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流星の魔法使い  作者: 冬島アサ
第一章 屍王討伐

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ネクロヴァルドの嘲笑

 がくりと膝をついたレルに、ポポムは思わず声をかけた。


「レ、レル様!」


 浮遊魔法で落下速度を調整するのももどかしく、地上へ降りると肩で息をするレルの傍へ駆け寄る。


「大丈夫ですかっ」


 レルは、心配するポポムにかすかに微笑み「レルで構いません」と返した。


「それより…」


 視線の先にはネクロヴァルド――、

 魂の器を壊されこの世から消えるはずの断末魔は、まだ続いていた。


「うぬ…ぬおおおっ、お、おのれーっ…ぐあーっ!」


 地上に降りてきたリズが、なぜか舌打ちをする。


「チッ、あの野郎…」

「た、倒したんですよね?」

「いいや、あの執事ども、落ち着いてやがる」

「え?」


 確かにネクロヴァルドの執事である二匹の魔物は、苦しみの声をあげる主人の両脇に、ただ影のように控えている。


「ぬあああーーー……!」


 屍王の声と動きがぴたりと止まった。

 レルの唇から落胆のうめきが漏れる。


「くっ、くっくっく、いやいやすまんね。場を白けさせてしまったなら申し訳ない。その昔、役者を目指したことがあるものでね…」


 ネクロヴァルドは、揉み手をしながら平然と近づいてくる。


「ふーむ、なるほどなるほど。もしや君らの狙いはフィラクテリーだったのかね? 僕の魂の入った?」


 誰も答えはしない。

 だが、睨みつけるレルの視線をイエスだと受け取ったようだ。


「ん~、実に素晴らしい目の付け所じゃないか。感心したよ。だが、残念ながら僕はそれほど自己顕示欲が高いタイプじゃないんでね。玉座だなんて、そんな目立つところに置いてはおかんよ」


 レルは唇を噛みしめると、鉄拳を振り上げ床に叩きつけた。

 石の高座に、新たな亀裂が加わる。

 その無念の表明に、ネクロヴァルドは――


「ぶはっ」


 噴き出した。


「ごほん、すまんね」


 と誤魔化しはしたものの、我慢できずもう一度噴き出し、なんとか落ち着こうとあろうことか敵であるレルに背を見せた。

 それでも一度発生した嗤いは収まらなかった。


「くはっ! くはーっはっはっはっはっはっは! いやいやいや…はっはっはっはっは!」


 屍王はひとしきり嗤うと、レルに振り返りこう言った。


「君…いいねえ…! とてもいいリアクションをするじゃないか。それでいい。敗者というのはそうじゃなきゃいかんよ」

「っ…」


 唸り声とともにレルの歯が軋む。

 今にも怒りのまま向かっていきそうなレルに、リズがそっと顔を近づける。


「レル、やめろ」


 リズは敵に唇の動きが見えぬよう、体の角度を変える。小さくつぶやく。


「…逃げるぞ。出直しだ」


 レルがうなづくのを待った。微動だにしない。

 ならば――


「…その引っ越し屋はどうする? 見捨てるか? 巻き込んだのはお前だろ?」


 ぴくりと反応があった。

 短い沈黙のあと、レルが短くうなずいた。

 リズは一瞬で計算する。


(こいつら三匹…、逃げに徹すればどうってことない。)

(レルと引っ越し屋をうまく囮にすれば、一匹くらいは狩れるはず…)

 

 そのリズの思考はネクロヴァルドの声に阻まれる。


「や、そうはいかんよ」


 いつの間にか、二匹の執事がレルを挟んで立っていた。

 

「言った通り、君らはアンデッドにする」


 カキン、と白骨の指が鳴らされた。

 両サイドから、不死の怪物が襲いかかる。


(――!)


 リズのダガーが機先を制した。

 とんぼ返りしつつ、同時に投げた二振り。吸血鬼の喉と、人狼の胸。

 

(ドドッ)

 

 着地せぬまま、隠し持った銀の矢尻を蹴り飛ばす。

 二連。ネクロヴァルドの胸と額へ。


(ドガ、ガッ!)


 胸を狙った一つは、防御に突き出された白骨の掌をバラバラに破壊した。

 一つは、見事、髑髏の額に突き立つ。

 

(これで数秒、隙が出来る…! 逃げるぞ、レル…!)


 そう思い、空中でレルに視線を送ろうとした刹那――、

 ネクロヴァルドの右手が、くいと自分に向けられるのが見えた。


「終わりかね?」


 ネクロヴァルドが、嗤った。

 

(くっ…)

 

 瞬きもできないほどの時間の中で、白骨の指が動いた。

 何かの魔術を使うために。

 そして――。

 

(ドゴオオオオオン!)


