3、『高木弥恵』
俺が調べた情報によると、この星波町はバブル景気前までは小さな漁港がある村でしかなかったらしい。
それを町まで押し上げたのが、自動車工場の誘致成功だった。
これによって一気に町になるまで栄えたが、バブルが弾けると共に工場は閉鎖され、調子に乗って箱物を作りまくっていた町は、それにより瞬く間に財政難になってしまう。
それを何とかするために二十年前、今度は空港を誘致し、人工島完成までは順調だった。
だが、いよいよ空港の建設が始まる矢先に、それに関わっていた政治家の汚職が発覚し、空港建設はとん挫。
町の財政破綻が現実味を帯び始めた十年前。
教育分野に手を出し始めていた日本有数の大財閥・琴野グループが人工島を買収し、星波学園を建設。
これによって何とか町が破綻することは防がれ、現在に至る。
折角町案内をされるというのに、そんなことを頭の中で予習しているのは、過去に受けたいじめの影響で、他人に対して常時大なり小なりの恐怖を感じているからだった。
だから、なるべく目線を合わせないように前髪を伸ばして目を隠し、基本的に必要と感じなければ口を開かず、思考に没頭する。
要するにつまらない男なわけだが、
「春子さんの甥っ子さんが来るって話は聞いてたんですよ。というか、聞いちゃって、本当はゴールデンウィークに旅行に行くはずだったんですけど、春子さんじゃ転居手続きとか転入手続きとかできませんから、お母さんが代わりにやらなくちゃいけなくって、引っ越しの手伝いも美羽達がしたんですよ? ところで、夜衣斗さんの荷物って、いっぱいありましたけど、あれ、何が入ってるんです? おかげで、夜衣斗さんの部屋段ボールで一杯になっちゃいましたよ?」
こんな感じで星波病院から最初の目的地に向けて歩いている間、美羽さんはずっと俺に話しかけてきてくれている。
今歩いている場所は、星波駅から星波学園へと続くメインストリート。
今日がゴールデンウィーク最終日であるためか、それなりの人通りがあり、美羽さんに話し掛けられている事も重なってドギマギしていた。
なんというか、こんな美少女と一緒にいるところを見られているかと思うと、不釣り合いだとか思われていそうで……まあ、被害妄想だとはわかってはいる。
だが、思考することは止められず、思えば思うほどに恥ずかしくなってしまい、美羽さんの言葉に返事すらできなかった。
とはいえ、いくら他人が苦手だからと、ここまで喋られてしまっては、流石に無視するわけにはいかないよな……よし、喋ろう。
そう覚悟を決めた俺は、小さく深呼吸してから口を開く。
「……俺の部屋に在った漫画とか小説とかです。急な引っ越しだったんで、選別する暇がなくって、面倒だからって母が全部送ってしまったんですが……ご迷惑をかけてしまったようですね。すいません」
「いいえ、気にしないでください」
そうにっこり笑う美羽さんに、いちいちドキリとする。
こんな風に女の子と一緒に歩いたことも、話しかけられたことも、喋ったことも、こんな距離でこんなに長い間いたことがない。
昨日感じたあらゆる緊張と全然別物の緊張感に、声が震えてないか、生唾を飲んでないか、変な所に目線を向けてないか、もう訳がわからないほどぐるぐる考える。
そんな俺に気付いているのかいないのか、
「そういえば、昨日も似たような服を着てましたよね?」
など俺の服を見て言われてしまった。
今着ている服は、春子さんが俺の荷物から適当に持ってきてくれた私服で、まあ、確かに昨日と変わり映えしないといえば変わり映えしないか……
昨日は黒のジーパンに青と白チェックのワイシャツ、その下に無地の白いTシャツだったが、今日は紺のジーパンに赤と青チェックのワイシャツ、その下に無地の黒いTシャツ。
ただ単に色違いっていえなくもない。
「……あんまり服装にこだわりはないので」
