろうと動いている美羽さんに言うと、

 「え、ええ。だから! 動くなって! レベル2は、『倍加具現』って呼ばれて……もう! 夜衣斗さんコウリュウを捕まえてください!」

 などと言われたため、目の前に飛んできていたコウリュウを思わずキャッチ。

 嫌そうに暴れるが、小っちゃくなっているので、俺でも抑えられるが、何でそんなに写るのが嫌なんだ?

 「いつもこうなんですよ……」

 ちょっと息を荒くしながらそんなことを言った美羽さんは、さっさとコウリュウを撮る。

 「っで、昨日ちょこっとだけ言った、具現化率を百ペーセント以上にする方法が倍加具現だったりします」

 ん? 倍加具現が?

 「……基のイメージより巨大になっている分、具現化率が上昇しているって考えですか?」

 俺の問いに美羽さんは頷く。

 「はい。とはいっても、それだけじゃなくて、強さも硬さもレベル1の通常具現から段違いに強くなるんですよ」

 「……それって俺でもできます?」

 「ん~どうでしょう? 部分具現ができてましたから、大丈夫だとは思いますが……できる人とできない人がいて、その基準もよくわかってないんですよね……」

 などと言いながら美羽さんはイメージするのを止めたのか、俺の手の中でコウリュウが霧のように消えた。

 基準がよくわかっていないね……

 「……もしかして、武霊に関してはよくわかってない。『経験則で導き出された知識』以外は手に入ってなかったりします?」

 俺の確認の問いに、美羽さんはまたしても驚いた顔になる。

 「夜衣斗さんって凄いですね。美羽が後で言おうと思っていたことをどんどん言ってくれますし、説明が楽でいいですよ」

 などとにっこり笑ってくれた。

 ん~まあ、とりあえず、経験則以外の知識がないのは当然かもしれない。例え大学部を持った学園が一つあるといっても、町単位で調べられることには限度がある。

 加えていえば、武霊はどう考えても今まで人類が架空と決め付けていた分野の何かだ。

 だとすれば、どうやって調べたらいいか足掛かりから探すことになる。

 美羽さんの口振りや説明から考えて、武霊が発生するようになってからそう時間は経ってないだろう。

 なら、明確にわかることなんて更に限られる。

 なんて考えていると、美羽さんがそれを肯定するようなことを口にした。

 「え~っと、夜衣斗さんの言うとおり、経験でわかっていること以外、武霊のことはよくわかってないのが現状です。星波学園も全力で調べているんですが……これのせいで、思うように調査が進んでないのが正直な所です」

 美羽さんは忘却現象が起こるという赤い線を指差した。

 そして、その星電に撮ったコウリュウの姿を俺に見せる。

 「写ってますよね?」

 確かに星電のディスプレイには俺が抱えているコウリュウの姿が映っていた。

 頷く俺を見て、美羽さんは慎重に赤い線に近付き、直前で立ち止まる。

 星電を持った片手だけを赤い線の上に移動させ、直ぐに戻して、画面を確認。

 「美羽は何も弄ってませんでしたよね?」

 そう言いながらデジカメの画面を再び俺に見せる。

 すると、そこにはコウリュウの姿だけが綺麗に消え、俺が何だか間抜けな感じで両手を出している写真があるのみだった。

 目の前で美羽さんが見せてくれた実演に、俺は思わず眉を顰めてしまった。

 確かに美羽さんは星電を何の操作もせず、ただ赤い線の上に通しただけ。

 ただそれだけの動作なのに、まるで綺麗に加工したように写真からコウリュウの姿が消えていた。

 「……この現象は、どんな情報媒体でも起きるんですか?」

 俺の問いに、美羽さんは頷く。

 「動画でも、絵でも、文字でも、武霊に関することなら全部同じです。ここを少しでも超えれば、全部消えてしまいます」

 「……それは人の記憶もですか?」

 俺の当然の質問に、美羽さんは少し首を横に振った。

 「少しだけ違います。人の場合は、いったん忘れるだけです。町に戻ってくれば、直ぐに思い出します」

 「……なるほど、だから忘却現象ですか……さっきの言葉からすると、この原因もわかってないんですよね?」

 「はい……武霊が発生するようになってからもう『十年以上』経ってるんですけど、一向に武霊も、この現象がどうして起こるのかも、一切わかってないんです」

 やっぱり町の外に協力を求められないとなると、十年程度では経験則で得られた知識しか手に入らなかったってことか。

 それにしても、十年もこの町は武霊という存在と付き合っているのか。ようやくいつから発生し始めているのかわかったが……ん? 十年? サヤが俺に取り憑いたのもそれぐらいだったよな? いや、どうなんだろうか? 十年って考えたのは半ば勘みたいなものだったし、俺が時間とか気にし始めたのは、小学校高学年辺りからだからな……まあ、とにかく、線路のトンネルで見かけた赤い線が同じ意味なら、あの時俺が感じた違和感は、忘却現象の何かってことだったんだろうか?

