ゲームチェンジャー
ポポムは、見上げる。
クインザム城を特徴づける高い突塔を。
麓の森から見上げた時はわからなかったが、塔の頂上には両手を広げた女神オルディナの像が立っている。
両手の指を組んで短く祈った。
「危ないことは起こりませんように」
ひび割れた女神の微笑みは、冷やかにそれを見下ろしていた。
城の中は、床も壁も天井も、すべて白の切石で作られていた。
ドーム状に組まれた高い天井、その天井からつながるように採光のための窓。城の最上部であるここは、祈りの場として使われていたのだろう。
「…おー、なんかすごい…」
ポポムがこの建築の威容を味わえたのは、窓から漏れる月明かりではなく、別の光源によってだった。
ちょうど成人男性が手を上げたほどの高さの空間が、光りを放っていた。先に入った騎士団の使った、発光魔法の名残りである。
(ジジジ…)
ポポムは、その光の帯を見上げる。
光蟲の分泌液を乾燥させた【星屑粉】――それをいかに長く滞空させ続け、反応させ続けることができるか。
それで術者のレベルが測れると、ポポムは聞いたことがある。
光の帯は、揺らぐ気配もない。
騎士団付きの魔法使いたちは、かなりの格ということだろう。
帯は、聖堂の奧へと続いている。
ありがたい。
「…便利だなー、魔法って」
光を道しるべに、進む。
聖堂の中程、左の壁にある開け放たれたままの扉をくぐると中庭だった。風が心地いい。
(昼に来たら、素敵だろうなー…)
そう思いながら、庭をぐるりと囲む回廊を光の帯に沿って、小走りに抜けていく。
光はすぐまた屋内へ。
今度は、広間だ。朽ちかけた大テーブルが置かれていることから、かつては騎士や修道士のための食堂だったのだろうと分かる。
広々とした窓から見える景色は、真夜中とはいえここが山頂に造られた城なのだと実感させる。
(麓からここまであのテーブル運んだのか…大変だなー…)
引っ越し屋らしい感想を心の中でつぶやく。
――と、何かが聞こえた。
「…!」
静寂。
気のせいか。いや、確かに聞こえた。
光の帯の続く先――開け放たれた、扉の向こうからだ。
男の叫び声。
ポポムは、唾を飲み込み外で拾っておいた骸骨兵のラウンドシールドを構える。
おそるおそる扉をくぐる。
「――!」
そこは、下へと続く階段部屋だった。
発光魔法の帯は、石造りのらせん階段に沿って下へと続いている。階下がどうなっているかは、わからない。
ポポムは大きく息を吸い込み、階段に足を降ろした。二段、三段とゆっくりと降りていく。
まず聞こえてきたのは、剣と剣がぶつかる音とおそらく断末魔であろう悲鳴だった。
「ぎゃああああ!」
「固まれ! 突出するな!」
「隊長、右翼が持ちません!」
階下で激しい戦闘が行われているのは明白だった。ポポムは意を決した。
「…よし、帰ろう」
ポポムは180度方向を転換した。
すると、人間のしゃれこうべと目があった。
「え?」
スケルトンだった。レルが倒し損ねたものだろうか。両腕はなく、武器も持たず、ただ立っている。もしや外のテラスからずっと、ポポムの後ろをついてきたのだろうか。
数秒、両者は口づけをするような距離で見つめあった。
(…ガパッ!)
