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異世界漫遊記  作者: 天瀬亮斗
銀と監督員と見習いと
17/24

第十五話、あるいは次へのステップ第一歩

 翌朝。泊まるだけの宿を起きてすぐにチェックアウトし、朝の市場を冷かして回る少年と監督員の姿がある。

 多少余裕をもって携帯食を購入していたとはいえ、王都に戻るまで持つほどの量は購入していない。王都まで戻るのであれば携帯食を追加購入しなければならないのである。


「というのは建前でして」

「建前なのか。じゃぁ、本音はいったいなんなんだい?」

「干し野菜ばかりの携帯食に飽きた! 肉食いたい肉!!」

「おじいさん、昨日食べたでしょう」

「はて、そのような事はあったかのう」


 見事にぼけながらも市場で携帯食を探す目は真剣である。とりあえず三日分ほどの干し肉や干し魚を入手することに成功したようだ。ほくほくとしていたが、ふと少年は首を傾げる。


「そういえば気になったんですけど」

「気になることが多いな、君は。どうかしたのかい?」

「俺、自分の分の携帯食はこうやって買ってるけど、貴方の分買ってませんよね」

「そりゃね。監督員が見習いに自分の食糧を準備してもらう、なんてそんなことできるわけがないよ。いやまぁ、させる監督員も居るらしいけど」

「それもまぁ、また試験の一種と言われりゃ否定できませんが。もう一人分程度養ってのけろって意味で」

「そんな予定もない見習いにさせるには少々過ぎた試験だと思うけどね。管理の修行になる事の否定はしないけど。それで?」

「あぁ、はい。んで、俺とこうやって結構一緒にいて、携帯食とか補充している様子もないのに普段食べてるのはどうやって調達してるのかなぁ、と」

「あぁ、そのことか」


 なるほど、と頷く監督員。軽く袖を振り己の腕輪を見えるようにして見せてから、なんでもない事のように答えた。


「この腕輪に収納機能がある、という事は以前話したね?」

「えぇ、聞きました。見習い期間が終わればその機能が解放されるという話も」

「実は、この腕輪に収納したものは腐ったりしないんだ」

「待ってください、なんですかそのチート性能。それで収納量も無限とか言い出したりするんですか」

「異常性能だよね、確かに。……そうだね、性能的には収納量は無限らしいけれど。収納した分の重量を無視できるわけじゃないから実際はそんなたくさん入れられるわけじゃないかな」

「……腕輪が重くなるんですか? 収納した分だけ?」

「いや、全身に負荷として重量がかかってくる。だからもてる以上の重量のモノを腕輪に収納してしまうと、見えない重量に押しつぶされて全く身動きが取れなくなるんだ」

「RPGじゃあるまいし」

「劇? 確かに、演劇なんかだと重くもないものを重く見せるような演技をする必要もあるそうだけど」

「見てると本当に重そうですよね、あれ」

「重そうだよね、あれ」


 二人してなんとなく頷き合う。その足は既に次の目的地である王都へ向かうため、昨日通ったばかりの門の方へと向いていた。


「負荷として掛かるっていう事は、あんまり詰め込みすぎると動きが鈍るっていう事ですよね?」

「そうだね、全身の全ての部分に均等になるように重量が分散されてる感じ。体重が増えるっていうのとは少し違うと思うんだけど、そう例えられることもあるかな」

「んー……とすると、身軽に動ける程度で止めておかないと獣なんかに追われた時とか、逃げられ無くなる可能性があるってことですか」

「山賊や野盗に襲われたりした時もね」

「結構危険ですね。しかも腕輪にしまいこまれているから放り出して逃げる、というのも簡単じゃなさそうです」

「そうなるね。また、武器なんかは腕輪にしまいこんでしまうと取り出して構えるまでに時間がかかるから、やっぱり普通に身につけなきゃいけない」

「大変なんですね、やっぱり」

「大変だよ、やっぱり」


 はふぅ、と息を吐く少年に監督員は肩を竦めて見せる。世の中都合よくはいかないものだなー、なんて表情で空を見上げて暫しの間。ふと少年は首を傾げた。


「腕輪に入れたものは腐らないんですよね?」

「正確には日数が経過しない、だね。腕輪に収納したものは時間が止まってしまっているかのようにそのままの状態を保つんだ」

「なんで携帯食入れてるんですか? それだったら別に日持ちを考える必要ないですよね?」

「今回は君に合わせた、というのが一番大きな理由。後は、最近食べてなかったからちょっと久々に口にしてみたくなったってのが追加の理由かな」

「もの好きなんですね」

「でもなければ君の監督員なんてやっていないよ」


 斬り返された言葉に少年が詰まる。実際少年自身も多少の自覚はあるらしく、監督員の言葉に文句をつけよう、とする様子は無かった。吸気を一つ、呼気を一つ。自身を落ち着かせる。


