流星の魔法使い
ポポムは【浮遊魔法の引っ越し屋】という天職に、倦怠を感じ始めていた。
もう二八歳――、
二年前に一念発起で始めたこの仕事も、今や特に驚かれることも喜ばれることもない。
(ふう…)
ポポムは、いつものように依頼人の生活用品のぎっしり詰まった木造りのチェストを同時に三つほど浮かせ、路地に停めた荷車に向かう。
(ん…?)
ポポムの作業を、物陰からじっと見つめる者がいた。
サーコートというのだろうか、頭巾と一体になったマントを頭からかぶり、顔には祭りで使う不気味なお面を被っている。
目立っていた。
本人は隠れているつもりかもしれない。
だが、その長身もあって、道行く人が怪訝な顔で振り返っている。
「……」
こちらから声をかけるべきか否か。
と、その怪人は、ポポムがオーク材の重厚な大テーブルを軽々と浮かせ荷車に載せたのを見届けると、ものすごい速度で走り寄って来た。
「痛ーいっ!」
一回、派手に転んで。
「…大丈夫ですか?」
思わずポポムの方から声をかけた。
それくらい、痛そうな転び方だったから。
「あの! お引っ越し屋さん! 今、使われていたのはもしや浮遊魔法ではありませんか!?」
「はあ…、我流ですけど」
声はかわいらしいが妙に落ち着きのないお面の怪人は、ポポムの返事をまるで聞いていない。
ポポムが今しがた荷車に載せた大テーブルを、勝手に持ち上げ「ほうほう、この重さを? ふむふむ、であれば楽々・・・」などとつぶやいている。
「・・・えーと」
「あなたのような方を探していました」
そう言いつつ、振り返る。
「…あっ、引っ越しのご依頼ですか?」
「まあそうとも言えます。荷物はとても少ないのですが」
「でしたら、来月の、そうですねー、新月の週にならいつでもお伺いできますが」
ポポムは、尻のポケットから手帳を出して答える。
「あさっての真夜中はいかがでしょうか」
「真夜中? あー、そうですねー・・・」
出来るだけ表情を変えず、手帳をめくる。
‥‥夜逃げだ。関わらない方がいい。
穏便に断る理由を探していると、怪人はずいと仮面の顔を近づけてきた。
「うっ」
「実はわたくし…」
さっとお面を外す。
「この国のパラディンなのですがっ」
「……!!!」
ポポムは心臓が飛び出そうになるのを、必死で抑えた。
そして、しばらく間をおいてからこう言った。
「…アウレリア様?」
「ご存じでしたか! それは話が早いです!」
ぱあっと音がするような、嬉しそうな笑顔を見せる。
かと思った途端、眉間にしわを寄せ、
「しーーー!」
と、ポポムの面前に人差し指を立てた。
「わたしがここにいるのは、国家機密なのです…!」
そう言うと、アウレリアは、ふたたび面をつける。
ポポムはよくわからないまま、
「は、はい…」
と、うなづくしかない。
「…実はわたくし、あさっての夜に、ある極秘作戦に参加しなければならないのです…」
小声ながら、あさって、極秘など、要所要所を立ててくる。
「まあ詳しいことは、国家機密ですので申し上げるわけにはいかないのですが…」
と、最初こそ小声で話していたが――、
「簡単に言えば、その作戦はわたくしの力だけでは、絶対に不可能な作戦なのです…! 少しだけ説明いたしますと、騎士一人につき魔法使いが一人絶対に必要とだけは、お伝えしておきましょうか。当然、王と聖女の意思を代行するパラディンたるわたしが望めば、騎士団つきの魔法使いが用意されるはず。そうお思いでしょう? そうです、それが当然のはずなのです。ところがっ」
ぐるぐると歩き回りながら、身振りたっぷりで話し始める。
道行く人が、振り返って見ている。
もうポポムの方が、気が気ではない。
「騎士団づきの魔法使いは、全員もうすでに配置が決まっていると言うのですっ! くぅーーー!」
ポポムは、実際に地団駄を踏む人間を初めて見た。
「えーと」
「お察しの通りです!」
面の怪人は、ポポムを力強く指さす。
ポポムも思わず、直立不動になってしまう。
「ならば自前でなんとか探そうと、今朝からずっと王都をさ迷っていたのです!」
直立のまま、やんわりとポポムが言う。
「…えー、申し訳ないんですが、僕、浮遊以外の魔法はぜんぜん使えなくてですね…」
「それは構いません、必要なのは浮遊魔法だけなのです」
