第四話、あるいは永いギルドはまからん
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読んで下さる皆様に満足していただけるよう、
肩の力を抜いて続けて行く所存です。
ギルド、それは同業組合を指す言葉である。同業者達が、個人や単一組織では防止し辛い業務上の不利益を防止し、協力して利益を得るために組む。
ギルドに所属するかどうかは各個人や各店の自由意志に任せられているとされてはいるが、実際はギルドに入らねば他の同業者の大半を敵に回すこととなる。そうなるとどうなるか?一人や単一店で頑張ることで得られる利益を不利益が上回り、仕事なんてやっていけなくなるのだ。
つまり、ギルドに入らねばその商売は出来ないと言っても過言ではない。ギルドを敵に回してやっていける信頼と資金、それに後ろ盾があって初めてギルドに参加しないという選択が取れるのである。
さて。同業者組合という意味を持つこのギルドだが、その名のとおりに商人ギルドや職人ギルドなどがあり、一言でギルドといったところで本来ならばどのギルドを指すのかなどわかりはしないものの筈なのだ。けれど、男性は少年に「ギルド」とだけ告げ、男性から話を聞いていた少年はそれだけで男性がどのギルドを示しているのかを理解した。
それはつまり、ギルドというもの自体は複数あるが、この大陸において人がただ単に「ギルド」とだけ称する組織は一つしかないということ。
その組織の名前は、郵便ギルドという。
* * *
「「「いらっしゃいませー」」」
町の広場に面した入り口を持つギルドの数は多く、最も大きなものは商人ギルドであり、小さいものはマイナーな職人ギルドであると言われている。そんな中で大きな翼を持った飛竜が手紙をくわえているという恐ろしいのか愛らしいのか判断つけかねるモノをモチーフにした吊り看板を下げている少年が目的地としたギルドは大きくもなく、小さくもなく、中堅どころという程度の認識を受けるものであった。
だが、一歩踏み入れた瞬間にかけられた声やほんの一瞬集まり直ぐに散らされていった視線等といったものが其処で働く職員の技術を示していた。
恐らく優秀な教育を受けてきているのだろうと誰しもに思わせる機敏さと愛嬌を職員全て兼ね備え、さらに街中用に軽くではあるが武装している者たちも揃っている。相当なものである。
そんな空気に気おされたかのように……実際は何処の窓口に行けばいいのか解らず、窓口の上に書かれている文字も読めずでまごついていただけなのだが……足を止めた少年に、近くにいた女性職員が声を掛けた。
「郵便依頼でしょうか?その他の依頼でしょうか?」
「ぁ、えぇと。嫁を一人ください」
「一昨日きやがってください」
にっこにこの笑顔で言われた言葉に思わずその場で膝と手をついて、見事な敗者のポーズを取る少年だったが、踏めばいいのか無視するべきかを迷う女性職員が決断し、行動に移そうと足を持ち上げるより早く立ちなおって立ち上がりなおす。
「とりあえず、はいってすぐの場所だと邪魔になりますので」
「行き成り入り口で膝をつかれたのはお客様だったと記憶しておりますが。えぇ、仰ることに誤りはありませんけれど」
溜息をつく職員に愛想笑など浮かべつつ、邪魔にならない位置までずれてからさて、と少年は考える。何しろ自分はお客様である。様がつく立場なのである。だというのにこの扱いはどういうことなのだろうと思い、口を開いて、閉じた。
それを言うことに意味などないし、これから直ぐお客様ではなくなるのだから余計なことは言わないに限る。
「えぇと、ギルドで働きたいんですけれど」
「あぁ……今は職員の募集は行っておらず、配達員のみとなりますが宜しいでしょうか?」
「えぇ、元々配達員でお願いするつもりでしたので」
「そうですか、命知らずなんですね。それでは、此方の窓口へどうぞ」
笑顔で毒を吐く職員に先程感じた優秀な教育とはこういうものだっただろうか、と半ば以上真剣に思考を回す少年は職員の案内に素直に応じて席に着く。文字は相変わらず読めない。
「それでは、先ず郵便ギルドについての説明は必要でしょうか?」
「大丈夫だと思いますけど、一応お願います」
「承知しました。長くなりますが此処で宜しいですか?」
「じゃぁ、お持ち帰りで」