「そういえば山賊や野盗で思い出したんですけど、この腕輪って奪われたりしないんですか?」

「正規の手順で無ければ外れないようになっているそうだよ」

「……。普通に水浴びや体を拭くときには外れてたんですけど?」

「着用者が自分の意志で外すのは正規の手順じゃないかい?」


 なるほどと少年は頷く。確かにそれは腕輪などのアクセサリを外すうえで正規の手順である。


「逆に言えば、着用者が外す気がなければ外せないんですか?」

「いいや。ギルドの上層部……赤色の腕輪を持つ人間が腕輪同士を接触させることで外すこともできるらしい。さすがにその場を見たことは無いけどね」

「それが執行されるって要は配達員権限取り上げられるって事ですもんね」


 ギルドとして配達員、あるいは職員を処罰する際の光景の一つとなるだろう。さすがにそんな光景は見たくはないものだと少年は思う。無論、される側になるのも嫌だ。


「でも、その気になれば正規外の手順で外すことはできますよね?」

「その場合、腕輪は一切の効果を失ってしまうそうだ。ただの腕輪になるってことだね、それでも結構な価値はありそうだけど」

「綺麗な腕輪ですからねぇ。しかし、どうやってその辺認識してるんでしょう? 持ち主の魔力波動でも記録しているんでしょうか?」

「生きている限り放出される、生命力の波動を記録しているらしい。魔力波動だと魔力を持たない人もいるし、魔力操作に長けている人なら誤魔化すこともできるからね」

「アンデッドは?」

「ゾンビやスケルトンが配達員を務める可能性なんてあるのかい?」

「リッチならば、リッチならばやってくれる……!」

「確かに知的存在と言えそうだけど魔物だから。魔族ですらないから」


 片手をパタパタと降る監督員に、ですよねー、と少年は明後日を向いた。


「そういえば、魔族と魔獣の違いは聞きましたけど。魔物っていうのはいったいなんなんでしょう?」

「かなり特殊な存在だよ。魔獣や魔族、人間は命を失ってもその遺体を遺すものだけれど、魔物たちはその遺体を世界に残さない。殺害された場合、存在した証明となる魔石を遺して消失する」

「……魔石、ですか?」

「魔力の結晶体の事だよ。その性質を考えると魔晶石とでもいうのが正しいんだろうけれど、魔石っていう名前の方が一般的かな」

「……。魔物とは、殺さなければ見分けはつかないんですか?」

「そんなことは無い。いや、昔はそうだったらしいんだけど、今では魔族や魔獣、人間と魔物を見分けるための魔法や道具が存在しているよ」

「出来るだけ早く入手しておいた方がよさそうですね、その道具」


 ふむふむと頷く少年に、監督員は意外そうな表情を向ける。確かに魔物を見抜くアイテムや魔法はあるに越したことは無いが、実際問題としてそこまで重要視されることは少ない。

 だというのに、この少年はそれを予想以上に重要視しているようなのだ。


「どうしてそう思うのか、を問うてもいいかな?」

「姿を変える魔物の一匹や二匹、どうせ居るんですよね?」

「……。君はいったい何者なんだい? いい加減聞き飽きた問いではあるけどさ」

「タダモノですよ、やだなぁ」

「無一文だったしね、なかなかうまいことを言う」

「実際無料(タダ)で仕事を始めました! っていきなり何の話ですか。後ちゃんと報酬貰ってますから!」


 本気で聞きたいのか茶化したいのかよくわからない監督員の合いの手に思わず突っ込みを入れる少年。この二人は案外これでうまくやり取りが成立してしまっているのかもしれない。少なくとも、監督員は少年を本気で疑っている様子はない。

 だが、それと少年の察しの良さは別物である。疑い始めてしまえば簡単に人間不信に陥りそうなことをさらりと述べておきながら、その表情からは余計な不安や不信は読み取れない。


