第十八話、あるいは振出に至る
出た時と同じように門の前に立つ衛兵に向けて腕を掲げ、当てられた水晶の色を確認だけして二人を通した。少年たちを護衛するようについていた警備隊の面々は先ず敬礼を衛兵に行い、続いて二人へと敬礼してから、竜車を引き連れて別の道に入っていく。
「詰所とか警備隊の拠点に連行ですかね?」
「地下牢も拠点にあるからね、そうかもしれない」
「王城の牢じゃないんですか?」
「あの程度の罪人を城の牢に入れていたらすぐ溢れるよ。それに罪人になれば王城に入れるっていうのは、たとえ牢であったとしても警備的意味で良くないだろう」
肩を竦める監督員にそれもそうか、と頷く少年。と、そこでふと気になったように振り返る。
王都の門の前にはそれなりに行列ができており、積荷や証文のチェックなどが行われているようだ。出るときは流石の少年もあまり余裕がなかったのか気にすることもなかったが、いざ帰ってきて振り返ってみるとあの時もそんな光景はあった気がする。
見ていれば少年たちの後から入ってきた、配達員らしい腕輪を持つ男も列に並ぶことは無く衛兵に水晶を当てられるだけで素通り状態だ。警備隊が礼だけなのはありだとしても、少年たちは只の旅人に過ぎない筈なのだが。
「……これが神の恩恵って言う所ですかね?」
「ん? ……あぁ、門の通過か。そうだね、腕輪にほぼあらゆる情報が蓄積されるからこそ看破の水晶を当てられるだけで通れるんだ」
「だとしても、普通は列に並ぶ必要があると思うんですが」
「其処はギルドの力だね。昔は配達員もむこうに並ぶ必要があったし」
「それを分けたってのは、何かあったので?」
「今回のように期限がある配達物があったんだけど、他の人の調査が長引きすぎたせいで入口にまでついているのに間に合わなかった」
「ぁー……」
出入り口でのトラブルに巻き込まれて配達物が届きませんでした、じゃギルドが文句を言うのも仕方のない事だろう。とは言え、聞いた話だけで配達員は悪くないとは少年には思えない。
「でも、時間かかるのは解りきった事ですし。それを踏まえて早めに到着するべきじゃないんですか? お前が言うなって感じですけど」
「回り道選んだしね、君。その時の配達員は朝に門に到着して、中に入れたのは翌日夕方、門が閉まる直前だったらしいよ」
「何が起きたらそんな事になるんですか、それ」
「色々起きたんだよ」
監督員の返しに聞くなという裏の意味を読み取り、少年は片を竦めて了解を示してから周りをぐるりと見回してみた。
大通りは当然のように人通りが多く、そして大通りを通る人を狙っての露店の数もまた多い。とある露店からは肉を焼く香ばしい匂いが漂っており、別の露店では華やかな花がたくさん顔を出している。よく見てみれば露店はちゃんと店の入り口を塞いだりしないよう気を使って店を出しているようだ。
屋台のように材木を組み合わせて作られた土台の上に並べられた装飾品が日の光を反射し煌いて、大通りは実に賑やかに人々の目を楽しませていた。
「こー、出るときは金がなかったので目に入らないようにしてましたが。帰りは金があるせいか誘惑が……!」
「なら、寄り道するかい?」
「そして減点ですね、解ります」
「加点対象にはならないね」
結局、行きも帰りも少年は寄り道することが出来ないのであった。
* * *
「「「いらっしゃいませー」」」
「いらっしゃいました!」
「何をしたいんだ、君は」
ギルドに入った瞬間掛けられた迎えの言葉に胸を張る少年と、その少年に呆れた様子でツッコミを入れる監督員。ツッコミをスルーしながら少年はギルド内を見回し、整理番号用の水晶を見つけてそちらに歩いていく。
その途中でふと首を傾げた。
「そういえば、配達員は腕輪で順番管理してるわけですけど」
「うん、そうして管理してるけど?」
「郵便物の受付の方はその辺の管理どうなってるんでしょうか? 俺がここに来たときは、受付の人がわざわざ声をかけてくれましたが」
「手が空いている人がいる場合はそうやって声をかけてくれることもあるね。手が空いている人がいない場合はそこの椅子に、来た順番に座っていくことになる」
「椅子が満席だった場合は?」
「時間をつぶして来い、と言うことになるかな」
指差された先、少年が確認すればそこには長椅子が並んでいる。受付前のフロアはそれなりに広く、椅子の大きさから考えれば数十人は座って待つことが出来るだろうか。