別に職員が気に入ったとか、年上好みというわけでもない少年だが口がすべるということは往々にしてあるのである。そもそもお持ち帰りといっても今し方拾ってくれた男性の家を出てきたばかりの少年に持ち帰る場所などあるはずもない。
そんな事情を知っているわけでもない職員は笑顔をいっそう輝くものへと変え、
「わかりました、では担当員を御呼びしてまいりますので少々お待ち下さい」
告げて座ったばかりの職員はまた立って奥へと歩いていく。残された少年が周りをみると、なんとも言いがたい視線が四方八方から向けられていた。注目自体は建物に入った瞬間からされていたことに気付いていたが、その視線の温度がどんどんと下がっていっている気がするのはきっと少年の気のせいではない。特に、武装した人たちからの視線の温度が酷い。かなり酷い。
思いっきり滑ってしまったことを自覚し再び少年が敗者のポーズを取るより早く、その担当者はやってきた。
「どうも、ギルド説明の担当者です」
「ダウト!」
身長2mはあろうかという、素手でヒグマでもくびり殺せそうな巨漢を前に少年は全力で叫んだ。叫ぶしかなかったのだ。
* * *
郵便ギルドが単に「ギルド」と呼ばれるようになったのには一応理由が存在する。
本来であればその名のとおりに只郵便物を届けて回るのがギルドの役割であり、それ以上ではなくそれ以下でもないはずだった。だが、その郵便物の届け先が同じ街中であればいいが他所の町、遠いと他の国となると話が変ってくる。
戦争が終結して数十年、治安は回復してきて入るもののやはり街の外の道では野盗や山賊と出くわすことがあり、そういった存在でなくても人を喰う肉食獣や魔物達と危険は掃いて捨てたらそれだけで山一つこさえられそうな程にある。
また、郵便物が手紙ばかりであればいいが、価値がある何かを送り届けてくれとなると野盗でなくとも欲深く、人の不幸を見て笑うような連中に襲われかねない。
そういった事情から、郵便ギルドの配達員は武装することが基本となっている。この大陸において、郵便物の配達は決して楽なことではない。命を賭けて行われることの一つであるのだ。
そうして武装するようになった配達員だが、そのうちの一人がとある村に郵便物を届けた際、偶然その村へと襲い掛かって来た魔物を撃退する、と言う事件が起きた。
本人からすれば折角届けたものを傷付けられたりなどしたくはなかったし、何より村が一つ消えれば自分達の仕事が一つ消えるのだ。冗談ではすまないことなので必死であり、当然の事をしただけという認識だったという。
だがその行動は村人達の目には英雄的行為に見え、喜んで誰にでも話すものだから瞬く間に噂が周囲に広がってしまい、自衛の為の武器をもった郵便ギルドの配達員に新たな仕事が追加されるまでに大した時間はかからなかった。
即ち、場合によっては各村等を守る兵力となり、また場合によっては村を脅かす存在を撃退、もしくは撃破すること。
こうなってしまえば跡は芋蔓式と言うべきか、あるいはとある依頼者に「何処かから何かを取って持ってくるのも一つの郵便だろ!?」と詰め寄られ、断りきれなかった職員が居た所為と言うべきか。
郵便ギルドの配達員は、気が付けば便利屋として様々な仕事をこなすように……わかりやすく言ってしまえば、「冒険者」とでも呼ぶべき仕事をこなすようになっていったのである。
こうして、郵便配達という本分を忘れない程度にではあるが郵便配達などという次元ではない仕事をこなすようになった彼らの所属するギルドだが、その弊害としてギルドの名前が人によって様々に呼ばれるようになったのである。
郵便ギルドが正しいのだが、冒険者ギルドや何でも屋ギルド、果ては傭兵ギルドとまで呼ばれてギルドの長たちは困り果てたという。
何度も相談し、喧々諤々の言い争いを繰り返し、そうして最後にはとある人物が言い放った、
「もう呼び名は『ギルド』だけにしたほうがよくない?」
と言う言葉に従うこととなって郵便ギルドは単に「ギルド」とだけ呼ばれるようになったのである。
* * *
「以上が当郵便ギルドの基礎知識となります。宜しいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
お持ち帰りなんぞといってしまった為に巨漢と連れ立ってギルドを一旦出てきた少年は、広場の奥にある図書館のような建物で申請書を記入しながら頷く。