「本当に、君の半生には興味を惹かれてしまうよ」

「俺に惚れると火傷するぜ?」

「先に君が火傷を負ってみるかい? 物理的に」

「治療ができるのならちょっと考えなくはありません、物理的に」

「回復系魔法は得意じゃないんだよ、僕。物理的に」

「それじゃ俺が損するだけじゃないですか、物理的に」

「その通りだね。それでも試してみるかい? 物理的に」

「やめておきます、論理的に」


 何が何だかわからない流れは、少年が白旗を上げたことで収まりがついたようである。嘆くように吐息を零す少年を暫し横目に眺めて、しかし監督員は放置することにした。少年にからかう以外で必要以上に構っても意味がないと理解し始めている。


「……考えてみれば、普通にスルーしてましたけど。魔法って誰にでも使えるものなんですかね?」

「基本的に魔力さえあればね。あぁ、あらかじめ言っておくけれど君に魔力は無いよ」

「マジですか?」

「マジだ。受付嬢に頼んで一度君の腕輪の情報を見せてもらったけれど、君に魔力は存在しないとなっていた」

「いつのまにそんな情報手に入れてたんですか」

「情報自体は前の町で、だよ。そういえば聞き忘れていたなと思い出してついでに確認させてもらった」

「そういうのを調べるのも監督員の役割だったりするんですか?」

「いや、個人的な趣味。閲覧権限はあるから見せてもらえた訳だけれど、その辺のデータは別に監督員が報告としてあげなくても見ようと思えば見れるからね」

「……閲覧権限がある理由は、監督員が見習いの能力に応じて行動内容やその是非を決めるため、ですか」

「語りすぎた僕も僕だけれど、察しの良すぎる見習いもどうかと思うよ、本当に」


 肩を竦める監督員に、少年は緩い苦笑で応じる。本来であれば隠匿されるべき個人情報まで公開される理由などそう多くは無く、その一つとして思いつくものを上げればそれが正解なだけだったのではあるが、それをそのまま受け入れられるのは確かに珍しいのだろう。


「そういえば、腕輪の話で思い出したんですけれど。これって神様から過去の英雄に製造法が伝えられたんですよね?」

「そうだね、そう伝えられている」

「その神様って何者なんですか?」

「……一般的な神話だと思うんだけれど、君の地方ではそんな神話は伝わって無かったのかい?」

「神様のお話なんぞより外で遊ぶ方が楽しいじゃないですか」

「さいですか」


 監督員は溜息一つ。やれやれ、とでも言いたげに肩を竦めてから、話し始める。


「銀の女神の祝福を、っていう見送り言葉があるよね?」

「郵便ギルドでの定型文句らしいですね」

「創世神って言われているのが、その銀の女神なんだ。銀色の魔力で世界を満たす、全ての祖にして母って言われている」

「……」

「で、その彼女たちが創造したのがこの世界。魔族も、魔獣も、人間も、もとを正せば一つに連なるっていう話さ。……どうかしたかい?」

「いえ。彼女達、って?」

「双子の女神だそうだから、彼女達、だよ」

「へー……。魔物はまた別発生の存在っていう事になっているんですか?」

「うん、遺体が残らないことや気づけば発生していることなどから、魔力の歪みに何かが混ざって発生するのが魔物なのでは、と言われている。実際その辺の詳細は不明だけれど」

「解らないんですか?」

「死んだら消えちゃうし、生きている間に調査しようにも魔物は皆他の生命体に対して攻撃的だからね、そう簡単にはいかないらしい」

「……。神殿とかは見ないんですけれど、女神に対して祈ったりとかってしないんでしょうか?」

「とても自由奔放な女神たちだったとかいう話で。曰く、『祀るとか要らない祈るとか要らない。面倒だから崇めんな、私らは寝る』って言って後の事をこの世界の者たちに託したそうだよ」

「自由すぎますね」


 ともあれ、そんな理由で宗教や神殿については全く話を聞かなかったのか、と納得する少年である。神様自体が止めろというのであれば、宗教の発展も難しいのだろう。


「ま、とりあえず。さっさと帰るとしましょうか、王都に」

「そうだね、そうしよう」


 朝飯代わりに干し肉を齧りながら口にした少年に監督員は頷く。そのまま二人は門の所に立っていた衛兵に会釈して、町の外へと歩み出ていった。

RPG=ロールプレイングゲーム=「役を演じる遊戯」=演劇。

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