天地無用
ポポムは、心で叫んでいた。
(どんな数でも、重さでも――)
引っ越し屋としてのキャッチフレーズを。
(――お値段、変わらず! お気軽に!)
スケルトンたちが、石の天井に叩きつけられる。その衝撃は、同じ高さから地面へと落下した場合と同じだった。すなわち――、
(ガシャガシャガシャアアアア!)
骨は砕けて、バラバラになった。
「おお! ここで浮遊魔法か!」
「やるじゃないか、あの男!」
騎士たちが喝采を送る。
苦し紛れの策の絶大な効果に、ポポム本人があっけに取られていた。
(マジか…! こんなにうまくいくなんて…! )
ポポムの浮遊魔法には、呪文も触媒も必要なかった。あらかじめ指で触れることさえできれば、いくつでも、どんな重さでも同時に浮かすことができた。
天井から夥しい量の人骨が、降り注ぐ。
その中の頭蓋骨が一つ、ごろごろと、ポポムの目の前に転がってきた。それは、ポポムをにらむように、ぴょこんと直立する。
「…ひ!」
邪悪な黒い瘴気――、散らばっていた人骨が吸い寄せられ、たちまち元の形へと組みあがる。それはポポムの眼前だけでなく、あらゆるところで起こっていた。
(駄目か…! やっぱり…!)
あっさりと、スケルトン軍団完全復活――白骨の兵士たちは、自らを組み上げながらポポムに襲い掛かった。
ポポムは、ぎゅっと固く目をつむった。疲労困憊のポポムに、逃げる体力はもう残っていない。
「助けにいくぞ!」
「ダメだ、間に合わん!」
「いや…! 待て…!」
ポポムの指先が、光を放っていた。
「あれを見ろ」
長髪の魔法使いが、指差したのは天井だった。そこには、あるものが淡く光って張り付いていた。
(…あ、あれ?)
急に静かになった周りの気配に、ポポムがゆっくりと目を開けた。
骸骨兵が、浮き上がっていた。
天井に張り付いたままの、自らの骨に引き寄せられて。
(ガシャガシャガシャアアアア!)
再び、天井へ向けて落下する。
あとは同じ繰り返しだった。
天井に叩きつけられ石床にばらまかれてはまた復活し、また天井の自分の骨に引き寄せられては叩きつけられ――恐るべき不死のスケルトンの群れは、浮遊魔法を使う引っ越し屋によって完封されたのだ。
「あんた、すごいな!」
レンジャーが駆け寄り、ポポムを立たせた。
長髪の魔法使いがポポムに尋ねる。
「この魔法、いつまで持つ?」
「そ、そうですね…仕事中はずっと使ってるので、まあ丸一日くらいは…」
「なんと…触媒もなしでか」
長髪の魔法使いが、ポポムの指を興味深そうに見る。
「“風”がない…この魔法は【ゼフィラの加護】ではないのか?」
「…あ、はい…魔法学校は、落第してしまったので…」
ポポムが恥ずかしそうにうつむく。
「ではこの力は一体…?」
(クアアアアアッ)
「おい、話は後だ。まだ助かったわけじゃない」
階段側から迫るスケルトンたちは、いまだ健在だった。生かして帰さぬとばかり、飛び跳ねるように、こちらへ迫って来る。
「くそ…!」
若い騎士が、ポポムを振り返る。
「あんた、こいつら全部、浮かせることは出来るか?」
「そ、それはちょっと…」
「いいや」
そう言ってレンジャーが、迫る骸骨の群れに向かって踏み出ていく。
「もうその必要はないな」
こちらを振り向き、敵に背を見せた。
そしてあろうことか、その手のダガーをポポムに向かって投げた。
(ズドッ)
つるし肉に突き刺さるようなその鈍い音は、ポポムの体ではなく、ポポムの遥か後ろにある、扉の横の石壁からだった。
ダガーの突き立った石壁から、赤い液体がしたたっていく。
「ど、どういうことだ? 壁から――血が?」
床に向かって流れていく血を中心線として、人型の輪郭が浮かんでいく。石壁から滲むように現れた男は、喉にダガーを生やしたままゆっくりと床へと倒れた。
「この距離で、レンジャーの感覚を誤魔化せると思うなよ」
スケルトンを操るネクロマンサーに違いなかった。男が倒れたと同時に、迫るスケルトンたちも崩れるようにただの骨へと戻った。
「助かった――のか?」
「そのようだ」
安堵の声が漏れる。
「で、どうする?」
「最後の命令は撤退だ」
「そりゃそうだが」
ポポムは話す男たちの横をすり抜けていく。
ポポムが扉を押し開けると、予想通り階段があった。
今度は大階段だったが、暗く不気味なことに変わりはない。だが、下りていかねばレルに会えない。
(レル様――)
と、若い騎士がポポムの肩に手を置いた。
「?」
「助かったのは、あなたのお陰だ。礼を言わせていただきたい」
「――ちょっと先を急ぎますので」
ポポムは扉をくぐる。
大階段を下り始めたポポムに、今度は長髪の魔法使いが、扉の向こうから声をかけた。
「その魔法といい、君は何者なのだ。術士でないなら、一体?」
ポポムは振り返り、こう言った。
「引っ越し屋です」
そのポポムの言葉が響いたのと、死にゆくネクロマンサーが最期の呪文を完成させたのは同時だった。
「おい、あ、あれ…」
「ま、まさか…嘘だろ、そんな…」
男たちの震える声で、呪文の成功を知ったネクロマンサーは、にやりと笑い息絶えた。
その呪文の対象は、骨ではなかった。散乱する骨の山からずるりと立ち上がったのは、さっきまで共に戦い死んでいった戦友たちであった。術者が死んでなお、屍たちは男たちに襲いかかった。
ポポムが暗い階段を十段ほど下りた時、背後から痛切な悲鳴と恐ろしい咆哮が聞こえた――ような気がしたが、ポポムはその真相を確かめることなく先を急いだ。
その頃、レルこと聖騎士アウレリアは、城のさらなる下層にいた。
巨大な屍鬼の斧槍の一撃が、レルに迫った。
(――速い!)
頬を刃がかすめる。
間一髪で懐に飛び込んだレルは、屍鬼の着こんだ重騎士の鎧の上から構わず鉄拳を叩きこむ。
(ドゴン!)
ただの拳ではない、神聖魔法を込めた聖なる一撃である。レルに倍する体躯の重装グールの体が、二つに曲がった。
(ゴアアアア!)
その下がってきた頭部めがけて、身をひねり聖盾ヴァルカンティスを叩きつける。
(ガギィン!)
兜と盾がぶつかる金属音が、耳をつんざく。
「うおおおおおおーっ!」
意に介さずそのまますぐそばの石壁にグールの頭部を押しつけ、すりつぶすように兜ごと砕いた。
倒れたグールの死骸に、すかさず浄化の呪文を唱える。これで不死属性の怪物も、蘇ることはない。
「そろそろ謁見の間だな」
レルの勝利に視線も送らず、リズが言う。
「ええ、行きましょう。体力は温存できてる」
レルは歩き出す。
待ち伏せの魔物も、仕掛けられた罠も、二人はほとんど捨て置き、最低限の戦いしかしていない。
(体力はな…)
リズはレルの手の、わずかな震えを見逃さなかった。
二人は、城の中心部に向かう。そこにある謁見の間の玉座に、魔物の長が鎮座しているはずだった。
屍王ネクロヴァルド――自らに不死の呪いをかけた、二千年を生きると豪語する悪の魔導士――、すわなちリッチである。




