第13話 制度戦争
変化は、公式文書には現れなかった。
代わりに、
小さな報告書の注釈欄、
地方官僚の私信、
大学講義の余談として、
静かに広がっていった。
《灰境州の事例だが――》
その一文は、いつも慎重に書かれていた。
成功とは言わない。
模範とも言わない。
ただ、こう続く。
《参考になる点がある》
それだけで十分だった。
帝都の官僚養成院。
若手官僚向けの非公式勉強会。
アレインは、壇上には立たない。
質問にも、積極的には答えない。
ただ、資料を渡す。
・単一税の計算式
・流通再開時の指標
・闇市場縮小の副次効果
どれも、「灰境州」とは書かれていない。
「これは……理論ですか?」
若い官僚が尋ねる。
「仮説です」
アレインは答える。
「実証されたとは、書いていない」
その一言で、責任は切り離される。
別の日、地方監査官から密かに接触があった。
「あなたの資料を見た」
声は低い。
「南方州で、似た問題を抱えている」
「改革を?」
「いや」
男は首を振る。
「事故を減らしたい」
その言葉に、アレインは頷いた。
「なら、話はできます」
革命ではない。
再建でもない。
ただ――
被害を減らす。
それが、制度戦争の入り口だった。
その頃、ローデリックの元にも報告が届いていた。
「奇妙な動きがあります」
側近が言う。
「灰境州の制度が、“名前を消した形”で流通しています」
「……なるほど」
ローデリックは、すぐに理解した。
「彼は、学習しているな」
「止めますか?」
「いや」
ローデリックは首を振る。
「今はまだ、取るに足らん。
成功例として語られていない以上、脅威ではない」
側近は躊躇した。
「ですが、各地で小さな改善が――」
「小さく、なら問題ない」
ローデリックは冷静だった。
「帝国は、小さな正しさを内包できる」
問題は、
それが繋がったときだ。
夜、アレインの部屋。
机には、地図が広げられている。
灰境州ではない。
南方、東方、西境。
点が、少しずつ増えていた。
「あなた……」
リシアが、地図を見つめる。
「国を壊す気はない、って言ってたわよね」
「ええ」
「でも、これは」
「国を壊さないための準備です」
アレインは答える。
「壊れる前に、
“壊れない形”を分散させる」
「中央集権の否定?」
「……再定義です」
彼は、指で点と点を繋いだ。
「灰境州は、実験でした」
「今度は?」
「ネットワークです」
一つが失敗しても、全体は残る。
英雄が消えても、制度は残る。
それは、帝国の想定外だった。
数週間後、帝国大学で一つの論文が話題になる。
題名は、控えめだった。
《地方行政におけるリスク最小化モデル》
著者は、無名。
だが、参考文献の中に、
見覚えのある数式があった。
ローデリックは、その論文を閉じる。
「……始まったな」
「何がでしょう」
「戦争だ」
彼は、静かに言った。
「剣も、軍も使わない。
だが、国家の形を変える戦争だ」
帝国はまだ、気づいていない。
この戦争では、
勝利条件が違うことを。
アレインは、英雄にならない。
旗も掲げない。
ただ、
制度が残る世界を作る。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