「しかし、作戦ということですから、戦ったりもしますよね?」
「ご心配なく。戦闘はわたしともう一人が、責任もって完遂いたしますので」
「あーそうですかー、・・・いや、でも…」
手を握られた。
「お願いできませんか?」
――ポポムは承諾した。
よく聞けば、作戦が行われる場所はこの王都から、馬車で丸一日かかる辺境の地だという。
お陰でその日とその次の日に予定していた引っ越しの仕事は、断らなければならなくなった。
でも、協力を約束した。
「――ふう…」
その夜、部屋に戻るとポポムは机の隠し戸をそっと開けた。
そこには聖騎士アウレリアの様々なグッズが隠されていた。
樹脂製の着色済み彫像、自分で組み立てた木製関節人形、様々な絵師による肖像画の数々――。
寺院から販売されている公式グッズはもちろん、野良の職人が作った非公式のものまで、手の出る範囲のものは全て揃えていた。
聖騎士アウレリア――リア様――
彼女がパラディンに任命された二年前から、ポポムはずっと憧れていた。
非公認の『リア様をお慕いする会』にも真っ先に入会した。
リアの存在は、ポポムの不遇な人生の一服の癒しだった。
遠くで見て、活躍を知るだけで、ポポムの心は十分に救われていた――なのに、
(出会ってしまった)
しかも、手を握られお願いまでされてしまったのだ。
ポポムはこみ上げてくる喜びを枕で押し殺し、手足をばたつかせた。
時折、どうしても漏れてしまう奇声を、同居してる母に怒声で注意されつつ――、その日は一睡も出来なかった。
そして現在――
信じられないが、自分はリア様を――いや、レル様を(甲冑の上からとはいえ)背中から抱きしめた。
眼鏡を拾ってもらえた。
回復魔法をかけてもらえた。
親しいと言ってもらえた。
そして――、
レルと呼んで欲しいと言われた。
ポポムは深いため息をつく。
(これを支えに生きていこう。一生の思い出として)
その時、柔らかな風が吹き、空からいくつもの青の光が降りて来た。
後続の騎士たちを着地させる、浮遊魔法の光だった。
ポポムは、レルの活躍と、彼女たちが城内に入っていったことを彼らに告げるため、立ち上がろうと―――
「クソがっ! 余計なことをしやがって、あの女!」
怒気を含んだその声に、ポポムは硬直する。
「何人死んだ?」
「エディーのチームと、ユーゴのチームが落ちるのは見た」
「あと数組は落ちたぞ」
「全部、あの小娘のせいでしょう? 俺らはただの陽動じゃなかったんですか!?」
「落ち着け」
「大方、なんにも事情を教えてもらってないんだろうぜ――あの嬢ちゃん、王宮じゃ蚊帳の外らしいからな」
嗤う者、唾を吐く者、わざとらしくため息をつく者――。
ポポムを無視して、騎士たちが通り過ぎていく。
「力だけは認めるがな。本人も焦ってるんだろうさ。ただの子供が、聖女の姉ちゃんのコネで、パラディンなんかに任命されちまってよ」
ははは、と何人かが小さく笑う。
「笑いごとじゃないでしょう!」
若い騎士は足を止め、怒りをぶちまける。
「我々、金剛騎士団が小娘のわがままに振り回されてるんですよ!」
「まったくだな」
隊長らしき年長の騎士が、彼の肩に手を回す。
「だが、お嬢ちゃんが魔物の巣に突っ込んでったのを、ほっとくわけにもいかんだろ。それこそ騎士の名折れ――行くぞ」
その言葉に、総勢四〇人弱となった三人一組の屋内戦闘部隊は、宗教建築を思わせる城へと侵入していく。
「……」
ポポムは、しばらくそのままの姿勢で石床を見つめていた。
頭の中で、この辺境への道程を思い出していた。
馬車の中でも、野営での食事の際も、レルに話しかける騎士はいなかった。
彼らのよそよそしい態度は、場違いな自分がいるせいだとばかり思っていた。
――そうではなかった。
ポポムは、立ち上がった。
何の役にも立たないかも知れない。
足手まといになるかも知れない。
ただ無駄に死ぬだけかも知れない。
それでも、ポポムは向かうことにした。
城の中へ。
レルの味方になるために。
ティサリア建国歴998年、耕しの月、満月の週五日目、午前零時過ぎ。
この真夜中の一歩が――、
のちに王国を滅亡から救うことになる【流星の魔法使い】――ポポム・フェルディナッツの、栄光の人生の始まりであった。




