第十三話、あるいはこういう町が大半です
その町は街道を中に取り込むように存在し、少年たちのたどり着いた入り口とは反対側から街道がさらに伸びる形となっている。そして街をぐるりと取り囲むように存在する外壁…とは言えない柵。
少年たちが歩いて来た側の街道は街へと続く門から少し離れたところで分岐しており、反対側も同様の構造となっていることだろう。
門は出入り口でもあるため、どうしても脆くなってしまうので門の数をできるだけ少なくすることで獣などによる被害を減らすことができる、というのはこの手の世界に住んでいればごく自然に身に着く知恵なのかもしれない。
もっとも、どんな柵も壁も空を飛ぶ者には通じないという欠点はあるのだが。それでも地を駆けるものを足止めできるだけでもマシだろう。
そもそも只の町に対空能力まで期待するのは間違いと言うものである。
「宿場町、と言うところですか」
「あぁ、比較的安全な場所を休憩所にしたのが始まりだね」
「……なるほど。ホテルって大事」
「別に宿が始点ではないけどね」
監督員の言葉にふむ、と少年は頷き、しばしの思考。首を横に振ってから顔を上げて、
「ってーか、宿が始点じゃないから宿がないっていう落ちはないですよね?」
「いやそれはさすがにないね。町から人を追い出して外で寝かせたり、町中で野宿させたりっていうのはいろいろと見栄えも悪いし」
「ですよねぇ。一応足休めをするための町なんですし」
「宿がいっぱいだと野宿しろと町の外に蹴りだされるけどね」
「残酷ですねまた!? っていうかさっき言ってたことと矛盾してませんか!?」
「何事も優先度ってものがあるという事さ」
どうやらこの辺りでは町の景観の方が人の身の安全よりも大事なようである。いくらファンタジー世界、しかも魔物が存在し、比較的人の命が重くはない世界とはいえひどくはないだろうか、と少年は思う。
「……いや、この辺りは危険な魔物や獣が存在しないからこそ、なんだけどね。盗賊なんかも基本町のすぐ近くまでは来ないから」
「あぁ、だから外で野宿しても比較的安全、と」
「冬場は凍りつきそうなくらい寒くなるともっぱらの噂だけど」
「凍死しませんか其れ。いくら安全でも凍死しませんか其れ」
「大丈夫。毛布の貸与は認められている」
「そういう問題じゃないと思うわけですよ俺は!?」
実際は毛布を纏うだけでしのげる程度の寒さではあるようである。
そもそも気候的に比較的穏やかな国であり風土であれば本当に凍死するような寒さになることなど稀でしかなく、毛布一枚あれば冬の夜を過ごすこともさして苦しくはないのだろう。
「で、町が近いからと言うわけで少しばかり強行軍、と言うか昼御飯を抜いたわけですが俺」
「抜いていたね、僕もだけれど」
「食べる場所、あるんですか? この町の中で」
「無いわけがないだろ、この町に」
少年の疑問に何を言っているんだ、と言いたげな目を向ける監督員。それもそうですよね、と頷く少年。そんな二人はのんびりと街の中央を貫く大通りを歩き、郵便ギルドの建物がある中央広場にたどり着く。
たいていの宿場町はこのように中央に広場を作り、ほとんどの建物をそこに集めている。盗賊などに街道から攻め込まれた場合、一気に中央の拠点を奪われる可能性が発生するが、そこはそれ、所詮宿場町なので利便性が優先されているようだ。
最悪街を捨てて逃げることが前提なのだろう。実際に逃げれるかどうか、また、逃げるかどうかは別にして。
「と言うわけで町の広場に着きました!」
「うん、此処ならベンチもあるし食べる場所に事欠かないね」
「……?」
「……?」
「……。って、場所だけならどこでも食べれますから!?」
「歩き食いは推奨しない。食べるならやはり腰を落ち着けて食べるべきだと思うんだけど、僕としては」
「だからって食べる場所で料理が出てくる場所じゃなく調達したモノを食べる場所に連れて行かれるとは思いませんでした!」
少年が全力で叫ぶように突っ込んだ。言われた監督員はなるほど、と頷く。
中央広場についていきなり漫才を始めた二人を見る視線はそこそこあるが、いずれも長く見ることは無く離れていく。
