援軍、到着
城門をくぐった四十八名の本隊がひた走る。足音は石畳に溶け、だが勢いは止まらない。
先頭の騎士が、無言のまま合図を送る。
音もなく進軍が止まった。
「――城門をくぐって以降、戦闘らしい戦闘は大蝙蝠の群れを殲滅したのみ、か」
そう言って先頭の騎士が、兜を脱ぐ。老騎士である。
副官らしき騎士が、その言葉を受けた。
「ええ、ろくに剣を振るっておらぬ者もおります」
「しょせん相手は魔物、段取り通りとはいかんだろうが…」
ちらりと後ろの騎士たちに視線を送る。
ちょうど術士が反応させた星屑粉が、城内と騎士たちを照らしていた。
皆、貴族とは名ばかりの暮らしを強いられた者ばかりだった。
六〇年もの長い平和は、騎士の数を増やし、恩賞の機会を減らした。
手柄が欲しい。魔物相手でも一向、構わぬ。
「ネクロヴァルドとやらが――我らに恐れをなし、すでに逃げたとすれば、我らはこのクインザム城を見事、奪還したということになる。見よ――」
星屑粉の明かりが、広々とした石造りの柱と壁、そこに施された見事な彫刻をゆらりと揺らした。
「王都の大王宮にも劣らぬ荘厳さ。これを我らが、だ」
おお、とため息のような声が漏れ、騎士らの表情が華やいだ。
(とはいえ、武勲があるとないでは、恩賞に天と地の差が…、な)
老騎士が、兜をかぶりなおす。
「本隊長殿、こちらへ来ていただけますか」
周囲を警戒していた熟練のレンジャーが、緊張した声で呼ぶ。
「何か?」
「我らの前に、ここを通過した者がいます」
「どんな魔物だ」
老騎士は家宝の剣に手をかける。
「いえ、おそらく味方なのですが…」
「味方…?」
その壁に案内すると、レンジャーは、指につけた星屑粉に息を吹きかける。
ふっと柔らかに光が広がり、壁の表面を照らしだした。
そこには、神話の巨神が指でえぐり取ったような、一筋の溝が刻まれていた。
「これは…?」
「こいつの頭の跡でしょう」
光の粒子の落下に合わせ、足元に横たわる影が照らし出された。
「…グールだな」
屍が着込んだ古めかしい重鎧は、腹の辺りが大きく窪んでいた。
兜も無残にひしゃげており、それはその中で潰れた頭蓋も同じだった。
「炎で焼いた形跡がない…」
「そうです」
「この程度の損傷で、不死属性の魔物が蘇ってこない――ということは」
「とどめは、神聖魔法でしょう」
だが寺院は、この作戦には関与していない。
ということは――。
「あの小娘か…」
老騎士は奥歯を噛みしめる。
聖騎士アウレリア・アルマリア――寺院、騎士団、商人ギルド、この三勢力のどこにも属さず、王と聖女の思惑のみで動く独立騎士。
降下作戦に同行するとは聞いたが、陽動部隊は城内には入らぬ段取りのはず。それが何故、城内に? 他の騎士達は? 恩賞に目がくらみ、本隊である我らを出し抜いたか? いや――。
まさか。
「――ここより警戒はいらぬ。最大戦速にて、謁見の間へ向かう!」
老騎士の胸に芽生えたのは、焦りか、怒りか、その両方か。
猛然と、本隊は謁見の前へと迫った。
扉が内側へ向かって、破壊されている。
中から、激しい戦闘音。
やはり出し抜かれたか。いや、まだわからぬ。
もしもこの作戦すべてが茶番と見抜かれていたなら、魔物に一太刀なり浴びせんことには、保身もままならぬ。
「突入! 速度このまま!」
老騎士の声に応え、一行は扉を失った開口部をくぐる。
そこで四十八名のつわもの達が見たものは――、
若きパラディンとエルフの少女の、目にも止まらぬ高速戦闘だった。
老骨の目には残像しか見えぬほどの。
「な…! 速い…!」
時折響く、高らかな嗤い声――。
影のように消えては現れ、二人を翻弄する深紅のローブを身にまとった髑髏の男こそ――不死の魔術師、ネクロヴァルドに相違なかった。
その髑髏の顔が、ぎろりと老騎士を向いた。
「ひ…!」
硬直したのは、老騎士だけではない。本隊の全員が、一様に息を飲んだ。
「ヴァレンティン! ルーファス! いつまで寝てる! ――文句を言いたい奴らが現れた」
ずるり、と床に転がっていた魔物の骸が二つ――、立ち上がる。
「申し訳ございません、旦那様」
ごきごきごきと骨が強引にはまっていく音とともに、吸血鬼が身を起こした。その姿はもう人間よりも、巨大な蝙蝠に近い。
一方、もはや前足と呼ぶにふさわしい腕で、床にぶちまけられた臓物を腹に掻き入れ、立ち上がったのは――銀毛に包まれた巨大な狼だった。
「お許しを…戦闘形態への移行にいささか手間取り……」
唸るようなその声は、もう人のものではない。
「とっとと起きて、お嬢さん方の相手をしててくれ。僕は――」
レルとリズの攻撃を、文字通りに影のように躱しながらネクロヴァルドは、騎士たちからその視線を離さない。
「アホ面でこっちを見てる、そこの老人にクレームを入れなきゃならん」
老騎士は、戦闘開始を命じる声をあげようとする。だが、出ない。
何故だ――
髑髏の魔導士がこちらに歩き始めた――と思った時にはもう目の前にいた。
「君が現場責任者だな? んー?」
のぞき込んでくる髑髏の目の闇の中に、青白い炎が灯っていた。
