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異世界漫遊記  作者: 天瀬亮斗
銀と監督員と見習いと
21/24

エピローグ、あるいは語り事、謀り事

 歩み去っていく少年の背を見送った巨漢は吐息を一つ零し、本来のその席の持ち主である受付嬢に声をかけて奥へと歩んでいく。その先は応接室、少年と監督員の面通しを行った場所である。

 扉を押し開けば、其処には悠然と椅子に座る監督員がいた。巨漢を見上げ、人の悪い笑みを浮かべる。


「どうやら彼は素直に戻ったようだね」

「えぇ。貴方が既に帰った、と言う言葉にも納得していかれたようですよ」

「どうだか。彼の考えは全く読めなかったからね、僕にも」


 おどけたように肩を竦める監督員に、巨漢は意外そうな顔をする。目の前の存在は夢魔であり、夢魔とは相手の欲望を察知し提供することで代償を得る種族でもある。種として気が利き、相手が何を望み何を考えているかを察知する事に長けているのだ。

 そして幼生体とはいえ、その中でもこの監督員は読み取る事に適性をもっている。監督員が望むなら、並大抵の傭兵や配達員なら骨抜きにしてしまえるだろうことは想像に難くない。

 だが。


「……貴方で読めない、などと。それは本当に人間でしょうか?」

「人間であることは間違いない。けれど、彼はかなり特殊だと思う。表面的なモノは読み取れるけど、その奥底で何を考えているのかは解らなかったよ。一度彼の気配を感知し損ねたことすらあるくらいだ」


 朝起きれば彼が寝ていた、ルアルの村での一件を思い出しながら監督員が零す。巨漢はもはや驚く事もなく、只吐息を零すのみだった。


「……それでもう一度お伺いしたいのですが。彼が魔獣や野盗の存在に感づいていた、と言うのは本当の話ですか?」

「間違いないよ。前者は微生物が云々とか、後者は山猫とか称していたけれど。初めの配達で道を外れたのは街道を見通すようにじっと遠くを見た後だし、戻りの際に回り道を決めた時も風もないのに葉が揺れてからだからね」

「見張りの移動を察知した、と言う事でしょうか。しかし、森の動物の可能性もあったのでは」

「もしかしたらで回り道を選択した、僕もそう思ったんだけれどね。警備隊を確認した彼はその時点で野盗だと断定していた。何か葉の音以外にも判断基準があったのかもしれない」


 考え込むような監督員の様子に巨漢は言葉を返せない。少年に何かを感じたというのは本当の事で、また少年の突飛に見せながらも冷静に判断が出来ている様子も気づいていたがそこまでとは思っていなかったのだ。


「彼の戦闘能力を知ることが出来なかったのが悔やまれますね。それだけの危機察知能力を備えた上で、十分戦闘が出来るならばとんでもない逸材を手に入れたことになります」

「できると思うよ。少なくとも僕じゃ敵わない」


 巨漢の言葉に監督員は諸手をあげた。は? と硬直する監督員に苦笑を見せる。


「気配を察知できなかった……彼はその気になれば気配を異常なレベルで消せるって事だよ。その状態で一突きされたらって考えるとね。まぁ、彼の性格を考えるとそのまま逃げるだろうけれど」

「……配達が天職な人ですね」


 誰にも察知されずに移動できる。それは何かを運ぶ上で有利すぎる特性である。彼自身が道に迷わない限りは彼が預かって届かないものは無いとなるだろう。そして、彼が道に迷うことを想定するのは難しいと、巨漢は監督員から既に聞いていた。

