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流星の魔法使い  作者: 冬島アサ
第一章 屍王討伐

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降伏

(ゴス…!)


 それは背後から抱きついたポポムのたっぷりとした二重あごが、レルの左肩に触れる瞬間だった。

 レルは振り返りもせず、左の裏拳をポポムの鼻柱にめり込ませていた。


「がふっ…」


 続いて、ネクロヴァルドを攻撃していた龍の遺物が、一斉にポポムの方を向く。

 レルの無意識とドラゴンの闘争本能は、背後から襲いかかった不埒者を一刻も早く無力化することで一致していた。

 涙で歪むポポムの視界の中、龍の口のような発射口に光が収束していく――。


(…あー、死ぬかも…)

 

 何筋もの光線が、無慈悲に放たれた。

 それは中空で交差して、壁に床に天井におびただしい破壊をもたらした。ポポムは――

 ポポムは、天井にぶつかっていた。レルを抱きしめたまま。


「ぐうっ…!」


 ポポムの後頭部と背中が、石の天井にめり込んだ。ポポムは、レルの頭が直接天井に当たらないよう、とっさに体でかばっていた。

 始めからこうするつもりだった。

 光線で狙われなければ、これほど高速でぶつかるつもりはなかったが――。


「…レ…レルさん…?」


 その言葉に、腕の中のレルが顔をこちらに向ける。

 この衝撃で、レルが正気に戻ってくれれば――。

 紅い瞳が、ポポムを睨んでいた。


(あー、ダメか…じゃあ…)


 ポポムは自分の体を持ち上げる浮遊の効果をゼロにする――自由落下。


(――もっと強く…!)


 床すれすれで、二人の体は重力に逆らった。

 そして、さらに強い力でポポムは天井に激突した。

 

「あいつ…何やってやがる…」


 ルーファスに囚われたままのリズが、吐き捨てるようにつぶやいた。

 

「――わからないのですか?」


 ルーファスが、震える声でたしなめる。

 リズの両腕を握って、吊り下げた格好のルーファスから、リズの表情は見えない。


「あの男は、愛する者の心を魔龍の手から取り戻そうと必死なのです――彼は、ここにいる誰より非力な存在だというのに」

「ふん――狼ってのは感動屋なんだな」


 ダークエルフの幼さの残る顎から一粒の水滴がぽたりと落ちた。それが汗だったのか、それとも涙だったのか。ルーファスには永遠にわからない。何故ならば――。

 

(ゴキゴキッ!)


 リズが、一瞬にして両肩の関節をはめ直す。


「油断してくれてありがとよ」


 キラリと光ったのは、一本の糸だった。それはリズの右手を握るルーファスの右手首と、リズ自身の左腕に巻きついていた。

 リズはその糸を足にひっかけたかと思うと、全身を使って一気に引き絞った。

 音もなく、ルーファスの右手首とリズの左腕が同時に切断された。

 片腕となったリズは人狼の胸板を蹴って、叫んだ。


「レル! いい加減、目を覚ませ!」


 四度目の天井への激突――。

 その衝撃で意識が薄れゆく中、ポポムは見た。左腕を失ったダークエルフがこちらに向かってくるのを。

 同時に、レルが狂暴な力でポポムの腕を振りほどく。


(あー…ダメだった…――)


 ポポムは意識を失った。

 浮遊の魔法が消えさり、まっさかさまに落下していく。

 

(ガシッ)


 落下するポポムの腕を、掴む手があった。

 ポポムの巨体が、ぶらりと吊り下げられる。

 空中に浮かんだままのレルだった。

 左目は紅く輝いていたが、右目は――元の青に戻っている。


「――ポポムさん…」


 レルは、ゆっくりと降下していく。

 

「…国家を守るパラディンとして、礼を言わせてください。あなたの働きは、王と聖女の耳にも入ることでしょう」


 レルはそう言って、ポポムの体をそっと石床へと横たわらせた。

 そして、ネクロヴァルドたちに青と紅の視線を送る。それに合わせるように、レルの周りに滞空していた龍の遺物たちも。


「レル――だよな?」


 そのリズの声に、レルはうなづく。

 

「ごめん、リズ。腕はすぐ取り戻す」


 続く聖句と共に、リズの出血が止まる。

 レルは龍の力を制御下に置いていた。


 ネクロヴァルドもまた、地上へと降りていた。

 エルフを取り逃がしたルーファスを叱責するでもなく、屍王は後ろ手のまま静かに言った。

 

「ルーファス、ヴァレンティン――しばらく、城を頼む」


 意外な言葉にヴァレンティンが目線を上げる。


「と、おっしゃいますと――」

「正直、あのポポム君に助けられたよ――もう一瞬、彼が抱きつくのが遅ければ、この体はあの光線でシールドごと消し飛んでいただろうな」

 

 どこか楽し気な調子でそう言うと、髑髏の魔導士は敵に向かって両手を広げた。


「降伏しようじゃないか、パラディン。君には負けたよ」


 その高らかな声に、吸血執事の青白い顔の白さが増した。


「お、お館様――」


 二千年を生きた男は、レルの下へと歩を進めながら続ける。


「このネクロヴァルド、傲慢にして怠慢だったと言わざるを得んだろうね――この城に居を構えて五〇余年、同じ境界内に暮らしながら君ら人の営みに一切頓着しなかったとは。いやいや、すまなかった。いかに稚拙なものだったとしても、君らには君らの法があり、それを踏みにじった疑いがあるなら罪に問われるのは当たり前のことだ――」

 

 広げた白骨の両手を、レルに向かって合わせた。拳を作り、手首の内側を天に向けて。さあ、手枷を嵌めてくれと示すように。


「改めて教えてくれるかね? 僕を捕らえる美しき騎士の名を――」


 目にも止まらぬ速さで、レルは聖盾を投擲した。盾はネクロヴァルドの下半身を切断し、石床に突き刺さる。

 その場に転がった上半身に向け、レルは名乗った。


「――アウレリア・アルマリア」


 レルは自分に向け掲げられたままの両手を持って、半身となった屍王を持ち上げる。


「ふむ。とても麗しい響きだ。それに落ち着いて聞くと、君はとても可憐な声をしているね――さて」


 荷物のように扱われながら、ネクロヴァルドは平然と二人の執事を振り返った。


「ルーファス、その腕をエルフのお嬢さんに返してやれ。いつまでも後生大事に持ってるんじゃない」

「失礼致しました」

「お館様、こ、降伏とは…一体?」

「言っただろう、しばらくこの城は君らに任すと」


 ヴァレンティンは戸惑いを隠せない。


「この者らと共に、今の世を見てくる――」

「な」


 ルーファスは思わず噴き出した。


「度重なる失礼ご容赦を――ご旅路の成功を、心よりお祈り申し上げます、旦那様」

「では、パラディン=アウレリア。僕を王都へ連れて行ってくれたまえ。この屍王コープスキングネクロヴァルド、君らの裁判とやらに出廷しようじゃないか」


 人狼は平然と、吸血鬼は絶句しつつ――二人の執事は、恭しく頭を下げた。

 レルの左目が少しずつ、元の青へと戻っていく。

 ポポムはまだ、目を覚ましていない。

 




第一章 屍王討伐 完



次回21話より、第二章――王都へ





※ 年明け1月5日に再開予定です。

第二章からは無理のないペースでの更新になります。

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