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異世界漫遊記  作者: 天瀬亮斗
銀と監督員と見習いと
19/24

第十七話、あるいは回り道にも福はあるかも

 回り道二日目。与えられた期限付きの手紙の事を考えれば本日中に本来の道まで戻りたいところだと判断し少年はいつもよりも少しばかり足を動かす速度を速めており、監督員も同じ速度で浮遊する。


「そういえばそれ、種族特性で走るくらいじゃないと魔力を使わないって話でしたけど、体力とかはどうなんです?」

「ん? 魔法で運んでいたりするわけじゃなく普通に移動を行っているだけだから、体力自体は消費しているよ。長く移動し続ければ普通に疲れるし」

「魔力の必要もなく走る程度の速度なら出せるって話でしたけど…」

「速度を上げた分、体力の消耗速度は上がるさ。其処は他の種族と差は無いようになっているんだ」

「其処まで便利ってわけでもないんですね、浮遊。ちょっとした悪路でも普通に歩くのと変わらないっていうのは便利だと思いますが」

「便利過ぎると均衡が崩れてしまうからね」

「うちゅうの ほうそくが みだれる!」

「いきなりどうした」


 唐突な少年の言葉に監督員は突っ込みつつも特に驚いた様子もない。もはや少年が急に理解不能な言葉や行動をとるのは当たり前の事だと認めてしまっているようだ。

 おざなりなツッコミに少年は暫し何事か言いたげな顔をするものの、結局吐息一つで何かをいう事をあきらめた。そのままふと竜車向けの街道から外れた先、本来であれば今頃その中にいた筈の森の方へ眼を向ける。

 それなりに風がある本日は木々が揺れ、そこそこ大きな葉擦れの音で少年たちの耳を楽しませていた。


「どうかしたのかい?」

「……森が、騒がしい……これは何かあったのかもしれません」

「いや、ただの風だろう」

「風だなんて甘く見ていると、何時か足元を掬われるかもしれませんよ。世は理不尽なものだと言いますし」

「どんな理不尽が起きれば足元を掬われるというのか」

「森から突風が!」

「普通木にぶつかって風が緩やかになるものだと思うんだが」


 監督員の方が正論である。森を超えて吹く突風など普通は存在せず、存在すればその風は枝や木を巻き込んで飛ばしてくることだろう。


「意見が常識的過ぎて反論の余地もありません」

「むしろ常識的じゃなければ反論する気が合ったのか、君には。とんでもない振り方をしてきたのは君の方だったと思うんだが」

「振っておいてボケると突っ込むってお約束じゃないですか?」

「お約束だとは思うけどね、確かに」


 どちらかと言えば監督員が得意とするお約束である。

 歩く足を止めぬまま、今度は少年は自分たちが歩いてきた道を振り返る。強くはないものの街道に吹く風は少年の足跡を消し、其処にあるのは只の道でしかない。そのことを確認して少年は緩く苦笑を浮かべた。


「さてま、それじゃできるだけ今日休むまでに分岐点まではたどり着けるよう急ぎましょう」

「そうだね、それについては賛成だ」


 少年たちは速度を上げて歩んでいく。


* * *


 気づいたのは少年の方が先だった。じっと街道の先、から少しずれた方をうかがう少年の様子に監督員が不思議そうな目を向ける。その様子がいつものふざけより少しばかり真剣に見えて監督員は少しだけ声をかけるのをためらってから、けれど聞かねばわからないと判断した。


「何かあったのかい?」

「何かと言うか……。んー……」


 問われた少年は言葉を濁し、空を見上げた。そろそろ日は夕暮れに差し掛かっており、気の早いものたちならキャンプの準備を始めるころだろう。距離を稼ぎたい二人はまだ歩いているが、それでも日が完全に沈めばその場で足を止めざるを得ない。

 少年はまた少しばかりどこかを眺めてから、気を抜くように吐息を零した。


「ま、大丈夫でしょう。んじゃ行きましょう」

「何が大丈夫なのか、すごく気にかかるんだけれど。言う気はないのかな?」

「無いわけじゃないですよ。この先に何かいる気がして、実際どうかなぁって考えてみたんですけれど行ってみるのが一番かなぁ、って思いなおしただけです」

「成程。山猫でも降りてきたのかな?」

「山猫狩りに行った狩人だったりするかもしれません」


 少年が答えると、監督員は成程と零して少し考える表情を浮かべる。その間もやはり足を止めることは無く進み、夕暮れの赤が紫へ変わる頃、分岐点よりより少し森側の位置に明かりと人影が見えた。