三日前に発った村とは違い王都への街道の宿場町であれば、そこを行きかう人もまた多く、その姿も多種多様。特に特徴のない人間もいれば、獣耳や尻尾を生やした獣人族、長い耳のエルフ族、背に翼をはやした有翼族などの魔族の姿も見て取れる。
そんな中、頷いていた監督員は顔を上げ、少年を見据えて言い放つ。
「うん、解っててやったからね。というか、普通に考えれば宿で食べれるって思わないかな?」
「やっぱこの人性悪だっ!? っていうかわかってますよ解ってましたよ畜生、でも宿泊客にしかご飯出さないところもあるじゃないですか!」
「泊まればいいじゃないか」
「既に部屋の空きがなかったらどうするんですか」
「僕は配達員権限を使って予備の部屋を借りよう。君は外で野宿で」
「最悪だこの人!?」
笑顔で言い切られた言葉に思わず敗者のポーズをする少年。しかし、監督員が足を上げるより早く立ち直り起き上がる。
さすがの少年もこんな人通りの多い中央通りで踏まれたくはないようである。
「っていうか、そんな権限あるんですか? 初耳なんですけど」
「あるわけないじゃないか。今でっち上げただけだよ」
少年は二度、敗者のポーズをとる事なった。
再び監督員の足が上がるが、しかし今回も少年が立ち直る方が早い。人の多い往来で踏まれる趣味はやはり少年にはないようである。
「さて、とすると先に宿に向かった方がいいんでしょうか? 寝床確保的意味で」
「いや、先にギルドに向かうのでいいと思うよ。配達員自身に権限はないが、ギルド自身はそれなりの力を持っているからね、空きを探してくれる」
「へぇ……便利ですね、地味に」
「と言うか、それくらいの補助はしてくれないとだれも配達員なんてやりたがらないよ。最悪、宿がどうしても見つからない場合はギルドの宿泊施設を貸してくれるんだとか」
「へ~……。配達員やってればほぼ確実に屋根のある場所で寝れる、と」
「そうなるね」
成程と頷く少年の理解した様子を見てとって監督員は緩く笑った。
こういった己の足を使って配達を行う人員への福祉がしっかりしていないと、郵便業など成り立たないのである。配達する者が居なくなってしまえば、何も遠くに届かなくなってしまうのだから。
このため、郵便ギルドでは配達員の待遇は決して悪くはなく、ギルドの宿泊施設も長旅をする配達員向けに十分疲れを癒せる施設となっており、馬小屋0円のような寝れれば良いなんてモノではない。
「さ、解ったらまずはギルドに向かおうか」
「えぇ、了解しました。んじゃ、ギルドに……行きませんよ!? そもそも食べるところって言い出したの昼ご飯食べてないからですよ!?」
「なんだ、思い出しちゃったのか。どこまで騙されるか楽しみだったのに」
「食べるところから宿の話につながれて思いっきり流されそうでした!」
実に性悪な監督員である。
* * *
「と言うわけでやってきました食べるところ!」
「宿場町だからあまり多くはないんだけれど、やっぱりあるのはあるもんなんだね」
「いや知らなかったんですか」
「宿以外で食べることは結構稀なんだよ」
結局広場の近く、なんだか良い匂いがする建物の方へと歩いてみればそこが食堂のような店だったらしく、少年と監督員はその店に入って席に着く事となった。
なんだかじと目で見てくる少年に対し監督員はこともなげに肩を竦めて見せる。そんな様子に少年は溜息一つ。
「そもそもあなた、小食ですしね。昼御飯の一食くらい抜いても大丈夫だったりとか?」
「うん、大丈夫だね。一食くらいなら抜いても動くのに問題はないよ」
少年の言葉にあっさり頷いて諾の意を返す監督員。ですよねー、なんて言いながら、少年はメニューを手に取る。机に水は運ばれていない……水が無料、なんていうのは水資源が豊富な土地だけの贅沢なのだろう。
メニューとにらめっこすること暫し。少年はゆっくりと天井を見上げ、溜息を吐いた。
「どうかしたのかい? もしかして読めないとか?」
「いや、読み書きは一応がっつりと教えてもらったので。短時間の集中講座でしたが、一応基礎は頭に入ってます」
「へぇ。それじゃどうしたんだい?」
「読めても何が何だかわかりません」
少年からすればここは異世界であり、異世界の料理である。前回の宿では御飯は店が出してきたものを食べただけなので特に何かを注文することもなく、結果、メニューに描かれている内容と料理が紐付いていないようだ。
