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異世界漫遊記  作者: 天瀬亮斗
銀と監督員と見習いと
8/24

第六話、あるいは二日の道も一歩目から。

 世界には魔族と呼ばれる人とは異なる存在たちがいる。魔族とは、人では無い人型の知的生命体すべてを指す言葉である。長い耳を持ち種族の全てが総じて美形だといわれている精霊の側面が強いエルフも、他者の血を吸って生きる吸血鬼も、他者の生命力をくすねながら夜に生きる夢魔も、二足歩行の獣へと己の姿を変質させる能力を持つ獣耳獣尻尾の獣人も、全てひっくるめて魔族と呼ばれているのだ。

 逆に言えば、それだけ多種多様な種族をひっくるめて魔族と…人では無い者と称しても問題がないほどに個体数には差があることになる。決して魔族が少ないと言うわけではなく、人が多すぎるだけなのだが。

 なお、人の姿をして居ない知的生命体についてはその性質を問わずに魔獣と呼ばれる。ユニコーンも、ペガサスも、フェニックスも魔獣と呼ばれるのである。そして、魔獣という括りの中でもドラゴン…竜種はまた別格に扱われることとなる。


 魔王という存在が噂され始めている昨今では魔族と人の対立の構図が描かれ始めてはいるものの、それはまだ魔と人の偉い人達の間だけの話であり民衆にまで影響は及んでいない。そのため魔族に対して明確に敵意を向けるのは、国として魔族を認めていなかったり宗教上の理由で魔族を敵視している者達位である。

 そもそも、全ての魔族が魔王を信奉しているとは限らない。時には人のために魔王と戦った魔族すらもいると考えれば魔族という括りだけで彼等を迫害することの愚かさも解ろうものである。それでも宗教や国の都合が優先されるのだけれど。


 さておき。魔王の存在について確信を抱き、その存在への対抗兵器(カウンターウェポン)である勇者を召喚したアルセウト王国ではあるが、国自体は魔族排除を掲げてはおらず魔族を敵視する宗教を国教としても居ないため魔族の存在自体に対しては寛容である。

 故に、この国の郵便ギルドに魔族が所属していることも珍しくは無い。先程上げたような魔族排除の国や宗教組織への配達に魔族の配達員を用いることはできないが、引き換えに人には出来ない場所への配達を容易にこなしてのける彼等は優秀な配達員としても知られているのである。


* * *


「というのが魔族についての概要になります」


 巨漢の説明にふむふむと頷く少年を眺めて、監督員は呆れたような吐息を零す。一応巨漢からは世間知らずな配達員だという説明は受けてはいたのだが、世間知らずにしても程があるというものだ。

 魔族についてなどは物心ついた時に教えられる事であるはずなのだ、本来であれば。

 それを知らぬと少年が言うので説明をすることになったのである。尤も、そんな説明が必要になった理由は監督員の先程の無形化が原因ではあるのだが…そこは気にしないこととする。

 いや、寧ろそのお陰で早々に魔族を知らぬことが解り説明が行えたのだから寧ろ感謝されるべきことだとしておく。監督員は勝手にそう決めることにした。


「それで、この方は魔族の中で…」

「夢魔、の方ですか?」

「……!?」


 しかし、呆れた調子は少年がぴたりと監督員の種族を言い当てたことによって終わることとなる。説明された内容はあくまでも魔族全体についてであり、その中に夢魔についても存在はしたが監督員をそうだと断定するに足る情報は無かったはずなのだ。見れば、巨漢の方も驚いた表情をしている。

 呼吸を一つ、それだけで己の驚愕を打ち払った監督員は軽く足を組みその上に両の手をおいて少年に向き直った。一筋縄ではいかない、その予感を感じ取ったが為であり。


「どうしてそう思ったのかな?」

「だったら面白そうかなぁ、と思いまして」


 見事に肩をすかされたのであった。

 少年の隣では、巨漢が天井を仰いでいる。恐らく彼もやられた、と思っていることだろうと監督員は判断し、溜息をこぼした。

 この少年の言動を監督するのか。正直言って嫌過ぎる。いっそ断ろうか。そういう思考がどうしても湧き上がってくるのをこらえる気にならず、また、なれず、さてどうやって断ろうかと考え始める。


「……何が面白いのでしょうか?」

「形を自在に変えれるとするならば、その目的を達するに最も有効では無いですか?」


 巨漢に応える少年の言葉で、思考が一瞬で切り落とされた。


「それは、つまり」

「はい。失礼に当るかもしれませんが、夢魔とはそういう種族だと認識させていただきました。その上で先程の無形化から今の姿への変質は生存の上、生命力を得る上でより有利になるよう進化したと思えますので」

