第十話「侍女頭の正義」
この屋敷に来て、一ヶ月が経とうとしていた。
ネズミ網は稼働し、昼寝スポットは確保され、飼い主の観察記録は順調に蓄積されている。屋敷の人間関係も、大方は把握した。
厳格だが娘に甘い当主、ロムルス。
カッチカチの長兄、アウグスト。
塔の次兄、ユリウス。
猫語通訳の老執事、セバス。
そして、公爵夫人のアウレリアと――もう一人、気になる女性。
気になると言っても、残念ながらそういう方向ではないので。
(……あの人、なんなんだろうな)
俺がずっと「背景」として処理してきた人間が、一人いた。
ベルタ。侍女頭。
公爵夫人であるアウレリアの、側仕えだ。
背景扱いしてきたのには理由がある。猫は、飼い主以外の人間に興味がない。これは俺個人の性格というより、猫という種の標準仕様だ。標準仕様に従って、俺はこの一ヶ月、ベルタという女をほとんど見ていなかった。
見ていなかった、というより。
――見なくて済むように、出来上がっていた、のかもしれない。
そのことに気づいたのは、例の庭掃除事件の翌日だった。
まず、この家の構造を説明しておこう。
グリッグのネズミ社会に伝わる言い伝えと、俺自身の観察を、照合した結果だ。
フィロパトール公爵家の夫人、アウレリアは、パティの実の母ではない。
パティの母親は、パティが二歳の時に亡くなった。そして、そのわずか一月後に、アウレリアが後妻として輿入れしてきた。
公爵家の家政を預かる奥向きの席を、空けておくわけにいかない――そういう、貴族社会の事情である。
輿入れの際、お供として一緒にやってきたのが、ベルタだった。
『つまりあの女は、この屋敷で三年。嬢ちゃんが二歳の時から、ずっとここにいる』
グリッグが、梁の上で髭を撫でた。
『ウチのじいさんの言い伝えじゃ、来た当初のベルタは、ただの「きっちりした侍女」だったらしい。厳しいが、筋は通ってた。……それが、いつの間にか、ああなっちまった』
『ああ、とは』
『……嬢ちゃん絡みのことになると、目の色が変わる』
その時の俺には、まだ、グリッグの言葉の意味が分かっていなかった。
分かるのは、少し後のことだ。
同日、午前。廊下。
「パトリシア様、本日はご機嫌よう」
「……ん」
「あら……そちらのお花、どうなさったの?」
「……にーにが、くれたの」
「まあ。……よろしかったのね」
アウレリアとパティの会話は、いつもこんな調子だ。
継母は、普通に話しかけている。少なくとも、普通に話しかけているつもりでいる。
だがパティの返しは短い。目も合わない。塩というより氷だ。
アウレリアが、小さく、小さく、ため息をつく。
その横で――ベルタの顔が、一瞬だけ、強張る。
(……今の)
俺は廊下の柱の陰から、その「一瞬」を見逃さなかった。
猫の動体視力は、獲物の筋肉の痙攣を捉えるためにある。人間の顔面の筋肉の、ほんの小さな歪みくらい、お安いご用だ。
あれは、苛立ちだ。
パティに対する、苛立ち。主君の家族に向けるには、度を越した種類の。
二歳で母を失った子供が、一月後にやってきた新しい「奥様」に、すぐ懐くわけがない。懐かない頑なさは、子供なりの喪失の証明だ。……俺にだって分かる。人間だった俺に分かることが、五年間寄り添ってきた侍女に分からないはずがない。
分からないのではない。
分かろうとしていないのだ。
そして、その日の午後。
場所はパティの部屋の隣の小広間。俺は窓辺で昼寝の体制に入っていた。入っていたのだが――この部屋に、ベルタがパティを呼び出したのだ。
「パトリシア様。昨日のお庭での一件、お聞きしております」
「……庭の?」
「使用人の子供と一緒に、落ち葉を拾われた、と」
(来たか)
俺は寝たふりをしたまま、耳だけを完全に起動させた。
「うん。あれね、あの子が籠こぼしちゃって、かわいそうだったから――」
「パトリシア様」
ベルタの声は、静かだった。静かで、丁寧で、そして、どこか温かい。だからこそ、質が悪い。
「それは、なさいませんように」
「……え?」
「公爵令嬢たるお方が、使用人の子と並んで、土に手をつく。……あの場面でなさるべきだったのは、お手伝いではなく、叱責です」
「しっ……せき?」
「籠をこぼすとは、なんたる不行き届きか、と、きちんと叱ること。それが貴族の務めです。あなた様が手を下せば、その子は叱られずに済む。叱られなければ、同じ失敗を繰り返す。……結果として、あなた様はあの子を、二度失敗させることになるのですよ」
(……うわ)
俺は内心で、低く唸った。
論理が、半分だけ正しい。
半分だけ正しい論理というのは、全部正しい論理より始末が悪い。
「貴族とは、上に立つ者です。上に立つ者が下と並べば、下は『並んでいいのだ』と勘違いします。あなた様の行動一つで、公爵家の面子――お父様や、お兄様方が、侮られることになる。……それでも、拾いますか?」
「……ぁ…………」
パティが、声を詰まらせた。
五歳児には、この論理は重すぎる。お父様とお兄様の名前を出されては、反論のしようがない。
「わ、かった……」
「よろしい。……次からは、正しく、公爵令嬢らしく。あなた様のためです」
ベルタは一礼して、部屋を出ていった。
残されたパティは、しばらくじっとしていた。
それから、窓辺に来て、俺を抱き上げて、ぽつりと言った。
「……ネコチャン。パティ、怒るの、にがて」
「…………」
「だって、あの子、こぼしちゃって、しょんぼりしてて……それを、さらに怒るの……」
(分かってる。お前は正しい。正しいんだよ)
「でも、おとーさまと、にーにが、ばかにされるのは、やだ……」
パティは俺の毛に、顔を埋めた。
(……ああ、そうか)
俺は、その時、理解した。
この手法の、本当の悪質さを。
これは「善意の誤訳」ではない。誤訳は事故だ。これは違う。
これは――善意の摘除手術だ。
「優しくすると、あなたの大切な人が傷つく」と教え込む。そうすれば子供は、自分から優しさを捨てていく。自発的に。誇りを持って。「正しい令嬢」になるために、正しい心を捨てていく。
十年後に出来上がるものは、何だ。
使用人を叱り、下と線を引き、横柄を「正しさ」として振る舞う、完璧な、教科書通りの――
(……悪役令嬢、だ)
あの昼休みの小説の、金髪縦ロールの、あの高笑いが、脳裏をよぎった。
作られている。目の前で、作られている。五年間かけて、丁寧に、毎日少しずつ。
「にゃ」
俺は、パティの顎の下に、頭をこすりつけた。
俺にできる、今のところ唯一の反論だ。
「……ん。ネコチャン、あったかい」
(よく聞け、パティ。お前の感性は、壊れてない。昨日のお前の行動は、正しかった。……ただ、言い方と、やり方に、改善の余地があるだけだ)
言えない。言えないのが、もどかしい。
だが、言えない代わりに、できることはある。
その夜、西棟の塔。
『黒猫観察日誌』
“本日、被験体の興味の対象が、侍女頭のベルタに向けられていた。
庭掃除の件で、パティへの教育を行った際、被験体は一切介入しなかった。
ただし、ベルタ氏が退室した後、長時間その方向を見ていた。……何を考えている? 僕には分からない。
しかし、これまでと明らかに行動が違う。
要、観察継続。
追記:ベルタが最近ちょっとイライラしていて面白い。静観する”




