1、『黒樹夜衣斗』
人工島に築かれた巨大な学園に、全てが黄金に輝く大樹が生えていた。
下から見上げても全体を全て見ることができないほど巨大な樹。
直視すれば眩しいぐらいに輝いている黄金なのに、何故か周囲の夜の暗闇を邪魔せず、空にある星の光をかき消していない。
そんな黄金の大樹を、本土と人工島を繋ぐ巨大な橋のほぼ中央で見ている一人の男性がいる。
電動車椅子に乗り、喉に酷い手術後がある四十代ぐらいのその男性は、待っていた。
視線の先にある黄金の大樹が果実を実らし、落とすのを。
そして、
黄金の大樹に無数のつぼみが着き始めた頃、彼の背後に一人の青年が現れる。
彼は振り返りもせずに電動車椅子に備え付けられているノートパソコンを操作。
「「やっぱり来たね」」
ノートパソコンから男性の人工音声が発せられた。
男性はこうして普段のコミュニケーションを取っており、初見の者は大体驚く。
だが、声を掛けられた青年は大して驚きもせず、黙っている。
つまり、少なくともこの青年は男性の知り合いであるようだった。
「「きっと君なら、僕の所に来る『選択』を選ぶ……そう思っていたよ」」
男性のその言葉に、青年は何も言わず、代わりに深い溜め息を吐いた。
その溜め息に男性は苦笑し、電動車椅子を操作して、身体ごと振り返る男性。
「「さあ、始めようか、お互いに『最後の戦い』を」」
男性の視界が青年の顔を収めようとしたその瞬間、
彼の『意識が目覚めた』。
気が付くと、青空が見えた。
彼がそれまで見ていた不可思議な夜の光景とのあまりにものギャップに、目を覚ましても身体を動かすことができない。
「大丈夫かい?」
不意に聞えた自分を心配する声に、彼ははっとし、上半身を何とか起こす。
すると彼の視界に、白髪で立派な白髭を生やした老人と、その周囲に彼と同じように芝生の上に座っている六人の男女が入った。
その彼らは誰もが身体のどこかしら欠損させており、この場で唯一五体満足なのは男性に声を掛けた老人だけだった。
「「師匠……」」
意識がようやくはっきりしたのか、彼は膝に乗せていたノートパソコンで老人に呼び掛けた。
彼の喉には酷い手術跡があり、それにより喋ることができないようだった。
そして、彼の後ろには、車椅子があり、足はちゃんと在っても足として機能はしていないことを示唆している。
まるで彼が先程まで見ていた不可思議な夜の光景に出てくる男性をそのまま若くしたような姿だった。
彼の呼び掛けに頷いた老人は、
「これが君達の選択だというなら、私はそれを非難するつもりも、怒るつもりもありません……ですが、」
老人は空を見上げ、しばらく青空を眺める。
そして、ゆっくり顔を正面に戻し、
「この『シェルトン=シルベリア』は願わずにはいられない」
自分の弟子達を見回しながら、
「願わくば、君達に与えた『運命を変える選択』が、あらゆる宿命の悪意に打ち勝つことを……」
老人・シェルトン=シルベリアの言葉に、七人の弟子達にそう言葉を贈った。
武装守護霊
第一部『七人の宿悪の武霊使い』
選択することを怖いと思った。
どんな時でも、
喜びを感じている時でも、
怒りを感じている時でも、
哀しみを感じている時でも、
楽しみを感じている時でも、
選択することは怖かった。
……だけど、選ばなくちゃいけない。
選ばなくてはいけない。
それが、俺の運命だから、
それが、俺の宿命だから、
それが、俺の選択だから、
選ぶ。
俺は選び、進み、また選択する。
俺が死ぬまで、
俺が存在しなくなるまで、
選択し続ける。
宿命に打ち勝ち、
運命を変える為に、
選択する。
例えそれが間違ったことだったとしても、
例えそれが新たな運命を呼ぶとしても、
例えそれが逃れようのない宿命を早めるとしても、
俺は選択した。
その結果、俺は――
プロローグ『選択の武霊使い』
子供の頃。
いや、今でも子供だから、正確には物心付く前から、俺は両親の仕事の都合で日本各地を転々としていた。
もっとも、小学生になる頃には転々と住む場所を変えるのが教育に悪いと思ったのか、両親は一戸建ての家を買い、定住し始めてはいる。
