聖騎士、爆走
浮遊した三人は、玉座に向かって進んでいた。だが――。
「おい、アホ! もっと速く飛べっ!」
「む、無理です。僕のは飛ぶ魔法ではなく、浮かす魔法なんでっ」
「いいからなんとかしろ! これじゃ、狙い撃ちだろうが!」
ネクロヴァルドは、三人を見上げている。
左手で右肘をつかみ、そこから伸びた右手の指先で顎をなぞりつつ――、
「ふーむふむふむ…」
それはまるで次はどの肴を頼むかと、舌なめずりする酔客の仕草――何を食うかではなく、どのとどめの方法がよいかを思案しているのだが。
「……」
レルはそのネクロヴァルドを、瞬き一つせず凝視している。
恐るべき高熱を放つ、プラズマの球体はいまだ健在――。
もしあれを自在に移動させることが出来るなら、即座にヴァルカンティスで防がなければ一瞬で消し炭になる。
「――ポポムさん」
「え?」
顎の骨をカリカリと掻く、ネクロヴァルドの白骨の人差し指――。
それが――、止まった。
「来ます…!」
くいと伸ばされた指が必殺の球体を指す。
次に「行け」とばかり、レルたちを弾くように指した。
紫の熱球が、その指の動きに合わせるように、レルたちめがけ上昇する。
(ギュオオオオ!!)
レルは、迫る熱源へと盾を向けた。
圧倒的な光と熱が、空気を焼きながら空中の三人に迫る。
「あっ、熱っ! 熱っ!」
ポポムの巨体のどこかが、絶対防御の効果範囲を出たらしい。
「大丈夫ですか!?」
「た、たぶん…!」
三人をかすめて、熱源はいったんは遠くなる。
直撃は免れたものの、この熱――。
「レル! やばいぞ、あの球、戻ってくる…!」
近づいてきたら、目視などできない。
次は誰かがやられる――!
「おい、引っ越し屋! 浮遊を切れ! 直撃するぞ!」
「は、はい!」
「ダメ!」
「えっ」
レルが、ポポムの顔を見る。
熱波のせいか恐怖によるものか、ポポムの顔は涙と汗でぐちゃぐちゃになっていた。
「下へ降りても、打つ手がありません――」
「で、でも――」
「だったらどうすんだ! 来るぞ!」
恐るべき熱源が、盾の表面にぶつかったのがわかった。
ヴァルカンティスは、果たして数千度の直撃に耐えられるのか。
(バチバチバチバチバチ!)
絶対防御の魔法障壁とプラズマのエネルギーがぶつかりあい、激しい火花が散った。
「くっ!」
ヴァルカンティスは、熱も衝撃もすべてを吸収してくれている。
だが、瞬く間に熱された空気は渦となる。
灼熱の熱波が、絶対防御の効果範囲を超えて、三人を襲った。
「ぐうううーっ…!!」
リズの食いしばった歯の間から、うめき声が漏れた。
「リズさん!」
むき出しのリズの肩が赤く剥けた。
ポポムが、リズを熱からかばおうと覆いかぶさった。
(あ、熱すぎる! もうダメだ! 浮遊を切って、下へ――)
そう思ったポポムの腕をレルが掴んだ。
「ポポムさん――上へ!」
「へ?」
何を――。
「私たちを天井にぶつけて下さい!」
ポポムは、頭上を見上げる。
豪奢に作られた謁見の間の天井は、浮かぶ三人よりも遥か上にある。
ぶ、ぶつけるとは――、
「いいから早くしろ、豚男!」
ポポムの懐から、鉄拳とともにリズが叫んだ。
「ごふっ、はい!」
がくん、と衝撃が走る。
三人は、落ちていく――天井に向かって。
ポポムの魔法の暴走か、自由落下の倍ほどの速度で。
「うわーーー!」
瞬間、天才的な感覚で、レルは熱源を盾でいなした。
プラズマの球はすっぽぬけ、飛んでいく。
ポポムの頭上に、石の天井が迫った。
「ぶ、ぶつかるぅぅ!!」
ポポムが叫んだのと、レルが盾を持たぬ右手でポポムの後ろ襟を掴んだのは、同時だった。
「大丈夫です! こうすれば――!」
激突のまさに直前だった。
レルは振り子のようにポポムと盾の重さを利用し、ぐるりと反転する。
(ズガアッ!)
レルの両足が、ドーム状に組まれた石の天井にめり込んだ。
天と地を逆さに見るなら――、レルは、ポポムとリズを背中に背負う恰好となっていた。
「ぐえっ」
ポポムは落下の衝撃にカエルが潰れたような声を出し、レルの背から天井へとずり落ちていく。
「おい! 死にたくなきゃ、レルに掴まれ!」
「は? はい!」
無我夢中で、腰に抱きついた。
レルは、一瞬で肉体強化の呪文を詠唱する。
真珠色の甲冑の隙間から、サファイア色の光が漏れた。
「このまま魔法を切らないで」
その目は、地上の玉座を見据えていた。
「…走ります!」
レルの足が、天井を蹴った。
すさまじい初速に、ポポムの足が天井から離れる。
(ズガガガガガガガ!)
天井を破壊しながら、レルは疾走していく。
リズとポポムを掴まらせたまま、玉座へ向かって。
「なんと…!」
頭上を越えていく三人を、ネクロヴァルドが仰ぎ見た。
三人の進行方向の逆へと飛んでいったプラズマの球を即座に消滅させ、次なる魔術を行使しながら、屍王は叫ぶ。
「ルーファス! ヴァレンティン! 何をしている!」
言葉で応えるより早く、二つの影は天井を走るパラディンに向け跳んだ。主の声は、いささかの狼狽の色が混じっている。
「うおおおおおおー!」
いつもの可憐な声ではなかった。
咆哮だった。
天井から次々と出現する、ネクロヴァルドの無数の触手――。
さらに追いついてくる二つの影――。
回避をしている余力はない。
「気にするな、レル!」
リズがダガーで応戦してくれている。
彼女の言うように最善策は一つ。
可能な限りの速さで走り抜けるだけだ。
リズがポポムに叫ぶ。
「よくやった、引っ越し屋! 玉座に着くぞ、魔法を切れ!」
「は、はいぃぃぃぃいいいい!」
再び、重力が反転する。
正常な自由落下が始まるその瞬間――、
レルはポポムの腕を腰から引き離し、全力で天井を蹴った。
「ヴァルカンティス! 神罰の槌!」
玉座へと高速で降下する最中、盾は巨大な鉄槌と化した。
(ズドオオオオオオンッ)
轟音が鳴り響いた。
舞い上がった土煙の中、ゆっくりと真珠色の乙女が立ち上がる。
玉座は粉々に破壊されていた。
それが置かれていた石造りの高座にも、巨大なひび割れを残して。
「ぐ…ぐああああああーーーっ」
謁見の間に響く声は――、屍王の断末魔だった。
「屍王ネクロヴァルド、このまま消滅するならそれもよし! もし骨の一片でも残ったなら、余さず王都へ持ち帰らせてもらう!」
若き聖騎士は、凛とした声を響かせたあと、
玉座の破片の散る高座に、がくりと膝をついた。




