最強引っ越し屋伝説、はじまる
「…これ…どうするよ?」
弓を構えたレンジャーが、身を寄せ言う。
「どうするもくそも、そこの階段を上る。それしか道はない!」
若い騎士が、恐怖を悟られまいと大声で応える。
しかし階段部屋から次から次へと沸き出る骸骨兵は、さながら骨の土石流――生き残った男達は、不本意ながらじりじりと広間の奧へ下がる他ない。
ポポムは恐怖で痺れながら、後ろを振り返る。
(…レル様…)
レルが向かったはずの、城の下層へと続く階段――それもまた、ゆっくりとこちらへ迫る骸骨兵の壁に阻まれ、見えはしない。
ポポムの肩が、ぽんと叩かれた。
「いや、向こうは駄目だ」
年長の、長髪の魔法使いだった。
「上階への方が、距離も近い。敵の数も、向こうは多すぎる」
「で、でも…」
「触媒はないと言ったな? では、魔法は何が使える?」
「ふ、浮遊です」
「他には?」
「ほ、他には何も…」
軋るような咆哮が、前方から響く。
「ひ…!」
スケルトンが三体、群れから離れ突っ込んできたのだ。
さきほどの若い騎士が一瞬にして、三体を剣で薙ぎ払う。と、どこに隠れていたのか四体目――無情な剣が、騎士の頭に振り下ろされる。
「あ、危な――!」
間一髪で、バスンと骸骨の額に矢が突き刺さった。
「今のが、最後の矢だ。ちくしょう」
ポポムの後ろで、レンジャーが吐き捨てた。
人間達の数は、ポポムを除いてちょうど十名に減っていた。騎士が三、レンジャーが二、魔法使いが五――。
「では君は、術士ではないのだな?」
「全然違います」
「わかった――協力してほしい」
魔法使いたちが、長髪の男に何かを手渡している。
「仲間の死体から、爆炎系の触媒をかき集めた。万全とは言えん量だが、これで階段側の骸骨どもを吹き飛ばす」
「な、なるほど」
ポポムは素直に感心する。
「出来るだけ多く巻き込みたい。まだ階段の途中にいる連中もすべて、この場へ引きずりだす――つまり、ぎりぎりまで奥へ退く」
「……!」
決死の作戦だった。
わざとこの大ホールの中央まで退く――。
失敗すれば、ぐるりと囲む骨の群れに、飲み込まれるのは間違いない。
「爆炎に巻き込みさえすれば、いったんは倒せる。その隙に、走り抜ける」
レンジャーが口笛を吹いた。
「ぼ、僕は何をすれば――」
「君には、後ろの群れを見ていてくれ。異変があれば、知らせてくれ」
「わ、わかりました」
非戦闘員であるポポムだけが逆を向き、即席パーティーは骸骨たちを牽制しつつ、じりじりと奥へと下がっていく。ポポムからすれば、男達に押され奧の群れへとおいやられていく恰好だ。
ゆえに、その異変に最初に気づいたのはポポムだった。
「な、なんですか、あれ」
ポポムは最初、それが何を意味するかよくわからなかった。
「どうした?」
「わ、わかりません、でも‥‥あれは……のわあああああ!」
「攻撃か!?」
ポポムが恐怖でしゃがみこむ。振り向いた男達が見たものは――
「う、嘘だろ…」
骸骨が数体、空中を飛んでいた。自ら飛び上がったのではない。仲間のスケルトンに空中に投げられたのだ。
両側から一体のスケルトンの手足を掴み、二体の力でこちらに放り投げている。
何体かは天井のシャンデリアにぶつかって、ポポムらの頭上にばら巻かれた。だが、それは直接の攻撃ではなかった。空中に投げられた大半はそのまま、ポポムらの頭上を飛び越えていく。
「何だ、これは! やつら、何をしてる!?」
男達が狼狽している間も、スケルトンらは自分達を投げることをやめない。常軌を逸するほどの量の骸骨兵が投げられ、男達の頭上を飛び越えては、反対側の床に叩きつけられバラバラになっていく――。
「しまった…」
長髪の魔術師の口から、焦りのつぶやきが漏れた。
「すぐに突っ込むぞ!」
「え?」
時すでに遅し――投げられバラバラになったスケルトンたちが、復活していく。比較的数が少なかったはずの階段側のスケルトンは、溢れるほどの数となっていた。
「くそっ!」
長髪の魔法使いが呪文を唱えた。小瓶に集められた触媒が光る。次に、両脇に立つ魔法使いが詠唱を開始する。
風が吹いた。
その一瞬の魔力の風に乗って、小瓶が骨の群れに向けて飛んでいく。
(ズオッ――!)