しゃれこうべの口が大きく開き、ポポムに飛び掛かった。
「ぎゃー!」
かろうじて、盾で防ぐ。
(バリンッ)
固木を重ね、なめし皮で覆われた重厚な盾が、いとも簡単に噛み砕かれた。
「なー! 死ぬ!!」
ポポムが自らの死を大声で予言したのと足が階段を踏み外したのとは、ほとんど同時だった。さらなる噛みつきが襲い来るのを偶然かわしながら、ポポムはらせん階段を転げ落ちていく。
「ぬあああああああーーーー!」
巨大な鞠のように壁にぶつかりながら、転がり――途中、再び襲ってきたスケルトンをその巨体の回転に巻き込み――階下の部屋へと続く両開きの扉にぶつかりながらも、その勢いのまま通過した。
「ぐほあっ」
うつ伏せの恰好でポポムは止まった。
発光魔法の光の帯はもうなかった。
周囲を柔らかく照らす光源は、石壁に作られた暖炉の炎からだった。
そして奧でぼんやりと光るのは、無数の蜜蝋が灯された巨大なシャンデリア。
と、目の前に何かが落ちているのに気づく。
一緒に落ちて来たスケルトンの頭蓋骨だった。
「いやあああーー!」
ポポムはそれを慌ててつかむと、思いきり投げたが壁に当たりすぐさま戻ってきた。
「おるああっ」
今度は全力で蹴り返す。だが思い切り蹴り損ね、その勢いで後ろに倒れた。
「!!!!」
石床に後頭部をしたたか打ちつけ、ポポムは転げ回った。
「何をしている!」
悶絶するポポムに、怒りを含んだ声がかけられた。
薄暗い闇の中から現れたのは、隊長らしきあの年長の騎士だった。その右目はすでに失われている。
その彼が肩を貸すレンジャーは、左の腕と足がおかしな方向に曲がっている。
見れば、他の者らも似たようなものだった。
ここにいるのは負傷した騎士レンジャー魔法使い、合わせてざっと十数名…
「…こ、これだけ…?」
四〇名はいたはずだった。
唖然とするポポムに魔法使いが二人、憔悴しきった顔で近づいてきた。
「…もう触媒がないのだ。君も術士だろう、何か持っていないか?」
「いえ、僕は魔法使いでは…」
「もういい!」
その野太い声は、片目の隊長が張り上げたものだった。
魔法使いたちが振り返る。
「…撤退するぞ」
沈黙が流れる。
ポポムは周りを見る。誰も反対せず、ただうつむいている。
「そ、そんな……レル、いやリア様は?」
「先走ったのはあちらの責任だ。我々は撤退する」
「で、でも」
隊長は、激しい怒りの表情を浮かべて剣を抜いた。聞く耳持たぬとばかり、ポポムの肩をつかみ地面に転がす。
「わあっ」
ポポムが尻もちをついた、その刹那――。
(クアアアッ!)
ポポムの頭がまさに今あった空間で、骸骨兵の顎がガチンと激しく閉じられていた。頭蓋骨だけになったさっきのスケルトンだ。腕は相変わらずないが、胴も足も元通りに復元している。
隊長の幅広のブロードソードがスケルトンを横に凪ぐ。
「こいつらが、倒せんのだ…!」
骨はバラバラになって石床に四散した。だが、数秒後、またぴくぴくと骨同士が組み合わさっていく。
「操るネクロマンサーを倒さん限り、何体倒しても意味がない」
ポポムは疲弊し戦意を失った表情の騎士たちに言う。
「ふ、復活する前に走り抜ければ…?」
「では、やってみろ。下への階段はあっちだ」
示された奧を見る。
シャンデリアの淡い明かりの下、趣味の悪い紋様の壁が見えた。
それが、ゆるりと動く。
(――!)
壁ではなかった。
壁のように見えたのは、数えきれない数のスケルトンだった。
この広間にぎっしりと、百、いや、二百はいるだろうか。
「我々は戻るぞ」
隊長は命じる口調で、きっぱりと宣言した。
騎士たちは、半ば安心したような表情を浮かべ、上階へと続く階段へ向かう。
「…」
ポポムはひとり、奧にあるシャンデリアを見上げた。
浮遊してあの無数のスケルトンたちの頭上を通れるかもしれない。
しかし、骸骨兵の中には弓を持っている者もいるようだ。
仮に、無事に下への階段にたどり着けたとする。それからどうする。
その階段にも、スケルトン兵がぎっしりと配備されていたとしたら――
その時、ポポムの後ろからあられもない悲鳴が聞こえた。
「隊長――――!」
らせん階段へと続く両開きの扉から、騎士たちが押し戻されていた。
すでに屍となった隊長が、無数の骨の手で無残に引き裂かれるのが見えた。
「ま、まさか…」
テラスから、ポポムを追ってきたのは一体ではなかった。
レルがテラスで倒したあの無数のスケルトン兵がすべて復活し、ここに押し寄せてきたのだ。
「ぎゃあああーーっ!」
ポポムの目の前で、喉をさかれ、腹を破られ、あっという間に三名が死んでいく。
もはや退路はない。
(クアアアアッ!!)
哀れな生者たちをあざ笑うかのように、今度は、広間の奧の骸骨たちが咆哮をあげる。
それが合図だった。
不死者でつくられた壁が、ゆっくりとこちらに向かい始めた。
「やばい…挟み撃ちだ…」
ポポムの横でレンジャーの一人がつぶやいた。




