表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された貴族は、国家を作り直す ― 内政だけで腐敗帝国を崩す方法 ―  作者: 芋平


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/13

第2話 灰の州

帝国街道は、ある地点を境に急に荒れ始めた。

石畳は割れ、補修の跡もない。道沿いの標識は文字が削れ、風に晒されて傾いている。


「ここから先が、灰境州です」


護送兵の一人が、事務的に告げた。


アレインは荷馬車の揺れに身を任せながら、窓の外を見た。

帝国の名を冠してはいるが、そこにあるのは秩序ではなく、放置だった。


――税は取るが、守らない。

それが、この地に対する帝国の答えなのだろう。


州都と呼ばれる町は、想像していたよりも小さかった。

城壁は低く、門兵の装備はまちまちで、統一感がない。

迎えに出てきたのは、灰境州代官マルセルだった。


「……ああ、あなたが例の」


露骨に面倒そうな声だった。


「歓迎の用意はありません。ここは中央の方々が考えているような土地ではないので」


「承知しています」


アレインは淡々と答えた。


「私は視察と引き継ぎを行うために来ました。形式上の責任者として」


マルセルは一瞬だけ目を細めたが、すぐに肩をすくめる。


「形式、ですか。なら問題ありません。この州では、形式だけは揃っています」


案内された官舎は、半ば廃屋だった。

屋根は補修途中で止まり、書類棚には埃を被った帳簿が無秩序に詰め込まれている。


「これが……行政の中枢ですか」


「ええ。帝国の」


皮肉すら込めない口調で、マルセルは言った。


その日の午後、アレインは視察と称して町に出た。

市場は人で溢れていたが、活気はない。

誰もが急ぎ、目を伏せ、長居を避けている。


理由はすぐに分かった。


「徴税だ! 規定通り払え!」


怒鳴り声と共に、数人の兵を引き連れた税吏が市場に踏み込んできた。

税吏カーン。その顔には、権力に酔った者特有の横柄さが張り付いている。


「今月はもう払った……」


「追加徴収だ。命令だ」


老人が震える手で袋を差し出そうとした瞬間、足元が崩れ、地面に倒れ込んだ。


誰も動かない。

助ければ、自分が次の標的になる。


「やめなさい」


その沈黙を破ったのは、若い女性の声だった。


人垣の向こうから現れたのは、黒髪を後ろで束ねた女。

簡素な外套、腰には薬草の袋。


「その人は病人です。今取り立てれば、死ぬ」


税吏カーンは嘲るように笑った。


「それが何だ? 税は税だ」


「帝国は、あなたに剣を貸しているだけよ」


女は一歩も引かない。


「人の命まで委託していない」


周囲がざわめいた。

次の瞬間、税吏の手が女に伸びる――


「そこまでだ」


低い声が割って入った。


アレインは前に出て、税吏を見据えた。


「私は、帝国より派遣された監督官だ。徴税を一時停止しろ」


「は? 誰だお前」


「法典第六十二条。地方における徴税は、行政責任者の裁量で停止できる」


即座に条文が出てくる。

税吏の顔が引きつった。


「……覚えておけよ」


吐き捨てるように言い、税吏は兵を連れて引き下がった。


市場に、遅れて息が戻る。


女は老人を支えながら、アレインを見上げた。


「……珍しい人ね。止める人は、久しぶりに見た」


「あなたは?」


「リシア。薬師よ」


一瞬の沈黙。


「あなた、ここで何をするつもり?」


試すような視線だった。


夜。

官舎に戻ったアレインのもとを、リシアが訪ねてきた。


「忠告しに来たの」


彼女はそう言った。


「今日のこと、中央は必ず知る。あなたはもう、帝国にとって危険人物よ」


「それでも、黙認はできない」


アレインは即答した。


「なら聞くわ」


リシアは静かに問いかける。


「あなたも、いずれは黙る側になる?」


しばしの沈黙。


「……それを拒むために、私はここにいる」


リシアは、ほんのわずかに笑った。


「なら、まだ望みはある」


その夜、中央からの文書が届く。

《灰境州における権限行使について、問題がある》


そしてもう一通。

帝国軍の部隊移動報告。


灰境州に、風が変わり始めていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