「……なるほど。けれど残念ながら、夢魔とは言え誰も彼もが無形であるわけではないんだ。寧ろ、そうであれば夢魔は魔獣として扱われているだろうさ」

「……人型が取れるならば魔族になると思ったのですが、基本形態で判別を行っていたのですか」


 監督員と巨漢は同時に認識を改めた。否、巨漢の方は解っていた筈の事を思い出した、というべきだろうか。

 この少年は決して愚かではない。寧ろ頭の回転は早いほうに分類されるだろう。ちゃんと空気が読めているのかどうか怪しいような言葉がよく飛び出してはいるが、理由を聞けばなるほど、と納得ができるものがある。いや、出会い頭のあれは流石に本気で断ろうかと思ったのだが今はおいておくとしよう。


「でしたら、無形状態は一形態…いぇ、まだ子供ということでしょうか?」

「……どうしてそう思うのかな。今度はちゃんと理由から先に教えてもらいたいんだけれど」

「成長してから無形となるのであれば、先程仰ったように魔獣として扱われると思いましたから。ならば、成長すれば人型で固定されると考えるべきかなと。まぁ、つまりはそうだと面白いかな、と思ったわけなんですけれど」


 監督員が零した吐息は、先程の溜息とは意味が大きく異なっている。最後に余計な言葉が付け足されたものの、少年のその判断は誤って居ない。寧ろ正しい判断と褒めるべきだ。

 なるほど、これならば知人の巨漢が面白い人物と評したことも理解できる。余りの無知と恍けた一言に色々と疑いそうになってしまったが、確かにこの少年は面白い人物であると監督員も理解した。

 だからこそ、監督員は問うてみることとする。それは初めから決めていた問い掛けであり、この解答次第ではいかに面白い人物であろうと、そしていかに巨漢が頼み込もうと応えるつもりは無い問い掛けを。監督員にとって全てを判断する理由に足る問い掛けを。


「君の予想通りだよ。確かに僕は夢魔の一族で、夢魔は幼い頃は形を持たない。成人すれば…というより、形を持つことで成人したとみなされる、というのが正しいんだけれどね」

「年齢は関係が無いんですね。精神的成長が外面に影響を及ぼす種族ということでしょうか」

「……知識は無いのに知恵はあるんだね、君は。まぁいい、それで、僕らが形を持つ条件だけれど、誰かを強く想う事が条件になる。誰かを強く想う事で、その人物と逆の性を持つ人の形を得るんだ」

「……なんて言いますか、まるで御伽噺ですね」


 監督員の説明に巨漢は口を挟まず、そして少年は聞かされたことになんとまぁ、とでも言うように軽く目を開いて吐息を零した。監督員自身も少年の言うとおりだと思うのでその感想については特に反応を示さない。

 問題は此処からだ。本当に問いたいのは、その人物を見定める要素として必要とするのは、この後のことなのだ。


「まぁ、夢魔というのはそういう種族だからね。なんとも便利な話だろう、そう思わないかい?」

「……」


 おどけた様に肩を竦める監督員へと向けられた少年の瞳は、先程までの解りやすい少年のそれでは無く何処となく読めない、静かな眼差し。問いかけに応えない少年にはて、と首をかしげる巨漢を視界に収めながら監督員は微かな寒気を感じていた。

 殺気があるわけではない。怒気があるわけではない。けれど何かを確かめるようなその視線が暫し監督員を射抜いて、そして。


「残酷すぎて御伽噺にしか出来ないと思いますよ。いえ、それが救いであると言う説も否定はしませんが、俺はそう思います」

「……、……」


 少年の解答に監督員は軽く息を詰まらせる。まるで御伽噺みたい、というので終れば監督員は笑って流しただろう。素敵な話、といわれることも予想のうちだった。事実、この話を聞いたものの大半はそう答える。

 よく解りません、と言う答であれば断るつもりだった。そんな想像して意見を言うことすらできない人物を監督するなど、この監督員には拷問に等しいほどにつまらないことだから。