 彼の方向感覚はしっかりしている。森などの中に入ったとしても簡単には迷わないだろう、と。


「本当に逸材ですね。どうして今まで現れなかったんでしょうか」

「異世界から召喚されたからじゃないかい?」


 さらりと監督員が告げた言葉に、巨漢は呆然とした。


「時々妙にカタコトになるからおかしいと思ってね、ちょっと口の動きを意識してみたら。口の動きと耳に聞こえる言葉が全く別物だったよ、流暢にしゃべっているときは」

「……あぁ、召喚の付加効果の翻訳、ですか。いや、しかし翻訳魔法で、と言う可能性も……」

「魔法を常時維持することの困難さは君も知っているだろう? そして彼はマジックアイテムなんて持っていない」

「召喚による付加、と見るのが妥当と言う事ですか」


 成程、と巨漢が頷く。理路整然と理由を並べられているのに、それに対し感情や思い込みで否定の言葉を並べるほど巨漢は愚かではなかった。


「……だと、するなら。彼が召喚された勇者……と、いう事でしょうか。今回は王城からの発表はありませんでしたが……」

「……そこなんだけど。勇者は溢れんほどの魔力を持っている、っていう話だよね?」

「えぇ、歴代勇者は皆恐ろしいまでの魔力を保有している、となっておりますね」

「彼、魔力ないんだよ」


 は? とまた硬直する巨漢。だが今回はすぐに気を取り直し、腕輪に触れて登録されている少年の情報を引き出し表示させて確認する。確かに少年の魔力は無いとなっていた。


「……えぇと、異世界召喚された勇者じゃない人物、と言う事ですか?」

「そうなるんだよね、情報を纏めると。自分でも訳がわからない、とは思うんだけれど」

「勇者召喚に挑戦して失敗した魔導士でも居るんでしょうか、この辺に」

「魔獣召喚した召喚士が実は先んじて勇者を召喚していたとか?」


 二人で言いあった後、顔を見合わせてしばし考える。


「無いですね」

「無いね」


 そして二人とも同じ結論に至り、頷き合った。勇者召喚はアルセウト王国王家に伝わる秘儀であり、その方法は秘匿されている。そこらの魔導士や召喚士にできるものではない、と言うのは図書館に行けばすぐに手に入る情報である。


「……結局、彼は何者なんでしょうか」

「僕が知りたいくらいだよ。ただそうだね、少なくとも悪人の類や、血を見たがる戦闘狂でないのは確かだよ」

「それだけ解れば配達員としては十分なんですけどね」


 溜息を吐く巨漢に笑いながら、しかし、と監督員は考える。片言であったはずのこちらの言葉は別れるころには大分違和感なく話せるようになっていた。今後も彼はそうして言葉の習熟を深めていくことだろう。こちらの言葉で流暢に話せるようになってしまったなら、彼が異世界の存在であると気づく事はとても困難となる。

 彼が持つ能力は配達員としては間違いなく優秀で、その人格にも問題はない。だが、そうだとしても……彼の能力は異質過ぎる。其処まで思考して溜息を吐く。

 異質というのは理解できないものだ。それは自分たちとは異なるものであり、異なるがゆえに自分たちが及ぶ範囲の思考や理解で追いつけるものではない。


「……まぁ、心配しなくても大丈夫。彼は問題なく仕事をこなすよ、ギルド長」

「貴方がそう仰るなら安心ですね」


 頷く巨漢の腕には赤の腕輪。外された青の腕輪を管理用の箱に納めて、巨漢は笑った。


* * *


「無事配達員と言う職を手に入れたのかぁ。なんか破天荒なことした割には普通だなぁ」

「いや、道中見る限り普通って言って良いのかすごく迷うんだけど」


 少女の声。どちらも同じ声音であり独り言のようだが、発する位置が異なっているのでそれは二人による会話なのだろう。

 姿も見えぬ闇の中、ただ気配と声だけが響く。相方のツッコミに、最初に言葉を発した方がおかしそうに笑ったのだ。


「っていうか、折角配置されてた魔獣や野盗をスルーする普通? 異世界召喚されてすぐに初戦に巻き込まれ殺す覚悟を持つっていうのがお約束じゃないの?」

「召喚された位置や初回の立場から襲われている馬車が、なんてイベントが出来なかったのが痛そうね。あれなら強制的に戦闘に巻き込めるのに」


 心底からおかしげな声に、苦虫でも噛み潰したかのような声が重ねられた。その声は何処かの少年が戦闘行為を行わなかったことに不満そうと言うよりは、その能力の確認が出来なかったことが不安と言う想いを感じさせる。


「姉さんは硬いなぁ。そんな気にしなくても大丈夫だって、多分」

「そうは言うけれど、まだ彼は祝福を受け取ってないの。召喚チートを身に宿してない状況なの。これがどれだけ危険なのかくらい、貴方だって解ってるでしょ?」

「召喚時にチートくっつければいいのに、それを止めるようにしたのは姉さんだったと思うんだけど」

「誓約もさせずに力を与える事の危険性はあなただって認めるところでしょうに。そんなの、裏切ってくださいっていうようなものじゃない」


 不安そうな声を楽観的に笑い飛ばす声。不安そうな声はそのままに力を無策に与える事の危険性を口にして、楽観的な声は一度黙り込んだ。しかし、動作の気配を感じる限り、おそらく肩を竦めているのだろう。