 「ちなみに、この線は……おいでコウリュウ」

 美羽さんが再び小さなコウリュウを具現化させ、パタパタと赤い線を越えようとした。

 コウリュウが赤い線を越えるか超えないかの位置に来た瞬間、その姿が唐突に霧散し、美羽さんの背後に半透明の姿となって現れる。

 「この線は武霊の『活動限界領域』も示しています」

 「……つまり、武霊が人の記憶を基にその身体を構築しているのなら、武霊に関する記憶が忘却されてしまう忘却現象の影響で、その武霊を構築している記憶と武霊の繋がりが断たれてしまうんでしょうね。武霊が武霊を構築している記憶を使っているという記憶を……そして、デジカメなどの電子情報も忘却してしまうなら、光伝達……こうして見ている光景も、武霊に関しては向こうからは見えていないと考えるのが妥当でしょう。そうなると、武霊が起こしている現象は……その現象自体も武霊そのものといえるでしょうから、それもここから先は霧散して消えてしまう。だとしたら、間接的な現象はどうなんですか?」

 そうバーッと口にして返答を待つが…………あれ?

 何も答えない美羽さんを見ると、美羽さんは何故かぽか~んとしていた。

 えっと……

 「……美羽さん?」

 「あ! はい! えっと……こっちに来てください」

 そう言って美羽さんはトンネルの外に出て、海側の山の方を指差した。

 「あそこの木、倒れている所、倒れていない所があるじゃないですか」

 確かに指差した所には、倒れている所と倒れていない所があるが……ふむ。つまりあれは……

 「………昨日のですか?」

 「はい。物凄い爆発が何度もありましたから、ああやって木が倒れちゃってるんですけど……どういう訳か、武霊が起こした現象も領域の外に出ることがないんです」

 なるほど、あれだけのエネルギーも武霊が関わっていれば外に出ることができないのか……まるで町全体が夢の中にあるみたいな現象だな……ん? 待てよ?

 「……そうなると、武霊によって治療した人はどうなるんですか?」

 「大丈夫です。美羽も何度か武霊に治療して貰ってますけど、このとおり全く平気ですし、普通に町から出れますよ」

 「……つまり、物理現象として定着した武霊現象は、武霊の力が・影響が加わり続けていない限り、忘却現象の影響を受けることがないわけですね。だとすると、武霊によって壊された物も同様ですか?」

 「え? ……ええ、そうです」

 「……ただし、『何らかの武霊の力が働いている』と、いや、『働いている間は町を出るとその力が消える』。ということですよね?」

 「は、はい」

 何だかさっきから戸惑いながら頷いてばかりの美羽さん。

 その反応の意味がいまいちわからないので、とりあえず話を進めるか。

 「……武霊の力そのものは町から出ることはできないが、武霊で既に起こしたものは出ることができる。ただし、武霊の存在を示すものは、忘却されてしまうので、外から武霊のことを認識されることはなく、それを証明する事象も認識されてない。まとめるとそんな所でしょうか?」

 「はい、それで間違ってないと思います」

 ん~それにしても……随分都合がいい現象だな。

 まるで星波町というフラスコを誰かが振っているようにも感じられなくもない。

 もし仮にこれが誰かの手によって振られていることなら、もっと星波町の外にそれらしき何かが起きている気がする。

 とはいえ、『去年は結構な騒動が全国的に起きてはいた』が、仮にそれが武霊関連だった場合、昨日の実体験からしても、被害はあれだけじゃすまなかっただろう。

 そんなことを考えた時、ふと別のことが気になった。

 「……もしかして、武霊が直接的なコミュニケーションを取れないことも忘却現象に関係あります?」

 武霊使いが自身の武霊に指示を出している姿を見たのは、今の所剛鬼丸とコウリュウしかないが、その二体とも武霊使いの呼び掛けにオウキ同様に言葉で返していなかった。

 もし、それが忘却現象による影響だと考えるなら、ある程度納得ができなくもないと思ったんだが……

 「え? ……えっと……さ、さあ?」

 「……武霊は喋れないですよね?」

 「ええ。でも、それが忘却現象のせいかっていうと……」

 「……なるほど、わかってないことは本当に多いようですね」

 「えっと……すいません」

 「……いえ、謝る必要はありませんよ。武霊は根本的に存在の仕方が違うようですから、今現在人類が持っているアプローチ方法では、武霊の全てを理解するのは簡単ではないでしょうね」

