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流星の魔法使い  作者: 冬島アサ
第一章 屍王討伐

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レルの十字架

 ジェル生物の酸が飛び散った。

 腕の皮膚だけでなく、服も焼けていく。


「ううううっ!」


 ジェル生物に肩まで突っ込んだポポムの左腕は、焼けて灰色に見える。


「――どうするつもりかね?」


 髑髏の悪魔が冷やかに問う。

 どうするもなにも、自分には他にやれることがない。触ったものを、浮かすことしか――。


「ぐ…レル…さん…!」


 伸ばした指先が、ようやくジェルの中のレルに触れた。

 指の光が乗り移ったかのように、レルの体がかすかな光に包まれる。

 

「ほう?」


 ポポムは、身を捻るようにして、左腕を引き抜いた。あまりの激痛にしゃがみこむ。腕だけでなく、顔を含めた左半身から煙が立っている。

 ポポムは涙を流しながら、叫ぶ。


「ふ、――浮遊…っ!」


 ジェルの内部に、気泡が立った。

 気泡はどんどん増えていき、レルの体がふわりと上昇した――ジェル生物ごと。


「…ううっ…やっぱ、そうなるっ…」


 涙をぼろぼろと零しながら、ポポムは駄々っ子のように膝を叩く。


「ああー、怖いよー…! 嫌だよー…!」


 そして、意を決したように立ち上がった。

 

「うわああああー!」

 

 雄叫びとともに、上昇するジェルを腕を広げて抱きしめた。


(ジュオオオオオ…!!)


 雄叫びは、すぐさま悲鳴に変わった。


「あぎゃあああ! 熱つぅううう!」


 皮膚と繊維が焼ける匂いが鼻をついた。

 それでも、ポポムはジェルを抑えつける力を緩めない。


「うぎぃいいいい! 痛ぁああああ!」

 

 やがて、内部の拮抗が崩れたように、レルの周りの気泡が加速度的に増え始めた。


(コポ…コポポポ…ゴボボボボボボ……!)


 気泡の中を、レルが上昇し始める。

 そして、ついにレルの体が――


(ゴポンッ)


 ジェルを抜けだし、中空に浮かんだ。

 もう胎児のようではなく、だらりと手足を伸ばした格好だった。


「や、やった…!」 


 ポポムは宙に浮かぶレルを見届けると、ジェルから手を放して床に倒れた。

 奇妙な音が響いた。


(カチカチ、カチカチカチ)


 ぐったりとしたまま音の方を振り向く。

 ネクロヴァルドが、骨の手で拍手をしていた。

 まだ助かったわけじゃない――。


「いやいや、素晴らしい。実に感動的な場面だった。しかしね――」


 ネクロヴァルドが手をかざす。

 ジェル生物が一瞬にして空間に消える。

 そして、入れ替わるように天井と床から無数の黒い触手が飛び出した。


(ビュルルッ!)


 触手の伸びる先は、天井と床のちょうど中間ほどの高さで眠る、レルだった。たちまち、伸ばされた手足に絡みつく。


「や、やめろ…!」

「ノンノ、ノンノンノーン」


 妙な節回しに合わせ、白骨の人差し指を左右に振る。


「君が余計なことをしたせいだ、ポポム君――君のせいで、彼女は予定より数段、残酷な死を迎えることになった。出来あがる屍もより醜く引き攣れるだろうね。そのほうがアンデッドとして、より凄みが出る」


 触手に四肢を拘束され、空中で磔となったレル――その唇から、うめき声が漏れた。


「ぐ…」

「レ、レルさん…!」


 このまま引き裂くつもりなのだ。


(グギュギュギュギュギュ…!)


 屍王の右手が、何かを握り潰すかのように動いた。それに合わせるように、触手がレルの手足を引く力が、一線を越える。


「待て」


 声は、ネクロヴァルドの背後から聞こえた。

 

「なにかね?」


 平然と聞き返す。

 屍王は、その者の意識が戻っていることにとっくに気づいていたのだ。

 囚われのエルフは、静かに続けた。


「俺が、お前らの手下になる。そこのイボ猪と女騎士は自由にしてやってくれ」

「ふん、エルフの君が人間を守って自己犠牲――腑に落ちんね」

「アンデッドなんぞにするには、俺はもったいないぜ?」

「ほう?」


 屍王は、両肩の関節を外され拘束されたダークエルフを振り返る。


「…お館様、お話の途中、申し訳ありません」


 エルフの両手を拘束する執事が目を伏せ、口を出した。


「何だね、ルーファス?」

「このダークエルフ…おそらくは【月下の暗殺者】かと」

「…ほう」


 その名は昼の世界より、闇に生きる者の世界に響いていた。

 

「その名は知っているよ。闇の中から闇を狩る――魔物も人も平等に。君があの冷酷さで名高い、闇のアサシンなのかね」

「さあな、自分で名乗ってるわけじゃない。勝手にそう呼ぶ阿呆どもがいるだけだ」


 ふうん、と面白くもなさそうに、屍の王はエルフの顔を振り返る。


「――で? 僕に勝てない君を配下にする、僕のメリットはなにかね?」

「王都をお前のものにしてやるよ」


 か、と始まり、はははと続いた。


「聞いたかね、二人とも?」


 髑髏の魔術師は、二人の執事を振り返る。


「エルフめ。君らは実にいい。本質的に人間の営みを見下してる。いや、僕は好きだよ、君ら長命種族のその冷笑的なところ」


 ポポムは、じっとリズの顔を見ていた。

 リズの目には、何の気負いも企みもなかった。本当にこのエルフは、レルのために王都に住む何十万人を敵に回し、傷つけるつもりなのだ。この、つまらなそうな表情のまま――


「リ、リズさ…」


 そのポポムの震える声は、ネクロヴァルドの手の動きで止められた。


「だがね――」


 その手はゆっくりと動いた。触手が力を貯めるように蠢く。


「僕とこの執事たちはもともと人間でね。何千年生きようと――人間というのは、戦慄に身を焦がしたいものなのだよ、ダークエルフ君」


 指揮者のように手が降られ、残酷な旋律が奏でられる。


「やめろ!」


 叫ぶリズの顔をうっとりと見つめて、髑髏が言う。


「ああ――なんだ、君もなかなかいい顔をするじゃないか」


 レルの左肩の関節が、限界を超えた叫びを上げる。


「ぐうっ…!」

「レル! 目を覚ませ! いつもの馬鹿力でそんな触手、引きちぎれ!」


 エルフの叫びを上書きするように、骸骨の悪魔が高らかに嗤う。


「あああああああああーっ!」


 レルの声帯が、閉じられた瞼が、四肢が引きちぎられる激痛によって開かれた。


(ん―――)


 ネクロヴァルドが、レルから視線を離す。

 魔導士としての本能が、空間のどこかで、異質な魔力が増大するのを感知したのだ。

 レルの叫びに応えるように、光が、音が、放たれた。

 この陳列の間のいたる所に飾られたコレクション――その遺物のいくつかからである。


「な…!」


 鋭い光は束になり、レルを縛る触手を切り裂いた。

 別の方向からの光は、ネクロヴァルドの伸ばした手を破壊する。

 さらに別の光がネクロヴァルドの胴体を狙い、それを庇った執事たちの肉体に風穴を開けた。

 

「…なんだ、これは…!?」


 二千年を生き、森羅万象を知ったはずの不死の魔導士が、中空に問うた。


 まるでレルを守ったかのような、光と音――。

 光は、伝説の中の神獣のブレスを思わせた。

 音は、神話の中の魔獣の咆哮を思わせた。


 その獣の名は――ドラゴン。


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