監督員の最後の言葉に、適当ですねぇ、等と少年は零したもののそれも仕方がないか、と思っている。謎の高性能な腕輪は流石に一般市民に配るほどあるわけではないだろうし、紙で整理番号を配布しようにも豊富な材料と高度な製紙技術がなければ安いものではない。木片に書くのも資源の無駄遣いだ。
「でも、実際時間をつぶしに出ていく人はそう多くはないのでは?」
「まぁ、そうだね。大体椅子に座れないなら立って待っていることが多いかな。列整理する人員もいるし」
「大手の強みですね」
納得しつつも周りを見ると、現在はそこまで人もいないために列整理の案内役は出てきていない。案内役だけを仕事とするのではなく、人が少ない場合は奥で郵便物の整理などを担当しているのだろう。
成程なぁ、と思いつつ少年は水晶に腕輪をかざし。
腕輪が緩い点滅を始め。
顔を上げれば向こうで緩く点滅をする水晶と、その受付に座る見知った顔。
「ってわけで俺、帰ります」
「帰る場所がどこにあるのかを教えてくれないか。 ほら、行くよ」
「どうして、どうしてここまで戻ってきてこんな目に合うんでしょうか……」
反転したところで監督員に後ろ襟をひっつかまれ、ずるずる引きずられていく少年。うなー、と細めた目から目の幅の涙を流すかのような光景を周囲に幻視されながら向かった先。
受付に巨漢がいた。
「なんでこんな目に合ってるんでしょうか、俺」
「……むしろどうして彼がこんなに落ち込んでおられるのかが私には謎なんですが」
「気にしないで良いと思うよ、いつもの事だし」
「いつもの事ですか」
「そう、いつもの事」
受付の正面席に座り机に突っ伏す少年に不思議そうな巨漢だったが、監督員の言葉にふむ、と頷き一つ。
「では郵便物をお出し願えますか?」
「うわぁい本当にスルーしたよこの人。えぇと、これだけになります」
「お預かりします。腕輪を出してもらえますか?」
巨漢の言葉に運んできた郵便物を鞄から出して差し出し、腕輪を接触しやすいように向ける。巨漢は己の青の腕輪と少年の翠の腕輪を接触させ、枚数と宛先の確認をして、驚いたように目を見張った。
「……日数指定のある郵便を受けておられたのですね」
「まぁ、これも試験の一種かなぁ、と思いまして」
「余剰日数は無し、ですか。期間は急だったんですか?」
「いいや、普通なら一日余ったよ。けれど選択は間違えてないと思っている。野党の話はこっちにも届いているだろう?」
巨漢からの確認に、監督員は肩を竦めて答える。成程、と巨漢は頷いて少しばかり考える表情を浮かべた。顔こそそんな感じだが、手は郵便物をまとめて忙しなく動いていたりする。
「申し訳ありませんが、此処で少々お待ち願ってもよろしいでしょうか? 貴方は少し奥へ」
「あぁ、了解した。それじゃ君はここで待っていると言い、そう長くはかからないと思うから」
「はい、お待ちしております。それでは行ってらっしゃいませ」
奥へと監督員をいざなう巨漢に、監督員は頷き一つ。そんな二人に笑顔を向けて片手を振り、少年は暫しその席に座ったままに待機を始めた。
ある程度の装備を整えたとは言え、それでもまだ明確に見て武器と解るものを装備している配達員と比べればどこか頼りなく見えてしまう。けれど三度の配達を行った結果はこの場に臆せぬ態度として郵便ギルドの中に溶け込むようにして存在した。
初めてここに座って受付嬢の戻りを待っていた時のような視線は感じない。全くという訳ではない。見習いが取れるかどうかの通達待ちと言う少年を値踏みするような視線はやはり存在する。存在はするのだが、初めての時と比較すればそれはとても少ないと言える程度になっていた。
それよりも多いのは、今から新しい領域に踏み出そうとする後輩を応援するような視線。そっと背に手を添えて、押し出してくれるような、そんな温かい思い。
自然と口元に穏やかな微笑が刻まれていたことに、少年自身が気づくことは無かった。
* * *
そのまま待機すること暫し、ようやく戻ってきた巨漢の姿を認めて、少年は不思議そうに首を傾げる。
「お待たせしました。……どうかされましたか?」
「あぁ、いえ。監督員さんはどうされたのかな、と」
「あの方なら、今日は疲れた、と帰られましたが」
「うわぁい挨拶なしとかやっぱり自由な人ですね本当に」
少年の言葉に巨漢は苦笑を浮かべるしかなかった。だが、そんな自由な人でもないと少年の監督員は務まらないと思ったのだし、務まらなかっただろうとは監督員からも聞いたばかりであったりする。