だが、直ぐに両親は仕事の都合で家を空けることが多くなり、最近では長く家を開けることも多く、まあ、何となく嫌な予感はあった。
両親が度々家を空けることは、最初は寂しかったが、慣れた今ではある意味都合がよく、色々と自由があって良かったんだが、困ったことに、今度の両親の仕事は海外出張で、かつ、長期に渡るということだった。
しかも、外国の幾つもの国を転々とするらしく、とても、英語すらまともに喋れない俺が付いていける出張ではない。
かといって長期間も俺を一人で家に居させるのも、俺自身も、両親も不安だったのだろう。
なので、両親は苦肉の策として今まで俺が会ったことが無い母方の叔母の所に急遽俺を預けることにした。
その話が決まったのはゴールデンウィークが始まる前日だったので、ある意味丁度良かったのかもしれない。
まあ、そんなこんなで、俺は今、一人で叔母が住む町に向かって電車で移動している。
叔母の住む町の名は、『星波町』。
山と海に囲まれ、元空港建設予定地だった人工島の上に建てられた『星波学園』という小中高大一貫の私立校がある町。
そこの学園に、俺はゴールデンウィーク明けから通うことになっていた。
叔母のいる町へと向かう電車に揺られながら、俺は大きくため息を吐いた。
正直、一度も会ったことが無い。というか、親戚がいるなんて、今回のことがあるまで知りもしなかった。
なんでも、うちの両親は駆け落ち同然で結婚したらしく、それで今でも両家とは疎遠で、親戚付き合いという物をしなかったらしい。
何というか、そういうことは前もって教えて欲しいものだ。まあ、あまり興味を覚えなかった俺もいけないんだろうが……いけないのか? ん~とりあえず、今はどうでもいい話だよな……
っで、両親は親類の中で唯一連絡を取り合っているのが、互いの弟・妹だけらしく、そのどちらかに預けるとなると、ド田舎に住んでいる父さんの弟より、町に住んでいる母さんの妹の方がいいだろうって話になったらしい。
ド田舎に住んでるという父さんの弟にも興味はなくはないが、なんでも、幼い頃にそのド田舎に少しの間だけ住んだことがあるらしい。
とはいっても、ん~おぼえがないんだよな……まあ、とにかく、今は叔母さんのことだ。
母さんの話によると、叔母は少女漫画家をしているらしく、そのせいか、社会人としてちょっとだらしなく、駄目な部類に入るそうだ。
少し漫画家に対して偏見を感じなくもないが、まあ、実の姉がそう言うのだから……ん~大丈夫なんだろうか? というか、そんな人の所にいきなり行かなくちゃいけないこの状況は憂鬱以外の何物でもない
そんな気分の俺は再び深い溜め息を吐き、なんとなしに外を見てしまう。
流れる海岸の光景。
海沿いを走るこの電車は、次で降りる予定の星波駅に到着する。
だからか、初めての一人での長旅? 遠出? まあ、どっちでもいいか……なのだから、少しぐらいは外の風景を楽しんでもいいよな……
なんてことを、家を出てから初めて、色々な要素で余裕が全くなかったせいだろうけど……考え、ぼ~と外の光景を見ると、視界の隅に何かがあるのに気付いた。
遠目からでもわかる巨大な橋。
その先にある学校らしき建物が三つ、それ以外に何やら色々な建物が無数に建っているのが見える人工島。
あれがこれから俺が通う学校か……ネットで航空写真とか見てたから、ある程度予想はしていたが、実際に見るとやっぱりでかいな……
そんなことを思いながら、俺は視線を車内に戻した。
進行方向上にトンネルを確認したからだ。
目を楽しませる風景がなくなるからっていうことより、まあ、なんというか、窓に映る前髪で目を隠した自分の顔を見たくないからっていう理由が一番強かった為、俺は思わず苦笑してしまった。
どんだけ自分が嫌いなんだか……。
そんな風に思っていると、ほどなくして電車はトンネルに入った。
このトンネルを抜ければ、星波町。
いよいよ全く知らない土地での生活が始まるのか……
そう思うと期待より不安が大きく、胃がきりきりし始める。
この感じだと、胃薬でも買った方がいいかもしれない。
そんな事を考えながら、何となしになにもない外を見てしまう。
窓に映る自分の姿を見ないように、流れる壁を見る。
ん?