「え~そうなんですか? それはちょっと勿体無いですって、折角いい顔しているんですから、もうちょっと服装に気を使いましょうよ」
などと若干不満そうに言われたが、昨日今日で知り合ったのに結構な勢いで踏み込んでくる人だな……まあ、とにかく、
「……あまりお金がないですからね」
無難な答えを言って俺は苦笑した。
すると、美羽さんは、
「そうですか……ん~……」
と何かを考えだし、不意ににやりと笑い、何か企んでいるような顔に一瞬だけなった。
まあ、まさかだよな……流石に昨日今日で知り合った異性に対して……
若干嫌な予感を覚えていると、最初の目的地である町役場に辿り着いた。
星波総合病院から海側へ少し離れた場所にある星波町の町役場は、それなりの大きさがあった。
円形の古い感じの外観デザインは、これまたバブル期に建てられましたって感じだな……
美羽さんの話では武霊使いになった者は、まず最初に町役場で公式登録をしなくてはいけないことになっているらしい。
美羽さんの口ぶりからすると、星波町で武霊が発生するようになってから、少なくとも五年以上は経っているらしく、それぐらい経つと色々な仕組みができるのはわかる。
だが、どれくらい前に武霊は発生するようになったんだろうか?
まあ、なんであれ。
公式登録は町が武霊使いの数や能力を把握することで、色々なケースに対応しやすくするためだとか。
そのことを聞いた俺は、ふと昨日見た浜辺の武霊使い達のことを思い出した。
確か、昨日の話だと自警団以外の武霊使いも浜辺にいたらしい。つまり、それが対応した一つの結果ってことなんだろうな……
とはいえ、武霊使いの公式登録は、そういう思惑以外にも、多分、武霊使いが犯罪を犯した時とか、その抑制も考えられているんだろう。
もっとも、そんな色々な思惑がある公式登録だからか、当然そのことに抵抗感を覚える武霊使いもいるようで、それらをある程度軽減させるために、町は公式武霊使いになった者には様々なメリットを与えるようにし、その制度が取り入れられるようになってから公式武霊使いが急増したとかなんとか……
どんな環境でも人は現金というか何というか……
ん? ふと気になったが、
「……ゴールデンウィーク中でも役所が開いてるんですね……」
そう疑問を口にすると、先を行っていた美羽さんは立ち止まって可愛く小首を傾げた。
っく! その小動物みたいな仕草止めて欲しい。何というか、いちいちハートにグサグサきてしまう。
え~まあ、とにかく、これが彼女にとっては当たり前なんだろうが……
「……普通、役所が休みの日に開いていることなんてないでしょ?」
「そうなんですか?」
まあ、俺もそんなに役所に用がある訳じゃないから、何ともいえないが、少なくとも、
「……テレビなどで見た限りじゃそうでしたが……まあ、武霊なんていう特異過ぎる存在がいるのですから、休んでられないっていうのが実情かもしれませんね……」
そんなことを俺が言った時、町役場から一人の女性が杖を突いて出てきた。
大きめのサングラスを掛け、柄の無い白い着物を着たその女性は周りに人がいないことも重なって、酷く目を引く。
着物が実によく似合う体型に、切り揃えられた腰まであるロングヘア、サングラスで隠れていない顔の部分から、その顔付きはとても整っているように見え、その素顔は日本美人であることを連想させた。
とはいえ、顔に少ししわがあることと、その雰囲気から俺の母親と近い年齢、四十代ぐらいであると推測できる。
って、何推測しているんだか……
ついしてしまう人間観察に自分自身で呆れながら、ちらっと美羽さんを見ると、現れた和服美人さんに見覚えがあるのか、声を掛けようとする仕草をした。
だが、
「あら美羽さん。こんな所で何をなさっているのですか?」
和服美人さんが、美羽さんより早くそう言って、こっちに近付いてきた。
「そういう弥恵先生こそどうして役場に?」
先生?
