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異世界漫遊記  作者: 天瀬亮斗
銀と監督員と見習いと
2/24

第一話、あるいは人も喚べば外れに当る

表現を一部修正しました。

「……お待ちしておりました、勇者様」


 ゆっくり目を開けようとした少年の耳に飛び込んできた第一声はそんなもの。彼の記憶にある目覚めとしては最悪の部類である。

 というか、どこの厨二病患者だというのか。今更勇者て、それなんて冗談?という話なのだ。これが勇者様でなくお兄様だったらまだ考えたかもしれない。そう、お兄様。いい響きである。お兄様。決して兄貴とか、馬鹿兄とか、愚兄などと言わずにお兄様。この言葉が持つ目上に対する敬意と、家族に対する親愛を思うと世界の兄の願望がここに詰まっていると言っていい。嫌味でお兄様?そんな可愛くない妹はお断りだ。


「勇者様?」


 際限なくずれていきそうになる少年の思考が、再びの呼びかけで帰ってくる。ようやく光に慣れた目を声のほうにむければ、そこに立つのは銀髪に蒼の瞳をもつ少年と同じ年頃の……おそらくハイティーンの少女。黒髪黒目、何処にでも在り、何処にでも居る様な少年とは異なりその姿は美しく、体つきもまた女性らしいもので普通であれば確実に目を奪われ、反応もできぬままに勇者として祭り上げられるところだろう。普通であれば。


「えぇと、間に合ってますんで」


 きょとんとした少女にしゅた、と片手をあげて少年ははっきりと告げた。何が間に合っているのか、何を間に合わせているのか、そんな説明はしないし、ない。とりあえず間に合っていると告げるのは日本人らしい角が立たないようにする為の拒絶の言葉だろう。だが、彼はそれだけの意味で間に合っている、と言う言葉を使ったわけではない。

 言葉通り、間に合っているのだ。厨二病などその年頃の人間であれば誰だって持っているものであり、もって居ないものの方が珍しいものである。間に合っている、そう言える程度には少年だって厨二病を発症しているのだ。むしろ既に高校生な年代にもなって収まって居ないのだから長いと言うべきだろう。そして彼の美意識的に勇者と言う立場は駄目だった。誰にも認められない孤独な存在の方が格好いいと思ってしまったのである。


「あの、勇者様?」

「いぇ、だから間に合ってますんで」


 きょとんとしたまま、何を言われているのか解らないという感じの少女に少年はもう一度、告げながら周りを見る。周囲には武装した者達や、魔法使いちっくなローブを纏った者達がいて、窓があって、扉がある。扉の左右には武装した男が立っている為にあそこを駆け抜けるのは大変だろうか。幸なことに、彼のいる位置から窓までは特に障害物もなく、安全っぽい様子だ。其処まで駆けて外に出ることだけを考えれば、たとえ魔法使い達が魔法を使ったところで間に合うだろう。

 もっとも、その魔法が思った瞬間に対象に着弾するとか言うチート臭いものでなければという制約は付くが、まぁ、其れは無いと彼は推定する。


「そんな訳ですんで、それじゃ」

「ぁ、勇者様!?」


 だから間に合ってるというとろーに。そんな少年の内心など少女は知らず駆け出した少年へと慌てたように手を差し伸べるが、間に合うはずもない。そんな二人を眺めていた者達も、正直、予想だにしていなかった状況に素早い反応が行えないようだ。少年が少女に対し襲い掛かる、と言う光景の可能性は考えていたが、少年が逃げるという可能性は思考の外だったのである。しかも窓から。そう、窓から。


「縁があったらまた会いまって、たけぇ!?」

「勇者様!? 危険です!!」


 此処、王城の塔の最上階付近なのになー、と今だ状況に思考が追いついていない武装した男……王城の衛兵の一人が考える。結構高い。かなり高い。飛び降りて石畳にぶつかれば間違いなく御臨終になるほどには高いのだ。そんな塔の窓枠に身軽に乗った少年は下を見て悲鳴じみた声を上げ、そして追いすがろうとした少女も慌てたような声を出して足を前に出す。


 ドレスの裾を踏んだ。躓いた。傾く身体を支える為に勢いよく手を前に出せば、其処には窓枠に乗っている少年が一人。

 外から内に顔を戻した少年の表情が驚きから何かに身構えるように変るのを見て、少女は突き出しかけていた手を慌てたように引き寄せる。傾いていく体を支えるのは足、大地を打ち抜くかのように強く踏み出しながら身を伸ばせば、少女を倒さんと引いていたドレスという布は音を立てて引き裂かれていく。そして少女はその身の自由を取り戻し。

 その身の勢いと、腰の捻転と、引き寄せた腕を打ち出す勢いをもって握り締めた拳を振り上げ、振りぬく。狙い目は、正面からの衝撃に耐えるべく身を竦ませた少年の、無防備な顎。とても綺麗に、かつ、とても優雅に繰り出された予想外のその一撃に応じる余裕など、少年にはなかった。


 ――蒼穹に高く、遠く、響き渡るかのような打撃音。

 ――蒼穹に高く、高く舞い上がる少年の姿。

 ボクサーもかくやというほどの見事なアッパーカットが少年の身を浮かせ、そして頭から落下していく光景が窓の枠の下へと消える。


 静寂が、世界を支配した。


 暫し少年の顎を打ち抜いた姿勢のままで固まっていた少女だがやがてその感触を確かめるようにゆっくりと腕を引き、拳を緩め、握りなおしてから開く。己の身の自由を得るためとは言え引き裂いてしまったドレスを哀しげに見下ろし、小さく吐息をこぼしてから振り返り、その場にいる皆へと笑顔を向けて。


「それじゃ、皆、召喚の儀式の準備を初めよ? 私はちょっと着替えてくるから。」

「いや、無かった事には成りませんからな!? 衛兵!? 何をしておる、今落ちた彼を探しに行かんか!?」


 ものの見事になかったことにしようとする少女へと、中年というべきか老人というべきか実に迷う男性が声を張り上げた後に周囲へと指示を出す。その言葉を聞いて凍り付いていた場が漸く動き出した。

 慌てて部屋を出て行く者、神に無事を祈る者、窓に近付くも下を見下ろす勇気を持てない者、逆に窓から故意に遠ざかる者、不思議な踊りを踊る者、儀式用具を懐に収める者、其れに気づいて張り倒す者、姫に求婚する者、その姫の右ストレートで床に沈む者、様々に場が動いていく。


「……困ったわね。魔王に勝てない可能性は考えはしたけれど、こんな幕引きは流石に予想外だったわ」

「予想されていては困ります。寧ろ殿下、初めからこれを狙っていたなどと仰られたら如何な私でも黙ってはいられませんぞ」

「あなたはいつも黙って居ないじゃない、大臣。それにしても本当、生きていてくれると良いのだけれど。召喚して即死亡だなんて、寝覚めが悪いし……」


 恐らく心の底から言っているのであろうその言葉を聞いて、その場に居た者達が心に思い浮かべた突っ込みは見事に一致していた。


 ――誰のせいだ、誰の。


「あふ、殿下、もっと踏んでぐはぁっ!?」


 一人を除いて。

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