「さて、あの方から聞いたこれまでの配達での行動や腕輪から読み取った情報を加味し、貴方をどうするかの結果が出ましたのでお伝えしに参りました」
「……はい」
「それで、結果ですが」
「…………」
「……減点がほぼ全く無かったことから不合格とするのが難しい、と言う結論に至りました」
「待ってくださいその言い方だとまるで不合格にしたかったみたいじゃないですか」
巨漢が無念そうに告げた言葉に少年は思わず突っ込みを入れていた。ふっ、と少年のツッコミに巨漢は笑みを浮かべ、首を横に振る。
「流石に冗談です。おめでとうございます、合格ですよ」
「んー。いろいろと型破りなことをやらかした自覚はあるんですけどね」
「えぇ、だからこそのあの方でしたから。型にはまった並の監督員では貴方の採点などできるとは思えませんでしたし」
「減点のオンパレードで0点を下回ったかもしれませんね」
「自覚があるなら自重願います」
「自嘲します」
はっ、と己をあざけった少年だったが巨漢は笑顔でスルーした。
「あぁ、ちなみにあの方は不合格にできなかったことを残念がってました」
「俺なんかやらかしましたかあの人に!?」
「いえ、あの方ですから」
「……あぁ、確かににあの人ですもんね」
なんだか妙なことで同意を得られ二人して深く頷いている光景を、手が空いたらしい隣の席の受付嬢が不審そうに眺めている。だが、二人はそれに気づかなかったことにした。
「それでは、腕輪の制限されていた機能を開放します。腕輪を出していただけますか?」
「はい、解りました」
少年が頷いて己の翠の腕輪を差し出し、巨漢は己の腕輪……では、なく。手に持った赤い腕輪を少年の腕輪に接触させた。
「……って、赤い腕輪って」
「えぇ、郵便ギルド上位位階の物が持つ腕輪です。確か道中にあの方から説明を受けておられますよね? 今回は制限解除の為に用いておりますが」
「あの人見たことないって……あぁ、あれは赤の腕輪で腕輪を強制的に外すのを、の話か」
「……あの方らしいですね」
独り言のような少年の言葉から驚いた事情を察したのだろう、巨漢は只苦笑を浮かべて心中お察しします、と付け足した。少年としては苦笑を浮かべるしかない。
「色々良くしてもらったので、恨み言が言えないのが一番辛い所ではありますが」
「その辺りの見分けが上手いからこその自由さですよ。さて、解除完了です。説明は必要ですか?」
「一応お願いします」
巨漢の問いかけに少年が頷く。ある程度は監督員から話を聞いてはいるもののそれは制限解除の説明を詳細に受けたわけではない。少年がまだ聞いていない機能などがある可能性はあるのだ。
そんな少年に一つ頷いて、巨漢は腕輪の機能の説明を始めた。先ずは、少年も監督員から教えられていた物品の収納能力。収納する者の大きさや重量に制限はないが、重量自体は体に掛かるという短所魔で少年が知っている通りだ。
続いて、腕輪に記録されているパーソナルデータ。身長や体重、名前などの情報と魔力の有無などを自分で確認することが出来るという。見習い時点で見ることが出来ても困らないんじゃないかと少年は思ったが、そもそも見習いに与えられる腕輪の機能は通行手形的能力だけだったことを思い出して流した。
最後には、通信能力。翠の腕輪を持つ者は、一番近くの郵便ギルドと連絡が取れるらしい。これにより配達中の不慮の事故や野盗や山賊、魔物の発生などをギルドに伝えることが出来るそうだ。
「通信機能は便利ですね」
「えぇ。とはいっても通じない場合もあるんですが。魔力の乱れによるものや未知のエネルギーの存在等、詳細は判明しておりません」
成程、と少年は頷いた。携帯電話の電波のようなものなのだろうと納得したようである。
「説明は以上となります。何か質問など御座いますか?」
「いえ。 ……えぇと、今日はこのまま帰ります。仕事は明日、また受けに来ますので」
「はい、承りました。 それでは――」
少年の言葉に頷き一つ。そして両手を広げて、巨漢は謳うように少年に告げる。
「これよりの貴方の旅路に多くの幸と出会いを。貴方が携える想いが世界の果てまで届くよう、銀の女神の祝福を」
「有難うございます。この手に担うことが出来るあらゆる想いが全ての人に届くよう、銀の女神へ誓約を」
巨漢の祝福の言葉。それに少年はさらりと応えを返し、鞄を背負いなおしてギルドの出口へ向かう。
下り始めた日はされどまだ強く地を照らし、少年が歩む先にあるのは賑やかな世界。
踏み出した脚は外に向けてまた一歩を刻んだ。
この後の閑話で見習い編終了となります。