「私は夫にお昼ご飯を届けに来たのですよ」
美羽さんの問いに、微笑みでそう答えると共に、俺の方に顔を向け、
「転校生の方ですか?」
「え? ……ええ」
急にそんなことを問われ戸惑うしかない俺は、とりあえず頷く。
そんな俺に先生と呼ばれた女性は再び微笑んで、
「私は星波学園高等部教師・『高木 弥恵』と申します。こちらの赤井美羽さんが所属する部活の顧問をしているので、思わず声をかけてしまいました」
そう丁寧に挨拶されれば、こちらも返さない訳にはいかないよな……
「……俺は黒樹……夜衣斗です。仰るとおり今度星波学園に転校することになってます」
「やっぱりそうですか。ゴールデンウィークに入る前に、急遽転校生が来るって話がありましたから、若い知らない気配にそうじゃないかと鎌をかけてみました」
鎌をかけてみましたって……ん? というか、若い知らない気配? 何か言い方が変じゃね? そもそも、
「まだクラスが決まってないようですが、私は二年のクラスも担任していますので、もしかしたら私のクラスになるかもしれませんね。そうじゃなくても、授業で会うことになるでしょうけど」
そう言ってにっこり笑う高木先生に、俺は考えるのを止めて頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
「はい。これからよろしくね」
そう微笑む高木先生。
ふとそのかけているサングラスが気になった。
何故なら、そのサングラスは全く光を通しそうにないほど黒く……更にそのサングラスの横から僅かに見える傷跡が――
「気になりますか?」
不意に、そんなことを言われ、俺はドキリとした。
まるで俺の考えを読んだかのようなタイミングだったからだ。
「……すいません」
「ふふ、慣れていますから構いませんよ」
謝る俺に高木先生は優しく微笑んだ。
「私、幼少の頃に両目の視力を失うほどの事故に遭っていまして……この下にはとてもこの場では見せられないような傷痕があるのですよ」
その説明に、俺は困惑するしかなかった。
何故なら、役場から出て来て、こっちに来るまで、杖を突いているとはいえ、とても盲目の人間とは思えないほど自然な動きだったからだ。更にいえば、俺のことを知らない人物だとわかったことも疑問に拍車をかけているが……
その困惑も高木先生は慣れっこなのか、俺が疑問を口にするより早く、
「両目を失ったといっても、私は特殊な訓練を積んでいますので、気配などで……視力以外の五感で人物を特定し、ある程度空間を把握することができるのですよ。ですからこんな風に、」
そう言って、俺の頬に触れるか触れないかの位置に手を移動させて、撫でるように動かした。
「することもできるのですよ」
あまりにも不意にそんなことをされたため、思わず顔が赤くなる俺。
そんな俺の反応も感じ取ることができたのか、悪戯っぽく微笑んだ高木先生は、
「さきほど夫の休憩が終わった所ですから、武霊使い登録はすぐに終わると思いますよ」
そう言って俺から離れ、
「それではお二人とも、休み明けに学園でお会いしましょう」
町役場から離れて行った。
その歩みは、やっぱりとても盲目だとは思えない。まあ、あの場で嘘を吐いても何の得にもならないだろうから本当なんだろうが、だとすれば驚異的なことだといえる。
ん~まるで漫画みたいというか、現実にあんな人がいるなんてな……世の中は広いっていうが、本当に広い。
まあ、それでも武霊なんて驚愕の存在から比べれば、驚きは明らかに少ないんだよな……
そういえば、何で俺が武霊使い登録をしようとしてるってわかったんだ?
ふとそんな疑問を思った時、美羽さんが高木先生の背中を見ながら、ぽそりと俺に説明した。
「高木先生。学園の教師陣の中で最強の『装備型武霊使い』って言われている人なんですよ」
なるほど同じ武霊使いだから、俺が武霊使いになってるってわかったのか?
