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追放された貴族は、国家を作り直す ― 内政だけで腐敗帝国を崩す方法 ―  作者: 鷹宮ロイド


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第8話 信仰か、生活か

変化は、静かすぎるほど静かに進んだ。


最初は、朝だった。


配給所の前で、人々が列を作る。

その先頭に、小さな祈りの場が設けられた。


「受け取る前に、感謝を」


白衣の司祭が、穏やかに促す。


誰も強制はしていない。

だが、祈らずに進もうとすると、視線が集まる。


――祈らないのか?

――神を信じないのか?


列の後ろにいるほど、その視線は重くなった。


「……最近、来なくなった人がいます」


マルセルが、報告書を手に言った。


「配給を受け取りに来ない?」


「ええ。

 “神の祝福を受けぬ施しは不安だ”と」


アレインは、額に手を当てた。


「拒否しているわけではない。

 選ばされているのです」


リシアは、苦い顔で言う。


「信仰を、条件にね」


昼、町の一角で騒ぎが起きた。


「お前は、祈りを拒んだ!」


怒鳴り声。


駆けつけた役人が見たのは、

数人の男に囲まれ、地面に座り込む女だった。


「祈りを捧げなかっただけだ!」


女は叫ぶ。


「私は、子どもに食べさせたいだけなのに!」


「神を軽んじる者に、繁栄はない!」


周囲から、同調の声が上がる。


アレインは、割って入った。


「やめなさい」


人々が振り返る。


「信仰は、個人の自由です」


沈黙。


だが、その沈黙は、納得ではなかった。


「統治者が、神を否定するのか?」


誰かが言った。


「否定していない」


アレインは答える。


「信仰を、生活の条件にすることを否定している」


その言葉は、正しかった。


だが――

正しさは、もう十分だった。


その夜、リシアは珍しく苛立っていた。


「彼ら、わざとやってる」


「宗教使節ですか」


「ええ。

 “命令”ではなく、“雰囲気”で縛る」


彼女は机を叩く。


「これ、私がいた頃と同じ」


アレインは顔を上げた。


「……いた頃?」


一瞬の沈黙。


「今はいい」


リシアは目を伏せる。


「でも、次は来る」


「次?」


「排除よ」


予感は、外れなかった。


数日後、祈祷所の壁に書かれた落書きが見つかる。


《神を否定する者、去れ》


翌日には、別の言葉が重ねられた。


《異端を許すな》


それは、誰か一人の意思ではなかった。

集団の正義だった。


「鎮圧すべきです」


マルセルが、珍しく強い口調で言った。


「このままでは、暴力になります」


「鎮圧すれば、彼らは殉教者になります」


アレインは答える。


「それは、帝国の望む展開です」


「では、どうするのです!」


沈黙。


答えは、なかった。


その夜、火が上がった。


祈祷所ではない。

配給倉庫の裏。


小さな火だったが、象徴的だった。


「……警告ね」


リシアが呟く。


翌朝、ついに犠牲者が出た。


祈りを拒み続けていた男が、

路地で殴られ、倒れていた。


命は助かった。

だが――


「腕が、もう動きません」


医師の言葉に、空気が凍る。


アレインは、その場から動けなかった。


「あなたの制度は、正しい」


リシアが、静かに言う。


「でも、人は正しくならない」


「……それでも」


「それでも、守らなきゃいけない人がいる」


彼女は、真っ直ぐにアレインを見る。


「あなたは、“自由”を守っている。

 でも、自由は、弱い人を一番先に殺すこともある」


その言葉は、刃だった。


その日の夕刻、宗教使節オルディオが官舎を訪れた。


「嘆かわしい出来事です」


彼は、悲しげに首を振る。


「だからこそ、秩序が必要なのです」


「あなた方が、煽った」


アレインは言った。


「我々は、導いただけです」


オルディオは微笑む。


「民は、意味を求める。

 あなたは、仕組みしか与えていない」


その夜、灰境州は二つに割れた。


祈る者。

祈らない者。


信じる者。

信じない者。


そして――

守られる者と、守られない者。


アレインは、執務室で一人、灯りを見つめていた。


「……国家は、選ばなければならないのか」


リシアは、答えなかった。


第一部は、

最も残酷な問いへと向かっていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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