まばゆい光が生まれ、骸骨兵らが吹き飛ぶ。その期を逃さず、魔法使い全員での詠唱が重なった。
(ボオワッ、ボオオオワアアアアッ)
爆発はみるみる大きくなって、骸骨兵たちを飲み込んでいく。
「…やった、すごい…!」
ポポムは、初めて見た攻撃魔法の圧倒的な威力に頼もしさを感じずにはいられない。
「よし! 今だ、走れ!」
だが――その言葉に従う者は、誰もいなかった。
「そんな…」
そこに道など出来はしなかった。
確かに爆発で吹き飛んだ骸骨兵は大量であった。しかしそれ以上に、巻き込まれなかった骸骨兵もまた大量だった。
それはまるで壁だった。
後ろからも、前からも、骨の壁が迫ってくる。
(ダ、ダメだ――!)
ポポムは、その場にうずくまる。
「あ、諦めるんじゃねえ! 戦うぞ!」
レンジャーが叫ぶが、その声色は決して勇ましいものではない。
騎士が剣を叩きつけ、レンジャーがダガーで切り裂き、魔法使いらは単発の攻撃魔法を声を枯らして投げつけた。
ポポムはその間ずっと、床に這いつくばり、頭を守るようにして丸まっていた。
(死んじゃう…! 死んじゃう…! 死んじゃう…!)
涙が出た。鼻水も出た。最後に浮かぶのは、自分に向けられたレルの笑顔だった。
(レル様―――!)
下の階にさえ行けば、もう一度会うことが出来る。
そう思って、顔を上げる。
スケルトンの足は頼りないほどに細かった。無数にいても這いつくばって見れば、それなりに向こうまで見える。ぼんやりと、はるか先に階段へと続く扉が見えた。
「もう限界だ! 君、浮遊を使ってくれ! シャンデリアに逃げよう!」
長髪の魔法使いが、ポポムがうずくまる下を見る。だが、そこにポポムはいなかった。
「なっ」
「おっ、おい、あれ見ろ!」
必死で戦いながら、レンジャーが言う。それぞれが、戦いながらそれを見た。
ポポムは進んでいた。スケルトンの足の間を。匍匐前進で、奧の扉に向かって。
「なっ、何をしている!」
「一人だけ助かろうってのか! あの野郎!」
「卑怯な! 恥を知れ!」
ポポムは、粛々と進み続けた。
息を殺し、骨の足が作る、奇妙な林の中を――。
(ガキン…!)
進むポポムの目の前に、剣が突き立てられた。
(こ、ここまでか…!)
恐怖で顔をあげることもできなかった。突き立てられた剣が、持ち上げられる――。
「う…うぅ…ぬわあああああっ」
ポポムは、恐怖のあまり思い切り横に転がった。
骨の足にぶつかった。
巨大な肉塊の重さに耐えるには、骸骨たちの足はあまりに華奢すぎた。ポポムの回転に巻き込まれ、数体の足がぽきぽきと折られ倒れていく。
異変に気づいたスケルトンが、転がるポポムに群がった。
「しええええええっ」
ポポムはその気配を感じ、体の回転を逆方向に変える。またスケルトンが巻き込まれ倒れていく。
「お、おい…あいつ、めちゃくちゃ倒してるぞ」
「まさか、初めからこれが狙いか…!」
とはいえ、すぐさま復活するのがスケルトン。これを繰り返したところで、ポポムが殺されるのは時間の問題と思われた。
だが――。
ポポムは苦し紛れに回転を続けているようで、少しづつだが角度をつけていた。階下へ続く階段、その扉にたどり着くために。
「嘘でしょう!? あの男…逃げ切りますよ!」
若い騎士が呆れた声をあげた。
心なしか敵であるスケルトンたちも、ポポムの行動に呆れ、動きが止まっているようだ。
(はあっ…はあっ…はあっ…はあっ…)
転がるだけとはいえ、ポポムに体力の限界が訪れていた。目に見えて回転の速度が鈍くなっていく。
「おい、転がれ! 逃げろ!」
もう転がれなかった。呼吸が出来ない。もう動けない。体が、汗だくなのに冷え切っていた。
復活したスケルトンたちが、横たわるポポムに迫る。
ポポムは真っ青な顔で、手をあげた。まるで魔法使いがするように、人差し指と中指を揃えて。
だが悲しいかな、自分はただの引っ越し屋。その指先から攻撃魔法が飛び出るわけもない。しかし――指先は、淡く金色に光っていた。
「浮遊――」
くるりと、二本の指が天を指す。
次の瞬間、襲いかかる無数の骸骨たちは、石造りの高い天井へ向け、一斉に落ちていった。