監督員からすれば奇妙な事の気もするが、そもそも奇妙と言うのならば常識的な事を知らなかったりもするので今さらだろう。閉鎖社会出身とのことだし、ひょっとすれば諸々の呼び名が違うのかもしれない、なんて勝手に納得しておくことにしたようだ。
「……それは大変だね」
「えぇ、大変です。とりあえず肉料理が食べたいんですがどれが肉料理なんだか」
「ふむ。肉料理ならばこれがお勧めかな」
「じゃ、それにします」
少し考えて監督員が指差したメニューを確認し、少年はあっさりと頷いた。解らないのだから、識者の意見に従う方がいいと判断したのだろう。
特に疑う様子も見せずにあっさりと監督員を信じた少年に、監督員の方が驚いたような表情を浮かべて少年を見た。
「えらくあっさり信じるね」
「ここで疑っても話は進みませんから。それに、これまでの旅で味覚に異次元の壁があるなんてことは無いと思いましたし」
「……味覚についての異界の壁は本当に怖いね」
「怖すぎますよね」
二人して深く頷いたところで、店員らしき少女が声をかけてくる。少年は監督員に薦められたものを注文し、監督員の方は適当なサラダを注文。後、水を願って少女に下がってもらう。
そのあとは暫しの間、特に会話があるでもなく店内を見回す少年と、落ち着いた様子で注文したものを待つ監督員。そんな二人の座る席に水が届けられ、少女が接客スマイルを浮かべて去っていき。
「そういえば聞き忘れたんですけど」
「ん、何を?」
「肉料理が食べたいとは言いましたが、何の肉かって聞いてなかったよなぁ、って」
「あぁ、普通の肉だよ? トカゲの」
「ファンタジー万歳」
「幻想? 何の話だい?」
「御気になさらず。うちの地方じゃあんまりトカゲを食べる事ってなかったものでちょっと驚いただけです」
へー、と声を零す監督員の視線を受けながら、少年はふむと考える。トカゲの肉と言われて真っ先に思い浮かべるのはヤモリの丸焼きだったりするのだが、さすがにそれはないだろう。
一応姿焼き、などと言うような言葉やそれを連想させるような単語はなかったはずである。異世界言語初級者ではあるものの、それくらいは読み取れると少年は信じている。
ならばきっと、悩む必要はない。調理されて出てきたなら、それが何の肉かとか意識することは無いだろうから。
「……あぁ、そういえばもう一つ疑問が」
「サラダは普通のサラダだよ? 食人植物のサラダとかもあるそうだけど」
「いや、食に関する質問じゃないですから。入口入ってすぐになんだか大きな道がありましたよね? 意人はほとんどいませんでしたが……」
「あぁ、あっちは竜車専用の道だよ」
「竜車?」
きょとり、と首を傾げる少年に監督員の方もきょとんとした顔を見せ。それからあぁ、と頷き一つ。
「竜車。大型のトカゲと、それに引かせた車だよ」
「……馬じゃないんですか?」
「馬よりもスタミナがあるから使いやすいんだ。脚自体は馬の方が早いけれど、走らせればトカゲだって決して遅くはないからね。それに馬よりも限界重量が高い」
「なるほど。……あぁ、なるほど、それでトカゲの肉ですか」
「……どうしてこれだけの話でそこにつなげてのけるのかが僕には解らないけど、君の想像で間違いないと思うよ」
「じゃぁ、馬は使わないんですか?」
「急ぎの時に伝令者が使い潰すくらいかな。火急の要件だと飛竜を用いるそうだけど、掛かるお金が半端ないから国の一大事、くらいじゃないと飛竜便は飛ばないんだ」
「飛竜便が一般的だと郵便ギルドの配達員とか不要ですしね。……で、一番安いのは人力ですか」
「そ。結局のところ、一番人の値段が安いのさ」
「世知辛い世の中です」
しみじみと呟いたところで、注文した料理が届いたので二人は空腹を満たすことを優先する。
届けられたトカゲ肉のステーキは特に何の問題もなく少年の胃に収まった。味は何となく鳥っぽい気がしたらしい。
「うまかた です」
「それは良かった」
「かゆ うま」
「君は何が言いたいんだ」
代金は前回の報酬で払える程度の額だったようだ。安くて量もそれなりでおいしい大衆食堂のお約束である。