第5話 成功という名の歪み
灰境州に、奇妙な変化が訪れた。
市場に物が戻った。
人が、昼間に歩くようになった。
夜の灯りが、一つ、また一つと増えていった。
「……数字が、合っている」
代官マルセルは、何度目か分からない帳簿の確認を終え、呆然と呟いた。
「徴税を減らしたはずなのに、
州の収入は……増えている」
「正確には、“回収できる税だけを取っている”からです」
アレインは静かに答えた。
「これまでは、払えない額を課して、逃げられていた。
今は、払える額を、全員から取っている」
帳簿には、確かな数字が並んでいた。
流通量、取引数、人口の定着率。
国家は――
機能すれば、数字に現れる。
「信じられん……」
マルセルは笑うべきか、恐れるべきか分からない顔をした。
「これを中央が見たら……」
「見せません」
アレインは即答した。
「見せれば、“奪われる”」
その頃、灰境州の別の場所では、別の空気が生まれていた。
「おかしいと思わないか?」
低い声でそう言ったのは、地方豪族の一人、グラントだった。
かつては帝国の庇護のもと、税吏と結託して利益を得ていた男。
「突然税が下がり、外の人間が入ってきて……
この州は、誰のものになる?」
集まった豪族たちは、沈黙したまま視線を交わす。
「今はいい。
だが、あの元貴族は“制度”で我々を縛るつもりだ」
グラントは唇を歪めた。
「剣より、よほど厄介なやり方でな」
夜、官舎。
「不満が出始めているわ」
リシアが言った。
「主に、これまで甘い汁を吸っていた人たちから」
「想定内です」
アレインは書類から目を離さない。
「問題は、“どこまで許すか”ですね」
「許す?」
「既得権の一部は、切らなければならない」
リシアは一瞬、黙った。
「……あなた、もう戻れないところまで来てるわよ」
「第3話で終わっています」
その翌日、事件が起きた。
倉庫が燃えた。
流通再開の要となっていた穀物倉庫だ。
「放火です!」
役人が駆け込んでくる。
現場に駆けつけたアレインは、焼け跡を見つめた。
完全に、狙ってやっている。
「犯人は?」
「……豪族の私兵が、目撃されています」
沈黙。
マルセルが震える声で言う。
「見逃すべきです。
今ここで衝突すれば、内乱になります」
「ええ」
アレインは頷いた。
「だから――見逃しません」
その日の夕刻、広場に再び人が集められた。
「聞いてほしい」
アレインは、はっきりと告げる。
「昨日、灰境州の倉庫が焼かれた。
これは犯罪であり、州の存続を脅かす行為だ」
ざわめき。
「犯人は、特定されている」
群衆の視線が、自然と豪族たちに向く。
「よって、私は決定した」
アレインは一拍置いた。
「灰境州における、私兵の保有を全面禁止する」
息を呑む音。
「違反した者は、財産を没収し、州外へ追放する」
怒号が上がる。
「暴君だ!」
「そんな権限はない!」
アレインは動じない。
「あります。
私は、今この州の秩序責任者です」
リシアは、群衆の反応を見つめながら、静かに言った。
「……これで、敵ははっきりしたわね」
「ええ」
アレインは答える。
「国家は、全員を救えません」
その夜、グラントは姿を消した。
同時に、州外へ向かう使者の情報が入る。
「帝都に向かったと」
マルセルが言った。
「助けを求めに、でしょうね」
リシアはそう付け加えた。
アレインは窓の外を見る。
灯りの数は、確実に増えている。
だが同時に、
嵐もまた、近づいていた。
「……次は、中央だ」
灰境州モデルは、成功してしまった。
それは、帝国にとって
最も許しがたい“反証”だった。
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