11、『生と死の選択』(終)
俺が叫んだ瞬間、剛鬼丸の腹部に『唯一霧散せずに残っていたパイルバンカーサーバントの杭』が爆発した。
パイルバンカーサーバントの杭は、撃ち込まれた対象内部で爆発して破壊する杭。
剛鬼丸の身体は、確かに肉体は硬かったが、内部は通常の生物同様に柔らかい内臓で再現されていたのか、杭の爆発した瞬間、剛鬼丸の身体を四散するよう吹き飛んだ。
硬かった外側の肉体が爆発の威力を逆に高めたからだろう。
剛鬼丸を作戦どおり倒すことができた。が、俺の作戦は一つだけ完全に失敗していた。
それは、剛鬼丸が至近距離まで迫っていたこと。
それによって剛鬼丸を四散させた爆発を、俺はまともに受けてしまい、自分ではよくわからない感じに滅茶苦茶に吹き飛ばされてしまう。
しかも、残った意志力を全てパイルバンカーサーバントの杭に注ぎ込んでいた俺は、爆風で吹き飛ばされても、勢いを失い自然落下し始めても、一切の抵抗する気力を失っていた。
まあ、抵抗したからといって、もはやオウキをイメージする意識すら残されていない俺にはどうすることもできない。
確かに剛鬼丸には勝利した。
そして、死ななかった。
つまり、死の運命を乗り越えることができた。
できたが…………っは……
力なく俺は笑う。
このままでは結局、海に叩き付けられて……死ぬ。
それほどの高さから俺は落ちていた。
剛鬼丸が関わる死の運命は退けたが、それによって別の死の運命が生じたってことか?
早過ぎだろ。退けて即って……
薄れつつある意識で、そんなことを考えている俺の目に、海が入り、迫るか――
軽い衝撃。
明らかに海面にぶつかった衝撃ではなく、目の前には高速で動く海面?
ぐるっと回る感覚と共に、その慣性を利用して、抱き直される感覚?
「夜衣斗さん! 夜衣斗さん!」
掛けられた声に、俺は反応することはできなかった。
もう、意識が、身体を動かせるほど……ハッキリして……なく……
無反応な俺に、声の主が顔を覗き込んだ。
ああ、やっぱり美羽さんだ……思った以上に早いな……そんなに必死に俺に呼びかけて……くそ……やっぱり可愛いなこのひ――
気が付くと、俺は身に覚えのない公園にいた。
三度目ともなるとさして驚きはしないが、ん~剛鬼丸をパイルバンカーサーバントで倒した所まで記憶がある。
が、それ以降の記憶が無いってことは、その直後に意識を失ったのか? まあ、こうして心の中の公園にいるってことは死んでないってことだよな。
至近距離であれだけの爆発に巻き込まれたっていうのに無事ってことは、オウキのように治療系の武霊能力を持った武霊使いに治療されたんだろうか?
まあ、しまらない決着だが、生きているだけで万々歳か……とはいえ、少し疲れたな……心の中でも疲労感を感じるのは不思議だが、肉体が疲れているから、精神もそれに準じているってことだろうが……って、あれ? そういえば、ここの住んでるって言ってたサヤがいないな……
そう思った俺は、きょろきょろと周りを見回すが、どこにもサヤの姿はない。
若干不審に思いつつ、本当に疲労感を感じているので、近くに在った二座席あるブランコの片方に座る。
少しだけブランコを揺らしながら、
これから今日みたいなことが次々と襲い掛かってくるんだよな……そういうことに憧れていた時期はあることはあるが……っはは……想像以上に過酷だな……今日だけで何度死を覚悟したか……
そんな風に思っていると、不意に隣のブランコが鳴り出した。
隣にはいつの間にかサヤがおり、って、唐突に現れるなよな! びっくりするだろうが!
と思う俺の抗議をサヤは無視して、
「過酷な運命から逃れる手段はあるわ」
そう言った為、二重の意味で俺は眉を顰めた。
逃れられる手段? どんな?
「夜衣斗。人は死んだらどうなると思う?」
唐突な問いに、俺は再び眉を顰めた。
…………『無』だろ?
それが、幼い頃から考え続け、導き出した最も有力だと思っている答えだった。
死んだら何もない。
だからこそ、俺は死に対して強い恐怖を抱いている。
自分に対してもそうだが、他人に対してもだ。
だからこそ、貴重な戦力であるはずの美羽さんを迷わず遠ざける選択をしてしまったといえるが、今思うと結構な無謀をやらかしていたといえる。
まあ、正しい判断であったことには間違いないが……
などと思っていると、サヤが、
「夜衣斗の考えは、確かに『ほとんど正解』だわ」
などと俺の考えを肯定したが……ほとんど?
