1、『黒樹春子』
欲しい。
欲しい。
全てが欲しい。
あれも欲しい。
これも欲しい。
それも欲しい。
あらゆるものが欲しい
……でも、なにが欲しい?
わからない、わからない、わからない、わからない、わからない――
でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも――
欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい――
渇くほど欲しいのに、
あれも、
これも、
それも、
欲しいのに……
手に入れても、
手に入れても、
手に入れても、
わたしは、わたくしは、僕は、自分は、俺は、儂は、あたしは、あたいは、わいは、わては、あては、わだすは、あだすは、わすは、うちは、おいらは、おらは、おいは、おいどんは、うらは、わは、わーは、ワンは、ワーは、ぼくちゃんは、ぼくちんは、おれっちは、おりゃあは、ぼかぁは、わたしゃは、あたしゃは、わしゃあは、おれぁは、ミーは――
渇くほど、
欲しい――
武装守護霊
第一部『七人の宿悪の武霊使い』
第一章『渇欲の武霊使い』
気が付くと、真っ白な天井があった。
えっと? ……夢オチ?
だよな。あんなラノベみたいない展開、普通以下の俺に起こるはずない。
あはは、馬鹿みたいだ。
そんなことを思いながら上半身を起こし、周りを見回すと、ベッドを取り囲むように設置された白いカーテンに、俺が寝ていた所を含めてそんなのが六つ。
雰囲気からして病室っぽい。
って事は、ここは病院なのか?
俺、何で病院にいるんだ? しかも、着ている服は完全な病院服。
いや、そんなのは考えなくたってわかる。
わかるが……ん~だとすると
「……オウキ?」
若干躊躇しながら、気恥ずかしさも混じってオウキの名をぼそっと呼んで見ると、背後に気配を感じたので、首だけで振り返る。
俺の背後にいたのは、透明の鋭角的な騎士甲冑みたいなロボット・オウキだった。
そりゃそうだよな。まあ、あれだけのことがあって、夢オチにするのは、無理がある。
そう思った俺は思わず苦笑してしまう。
そんな俺にオウキは心配する感情を送ってきた。
平気だよ。今は、まあ、まだ現実を把握していないってのもあるかもしれないが、俺にはお前がいるんだろ?
俺の問いに半透明のオウキは頷く。
それにしても……なるほど、これが具現化していない武霊の状態か。流石守護霊ってついていることだけはあるというか何というか。まあ、これからどんな事態になって、どんな生活になるか一切わからなくって、考えれば考えるほどに不安になるが、オウキを見ると何とかなるような気がしてきたな……まあ、だから……
これからよろしくなオウキ。
そう思うと、オウキが嬉しそうに頷き、俺の背中に消えた。
しばらくオウキが消えた場所を見た後、首が痛くなったので正面に首を戻すと、向かい側のベッドに田村さんがいることに気付いた。
静かに寝息を立てているのを確認して、俺はほっと一息。
ヒーラーサーバントの治療が成功していたことに安堵したのだが、ふと疑問に思った。
なんで俺は助かってるんだ?
起きたばかりで記憶の混乱があるのか、気を失う直前のことをとっさに思い出せず、そう疑問に思った。
が、少し考えると徐々に思い出し始め……確か、至近距離でCAサーバントの爆発を受けていたよな? 何で俺、無傷なんだ?
ん~まあ、さっきまで見ていた夢の中で、治療系の武霊能力を持つ武霊で治療して貰ったんじゃないかって考えたんだっけ? まあ、ここは病院みたいだから、それはもう間違いないだろう。と言うか……サヤ? お~いサヤさぁ~ん。
ふと気になって心の中に住んでいるというサヤに声を掛けるが、反応が無い。
確か骸骨犬の時も、剛鬼丸戦の時もサヤの声は聞こえなかった。
まあ、こっちから呼びかけてはいなかったが……ん~もしかして、心の中のあの公園に行かないと接触できないんだろうか?
