表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界漫遊記  作者: 天瀬亮斗
銀と監督員と見習いと
11/24

第九話、あるいは郷に入っては郷を歩け

 夕方に着いたその街は、街と言うよりは村と言った方がしっくり来るような場所だった。

 ルアルと呼ばれるその村は相応に高い木製の柵によって囲われており、王都で見た街の外壁とは比べるべくもない。

 知らぬものが見ればあまりの落差に防備は大丈夫なのかと思ってしまうのだが内部の様子を見る限り、誰も心配はしていないようだ。

 

「大体君が何を考えているのかおおよそ予測はつくかな」

「そうですか? さすが俺、解りやすい」

「君の事だ、この木の柵燃やすとどれくらい火が上がるかな、なんて考えているんだろう?」

「いつからそんな危険人物認定!? ねぇいつから!?」

「ちょっとした冗談だよ」

 そもそもそんな人物が配達員認定されるわけがないのである。解ってはいても突っ込まずにはいられなかった少年は肩を落としつつも、街道につながる村の門に近づいていく。

 門番らしき衛兵が二人いるが、その二人ともが少年と監督員が会釈すると軽く返すのみで、村への外来者を止めようとはしなかった。


「……向こう出るときみたいな水晶での身分確認、とかしないんですね」

「看破の水晶は安いものじゃないからね。あれを使うのは大都市や王都と言った重要拠点くらいのものだよ。それも形骸化してるけれど」

「ひょっとして、戦争時代でも郵便ギルドが動き回るための身分証明だった、とか?」

「……時々、君の知恵が怖くなるね」


 肩を竦める監督員にそれほどでも、と返す少年。村の中はのんびりとした空気が流れており、見たところ田んぼや畑が多い。

 農業を務める人が多い、のどかな場所なのだろう、と少年は推測する。


「食料の供給場所だとすると、防備をしっかりしてないと不安だと思うんですが」

「王都からわずか歩いて二日の距離だからね。此処に何かあったらすぐに王都から騎士団が飛んでくるし、定期的に見回りもあるらしいから」

「……それにしても……」

「後、初代女王陛下が『農村なら防備は木の柵でしょ』と言い放ったらしいよ」

「自由すぎますね初代女王様」


 そんな理由でこの程度の防備にされてしまった村を憐れむべきか、それを通してしまう重鎮達に呆れるべきか真剣に悩んでしまう少年であった。


「まぁ、なんだかんだ言って戦争時もここだけは襲われることなく無事だったらしいけどね」

「そうなんですか?」

「他の国もここを荒らしたくはなかったんだよ。だって美味しいものは世界の宝だろう?」


 戦争中に何をのんきなことをと思わないでもないのだが、しかし納得の理由である。


* * *


 配達員は、配達するために街から街へ、国から国へと渡り歩く存在である。

 故に、ギルドが閉まっている夜間に到着したのでもない限りは配達先の街に着いたならば、真っ先に郵便ギルドに向かうのが当たり前とされている。

 手紙と言う人の心をつなぐものを託された職なのだ、叶う限り早く届くようにと動くべきである、と言うのが建前。

 本音としては手紙以外にも貴重品を運ぶことがある以上、そういったものはできるだけ早く管理が悉皆と行き届いたギルドの建物内に置いておきたいというあたりだろう。


 なお、配達員の役割はあくまでも街から街、国から国の配達までであり、街や村に着いたならそこから各個人の家に配達するのは内部のギルド職員の仕事となる。

 極稀に存在する、街の中ではない場所に居を構えてる個人等の場合のみ配達員が直接届けに行くことがある程度であり、それ以外の場合では配達員が配達先の家を訪ねることはない。


「なんだか行く先で絆を生まないように、みたいな感じが否めないですね」

「実際は外から来た配達員に家に来られるよりは、その地でずっと働いてる職員に届けてもらった方が安心できるっていう意見が多かったからだそうなんだけどね」


 実際、ギルド職員であれば顔見知りであることも多いが、大陸中を歩き回り走り回る配達員の顔は意外と知られていないことが多い。

 英雄じみた活躍をした配達員がいたとして、その名前がとどろいたとしても、その容姿は全く知られていないということもよくある話なのである。


 のんびりと会話をしている二人は既に村の郵便ギルド内についており、配達の手紙を職員へと渡した後である。後は職員が今回の報酬と、仕事完了の情報を腕輪に書き込むことで配達完了となるのだという。


