レルとリズ~悠久の森で
リズは、謁見の間へと向かうレルの背中を見て思い出していた。
二人が出会った、あの日のことを――。
おはなし、おはなし。
昔々のことです。
リサンドラ・オプリは、旅の途中、森の大きな樹の上で眠っていました。
すると、
えーんえーん
どこからか子供の鳴き声が聞こえます。
リサンドラは夢かと思ったけれど、どうやら違うようでした。
(…はあ)
面倒そうにため息をついてから、リサンドラはに長い耳をぴくりと動かして、樹の下を見ます。
えーんえーん
そこには樹の幹に顔を押し付けるようにして、泣いている女の子がいました。
「…おい」
女の子は、リサンドラの声にぴくりとして泣きやみました。
そして、ゆっくりと顔を上げます。
「うぐ…」
自分より少しだけ年上に見える、いかにも乱暴そうなリサンドラに、戸惑っているようでした。
しかし、どういう心の動きでしょうか。女の子は、リサンドラを見なかったことにしたようでした。
そして、また樹の幹に顔を押しつけて、
えーん、えーん
と、泣きはじめました。
「どこかよそで泣いてくれ」
「…いやだ」
「なんでだ」
「泣きたい気持ちが、まっすぐじゃなくなっちゃう」
我慢しましたが、少しだけ笑いが漏れてしまったかもしれません。リサンドラはその答えを、おもしろく思いました。
「なんだそりゃ」
よく見ると、十歳になっているかいないかのその女の子のケープには、とても上等そうな生地が使われています。
この辺りの領主の娘かもしれない、とリサンドラは思いました。
「…聞いていいか?」
女の子は、律義に泣き声を中断して答えます。
「少しにして。まだ泣かないといけないから」
妙なやつだ、とリサンドラは今度は口の端だけで笑います。
誰かに似てる――と思いながら。
「なんで泣いてる?」
「悲しいからよ」
「なにが悲しいんだ?」
「エリン姉さまが、王都へ行ってしまうからよ」
王都とは、つまりこの国の首都であるマリオンのことです。
マリオンは、この森から歩きで十日、馬でも三日はかかるほど離れていました。
「嫁にでも行ったのか」
「ちがう」
「じゃなんだ?」
「姉さまは、新しい聖女になられるの」
「聖女? なんだそれ」
女の子は、じっと樹の幹に向けていた目を、リサンドラに向けました。
そんなことも知らないの、と言いたげに。
「…女神様とお話が出来る方のこと!」
「ふーん」
リサンドラは、神についてはよくわかりませんでした。
神、という言葉を聞くと、リサンドラの頭には決まって、恐ろしくて巨大ななにかが浮かびました。絶対にかかわりあいには、なりたくないような、嫌な感覚を覚えます。
でもこの国の人間達の頭には、神と聞くと、やさしくものわかりのいい女性の姿が浮かぶようなのです。
皆、その女神に祈ることにご執心でした。日々の稼ぎの半分をくれてやるほどに。
「で? それの何が悲しいんだ?」
「だからお別れしなくちゃいけないのっ」
「お前は姉ちゃんが好きなんだな」
「そうよ――大好き。大好き。大好き。大好き。大好き――」
また、女の子の目に、涙が溢れてきました。
再び、樹の幹に顔を押しつけようとしたとき、リサンドラはこう尋ねました。
「――ついてっちゃいけないのか?」
「え?」
濡れた目が、見上げました。
「…いけないよ?」
「なんでだ?」
「だって、そう言われたから」
「誰に」
「みんなに」
「聖女ってのは一人で暮らしてるのか」
「そんなことない。王様のいるお城に一緒に住んでるし、神官様もたくさん一緒にいると思う」
「じゃあ、それになればいい」
風が吹きました。
「一緒にいたいんだろ?」
その日それから何があったか、リサンドラはもう覚えていません。
一緒に遊んだのか、すぐに別れたのか。
ともかく、リサンドラ・オプリとアウレリア・アルマリアはこうして出会ったのです――。