これだけサヤのことを考えているのに反応がないってことは、そうである可能性が高そうだな。
だが、そうなると色々と訳知りっぽいサヤから一切情報が得られないってことになる。
俺の心の中なのに行き方がわからないし、というか、心の中に、しかも、自分の心の中に入る方法なんて知りはしないしな……いや? 知っていてもあまり行かない方がいいか? そういうのが登場する作品って、大体危ないって説明される事が多いし、俺自身の精神にどんな影響があるかわからない。って余計な心配だよな……どうも俺は考え過ぎる。
そんなことを思っていると、不意に、
「あ! 起きたんですね!? よかった!」
そんな声が唐突に聞こえ、反射的に声のした方へ顔を向ける。
すると、病室の入り口に俺を助けてくれた武霊使い赤井美羽さんがいた。
その恰好は意識を失う前に見た青いジャージ姿ではなかった。
チャック付きの水色パーカー。
そのパーカーのチャックを胸半ばまで開けており、そこから見えるのは白いチューブトップ。
紺色のショートジーンズに白い靴下と茶色のフリル付きショートブーツ。
髪型は昨日と変わらずショートカットではあるが、前の見た時はおしゃれさなど全くない格好だったので、あまりのギャップに俺は思わず硬直してしまう。
強調される体付きではないが、バランスが良いのでとても可愛らしい格好に見える上に、そこに活発さを絵に描いたような、若干大きめな瞳を持った幼さが前面に出ている顔が付いていれば、自ずと俺の心臓は高まってしまい……落ち着け! 落ちつけよ俺!
思わずいつもの癖で、腕を組み、片手で口を覆い、鼻だけでゆっくり深呼吸してしまう。
すると、
「あ! それって昨日もやってましたよね? 癖なんですか?」
なんて言われてしまったが……ん? 昨日? ってことは……
思わず、目だけできょろきょろと周りを見回し、窓を発見して外を見る。
かなりの明るさになっていた。
間違いなく朝ではない。
そんな確認をしている間に美羽さんは俺のベッドの隣に移動して、
「えっと……意識ははっきりしてます?」
ん?
躊躇いがちに聞いてきた問いに、いまいち意味がわからず首を傾げると、
「意志力切れで意識を失った人は、中々起きれないことが多くって……最悪、半年以上寝たままになる人もいるんですよ。夜衣斗さんみたいに一日で起きる意志力回復が早い人もいるんですけど……それでもしばらく日常生活に影響があるぐらい意識がはっきりしない人もいたりするので……ちょっと心配になったんです」
なるほど、だから病院で寝かされていた訳か……万が一なかなか起きなかった場合は、病院の方が色々と都合が良い。
「……大丈夫です。意識はハッキリしています」
その俺の言葉に、
「よかった……」
そう美羽さんはほっとしたので……どうやら心配をかけてしまったみたいだな……
何だかいたたまれなくなってきたので、話題を変えるために、
「……外の明るさから推測するに、時間は昼近くですか?」
そう聞いてみると、美羽さんは頷いて、
「ええ」
と頷いたが、その視線は未だに俺がしている癖へと向けられている。
ん~そんなにじーっと見ないでほしいな……
何だか恥ずかしくなってきたので、俺は癖を止め、
「……これ、俺が子供の時からやっている癖で、考える時や落ち着かせる時についやってしまうんですよ」
まあ、今では意図的に深い思考に入るためにすることもあるが、こういう余計な説明はいらないよな。
「やっぱりそうなんですか」
俺の説明に満足したのか、美羽さんはにっこりと笑って、
「じゃあ、春子さんを呼んで来ますね。ちょっと待っててください」
そう言って、俺が制止する暇もなく慌ただしく病室から出て行ってしまった。
えっと、どうしたもんだろう? まあ、とりあえずここで待つしかないか? 春子って名前は、これからお世話になる叔母さんの下の名前だしな……ん? ってことは、美羽さんは、叔母さんと親しい仲ってことなんだろうか? 昨日もフルネームを口にしていたし、俺が叔母さんの甥っ子だって知っていたし……
そんなことを思いながら、俺はベッドの上で待つことにした。
病院に入院した経験が無いので、最初の内はベッドの上でキョロキョロしていたが、正面以外のほとんどはカーテンで区切られていたため、直ぐに飽きた。
かといって、ベッドから出て勝手に病室から出るのは、流石にまずいだろうし……
手持ち無沙汰になった俺は、どうしても思考を巡らしてしまう。
そして、当然。
何で俺なんだろうか?