「……そういえば、看破の水晶でしたっけ? あれを当てたりとか、情報の書き込みとか、この腕輪ってなんなんでしょう?」

「郵便ギルド最高の発明品、と言われている魔道具だよ。物品の収納、周囲情報の自動記録、個人情報や仕事履歴の書き込み、読み取りが可能なんだ」

「高性能すぎやしませんか、それ」

「あぁ。あまりの高性能具合に他のギルドも真似ようとしたそうなんだけれど、類似品の発明すら聞いたことはないね。製造方法も不明、郵便ギルドの本当にお偉いさんしか知らないそうだよ」

「よくそんな独占状態で不平がほかのギルドから出ませんね」

「なんでも過去の英雄が神から授けられた製法だ、と言う言い訳が通ったらしい」

「神スゲー」


 ものすごく適当な少年の感嘆の声に、まったくだ、と監督員が頷いた。そんな二人の座る席に受付嬢が戻ってきたため、二人は会話を切り上げて完了報告と報酬を受け取りギルドを出ることにする。

 ギルドの建物の中に飛び込んで行く人なんとなく後ろ目で確認しながら、少年はふと思い出したように今しがた支払われた報酬……硬貨二枚……を掌の上に出し、眺めてみる。


「そういや報酬って言ってもらったこれ、こっちの通貨ですよね」

「ん? ……あぁ、もしかして通貨が違うとか?」

「です。正直こんな硬貨初めて見たんすけど」


 渡された硬貨は銀に輝いてはいるが、銀ではないということは何となく少年にもわかった。本当になんとなくであり、ちゃんと素材まで調べた訳ではないのだけれど。


「百C硬貨か」

「ひゃくかれんす?」

「あぁ。そのサイズで百C硬貨。ちなみに一般的な宿の宿泊代が二食込みで二十C位だったかな」

「五日分程度の宿泊代っつーことですか。手紙の量と距離を考えるとかなりの儲けですね」


 ほへぇ、と少年が感心した声を出す。今回の報酬はその硬貨二枚分。二日の距離を歩くだけで、しかも王都傍の安全な道でこれだけの報酬となると破格にしか思えないようだ。


「いや、それだけ貰えるのは今回だけだろう。どうも、彼が君がお金がないと言っていたのを気にして初回の報酬は多目に渡すよう話を付けていたようだし」

「ぁー……なるほど、納得しました」


 装備もついでに整えておけ、と言うところだろうか。

 割り増し分はおそらくあの巨漢のポケットマネーから出ているのだろうと思うとかなり迷惑をかけているなぁとさすがの少年も思いはするのだが、だからと言って辞退する気はない。

 ここは多目にくれるというのなら貰っておき、ちゃんと装備や準備を整えて仕事を多くこなし、働きでもって返すべきである、と流石の少年でも理解できている。


「そういや、宿の場所とか聞かずに出てきちゃいましたけど、大丈夫なんですかね? 予約とか」

「この時期にここを訪れるのは配達員しかいないよ。だから予約とかは気にしなくても大丈夫だと思う。宿の場所なら僕が知ってるよ」

「教えてもらっていいんですかね?」

「これくらいは手助けのうちにも入らないだろう」


 それもそーか、と頷いて少年は監督員について歩き出す。ほてほてと歩みながら、そういえば、と何かを思い出した様子を浮かべ、


「そういえば、ふと気になったんですけど」

「どうかしたかい?」

「新入り配達員に監督員がついて、で監督員は護衛でもなければ補佐でもない、監督員である、ってーのは解ってるんですけど」

「あぁ。それは君は良く解って居るっていうことは見ていれば解る事だけれどね」

「じゃぁもし、この配達の途中で俺とかが倒れたりしたら、その配達物はどうすんです?」


 少年の疑問にあれ、と監督員は首を傾げる。その様子は意外なことを聞かれたと言う様子で、むしろそんな反応を返された少年の方もきょとんとするばかりであったのだが。


「……そういえばそのあたりの説明すっ飛ばしていたっけ?」

「聞いた覚えはないですよ、一応」

「その場合、適正な死とみなしてその場で新人は配達員失格になり、新人が抱えていた配達物は監督員が届けることになっているよ」

「あぁ、なるほど。まぁ、新人よりは配達物の方が大事ですもんね」

「……達観してるね、君」


 なるほど、と頷く少年にそれでいいのかと言う目を向けるものの、事実その通りの優先度になっているのだから仕方がない。やれやれ、とため息をつく事しか監督員にはできないのである。