本が大量に存在し、それを読むための場所があるこの空間は図書館と言うべき環境ではあるのだが、ここには図書館たるゆえんといえるシステム……書物の貸し出しシステムが存在しない。此処にある書物は、全てこの建物内で読んで返す事が規定されている。
本を持っては外に出れないように仕組まれていて、無理にでも出ようとした場合は衛兵や警邏兵がすっ飛んでくる、と巨漢が説明していた。
貸し出しを行わない為か、建物内で本を読む限りにおいては無料であるのが今は一文無しといえる少年にはありがたい限りである。もっとも、中に入ることが出来たのは連れの巨漢が郵便ギルド職員の証を提示したからであり、この建物の職員からの扱いで言えば少年の方こそがおまけであったのだが。
「それで、申請書のほうは……」
「完了しました、確認をお願いします」
項目を全て一度巨漢に説明してもらい、さらに巨漢にいちいち文字を聞いて書き上げた申請書を巨漢に差し出す。
この巨漢、外見の厳つさの割りに物腰丁寧で面倒見がいいのだ。田舎から出てきた所為で文字が書けないのだが、この機会に覚えたいなどという少年の身勝手なお願いに頷いてしまう程度には人も良い。女性職員ではなく、この巨漢から説明を受けることが出来てよかったと少年はこっそり胸を撫で下ろす。ダウト、と叫んだ事はとうの昔に記憶から削除されていた。
「……はい、問題はありません。それでは申請書は受理しますので、コレをどうぞ」
巨漢が似合わぬ繊細な動作で己が持つ服のポケットから取り出したのは、先程郵便ギルドの前でみたあの飛竜のモチーフが刻み込まれた腕輪。巨漢がこの建物に入る時に示した郵便ギルド職員の証と同じものであるが、色が異なっていた。巨漢のそれは青く、差し出されたそれは翡翠の色をしている。
「えぇと……もう貰っちゃって良いんですか?」
「はい、構いません。只、コレを身につけた瞬間から先程説明したとおりの配達員が得られる特権すべてを受けられますが、同時に配達員に課せられるあらゆる制約と義務が発生すると御思いください」
巨漢の言葉に、ふむ、と少年が頷く。
特権とは、その腕輪を持つ者は郵便ギルドが持つ信用と同じ信用を得られるということであり、配達員であるが故に全ての街、村、国へ入る権利を得られるということ。…とは言っても戦時中の敵国から来た場合などは拒絶する権利を国は有しているそうだが、此処数十年と平和なこの大陸においてその権利を行使された頃は無いという。
制約とは、その腕輪を持つ者は須らく人の為、国の為たれということ。配達員は各国各地を自由に移動できる代わりに村人や国の役人のお願いは断ってはならない、とされている。無論例外はある。何処そこの誰かを殺せとか政争の道具に使われるとかは配達員どころかギルドとしても御免だし、幾ら武装し戦闘力を有しているとは言え傭兵では無い彼等を戦争に使われるのは困る。断ってはならないとされているが、出来る限り断るな、やれる範囲のことならやれ、程度の制約となってしまうのは仕方がない事。
義務とは、その腕輪を持つ者は最低でも月に一度、異なる街への配達依頼を受けるというもの。配達員は、配達を…町や国を超えた配達をするからこその配達員である。配達をしないのであれば配達員である必要などなく、必要のないものを抱えていられるほどギルドは甘いところではないと言う、それだけのこと。ひっくり返せば月に一度は街の外に出る依頼を受けておくと何処かの街に永住しても構わない、となるのだが。
「……」
暫しの間腕輪とにらめっこをしていた少年だが、意を決したようにその腕輪を己の左腕に嵌めた。一部始終を見届けた巨漢は何処か嬉しそうに少年に笑いかける。
解ってる、等と軽く言って腕輪を身につけたのではなく、はしゃいだ調子で腕輪をつけたのでもなく、静かに、厳かに、その重さを確認するように腕輪を見つめてから嵌めた少年の行動は、巨漢からすれば己の役割を、渡された権利と課せられた制約と義務の重さを真摯に受け止めたように見て取れたのだ。
少年がこの腕輪ダセぇなぁ、出来ればつけたくないなぁ、何て考えたかもしれないとは露程も思わないあたり、やはりこの巨漢は無駄すぎるほど無駄にいい人なのだろう。
その巨漢は、歓迎するように両手を広げて少年に告げた。
「ようこそ、郵便ギルド『カントヴェセル』へ。我々は新たな仲間を歓迎し、その旅立ちを祝福しましょう」
……世界をうろつく少年の冒険準備は、こうして巨漢の言葉で終わりを告げることとなった。
少年が敗者のポーズを取った判断はきっと、誰もが認める正しいものだっただろう。