一瞬、その壁に『太い赤い線』が見えたような気がした。
その次の瞬間、ぞわっと今まで感じたことがない違和感を感じ、急に意識が薄れ出す。
明らかに睡魔とは違う意識の薄れに、恐怖を感じて必死な抵抗をしようとするが、どうすることもできず――――
気が付くと、見知らぬ公園に俺は居た。
簡素な滑り台や、所々ペンキが剥げている鉄製のブランコ。砂場に鉄棒。若干ぼろい木製のシーソーに半分埋められた自動車タイヤ。
周りにはそこそこ高い生垣があり、それを見ながら俺は首を傾げた。
やっぱり見覚えはない。
目に入る遊具や設備はどこにでもありそうな物だったが、その配置には覚えがなく、俺を困惑させた。
だが、不思議と不安感を感じさせない。
むしろ、どこか懐かしいような……懐かしい? 見覚えが無いのに?
そう疑問に思った時、
「夜衣斗」
不意に背後から名前を呼ばれた。
確かに俺の名前は『黒樹 夜衣斗』だが、俺を下の名前で呼ぶ人は、両親を含めても片手以下である為、声を聞けばその内の誰かぐらいかはわかる。
だが、その声に聞き覚えはない。
俺は眉を顰めつつ、ゆっくり振り返ると、そこには見知らぬ女性がいた。
「やっぱり『こういう運命』になったね」
その女性は俺と目が会うと、そんなことを言いながら困ったような悲しそうな顔になった。
言葉の意味もわからないが、その恰好自体も意味がわからない。
何故なら彼女が着ているのは、シンプルな何の飾りもない純白のドレスだったからだ。
正直、真昼間から、着るような格好でもないし、外で着るような格好でもない。
違和感バリバリな格好ではあるが、その容姿にドレスは非常に似合っていた。
少しウェーブが掛かった腰まであるロングヘア。
着ている服が簡素である為に強調されているグラマラスな体付き。
ややツリ目で、少し小高い鼻に、ふっくらとした唇。
身長や顔付きから考えて少なくとも俺より年上・二十歳前半であることを窺わせる彼女は、どこかのアイドル、というよりも、モデルとして売り出していても不思議じゃないほどに美人だった。
まあ、昨今はそんなに美人じゃなくてもアイドルやモデルになれるといえばなれるが……なんであれ、こんな人物に会えば、一度だって忘れることはない。
それなのに、その姿にも、その声にも全く覚えはなかった。
なのに彼女は俺の名を呼んだ。
しかも……こういう運命? ……何が何だか……
意味がわからず、その女性を凝視していると、
「またね」
彼女がそう言って微笑んだ瞬間、
再び気が付いたら電車の中に戻っていた。
しかも電車は星波駅に着いており、発車ベル!?
俺は大慌てで電車から降りたが……何だったんだ今のは?
一瞬、日頃からしている想像、というより妄想? が悪化でもしたのかと思ったが、今まで見てきたどの夢よりも現実感があり、かつ、記憶に残る公園やその場にいた彼女の存在感が、それを否定した。
否定はしたが、あまりにも日常からかけ離れた出来事に、俺は駅のホームでしばらく呆然としてしまう。
そんな時、不意にスマートフォンが鳴ったので、ぼ~っとしながら誰が相手か確認せずに出てしまうと、
「……はい」
「「いや~ごめんね夜衣斗ちゃん。お姉さんすっかり忘れていたわ」」
つい数日前に聞いたことがある叔母の声だった。
どうやら、叔母からの電話だったようだが……ん?