「姉さんは心配し過ぎ。それにほら、別に裏切られたってそれはそれでいい物語になることだってあるじゃない」

「それはそうだけれど」


 楽観的な声に言われた言葉を認めた後、零された吐息の音は溜息だろうか。


「だとしても、出来れば世界が傷つけられる光景は見たくはないわ、私は」

「私だってやだけどさ。っていうか、召喚チートで強制付与された時ってどうして急にあんなにでかい態度になったりするんだろうね」

「殺されないとわかっているからじゃないの? 後、相手より強いのなら大きな態度もとるものよ。殺されるかもしれないって恐怖の中でその態度をとれるのなら大したものだと思うけど」


 楽観的な声の疑問ともいえない疑問の言葉に静かに答える声。なるほどねー、なんて声が聞こえた後、しばらくの間何も見えぬ空間に無音が訪れた。


「……でもさ、今回は本当、どうなるか解らないね」

「えぇ。魔王も予定外、勇者も想定外。どちらも勝手に動いているこの状況、本当どうなるかが全く読めない」


 楽観的だったはずの声が沈むと、もう一つの声も静かなままに同意を示す。今度はどちらの声も強い不安の色を宿していた。


「私たちが制御できる範囲で終わってくれればいいんだけれど」

「終わらせないとダメ」


 希望的観測の言葉が、強い断定の声に遮られる。まるで何かにおびえるように、まるで何かを怖がるように、その言葉は不必要なまでに強かった。


「…そだね、終わらせないとね」


 言葉の強さ故にか、希望しか零さなかった声が少し力を取り戻す。何かにおびえるようでも、怖がるようでも。それでも前に進もうという意思を取り戻したのなら、それは確かな力となる。


「幸いなことに、これまでの行動を見ても人格的な問題は見当たらない。このまま放置しておいても行動には問題はないと思う」

「戦闘力が不明なままと言うのが最大の不安要素。魔王は愚か、其処に至るまでに倒れられてしまうと元も子もないもの」

「けれど、少なくとも弱いってことは無いと思う。弱いのならまず初めの時点で死んでいる筈」

「身体能力は決して低くはないというのは解ってる。けれどそれと戦闘技術は全くの別物、戦闘となったときに生き残ることが出来るかどうかが大事」

「ならば祝福を与える? 王城には寄り付かないだろう、どこで与えるというの?」

「どこかで偶然を装うのはどう?」

「無理。察知能力の高さは折り紙つき、逃げられて捕まえることが出来るとは思えない」


 言葉の濁流。同じ声が異なる場所から、思考を取りまとめるようにただ垂れ流される。しかし、その言葉の内容は収束することなく拡散し、霧散した。思考は纏まることは無く乱れ消えていく。


「……現状のままだと、祝福を与えるための道筋は完成しない」

「ならば、干渉を行うの?」

「駄目。ここまで予想外と想定外が積み重なる状況で干渉なんて行えない」

「幸運に期待する? 祝福を与える機会が訪れる幸運に」

「……今はそれしかない」


 導き出された結論に、同時に二つの溜息が漏れた。誰の幸運に期待するというのか。否、そもそも幸運に期待するなどなんと空しい言葉だろうか。

 そんなものを頼るのは追い詰められた者達だけであるという事を、声の主たちは良く解って居る。


「まったくもー。面白いのは良いけれどとんでもなく迷惑よね、今回は」

「あれだけ散々面白がっておきながら今更そんなことを言われて持っていう気にしかならないのだけれど、同意。心労が並じゃすまないわ」


 拗ねたような声に疲れたような声が答えた。先ほどの言葉を重ねた思考の結果の通り、現状では打てる手はなく事は手を離れて流れ行くがままの状態。先を読むことが出来なければ、それはとても心臓に悪いとしか言いようがない。


「……まぁ、でも、私思うんだ」

「何を?」

「解らないからこそ楽しいものかもしれない、って」


 また楽観的に戻った声に、もう一つの声は答えない。ただ、頷くかのような気配だけが見えない世界で微かに生じた。

見習い編終了。次回から新章突入。

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