こくりと頷くサヤは、
「人は死んだら魂が世界から解放され、無に還る僅かな間だけ自由になる」
それって……走馬灯体験って奴か?
首を小さく横に振るサヤ。
「それは脳が起こす現象。私が言っているのは無に還る僅かな間だけ、『何でもできる』ってこと」
何でもって……
「現実で起こせる全て。現実で起こせない全て」
それは凄いが……僅かな間しか続かないなら意味が無いだろ? 俺は刹那主義者じゃない。それに、それだけ自由になるってことは、意識すら自由になるってことじゃないのか? そうなれば、いくら自由になるって言っても、縛られていない意識が、何かを持つなんてことはないよな? 結局意識は、何か、肉体や世界などに縛られ、抑え込まれているから生じるものだろうし……つまり、結局は何もできない。
俺の考えに同意するようにサヤはこくりと頷き、
「普通ならそうよ。それは霧散する過程の朧でしかない。自由があっても、自由を感じる自由が無く、自由にはなれない……でも」
でも?
「今の夜衣斗には……私がいる」
それは……つまり……
「私なら、『自由になった魂を長時間維持できる』。人の一生分。いいえ、それ以上の時間を……だから……」
そのサヤのとてつもない言葉に、思考が停止してしまう。
「夜衣斗」
俺の名を呼びながらサヤが薄っすら浮かべたその微笑みは、俺の人生の中でもっとも優しい微笑みだった。
「一緒に死にましょ?」
それは、ぞっとするほどの誘惑だった。
イマジネーションが自由であるのなら、魂だけの存在になり、物理の檻である世界から離れれば、無限の自由が得られる。
それは死を考えていた時に考えた一つの答え。
だが、魂が肉体により固着され、世界によって安定させられているのなら、魂だけの存在になった場合、魂は無に対して無防備になるということ。
結局は個人というものがなくなり、無限の自由意味はあまりない。
でも、もし仮に無防備になった魂を守ることができる技術があるなら……
そんなことも考えたこともあった。
だが、どれも仮定の話であり、最終的には自分で自分を馬鹿にして考えることを止めたんだが……
思わず空を見上げるが、当然そこに何かがあるわけじゃない。
ただ真っ青な晴天があるだけ。
そんな空を見ながら思う。
運命を変える選択。
確かにサヤが関われば死の運命は変わる。
死ぬことを選べば、くだらなくてままならない世界から解放され、きっと、何にでもなれ、何でもできるようになるんだろう。
酷く魅力的な選択肢だが……
生きることを選べば、新たな死の運命が次々と襲い掛かり、きっと心の休まることのない過酷な人生になる。
酷く理不尽な選択肢だが……
どちらもサヤが一方的に言っている言葉に過ぎない。
が、現に武霊という非日常に触れ、それによって死に掛けたのは、夢であるなら覚めて欲しいが、そうやって現実逃避できるほど俺は器用じゃない。
それに、例えそんな選択が提示されても、俺の中に、死ぬなんていう選択肢はない!
いや、かつては在った。
何度も何度も、自ら死を望んだことが俺にはある。
理由は……まあ、ある意味ありがちないじめによるもの。今でもその時受けた心の傷は癒えてはいないし、もし、完全犯罪ができるのならきっと俺は迷わず、俺をいじめた奴らを…………殺す。それも、考えられる限りの無残で残忍な方法でだ。それだけのことを俺はされ、追い込まれていた。
少し思い浮かべるだけで怒りと恐怖が入り混じって蘇り、思考を乱し、当時の思いを思い出す。
殺すという選択をした自分に絶望し、苦痛だけの世界に絶望し……死のうとした。
崖の上に立ち、落ちて死のうとした。
包丁を手首に突き付け、頸動脈を切って死のうとした。
首に電気コードを巻いて、首を吊って死のうとした。
風呂に水を溜め、ドライヤーを投げ込んで感電死しようといた。
その度に、死の恐怖に襲われ、哀しむ家族や親しい人の顔が浮かび、結局は……できなかった。
運が悪いのか良いのか、俺は幼い頃から死に対して深く考え、死に対して恐怖心を強く抱いていた。
また、当時は家族や親しい人を大切に思う純朴な心が在って、だからこそ、俺は死ぬことができなかった。
あの時は自分で死ねないほど弱い人間なのかとも思ったが……
今は、死ななくて良かったと思っているし、自分で死ぬ人間ほど弱い者はないとも思っている。
そのおかげか、死ぬ理由より生きる理由の方が今は多い。
だから、今は強く生きたいと思い、死にたくないという思いの方が強かった。
きっと、何度も本気で自殺しようとしたことが大きく影響しているんだろうが…………その過程と決着を十年以上も俺に憑いているサヤが知らないはずはないと思うが?