 竜車が道の脇に止めてあり人数もそれなりに多いが、しかしその動きは旅人と見るには少々おかしな様子が多い。そもそも竜車であるというのに分岐点から森側に進んでいることからして異常と言うべきだろう。


「……竜車で森を超えようとしたのかな?」

「それはなかなかに無謀な挑戦だと思います、中の人的意味で」

「酔うじゃすまないだろうね、中の人」


 おっとりと話しながら二人は動きを止めることは無い。多少の警戒心は抱きながらも、しかし彼ら二人はその集団に対して危険性を感じてはいなかった。


「其処の二人、止まれ!!」


 街道の上を歩いていれば自然ある程度集団に近づくことになる。一定の距離まで近づいたところれかけられた言葉に二人は素直に従った。足を止め、相手をうかがうようにする二人に対し、集団から数人の人間が飛び出すように現れて周囲を取り囲む。

 一人一人が鎧を付け武器を持つ集団。その動きは統率がとれておりどう見ても素人ではなく、集団戦になれた者達なのだろう。


「……何者だ?」

「配達員です」

「その監督員だよ」


 武装し包囲する者達の中から一歩踏み出してきた顔を隠す兜を被る鎧姿の誰何の声に少年が肩を竦めて答え、監督員も特に緊張をする様子もなく応じる。

 鎧姿は監督員の声を聴き、驚いた様子で兜の前面部を起こした。狭い覗き穴ではなくしっかりと己の眼でその姿を確認し、振り返れば二人を取り囲む者達へと軽く片手を振って見せた。それだけで取り囲んでいたものは竜車の近くの野営場所に戻っていく。何故か「俺の晩飯がっ!?」と言う悲痛な叫びが聞こえたが三人は聞こえなかったことにした。


「大変失礼しました、配達員殿」

「いや、今回は僕は監督員で、配達員はこっちの彼なんだけどね」

「どうも、今回の配達員です。二人は御知り合いか何かで?」

「うん。今顔を見て分かったけど、彼は王都警備隊の人だよ」

「はい。栄えある王都警備隊の分隊長を務めさせて頂いております」


 その場で足を整え敬礼をする鎧姿に、どうもー、と気の抜けた挨拶をする少年。二人のやり取りに監督員は何となく溜息を吐いた。空気が違いすぎる。


「それでどうかしたのかな、警備隊が装備を整えてこんな街道まで出てきているとか」

「はっ。先の森で野盗が出現したとの報告があり、確認と存在すれば討滅の為に出陣して参りました」

「……居たのかい?」

「はい。ですが御心配なく、一人残らず捕縛することに成功しております」


 監督員の問いかけに鎧姿は敬礼のままで答える。別に自分が上司という訳でもないのに律儀に丁寧に答えてくれるその姿に苦笑を浮かべるが、むしろ好感を持てる要素なので監督員から特に何も言う気はないようだ。


「……ところで、どうしてそちらの道から御出でになられたのでしょうか?」

「ん? あぁ、彼が初心者向けルートが良いと言い出してね、森を回避したんだ」

「だって、山猫とか居たら大変だと思いましたから」


 二人が徒歩であることに気づいたらしい鎧姿の疑問に監督員は肩を竦め、少年は困ったように頬を掻く。はぁ、と二人の解答に不思議そうに首を傾げる鎧姿だが、まぁいいか、と振り切ったらしい。


「幸運でしたな、盗賊の話を聞いたのは昨日のこと。すぐ出立し本日こうして壊滅させることに成功しましたが、一昨日時点では盗賊の存在など知れ渡ってはいなかったでしょう」

「そして昨日森に入って居たら、君たちが壊滅する前の元気な盗賊たちに僕らは襲われていた、と。ぞっとしないね」

「盗賊に襲われるとか勘弁してほしいですね、本当に」


 苦笑を浮かべる監督員と、溜息を零す少年。そんな二人に鎧姿は笑みかけた。


「このタイミングでお会いしたのも何かの縁でしょう。我らは今宵此処で一夜を明かし、明日王都に帰る予定ですが同行されませんか?」

「竜車に乗せてもらっていいのかな?」

「申し訳ありませんが、竜車には縛り上げた盗賊どもを転がしておりますので、認める事はできません」

「明日の夕方くらいまでには王都に付きたいんだけれど、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ここから王都までは徒歩でおおよそ半日程度ですし、集団ではありますがこの中に鍛錬を惜しむ者は居ません。装備を身に付けたままでも足は遅くはありません」


