それでも、手を伸ばした
ポポムは混乱していた。
そこにあったのは、隠し部屋――そんなスケールではなかった。
幕の向こうの石壁は奇妙な空間に繋がっており、そこにおびただしいコレクションが、所狭しと展示されている。
「な、なんだこれ…」
その品々は、ほとんどが用途不明にして正体不明――。
かろうじてポポムが言葉に出来るものといえば、
ほこりを被った分厚い書物、
巨大なトカゲの全身骨格標本、
半ズボンの少年を象った古びた人形、
そして額に宝石の埋め込まれた黄金の巨大な頭蓋骨――
他の品は形容すら出来ない。
(で、でも、この中のどれかが…きっと…!)
ネクロヴァルドの魂が封じられた器――フィラクテリーに違いないのだ。
「――何故わかったのだね?」
「ひ」
いつの間にか、ポポムの横にネクロヴァルドが立っていた。
千切れ飛んだ深紅のローブは、いつの間にか完璧に修復されている。
「ここに僕のコレクションの間があると、何故わかった?」
必死で震えを抑えて、ポポムは答える。
「ぼ、僕は…引っ越し屋なので…」
「ほう? 引っ越し屋?」
髑髏の顔がのぞき込む。
「…色んなお宅を拝見してます…ですので、そのぅ…嗅覚が働くといいますか…」
ポポムは目の前の骸骨に、にっこりと笑いかけられたような気がした。
「君の名は?」
「ポポムです」
「ポポム君、いい響きだ。それでどうかね? 僕のコレクションは。いささかマニアックすぎるきらいはあるかと思うが…」
「確かに僕にはよくわかりませんが。でも、素敵な品ばかりです」
「あれなどいいだろう?」
誘われるままポポムは、コレクションの間に足を踏み入れていく。
「オリハルコンで造られた、ヒュドラ―という楽器でね」
「楽器ですか、あれが。はー、珍しい品ですねー」
ポポムはこの種の趣味人の扱いに慣れていた。
相槌を打ちながら、ポポムは考える。
一か八かで手当たり次第に破壊するには、そもそも量が多すぎる。それに肝心のフィラクテリーが素手で壊せるようなものとは限らない。何かヒントがあれば――。
「次にあのコルドロンを見て欲しい」
「はい、コルドロン…」
コルドロンとは、大釜という意味だが、それらしい形状のものはネクロヴァルドが示す場所に見当たらない。
「どう思うね?」
どれかも分からないのに、感想を求められても。
「…いやあ……言葉が出ません…」
素直にそう言った。
「くっくっく。いや、それが正しいのだよ、ポポム君」
「と言いますと?」
「あのコルドロンは、八千年前の太陽神六王国時代のものでね。施された彫刻がいかにも呪術的でよいのだが、なんとあの彫刻はコルドロン自体が造られた年代よりもさらに三千年あとのアマクサ空中帝国の時代に彫られたものなのだよ」
「いや興味深い。面白い話です」
正直、なんのことだかまったく分からない。
だが、ポポムは何時間でもこうしていられる性格だった。誰かの闇雲な情熱を見聞きすることがまったく苦にならない。
だが、今はそんな場合ではない。
レルを、リズを、助けなければ。ならいっそダメ元で。
「ちなみにフィラクテリーっていうのはどれですか?」
「そこのでかい金の髑髏だ」
間髪入れずポポムは、その髑髏を頭上高く持ち上げた。
「キィエエエエエエーーー!」
渾身の力で、足元に叩きつける。
思い切り足の上に落ちた。
「おぐあああああああああああああ」
ポポムは転げまわった。足の甲の骨にひびが入ったかもしれない。
「痛そうだな、ポポム君。残念ながら、ここに僕のフィラクタリーはない」
「!」
万事が休した。
「そんなことより…」
屍王は、右腕をすいと伸ばし、球でも撫でるように掌を動かした。
(ゴボッ、ボポポポポポ…)
床から透明のジェル生物が出現した。その体内に、胎児のように丸まったレルが浮かんでいた。
「…!」
「この娘の持っていた盾は、僕のコレクションに加えることにするよ。だが、それ以外…例えばこの肉体などは事が済んでしまえば、もう僕には何の用もないんだ」
「え…?」
「ああ、そうだとも、ポポム君。アンデッドとして王都を襲撃させたあと、君にやろうじゃないか――この女の屍を」
――屍?
「どう扱おうと構わん。壊そうが、辱めようが、神として崇めようが」
ネクロヴァルドはそこで言葉を切った。
ポポムは頭の中で今の言葉を反芻する。その意味を考えた。
「い…生きてるままがいいです」
「承ったよ、ポポム君。実は生きてる風に見せる加工は案外たやすいんだ。君の意のままになるようにもしてやろう。記憶も性格も、いくらでも君好みに調整できる」
またどういうことか、よくわからなくなる。
頭で文章を数回、反芻する。
「いや…そういうのじゃなくて…」
「君はこの女の、形が好きなだけだろう?」
その言葉に、目の前で眠るレルの姿を見る。
力強さと可憐さ、成熟と幼さ――相反するそれらを兼ね備えた、完璧な造形がそこにあった。
喉がからからに渇いていく。
何度もぱくぱくと口を開き、ようやく口にする。
「ち、違います…」
「ほう。では、強さかね? 気高さかね? それとも、手の届かぬ存在でいることかね?」
「違います…」
「なんでも言ってくれ、ポポム君。君の望むままに調整できると言ったろう? …ルーファス!」
神経質なほどにきっちりとタイを結んだ執事が近づいてきた。いつの間にか衣類は復元され、気絶したリズをぶら下げている。
「見たまえ。このエルフもどっちみちアンデッドになる。つまり今、君を咎める者は誰もいない――」
この髑髏の男は、自分に何を言わせようとしているのだ。
「さあ、見たまえ…」
ネクロヴァルは、透明なジェルを愛おしむかのごとく、ゆっくりと白骨の手を動かした。
(ジュルッ、ジュルルルルル‥‥)
ジェルは蠕動し、内部のレルが苦悶の表情を浮かべる。
「や、やめろ!」
「何故だね? 見たくないはずがないだろう? 美しく、誇り高き者が無力に苦しむ姿を――」
レルの体が締め付けられ、表情はさらに歪む。
ポポムは思わず――、
目を逸らした。
「何故見ない?」
ポポムは目を逸らしたまま答える。
「レルさんは、僕の憧れだ」
屍王はまったりと、嗤う。
「だからこそ――、じゃないのかね?」
「…お前は何も分かってない」
「ほう?」
震えているのは、もう恐怖からではなかった。
「僕は自分が嫌いだ」
ポポムは拳を握りしめた。
「ずっと好きになれなかった。無駄にでかいし、太ってるし、顔もブサイクだし、ずっと汗ばっかりかいてる…!」
ポポムが言葉の勢いのまま、進み出ていく。
「でも――、この子を見ていると、そんなことどうでもよくなる。この子が輝いていてくれるなら、もうこの世界を憎まなくていいって思える。だから――」
そして、素手でレルを閉じ込めるジェルに触れた。
ジェル生物の表面には、酸の膜があった。
ポポムの掌の皮膚が、泡立つように溶けていく。
(ジュオオオオオ…!!)
激しい痛みが、もう手を引けと訴える。
だが歯を食いしばり、腕を押し込んだ。
ジェルの中へ、手が沈んでいく。
「レルさんを返せ!」
指が浮遊魔法の、黄金色に輝いた。
「なるほど、君は思ったより面白い男だ」
屍王は、もう嗤ってはいなかった。