そう問い掛けながら、俺はサヤを見た。
俺の視線を受けたサヤは、少し辛そうな顔になり、
「勿論知っているわ!」
不意に叫ぶようにサヤは言葉を口にし始めた。
「あの時! ……私はどうして……どうして! ここにしか居られないのかと、強く! 強く思ったもの……でも……今はようやく……夜衣斗の側に居られる」
そう言って、少し落ち着いたサヤは、ブランコから立ち上がり、俺の前に移動。
そして、そっと片手を俺の頬に触れさせた。
「こうやって……触れられる」
嬉しそうな、泣きそうな表情になりながら、俺の頬を撫で続けるサヤ。
感じるのは、女性の細い指。
彼女の身体は、ここが心の中である以上、肉体を有していないのだろが、それでも暖かく、優しさを感じた。
その優しく触れるサヤの手に、思わず顔が赤くなり、固まってしまう。
その為必然的にしばらく見詰め合う状態になり、そんな俺にサヤは少しだけ微笑み、
「もう」
俺の頬から手を離し、両手を重ね合わせて、ぎゅうっと胸に押し付け、
「もう……夜衣斗には……」
じんわりと目じりに涙を浮かべるサヤ。
「辛い思いをして欲しくないの……もう二度と夜衣斗に……あんな思いは……」
サヤはそう言って、涙を流し始める。
唐突な涙に、思わずドキリとしてしまう。
まあ、今の今まで、こうして、俺を思って女性に泣かれたことなんてない。しかも、かなりに至近距離で……
そんな今は考えるべきじゃない若干不純が混じった思考を溜め息で打ち消し、
ここが俺の心の中であるなら、いじめを受けていた時、死を望んだ時、ここにどんな変化があったんだろうか?
いや、そうでなくても、ここで全てを見て、全てを感じていたみたいだし……
俺は何とも言えない感覚になった。
喜ぶべきか、恥ずかしがるべきか、怒るべきか、悲しむべきか、色んな感情がごちゃまぜになって自分を押し上げる。
そんな…………よくわからない自分の感情だが……
ありがとう。
「え?」
唐突な俺の礼にキョトンとするサヤ。
いや、そこまで俺のことを思ってくれる人? は、サヤが初めてだからさ……
「うふふ、何それ」
少しだけおかしそうに笑うサヤに、俺も釣られて笑みを浮かべる。
そんな俺に、サヤは少しだけ優しい笑みを浮かべ、
「…………ごめんなさい。夜衣斗を惑わすようなことを言って……でも、私は……夜衣斗が例えどっちを選んでも……夜衣斗の傍にいるからね? ……夜衣斗という存在が、この世界から消える。その時まで」
……困るんだよな……そんなことを言われてしまうと…………死の自由の話と重なって、死に対する恐怖が薄まる。
生きていても喜びと呼べるもののほとんどがアニメや漫画・小説などの空想の産物でしかなく、現実は辛いことや煩わしいことばかり。
それだけを考えれば、現実に何の価値も無いように思える。いや、実際に価値はない。価値は個人個人が後天的に付ける物だから、今までの俺の人生の中で、現実に価値を付けるような事柄を体験したことが無い。むしろ無価値・マイナス価値を付けることが多かった。
両親の都合で幼い頃から引っ越しが多く、暗く引っ込み思案で恥ずかしがり屋な性格も災いして、引っ越す度に一人。
小学校に上がる前あたりで両親は一軒家に定住するが、仕事の都合でよく出張し、一人で過ごすことが年齢を重ねれば重ねるほど多くなった。
まあ、別に両親が居ないことに寂しさはそれほど感じなかった。出張の度に母親から電話が掛って来ていたし、慣れもしていたので平気と言えば平気だった。
ただ、定住しても友達と呼べる者はなかなかできず、できたとしても直前の引っ越し続きの生活と生来の性格が災いして、どう接すればいいかわからず、自然と自己中心的な行動ばかりしていたと思う。
そのせいか、小学校高学年になる頃には俺をからかいの対象にすることが増え……いじめとはいかないまでにも嫌なことばかりされ、僅かにできていた友達はそれを遠目から見るだけだった。
そのくせ、それが終わると友達のように接し、そんな行為が許せなかったが、それでも、その思いをぐっと堪えて、俺もそれを許容していた。
一人になることが嫌だったんだと思う。
それは当時の俺には自覚の無い許容だったけど、今思えば、それは友達だったのか? とも思う。
友達の形は人それぞれだが、俺の思う友達像は、少なくとも、互いのどちらかが困っていれば困っていない方が助ける。