「この事態、どうケジメをつけるつもりかね?」
おおげさな身振りで広間の中央を示す。
そこには、二体の獣の猛攻に、果敢に戦い続ける二人の少女――。
「話が違う、そうだろう?」
再びのぞき込んできたその頭蓋の炎は、先ほどより大きく、激しく燃えていた。
「…ば、化け物…」
老騎士は、ようやくそれだけ呟いた。
ふっ、と髑髏が嗤う。
「これはこれは――いかにもそうだ。僕の名は、屍王ネクロヴァルド。邪悪な不死の魔導士にして、この城の主。そして、君らをここに寄越した金持ち共の契約相手だ」
夜の王は両手を大きく開き、右に左に歩いては芝居っ気たっぷりに話す。
「その僕が今、この事態をどう受け止めているか。それを、よーく聞いてくれたまえ。――僕らは掛け値なしの大サービスで君らを迎えるつもりだった。いいかね? 本当に、掛け値なしだった。それを台無しにしたのは君らの方だ」
「そ、それは…」
「ノンノ、ノンノンノン!」
妙な節回しの激しい否定に、屈強な戦闘者たちが気圧される。
「君ら武人の勇み足か、それとも商人どもの不手際か、そんなことは僕の知ったこっちゃない」
話し続ける髑髏の後ろでは、依然として激しい戦闘が続いている。
少女二人の連携攻撃に即死級の大ダメージを受けた魔獣が、瞬く間に復活し、さらなる牙を剥く。
「この事態はそちらの失態であり、一方的な契約破棄と見なす。僕は、非常に怒りを感じている」
髑髏はそう言うと、愛おしそうに自らの胸に両手を当てる。
そこにある感情の高ぶりこそ、この世で最も貴重なものだとでも言わんばかりに。
「この怒りを、僕なりに表現させて欲しい」
甘い声で囁く。胸に当てた手が、ゆっくりと騎士たちに向けて開かれていく。
「まず君らを骸に変える。しかるのち、アンデッド兵として蘇らせ、王都へ向けて進軍する。そして、妻、子供、友人、親兄弟、愛する者から順に君らに食わせる。――君らの意識は四割ほど残しておくことにするよ。その方が食われる側にとっても、よりドラマチックだろうからね」
既に魅入られているのか――、骨の手の動きをただ見つめるだけの本隊長の額を、冷えきった一筋の汗が流れていく。
ひ、と後ろの若いレンジャーが声をあげる。その声に我に返り、ようやく叫んだ。
「こ、攻撃! かかれー!」
髑髏が嗤った。恐ろしい殺気を漲らせて。
その時だった。
「聖なる一撃!」
レルの一閃が、騎士たちが動くよりはるかに早く、屍王を背後から薙いた。
髑髏の影が、かき消える。
(――どこへ)
老騎士がそう思った時にはすでに、レルは膝をかがめ、飛び上がる姿勢をとっていた。
「逃げて下さい!」
床を蹴りながら放ったその声が、騎士たちに届くか、届かぬか――。
騎士たちが見上げていたのは、宙に浮かぶ巨大な髑髏だった。
幻覚――、天井を覆い尽くすほどに広がった深紅のローブの中心で、髑髏がかぱりと大きく口を開けた。
その中にあったのは、同じくネクロヴァルドの頭蓋骨であった。その口がまた開き、さらに中にネクロヴァルドの頭蓋骨があり、その口が開いて、またさらに―――
合わせ鏡のような無限の繰り返しの果てで、その口が甘くささやいた。
「――抜魂」
いかなる地獄の瘴気が放たれたのか――。
白目を剥く老騎士が、最後に思い浮かべたのは十歳になる孫の顔だった。
波が起こったように、順に男達が倒れていく。
「くっ――!」
レルは、わずかに自分の攻撃が遅れたことを悔やみながら、神聖魔法を込めたヴァルカンティスの対空の一撃を振り抜いた。
(ガキィィィィィン!!)
ネクロヴァルドは両手を交差させ、なんらかの障壁を発生させていた。
しかし、物理的な衝撃は相殺できず、屍王の体は大きく飛ばされていく。一度天井にぶつかり、そして玉座の前に落ちた。
着地したレルが、騎士たちを揺さぶる。
「皆さん! 大丈夫ですか!」
反応がない。そこにはただ抜け殻があった。
「そんな――」
「油断すんな、レル!」
リズが二体の魔物を牽制しつつ、レルを守るように滑り込む。
「――何をしたの?」
聖騎士は、玉座の前で立ち上がる屍王をにらみつける。
「魂と肉体とのリンクを切らせてもらった。だから、まだ死んだというわけじゃない。アンデッド化への施術は君らを倒したあとで、ゆっくりやらせてもらうことにするよ」
髑髏の男は、白骨の左手をレルに向けた。
「さて、用意はいいかね? ここからが本番だ」
と、その指先の骨が落ちた。
続いて、手の甲の骨がバラバラと石床に落ちていく。
「・・・な・・・?」
蝙蝠の姿となった吸血鬼が驚きの声をあげる。
「お、お館様…?」
肘から先が落ち、続いて上腕骨が、落ちた。
「なんだと…?」
片腕となった屍王は、床に落ちた骨を見つめる。
「あのシールドで完全に中和出来なかったとはね。神聖魔法は、神官クラス…もう小娘とは呼べないな」
そう言って、右手の指をカキンと鳴らす。
床の骨が浮かび上がり、たちまちにネクロヴァルドの左腕が復元した。
一方その頃、ポポムは――腰を抜かしていた。
道に迷い、小休止を取ろうと座った壁際のでっぱり――それが巨大なグールの死体だと知って。