 武霊にある種の制限がかけられているのか、それともそもそも言語が彼らにないのか。もし、仮に何によって制限がかけられているのなら、色々と問題の質と深刻さが変わるんだがな……待てよ? 考えてみれば、俺のオウキはサヤから渡されて発現した。これはどう考えてもイレギュラーな感じだし、だとすると、他の武霊使いはどうやって発現しているんだ?

 「……ところで、美羽さんのコウリュウはどんな形で発現したんですか?」

 俺の唐突な質問に目をパチクリさせた美羽さんは、ちょっと考えて、

 「夜衣斗さんと同じですよ。はぐれに襲われた時に、いきなり具現化したんです」

 「……他の人もですか?」

 「え? ……ええ、大体そうみたいですよ?」

 なるほど、いきなりね……俺みたいにサヤに渡されたのはやっぱりイレギュラーなわけだ。だとすると、俺の武装守護霊は根本的に何かが違うんだろうか? ん~それを考えるには、確かな情報が少なすぎるな……まあ、知った所で平均以下の高校生でしかない俺にどうこうできるとは思えない。流れに身を任せ過ぎるのは危険過ぎる気がするし、かといって、なにができるんだ? って事になる。

 まあ、だからといって、なにも知ろうとしないという選択はできないよな。

 「……武霊の活動限界領域はどこからどこまでというのはわかってるんですか?」

 「あ、はい、領域の詳しい情報は、こうやって」

 俺の問いに、美羽さんは持ったままにしていた星電を操作して、ディブプレイを再び俺に向けた。

 そこには星波町の簡易地図と町を歪に囲む赤い線が描かれている。

 「星電で見ることができますから、後でゆっくり見ておいてくださいね」

 つまり、赤い線が忘却現象兼武霊活動限界領域なわけか……ん?

 じーっと地図を見ていると、そこに青色で囲まれた所と、黄色で囲まれた場所が二カ所づつあることに気付いた。

 青色の囲みの一つは、昨日美羽さんが言っていた海側のはぐれ発生ポイントに在ったので、もう一個の山の方にある同色の囲みもはぐれ発生ポイントなんだろうか? まあ、昨日の口振りからするとそれっぽいが……だとすると、この黄色の囲みは何なのだろうか? まあ、考えるより聞いた方が早いよな。

 「……美羽さん」

 「はい?」

 「……この黄色の線の囲みって、何ですか?」

 「それは……」

 特に考えもなく気軽に聞いた問いだったのだが、返ってきたのは美羽さんの曇り顔だった。

 その理由がわからず、黄色の囲み線をもう一度確認する。

 一つは二十年前に潰れた自動車工場地帯で、もう一つは今いるトンネルがある星降り山中腹に元星波町立星波高校校舎と書かれている文字が見えた。

 大分離れていることと、角度から両方ともここからでは確認できないが、ふむ? 両方とも今は使われていない場所だな……つまり、

 「……不良のたまり場になってるんですか? 武霊使いの」

 と言うと、美羽さんはちょっと驚いて、黙って小さくこくりと頷く。

 「廃工場はそうです。でも、廃校にいるのは……その……」

 引っ掛かる言葉を口にし、何故か口籠る美羽さん。

 ふむ? よくわからないが、酷く辛そうだ。

 廃校にいる連中は、一体なにをやらかしたんだろうか?