思い起こせば、ここに来るまでにすれ違った人や病院内で見掛けた人などの中に、何だか妙に気になる人が何人かいた。僅かな違和感というか、これまで感じたことがない感覚を、気のせいとはいえないほどの数の人から覚えていた。
ふと気になって、となりの美羽さんに意識を強くむけてみると、やっぱり同じような感じを受けたので、もしかしたら武霊使い特有の感覚、いや、第六感が目覚めたってことなんだろうか? まあ、それ以外考えれないよな……それにしても先生も武霊使いな学校ね……ん? そういえば、武霊使いの前に、装備型って付いてなったか? ん~名のとおりである可能性は高いが、一応念のために美羽さんに聞いてみよう。
「……装備型ってどんな武霊なんですか?」
「えっと、装備型っていうのはですね。夜衣斗さんの武霊オウキ……騎士みたいでカッコいいですよね。アニメか何かのキャラなんですか?」
説明の途中で明らかに話を変えた美羽さんに若干困惑しつつ、
「……いいえ……その」
「はい?」
何か王継戦機のことを言うの恥ずかしいな……
考えて見れば、人に王継戦機のことを話したことは僅かしかない。
まあ、話さないと話が進まない。
「……俺が子供の頃から考えている物語の主人公ロボットなんです」
俺の言葉に、美羽さんが目を見開いて驚く。
「じゃあ! 夜衣斗さんのオウキは『オリジナルタイプ』なんですね! 凄い! やっぱり凄いです夜衣斗さん!」
す、凄い?
美羽さんが何を凄いと言っているかわからず、俺が激しく困惑していると、
「ほとんどの武霊使いは、美羽のコウリュウみたいに何かしらの基があるんです。小説だったり、アニメだったり、飼っていたペットだったり、それが普通なんです。でも、中には夜衣斗さんみたいに自分で作ったイメージが基になった武装守護霊も在って、そういう武霊はどれも強力な武霊になるんです」
な、なるほど……
考えて見れば、自分の人生の根幹になるようなイメージを自ら作る人間ってそうはいないな。普通は、何かしらの既にある作品とか人物とかがそれになるだろうし、更に考えれば、それもない人もいないことはないことはないか?
などと思っていると、はっと美羽さんは何かに気付き、ちょっと照れながら、
「えっと……それで装備型武霊ですけど……」
どうやら自分がわき道に自らそれてしまったことに気付いたようだ。
「私達みたいな自分で動くことができる武霊と違って、武霊使いが身に付けたり、使用したりしないと使えない武霊のことをいいます」
「……道具の形をしているってことですか?」
「はい。そのとおりです」
「……ちなみにどれくらいの数がいます?」
「そんなに数はいないですよ。って言っても、オリジナルタイプほどじゃないですけどね」
なるほど……
「ちなみに弥恵先生の武霊は、弥恵先生が持っていた『仕込み杖』です」
仕込み杖!?
「……それって座頭市とかが持っている?」
「はい。それです」
武霊だが、初めて生でそんな物を見た。
というか仕込み杖を持った先生って……何か、星波学園に通うのが嫌になってきた。
教師でさえそんな漫画みたいな人がいるってことは、他にどんなのがいるかわかったもんじゃないし……まあ、でも、今の先生、いい先生ぽかったが……実際はどうなんだろうか? 人は表面だけ見ただけじゃわからないことが多いし、もしかしたら、とんでもない人かもしれない。いや、考え過ぎか?
「じゃあ、ちゃっちゃと登録を終わらせましょ。夜衣斗さんには色々と案内したい所がありますから」
そう言って美羽さんがにっこりと笑いかけてきたため、俺は思わず素直に頷いてしまったため、何でか結構な恥ずかしさを感じ、頬が熱くなるのを感じた。
ん~前髪で顔半分を隠しててよかった。いや、本当に情けないな俺……こんなんでこれからやっていけるんだろうか……