 巨大な衝撃波が、不死の魔術師をバラバラに吹き飛ばしていた。


聖盾特攻タイタンバッシュ――!」


 盾ごと踏み込み体当たりするパラディンの絶技――両足で石床を削るようにして制動をかけ、レルは振り返り叫んだ。


「ポポムさん、こちらへ!」


 バラバラに吹き飛ばしても、相手は不死。

 復活するまでのわずかな時間で、せめてポポムだけでも――。


(ゴボン…)


 奇妙な音は足元からだった。


「!!」


 透明なジェル状のなにかが、床から沁み出していた。

 両足が、次に右腕が、その透明に拘束される。

 ネクロヴァルドの頭蓋骨が、空中で高らかな嗤い声をあげている。


「レル!」


 そう叫んだリズを、ダガーを突き立てたままの二体の魔物が襲う。


「くそっ」


 武器を持たぬままの、空中戦。

 襲い来る二体の魔物の体を盾にし、矛にする。

 一手間違えれば即死確実の猛攻を、相手の懐に身をやることでリズは次々と躱し続ける。


(なんとか、レルを助けに…!)


 吸血鬼の爪を躱し、狼男の懐に飛び込む。

 右耳のすぐそばで声がした。


「よし、そこでいい。ルーファス」


 リズの顔から血の気がひく。

 声の方向には、ルーファスの銀毛に覆われた腹しかない。だが、リズは見た――狼男の腹にぽかりと空いた空間――そこに、ネクロヴァルドの髑髏の顔があるのを。


「この辺かな?」


 リズの細い首が掴まれた。

 ルーファスの腹部の空間から伸びた白骨の腕に。


「リズ!」


 ジェル状の不可解な生き物に拘束されたまま、レルが叫ぶ。

 いくら叩いても、この生物は物理攻撃のダメージを吸収してしまう。


「こいつ…!」


 左腕の盾での、神聖魔法を込めた一撃。それすらジェル生物には、なんのダメージもない。


「さてと」


 その声に、振り返る。

 バラバラに吹き飛ばしたはずのネクロヴァルドの骨格が、元通りに組みあげられそこにあった。

 ただ、右手だけは二の腕の途中から、空間で消えていた。それが今、リズの首を絞めている手に違いなかった。


「そろそろ夜明けも近い。君らを仕留めて今日はもう眠ることにするよ」

「くっ」


 レルとリズ――それぞれピンチの渦中に二人は、まったく同じ行動をとった。

 破壊された玉座の方に目をやった。

 ポポムを探して。

 恐怖で固まっているか、二人の敗北に絶望しているか、だが――。


(あの男なら――なんとかレルを)

(ポポムさんなら――リズを)


 はかない願いと共に二人が見たポポムの姿は――、

 これ以上ないほどに情けなく這いつくばる男の後ろ姿だった。


「ポ、ポポムさん…?」


 ポポムは二人のピンチに背を向け、四つん這いで逃げていた。

 その上、逃げる先は玉座の後ろに垂らされた帷幕――ただの行き止まり。


「アホか、あいつ!」

「どうして…?」


 レルもわからない。しかし、ポポムは恐怖に震えながら、必死にその行き止まりへと向かっていた。

   

「あやつ――まさか」

 

 ぼそりと呟いたのは、ネクロヴァルドだった。

 透明なジェルがレルの全身を包んだ。

 リズの首の骨の手に力が入れられた。

 ポポムは二人の悲痛な声を聞いたが、振り返りはしなかった。

 もし違っていたら、すべてが終わりだとわかっていたから――。


 納得がいかないのだ。

 自分なら、どこに置く?

 これぞ自分の魂――そう呼べるようなレル様グッズが手に入ったとしたら?

 ましてやあいつは恐ろしい力を使う魔導士――誰よりも強い存在が、自分の唯一の弱点を他人任せにするだろうか?

 ここは謁見の間。


(人は守りたいものを、必ず背にする)


 玉座に座るネクロヴァルドが、常に背にしているのはこの――。


(この帷幕――!)

 

 ポポムは、垂れさがる幕にようやく到着すると、その上等な布地を掴んで思い切り引っ張った。

 切れなかった。

 何度やっても、切れもしなければ、留め金が外れることもない。

 ポポムは情けなさに涙を流し、唯一の取り柄を使うために精神を集中した。


(浮遊――)


 彼の意思を受けた布地が、まるで質量を失ったかのようにフワリと浮き上がる。

 手を放すと、帷幕は一気にめくれ上がった。


「……えっ?」


 ポポムは目を見開いた。

 そこにあったのは――


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