「……忘れてた?」
「「ここ最近、締め切りに追われててね。多分、それで忘れちゃったんだわ」」
「……」
「「しかも、今現在も追われている最中でね。お迎えに行けないのよ」」
「……はぁ?」
「「そんな訳だから、自力で家まで来てね。住所は知ってるでしょ?」」
「……はぁ……まあ」
「「あ! 来る途中でプリン買ってきてくれると嬉しいな。でっかい奴ね。お姉さんそれが大好物なの」」
「……まあ、美味しいですよね」
「「そうなのよ。あのプルプルが堪らなくって……うふ♪ とにかく、そういうことだから、それじゃあねぇー待ってるよぉー」」
な……なんじゃそりゃ!
叔母の連絡に、俺は怒りより、疲れが出てきたので、深い溜め息を何度も吐きつつ。
とりあえず、若干古い感じがする駅構内を抜け、外に出ると、やっぱりそこには同様な感じの駅前が広がっていた。
左側にはビジネスホテルらしき建物と、その少し奥に真新しい大きな建物、ん~デパートか? 真ん中には二車線の道路。右側には星波商店街と書かれたアーチがある。
円形に作られた駅前広場には、バス停はあるが、一カ所しかない。
なんというか……いかにも田舎町って感じだな……
そんな感想を抱きながらキョロキョロと周りを見回すと、コンビニがビジネスホテル近くに在ったので、そこででっかいプリンを二つ買う。
一つは叔母の分で、もう一つは俺の分。
俺もそれなりの甘党だから、プリンは嫌いじゃない。むしろ大好物だ。
だから買うことに対しては、まあ、別にいい。プリンに罪はないからな。というか、後でプリン代を貰えるんだろうか? ケチな人じゃないといいな……っていうか駄目な部類だと聞いてはいたが、ん~これぐらいは予想の範囲内だといえなくもないか? なんであれ、予測の範囲内でも疲れが出てくるのは抑えられない。初っ端からこんなんでやっていけるんだろうか?
今日何度目かの深い溜め息を吐き、思う。
わけがわからない目に遭ったばかりなのに……これはない。
どうしてもさっき見た夢が頭から離れないからだ。
まあ、なんであれ、今はわけがわからないことを考えるより、とっとと叔母さんの家に着いて、落ち着きたい。
そう思った俺は、スマフォを取り出し地図アプリを頼りに、叔母の家を目指して歩き始めた。
歩きつつ、これから住む町の様子を見る。
向かった先が住宅街だったのか、様々な民家が立ち並んでいた。
ん~まあ、普通の町かな? 強いていえば、どれも若干古さを感じるってぐらいか? とはいえ、それも当然といえば当然か……
この町に来ることが決まった後に、俺はインターネットで軽く町のことを調べてみた所によると、町にあるほとんどの建物は、民家も含めてバブル期に建てられたものばかりらしいので、どれもこれもが古く感じるのは当然。
叔母さんが住む一軒家の借家もその頃に建てられたものらしいが……一軒家を借りられるってことは、それなりに売れている漫画家ってことなんだろうか? ふむ? 少女漫画は有名どころのごく一部しか手を出してないからな……ペンネームを聞いてもわからなかったが、ちょっと興味がでてきたな……
などと思いながら、なんとなしに視線を上の方に向けると、奇妙な光景が視界に入った。
それは思わず歩みを止めてしまうほどの物で、目を凝らして見ても、それはどこからどう見てもスピーカーだった。
それも、電信柱に一本一本あるといっていいほど数がずらりと。
海の直ぐ傍にあるから、津波対策とかそんなんでか? ん~それにしては過剰なほどあるような……あれか? 所謂、役所の無駄使いって奴か? 箱物の建設で懲りてないのかここの役所は?
そんなことを考えていると、不意に凝視しているスピーカーからけたたましいサイレン音が流れ出した。
何だ! 何だ!? 本当に津波か!?
唐突に鳴り出したサイレンに慌ててスマフォで速報を確認するが、特に警報らしきものは出ていない。代わりに叔母からの着信があり、サイレンが収まるのを見計らって出る。
「「夜衣斗ちゃん! 今から流れる放送をちゃんと聞いて、その指示に絶対に従って!」」