 鎧姿の言葉に少し考え、頷き合う監督員と少年。二人で野営をするよりは拘束された盗賊たちがいるとは言え、警備隊とともに休む方が安全だと意見は合致したようである。


「それじゃ、お邪魔させてもらおうかな」

「承知いたしました。それでは、こちらへどうぞ」

「有難うございます。っと、晩御飯は自分たちで準備しますのでお構いなく!」

「承知いたしました」


 生真面目に頷く鎧姿に監督員は苦笑し、少年は何処か楽しそうに笑う。

 晩飯中に二人が現れたためにひっくり返してしまった隊員に謝罪代わりに干し肉などを渡しつつ。少年と監督員は警備隊の隊員達に警護されるような形でゆっくり休むのであった。


* * *


 ごろごろと竜車を引く音が後ろから聞こえる。一番先頭に立つのは昨日二人と話した鎧姿であり、そのすぐ後ろに警備隊の中でも盾を持つ者達。その後ろに監督員と少年、後ろに隊員を挟んで竜車、最後尾に槍を持つ隊員と言う編成で道を進んでいく。


「こう、思ったんですが」

「何をだい?」

「なんかこうして厳重警護されてると、自分がやたらと偉くなった気がしませんか?」

「実に幸せな勘違いだね」

「うわぁいすげぇ冷たいツッコミもらったー!」


 こんな状況になっても変わらない少年と監督員である。そんな二人のやり取りに周囲の警備隊員達は苦笑を浮かべたりなどしているが、悪意的な視線はない。

 しっかりと訓練された兵士ではあるのだが、しかし根は良い人ばかりなのだろう。賊も一人残らず捕縛したという事から、負傷の大小はあれど殺害した者は居ないという事なのだろうから。


「考えてみれば、なんていうかすごい人たちばかりですよね」

「王都の警備隊だからね。彼らは自分たちの仕事に誇りを持っているし、自分たちがしっかり働くことで王都の皆が安心して暮らせるんだ、と言う事を知っているから」

「……なんてーか、本当に警備隊の鑑みたいな人たちですね」

「あぁ。王都に住む人達が胸張って自慢するほどだよ」


 言う監督員もどこか誇らしげで、少年は緩く笑みを浮かべて周りを見た。先ほど苦笑を浮かべていた隊員たちの表情は切りと引き締まっているが、口元がひくついていたり目が少し泳いでいたりするのは恐らく照れていたりするのだろう。

 面と向かっての感謝されることはそれなりにあるが、自慢されるのを聞く機会はそう多くはない。誰もがその事に喜びを抱きながら、同時により深く己の覚悟を固めている。それが、微妙な表情ながらもきりりと前を向く彼らの姿勢から見て取れる。


「……凄いなぁ、本当に」


 零された言葉に監督員は何も答えなかった。否、その声が持つ響きに、声自身に乗せられている感情に返せる言葉がなかった。ぱっと読み取ることが出来ないほどの感情が其処には込められていた。

 何を言えばいいのかと言葉を探す監督員だったが、しかし、急に黙った事に不思議そうに少年が向けてくる表情は何も変わらないもので。だから、監督員は軽く肩を竦めるだけとした。


「ところで、君に聞いておかなければならないことが一つあるんだ」

「ん、なんでしょうか? 体重は最近測ってないんでわからないです」

「聞いてどうしろと言うのか」


 少し真顔になって告げてみれば、笑顔ですっとぼけてのける少年。さっきのはなんだったんだと言いたくなるのを堪えて溜息を吐く監督員。


「どうして山猫に気づいたんだい?」

「あぁ、葉擦れの音がしましたからね」

「……それだけ?」

「うん、それだけですよ」


 唐突な問いかけに、けれど瞬時の迷いもなく答える少年。回答を聞いた監督員は少し考えるような表情を浮かべてから何かをあきらめるように吐息を零した。


「確かに僕もおかしいとは思ったけれど、それだけでよく確信を持てたね」

「確信を持っていた、ってどうして解るんですか?」

「狩人かどうかを疑った様子はあるけれど、狩人が居ることに疑問を感じた様子はなかったからね。むしろ居ておかしくないっていう感じだった」


 成程、と頷く少年。確かに少年は山猫かどうかを警戒しただけで、其処に狩人がいること自体は普通に受け入れていた。


「なんというか」

「ん?」

「俺の監督員にあなたが選ばれた理由が良く解りました」


 ため息交じりに零す少年に、監督員は只苦笑を浮かべて肩を竦めた。


 これだけ厳重であれば何かが起こるはずもなく。時折竜車内が騒がしくなりかけるもすぐに鎮圧されるだけで、日が一番高くなる頃には問題なく王都に帰りついたのだった。

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