 そんな風に話していれば、一軒の店の前。看板にはベッドの絵とこちらの文字が書き込まれている。


「……やどや、ですね」

「もしかして僕が嘘をついて違うところに連れて行こうとしていた、とでも思っているのかい?」

「あぁ、いえ、そんなことは無いですけれど。まだちゃんと字が読めるわけじゃないものでして」


 少年の言葉に、なるほど、と監督員は頷いた。巨漢から少年が書き読みに慣れていないという話は一応聞いていたようだ。

 もっとも、少年を見て話しているとそのあたりの情報が頻繁にすっ飛んでいるのは監督員が悪いのか、少年が悪いのかというところは謎ということにしておいた方が良さそうではある。

 とかく、宿の前に着いた監督員は、少年の言葉にやれやれ、とばかりに軽く肩を竦めて見せてから宿の中へと入っていく。後を追うように少年も中に入った。


「はい、いらっしゃい……っておや、お久しぶりだね」

「ご無沙汰してます、女将」


 入ってすぐのカウンターにいる恰幅のいい女性に声を掛けられ、監督員は柔らかな笑顔で挨拶を返す。いきなりのやり取りに少年はおぉ、と驚くものの、知り合いなんだなと思う程度である。

 宿の内装として見てみれば多少古く感じるところはあるものの、全体的にしっかりとしたつくりで不安を感じるようなところはない。掃除も行き届いているようで、ロビーにあたるのであろう入ってすぐの場所に目立つ汚れはないようだ。

 さて、自分はどうしたものかな、なんてことを考えつつ少年はしばし傍観でもと思い、


「今日は泊まっていくのかい?」

「えぇ、彼と同室でお願いします」

「しれっと同室とか言われてるその彼です」


 いきなり話を振られて慌てて応じてみる。何となくキラッというポーズを一つとってみると、監督員、女将の双方が同時に少年に目を向けて、

 そして何一つコメントを挟むことなく目を戻した。


「同室ね。まぁ、そっちのたわけたのは良く解らないけど、あんたなら問題ないね」

「えぇ、御心配なさらずともご迷惑をかけるようなまねは致しません。ほら、君も」

「……や、普通にする―しながらたわけたとか言われてちょっとばかり精神にダメージ貰ってるんですけれど、その辺慮ってくれたりはしないんですか?」

「自業自得じゃないかい」

「自業自得だからね」


 ダブルの言葉の槍に貫かれ少年のライフが零になってしまったが、比較的いつもの事なので何の問題もない。


「まぁ、大丈夫です。さすがに一部屋借りたい、なんて贅沢言えるほど懐具合がしっかりしてるわけではないですし」


 復活も早かった。


「あいよ、それじゃ二人部屋一つで、一人10Cだよ」

「あれ。さっき聞いた相場より安いですね」

「安いからこの宿を紹介しに来たんだよ」


 女将の言葉に少年は先ほど受け取ったばかりの硬貨を、監督員の方はそれよりは少し小ぶりの硬貨を差し出す。両方を受け取り、女将が監督員に渡されたのと同じ硬貨を九枚、少年に返した。


「部屋は二階に上がってすぐ右だ。鍵は一つしかないから気を付けて使いなよ」

「解って居ます」


 差し出された一つの鍵を監督員が受け取り、少年を促して階段を上がっていく。少年の方も女将に軽く頭をさげてから、監督員を追って階段を上がった。

 二階には宿用の部屋があるのだが、見た感じ部屋の数は四つしかない。思ったよりも狭いのか、という少年の印象は、監督員が部屋の鍵を開けて中に入り、後を追う事で払拭された。


 部屋の中が、意外と広い。普通にシングルサイズのベッドが二つ置かれており、その近くに落ち着くためのテーブルもある。


「広いんですけど、宿屋ってこんなものなんですか?」

「いや、此処はご飯も部屋で食べることが前提だからね、その分の領域を確保している、っていう話だよ。普通は寝るためのスペースだけしかない事の方が多いね」


 問うた少年に監督員が肩を竦めて答える。なるほど、と頷いた少年は、さてそれじゃぁ、とさっそく監督員に向き直り。


「それじゃ、ちょっと外を歩いてきますので留守番願っていいですか?」

「構わないけど、何か欲しいものでもあるのかい?」

「はい、とりあえずは寝間着と洗濯用の着替えを買ってこようと思いまして」


 少年は、着の身着のままで旅をしているのである。昨晩は外で寝るためにあまり気にしなかったようだが、宿に泊まるのであれば重要なものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