そんな疑問が生じてしまう。
正直に言えば、俺は想像力、と言うより、妄想力はそれなりにあるとは思っているが、俺程度の妄想力なら世の中を探せばごろごろしているだろう。
今までだって、そんな大した人生を歩んでいる訳でもない。
そりゃ、死を自ら望んだことはあるが、それすら世の中を探せばごろごろ……改めてやな世の中だと思うが、仕方がない、それが現実だ。
それなのに……連鎖する死の運命? 封じられている記憶? 武装守護霊? おまけに、それらから逃れられる死の自由なんてものがあるなんて……まあ、どこぞのラノベ主人公みたいにご都合主義の塊みたいな展開なことで……これで俺が死の自由を選んだらどうなるんだろうか? って、ただ単に俺の人生が終了するだけか……まあ、なんであれ、その選択肢は、正直ないな……例え、魂の自由を謳歌できようと、その自由は全て『独り善がりな自由』。それはつまり、『自分に無いものを自由になんてできない』。ってことになる。人は一人だけじゃ生きられないってよく言われるが、それはきっと物理的な意味合いだけじゃなくって、精神的な意味合い、文化文明、人が人として存在するために必要なありとあらゆるものにいえることで、仮に魂の自由を得ることができたとしても、俺の自由はそう長くは続かないだろう。俺の精神力が、俺の知識が、魂の自由、要するに俺だけの世界? に耐えられるとは思えない。まあ、その隣にサヤがいるかもしれないが、彼女がどんな存在なのかわからない時点で決めつけるのはなんだが、俺の中に十年以上いたってことを考えると、それってつまり、俺と同じことを体験し、俺が知っていること以上のことをそう多くは知っていないってことでもあるんじゃないだろうか? なら、サヤが俺だけの世界に加わったとしても、そう多くは世界の広がりを持たせられない可能性がある。だとすると、やっぱりこの選択肢は――
「夜衣斗さん!?」
俺の名を呼ぶ美羽さんの声が聞こえたので、意識が思考の世界から引き戻されると、目の前に彼女の顔があって、思わずびくっとすると、向こうもビックリし、
「だ、大丈夫ですか? 何だかぼーとしてたみたいですけど……」
「だ、大丈夫です……ちょっと考えことをしていたもので……」
なんて変な感じの問い答えになってしまったが、
「そうなんですか……よかった……」
ほっとした様子の美羽さんに俺は思わず頬を掻いてしまった。
なんというか、こうやって思考を邪魔されたことって久しくないからな……
なんて考えていると、
「もう! 心配したんだからね!」
不意にそう言われて、誰かに抱き着かれ、匂いと胸に当る感触で女性だとわかり、思考も身体も固まる。
「ぎゃあ! いきなり何してるんですか春子さん!」
「え? 何って感動の初対面の演出?」
「馬鹿なことを言ってないで、早く離れてください! 夜衣斗さんが物凄く固まってますって!」
慌てて俺から抱き着いている女性を離そうとする美羽さんだったが、その反応で何を思ったか、
「うふふ、それはそれでおも」
更に押し付けようとしてきた瞬間、ガンと音が鳴るほどの衝撃を俺は間接的に感じた。
それと共に、俺に抱き着いて来た女性が離れ、頭を押さえて背後を見る。
というか、思春期の男にこれはちょっと……まあ、こんなの色んなので予行練習していたが、あれらは全部架空で、これは現実だもんな……あっさりキャパシティオーバーだって……
などと思っている間、俺に抱き着いてきた人をちらっと確認した。
ショートボブに黒縁眼鏡。
緑色の上下ジャージに、出るところは出ているが控えめな体付き。
少しタレ目で……確かに写真で見た俺の叔母・『黒樹 春子』だった。
俺の母親とは歳の離れた妹ということだけあって、母をそのまま若くした感じに見えなくもないが、雰囲気が全然違う。何というか、母さんはもっときりっとしていたし……
そんな感想を抱かせる当の叔母さんは、涙目で自分の頭を殴った女医に抗議の声を上げていた。
「いきなりタブレットPCで殴ることは無いじゃない!」
叔母さんの言うように、あれ? この人、どう見ても外国人だな……
金髪銀目で、フレームが無い眼鏡を掛け、白衣を着ているから女医であるのは間違いなさそうだが、鋭さのある美人さんというか……って、余計なことを考えたな……
その外国人女医さんの西瓜とはいかないまでにもメロンぐらいのこの場他二人の女性から比べたら大きな……って! 何また失礼なことを考えてるんだ! いかんいかん。目覚めたばかりだからといって、ちょっと煩悩が過ぎるぞ俺! え~とにかく、胸には、『武霊専門医オティーリエ=C=ウィンディーネ』と書かれており、ん? ウィンディーネ? 水の精霊の名前だよな……まあ、そういう苗字もあるってことか……