そんな関係を望んでいた。
つまり、親友が欲しかったんだと、今は理解できるが、結局は親友なんてできたことはなかった。
それは今も続いているので、きっと俺が友達の作り方・接し方がわからなかったせいなのだろう。
いや、それだけではないか、何故なら、中学に進学してからは、からかいから発展したいじめが自他共に関係をより隔絶させたからだ。
いじめられ、誰にも助けられず、友達と思っていた連中も小学校の時と同様に助けてはくれず、いじめていた連中がいわゆる典型的な不良だったり、女子グループのトップだったりした為、周囲は寄り付きもしなくなった。
追い詰められ、まともな精神状態を維持していたのか、今となっては疑問だが……結果、自殺を何度も試みてしまう。
最終的には、偶々遊びに来ていた……俺を兄と慕ってくれている両親の知り合いの娘さんが……いじめられている場面を目撃していたらしく、その子経由で大人にいじめが発覚し、大人達はいじめを何とかせざる得なくなり……いじめは終息した。
その後、いじめを受けていた時に一時的に不登校になっていたことが影響して、住んでいる場所から大分離れた県外の高校、しかも最低ランクの高校に進学せざる得なくなった。
最低ランクの高校なだけあって、大なり小なりほぼ不良か、いわゆる弱者しかおらず……また、いじめの影響で俺は他人に対して自然と距離を取るようになる。
薄く接し、関わってこなければこちらから関わらず……おかげで去年は何もない一年だったが……一切記憶に残らない、思い出しても何をしていたか思い出せない一年になっていた。
こうして改めて自分の人生を思い起こして見ても……やっぱり価値を見いだせず……死の自由が酷く魅力的に思えてしまう。
心の中で色々な思いがぐるぐると回る。
……だが、結局は昔と同じ、家族や親しい人の顔が浮かび……結局行き着いた思考は昔と変わらなかった。
俺の思考の、言葉にしていない部分も感じ取ったのか、サヤは若干力無く微笑んだ。
「夜衣斗は……優しいね……」
俺が優しいね……
サヤの言葉になんともいえない違和感を覚え、俺は苦笑した。
悪いなサヤ……こんなに心配してくれているのに、やっぱり俺にはどうしても死ぬことは…………もう二度と選べない。例えその先に、これまで経験したことより辛いことが待っていたとしてもだ。
そう心の中で決意を言葉にすると、
「うん……夜衣斗なら……きっとそう選ぶと思っていたわ」
悲しそうだが、どこか嬉しそうな笑顔をサヤは浮かべる。
その瞬間、俺は再び過去の記憶の一部を思い出した。
小さな公園。
その場所で、幼い頃の小さな俺はブランコに乗りながら……泣いていた。
泣いている理由は……思い出せない。
とにかく辛いことがあったのか、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらブランコを小さく揺らし………終には揺らすことすら止めて俯き、地面に跡を作る。
どれだけ泣いた後か、ふと気が付くと、隣の空いていたブランコに誰かが乗っているのに気付く。
反射的に誰かを確認しようと顔を向けると、そこには某チキン屋の老人を彷彿させる白髪で立派な白髭を生やした老人がいた。
「何か悲しいことでもあったのかい?」
そう優しく語りかけてくる老人。
普通なら警戒心を抱きそうな現れ方だったが、不思議と小さな俺は警戒心を抱かなかった。
幼かったせいか、それともその老人の優しげな雰囲気のせいか、とにかく俺はその老人に対して何があったか喋った……のだと思う。
上手く思い出せていないのか、小さい俺の言葉は聞えず、ただ、老人の相槌の為に頷く姿のみが見える。
「大変だったね。でも、それに耐えた君はとても優しい子だ。偉いよ」
小さい俺の話を聞き終えた老人はそう微笑んで、小さい俺の頭を撫でた。
その瞬間、老人の目が驚愕で見開かれる。
「な! ……これは…………そうか……君があの子達の…… なのか……だとすると、この出会いは……」
茫然とつぶやく老人。
意味がわからずきょとんとする小さい俺に、老人は再び優しい笑みを浮かべ、何かを言おうとした瞬間、映像が消え、ただ、声だけが聞こえた。
願わくば
君に与えた運命を変える選択が
あらゆる宿命の悪意に打ち勝つことを……
プロローグ『選択の武霊使い』終了
次章
第一章『渇欲の武霊使い』