 けれど。

 自分の想いと同じ答えを返してくることは、想像の範囲外……否。そんな都合のいい妄想と斬り捨てた行動をするとは期待していなかった。


「それが、君の意見なのかな?」

「はい、俺の自分で思った意見です。魔法使いじゃあるまいし、自分以外の意見をなぞることなんて出来ませんから」


 眼を丸くして立ち上がろうとする巨漢へ掌をむけて制しながら、よく言う、と監督員は笑った。確かに少年は魔法使いなどでは無いだろう、そういう存在であれば監督員にも解るし、巨漢だってあらかじめ伝えてくるはずだ。

 けれど、いちいちそれをこの場で口にする意味などあるのだろうか?本来であれば無い。そう、そんな意見を持っている人物がこの場にほかにいるという予測が出来なければ、口にする必要などないのだ。


「……話に聞いた以上に面白い人物だね、君は」

「ぇ、俺これでも面白味の無い人間を自認してるんですが」

「行き成り受付前で両膝と手を突き出す人間が言ったところで説得力は無いですね」

「何でそれ知ってんですかっ!?」


 思いっきり驚いている様子に呆れた目をむける巨漢は「目立ってましたから」の一言で少年を撃沈させた。うなだれるその姿を見て監督員はくすくすと笑う。本当に面白い。

 意識をしているのかしていないのか解らないが、その思考能力は見るべきものがある。おどけた様な言動に騙されてしまいそうになるが、というより思い切り騙されていたと認めざるを得ないのだが、その裏に持っているものはそう易いものでは無いだろう。


「……貴方のお願いを聞かせて貰うよ。彼の監督員の役は僕が引き受けよう」

「あぁ……有難うございます。正直、下手な監督員をつけても制御できないと思いましたので」

「待ってください、一体俺は貴方の中でどういう評価になっているんですか」

「初対面に行き成りひどいことを言う子だね」

「とりあえず初っ端にダウトといわれたことは忘れてはいませんが」

「ちょっくら過去の俺と人生相談してきます」


 巨漢にだけ問うた筈なのに監督員と巨漢の両方に言葉を帰され、しゅたと片手を上げた少年は本当に部屋から出て行こうと腰を上げて歩みだす。

 誰も止めず見送ろうとしていたので扉に手をかけたところで止まり、振り返った。ニコニコ笑顔の監督員と、どうするんだろうと言う目で自分を見てくる巨漢が目に入る。そして此処から出て行ったとして、少年に行く先があるわけではない。

 まぁ、つまり。


「人生相談はいいのかい?」

「正直すんませんっしたぁっ!」


 土下座するくらいしか彼に道は残されていなかったのである。


* * *


 かくして監督員も決まった以上、少年からすればこの町にとどまり続ける理由は無い。いや、お金があるのならとどまって色々と見て回るという選択肢も魅力的であり、ぜひとも選んでみたいところだったことだろう。だが、お金がないのであればそんなことも出来ず、なれば早々に仕事をこなすしかないわけで。


「という訳で、早速御仕事に向ってみようと思うわけですよ」

「まぁ、そう聞かされていたから僕も旅にでる準備はすでに出来ているんだけどね」


 郵便ギルド前で二人を見送る巨漢に手をふってから告げた少年に、監督員は一つ頷きながら応じる。さて、と言葉に間をおいて。


「君は、荷物は?」

「文無しに旅にでる為の備えなんて着ている服くらいのものです」


 少年は門と広場を繋ぐ大通りを歩きながら胸を張った。何とはなしに周囲にある露天を眺めつつ成程と監督員は頷き、少し考える表情をした後で……溜息を一つ、零した。


「まぁ、骨は拾ってあげるから」

「あれ俺死ぬ前提!?いやだって、監督員さんが助けてくれるとは思っちゃいませんが普通に隣町に行くのに命の危機になるようなことがあるってんですか!?」

「いや、普通無いけどね」


 監督員の即答にそっかー、やっぱりかー、とイイ笑顔をする少年。同じイイ笑顔を少年に返しながら、監督員が告げる。


「普通ならね」

「人生万が一に遭遇することの方がレアいんですよ?基本的に」

「君に基本的なんて言葉が通用するようには思えないんだ、僕は」

「なんか本当に俺の評価ってどうなってんですか!?」


 グダグダと話しながら、何でもないことのように二人同時に腕輪を嵌めた腕を持ち上げる。門の前に建っていた衛兵がその腕輪を確認し、何かしら水晶のようなものを腕輪に当てて色を確認してから二人をそのまま通した。


「身分確認ですかね」

「そんな感じのものだね。さて、それじゃ隣街までは歩いて二日の距離だ。ゆっくり向うとしようか」


 街から踏み出す一歩は、二人共に物凄く軽いものだった。

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