とにかく、そのウィンディーネ先生は、タブレットPCをその両手に持っていたので、どうやらそれで叔母さんを殴ったらしいが、精密機械を殴るために使うか? 普通。
思わず若干呆れが混ざった視線を向けていると、
「安心しなさい。ここは病院よ。今ので頭が悪くなっても治してあげるわ」
日本人と遜色ない日本語で、さらっととんでもないこと言う。
「いや、現代医学でそんなことまでできないでしょうが!」
「大丈夫。叩けば直るわ」
「私は古い電化製品か!」
「丈夫さはそうね」
「きぃー!」
なんなんだ……
自分の叔母とウィンディーネ先生のやり取りに、呆れ返っていると、美羽さんが俺の隣に来て、
「春子さんって、色んな人と仲が良いです。このやり取りだっていつものことですから、気にしないでくださいね」
色んな人と仲が良いね……とても友達がいない俺と血が繋がってると思えない事実だな。まあ、そんなことより、
「……あの」
「はい?」
俺の呼び掛けに、こっちを真っ直ぐ見て微笑む美羽さん。
その微笑みに、俺は思わずドキリとしてしまい、反射的に目を反らしてしまう。
ううっ、情けない。なんかオウキに応援された感じがするが……とにかく、
一度反らした目を再び戻し、不思議そうにしている彼女の目を見て、
「……昨日は助けてくれてありがとうございます」
「え? ……ああ! いえいえ、お互い様ですから、気にしないでください」
お互い様ね……
「……何であれ、俺を助けてくれたことは事実なんですから……このお礼はいつかさせてください」
「え? いえ、そんな、悪いですよ」
「そうよ。いつかなんて言わず、今日、デートなりなんなりしてお礼しちゃいなさいな」
遠慮する美羽さんに、いつの間にか口論を止めて、俺達のことを見ていた叔母
「……今、失礼なこと考えたでしょ? お・ね・え・さ・ん。だからね」
勘の良い人だな……というか……デ、デート!?
「あら? 何驚いているのよ? 男が女にお礼っていったらデートでしょ?」
聞いたことが無い。というより、俺の世界にそんなルールは無い。
「……そんなに経験も無い癖に、なに偉そうにのたまわってるんだか……」
ぼそっと呟いたウィンディーネ先生の言葉に、お
じろっと春子さんに睨まれ、
「ちなみに! 私のことは叔母さんじゃなくて、春子さんって呼びなさい。年齢的には姉さんより、夜衣斗ちゃんの方が近いんだからね!」
その睨みをそのままウィンディーネ先生に向け、
「あんただって経験なんてほとんどないでしょうが!」
「っは! 母国で経験済みなのよ! あんたみたいなおぼこちゃんじゃないわ!」
また言い争い始める。
そういえば、年の離れた妹だっていってたっけ……まあ、確かに若く見える。少なくとも二十代後半か? なんであれ、年相応の人物ではないのは間違いない。というか、本当に母さんの妹か? タイプが全然違うんだが……まあ、そんなことを今言い出しても仕方がない。一応、容姿は似ているといえば似てるし……にしても、何でわかるんだ?
などと疑問を思っていると、
「夜衣斗さんはわかりやすいですからね」
などと美羽さんに言われてしまった。
というか、わかりやすい? 前髪で目を隠してても?
ちらっと前髪を見てしまったのか、美羽さんは微笑を浮かべ、
「雰囲気がわかりやすいですよ?」
ってことは、今まで関わってきた人も、俺が失礼なことを思うたんびに気付いていたんだろうか?
そういえば、俺が誰にも言ってなかったいじめが発覚したのも、他人経由だった。
俺の醸し出している雰囲気で、何となく察し、いじめられている場面を目撃してしまったってことか……
心がずきりと痛む。
嫌な場面を目撃させてしまったと、改めて思ってしかったからだ。
そんな雰囲気を察したのか、美羽さんがちょっと俺を心配そうに見た時、
「とにかく!」
ウィンディーネ先生との言い争いを強引に切り上げ、美羽さんを見た春子さんは、
「町案内がてら、ちゃっちゃとデートしちゃって来なさいな。その間に夜衣斗ちゃんの歓迎会の準備を済ませておくから」
そう言って、美羽さんを苦笑させ、
「わかりました」
わかりました!?
「わかりましたけど……内緒のはずの歓迎会を今ここでばらします?」
「あ!」
美羽さんの言葉に、自分の失言に気付いた春子さんは、俺の方を見て、
「ごめん。今の忘れて!」
忘れてって……
とにかく、俺は小さくため息を吐き、
「……何のことです?」
そう言うと、ウィンディーネ先生は、苦笑し、
「春子より甥っ子の方が随分大人ね」
余計なひと言を言って、春子さんを激怒させようとするが、
「はいはい邪魔邪魔」
その前に春子さんを押し退け、
「デートする、しないにしても、まずは検査を済ませてからにしましょう」
そう言って、俺を触診し始めた。