 まあ、何にせよ。

 「……言い辛いのでしたら、後でもいいですよ。近付きさえしなければ関わることはないないでしょ?」

 「ええ」

 俺の問いにちょっと弱弱しく微笑んで頷いた美羽さんだが、何だろう? 妙に胸騒ぎというか、何というか……嫌な予感がするな……とはいえ、今までそういう予感を感じても、何事もなかったことが多いから……まあ、気のせいだろうな……



 星降り山の中腹には、町に最も近い武霊活動限界領域がある。

 町に最も近いと言われているのは、その近くに元町立星波高校の廃校があるからだ。

 他の領域は、山の中か海の上にあり、人が通ることができる場所といえば、四カ所あるトンネルぐらいなものだが、常時人がいられる場所ではない。

 そのため、一時期この場所は大規模なはぐれが発生した時の避難所として使われていたことがあるが、いかんせん山の中腹になるため利便性が低く、町中に避難シェルターが建設されると共に段々と使われなくなった。

 そんな星波高校が廃校になった理由は、町の主要産業であった自動車工場の閉鎖に伴い、人口が急激に減ったことによる町の財政悪化と生徒数の減少。

 元々高度経済成長期の大規模工場建設に伴って、工場従業員の子供達のために町が優遇して建てた学校だった。

 そのため、生徒の親のほとんどはその時期に町の外からやってきた者達ばかりであり、多くが故郷を別にしている。

 故に、不景気になり、工場が閉鎖すれば、必然的に何の地域産業もない星波町に留まる理由は彼らにはなく、職を求めて故郷へ帰る者達が続出し、そうなれば当然、子供達も転校せざる得なくなった。

 小学校・中学校、そして、高校と次々と廃校が決まり、生徒数の減少が著しかった町中にあった小学校・中学校の校舎は早々に取り壊され、生徒は近隣の小学校・中学校に移り、いよいよ高校も廃校になると決まった頃、星波学園の創立の話が持ち上がる。

 星波学園の創立に、財源を求めていた星波町は即座に飛び付き、近隣に高校がなかったことも加わって、星波高校に通う地元の生徒達の多くはそのまま星波学園に転入することになった。

 学園の校舎が完成し、いよいよ星波高校が廃校になる。

 そんな時期に、武霊は発生した。

 突然現れるはぐれ。

 次々と目覚める武霊使い。

 助けを求めるために町の外に出ようとしても、何故か町からある程度離れると、助けを求める理由のみならず助けを求めること自体を忘れてしまう。

 はぐれに襲われても、目覚めた武霊使いの武霊能力により撃退することや治療することはできても、記憶的に町に閉じ込められてしまっているその状況は、町を混乱の坩堝へと陥れた。

 そんな大混乱の中、当時星波高校の生徒会長を務めていた女子高生があることに気付く。

 自分達が通っている星波高校校舎に何故か化け物達(当時ははぐれとは呼ばれていなかった)が近付かず、自分達から現れる謎の存在(武霊も同様)も近付くことを忌避する。

 そのことに疑問に思った生徒会長が校舎の周りをよく調べると、校舎の直ぐ近くに謎の存在が存在できなくなる、その存在のことを忘れてしまう境界線があることを発見。

 後に武霊活動限界領域と名付けられる星波町を歪に囲むように存在しているその境界線を利用し、星波町各所に避難シェルターができるまでの間、学校施設を利用した避難所として使われることになった。

 これにより直ぐに取り壊されるはずだった校舎は残され、避難シェルターができた以降も、避難シェルターが使えなくなる万が一を考えて取り壊さないことになったのだが、その考えが廃校を『ある二人』の格好の住処にさせてしまうことになる。

 武霊活動限界領域近くにあるが故に、その二人を捕まえようとすれば領域の外に逃れられる上に、強力な武霊使いであった彼らに対抗するためには、それなりの武霊使いの数が必要であったため、廃校に武霊使いを常駐させるのは難しく、気が付くとまた住み着かれてしまう。

 そんなことを何度となく繰り返した結果、廃校は完全に彼らの物になり、校舎内は彼らの私物で埋め尽くされることになった。


 廃校の元教室の一つに、無造作に服が置かれた場所があった。

 服は全て女物であり、その持ち主である少女は今、元教室の中央に置かれた姿見を見ながら服を選んでいた。

 その姿は下着すら付けていない状態だった。

 少女は全てを晒しながら周囲に散らばる様々な服を自分に当てている。

 彼女の肌は、まるで生まれてから一度も日に当たったことが無いよう思えるほどに、異様なほど色白。

 見惚れるほど綺麗な腰まであるロングストレートの黒髪。

 年齢相応の幼さが残る顔立ちでありながら、見る者に戦慄を感じさせるほどに魅了的な容姿と妖艶な雰囲気を彼女は持っていた。

 そんな彼女の背後には、木とパイプでできた簡単な椅子に座っている一人の少年がおり、にこにこしながら少女の服選びの様子を見ている。

 色々と服を選んでいた少女は、腕一杯に服を持って振り返る。

 「ねえ、どれがいいと思う?」

 それまで漂っていた妖艶な雰囲気を消し、少年に年相応を感じさせる満面の笑みで聞いた。

 問われた少年は、同じように満面の笑みを浮かべる。

 「お姉ちゃんならどれでも似合うよ」

 などと当たり障りのない答えを返すが、その答えが不満だったらしく、少女は顔を膨らませてしまう。

 「もう! そればっか! ちゃんと見てよ!」

 「見てるよ」

 少女のむくれ面に少年は思わず苦笑してしまう。

 傍から見れば少年が口にしたように、二人は姉弟のような振る舞いではある。

 だが、あまりにも姉弟過ぎる(・・・・・)ようにも見え、人によっては何ともいえない気味悪さを感じさせる光景だった。

 加えていえば、少年の容姿は少女を姉と呼ぶにはあまりにも似ていない。

 全体的に線の細さを感じさせる華奢な体付きだが、その肌は健康的な浅黒い色。

 着ている簡素なズボンとシャツで隠れているが、その下には無駄を極限まで落としたかのような筋肉質な体付き。

 顔付きは美少年の分類に入るが、少年特有の幼さと柔らかい笑みがなければ、猛禽類を思わせるような鋭さを持っていた。

 どこからどう見ても姉弟には見えない、むしろ兄妹の方が幾分かすっきりするが、少年は少女を姉と呼ぶ。

 それ故にこの関係は歪に感じさせる。

 「あは」

 不意にずっと自分を見続けていた少年の下へ歩み寄る少女。

 その雰囲気には、直前まで消失していた妖艶な雰囲気が戻っていた。

 「欲しいの」

 「うん」

 少女の言葉に少年は優しく頷く。

 「とっても欲しいの」

 「うん」

 「渇くほどに欲しいの!」

 一歩近づくために持っていた服を少しずつ落とし、少年の傍に辿り着いた時には、身体を隠す一切の物が無くなっていた。

 そして、そのまま少年の身体にしだれかかり、座っていた椅子ごと押し倒す。

 それなりの衝撃があったはずなのに、少年は苦悶の声も上げなかった。

 「ほ――」

 ただ、言葉を紡ごうとした少女の口を自分の手でふさぎ黙らせた。

 暫くそうしていた後、少年は優しく少女を自分の上から退かし、困ったように頬を掻く。

 「ん~……お姉ちゃん。僕そろそろ行くね」

 少年はそう言いながら少女の身体から手を放し、立ち上がった。

 直前まで口をふさがれていたというのに、横たわる少女からはそれに直結するような雰囲気は欠片もなく、

 「え~?」

 まるで幼稚園児のように不満の声を上げた。

 その様子に少年は呆れた表情を浮かべる。

 「え~って……でも、そろそろ準備しないと……」

 「もう! 勝手にすれば!」

 少年のその言葉に、少女は再びむくれた顔になってしまい、ぷいっとそっぽ向いてしまう。

 「じゃあ、先に行ってるよ……」

 後ろ姿を向けるその少女に、困った笑みを浮かべながら少年は服が四散する元教室から出て行った。

 少年が出て行った後、少女は怒りが収まらないのか、自分以外誰もいない教室でむくれつづけた。

 そうしていると、少年の歩く音だけが聞こえ、それが段々と小さくなっていることから、本当に先に行っているようだった。

 そのことにますますむくれる少女だったが、とうとう少年の足音が聞こえなくなった瞬間、不意に表情が消えた。

 あまりにも一瞬にむくれた顔から無表情に変わった為、もしこの場に誰かがいたら、例え一部始終を目撃していても、同一人物かどうか迷っただろう。

 それほどまでの変わりようだった。

 そして少女は、素早い動作で立ち上がり、先程までに悩んでいたのが嘘のように、一番近くにあった白いシンプルなワンピースと下着を手に取って素早く着替えてしまう。

 着替え終えると共に、姿見すら目もくれず、少女は少年の後を追って元教室から出た。

 寂れた廊下を進むその姿は、少年がいた時とはまるで別人のように、いや、人であることすら感じさせないほどに無機質になっており、まるで人形が歩いているかのように錯覚させるほどに変わっていた。

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