聖騎士とエルフと引っ越し屋
「本当にご意思は変わりませんか、アウレリア様――?」
山頂に古城――その麓の夜の森。
マントの男は、亜麻色の髪の騎士の背中に問う。
「今からでも本隊の方に合流されては――?」
見事な甲冑が、月明かりで真珠のように輝く。
「これはとても良い作戦だと思います、スライダー上級騎士」
その輝きが音になったような、涼やかな声――。
続いて人形のように整った顔が、振り向いた。
「いささか危険を伴うようですが」
くすりと笑う。
史上最年少でパラディンとなった美貌の少女――、
まだ十九だという、その年相応の笑顔に、中年男の庇護本能がくすぐられる。
「そ、その通りです。危険すぎるのです、この作戦は」
「危険であればこそ、我と我が盾が加われば、皆も心強く戦えましょう」
確かに少女の背には、伝説のあの盾が装備されている。
しかし、そこらのカイト・シールドとこれと、何が違うというのか。
「アウレリア様、しかし」
「リアで結構」
愛称で呼べと?
アウレリアは――リアは、山頂の城をにらみつけて続けた。
「そろそろ月が隠れます、スライダー上級騎士。作戦開始の判断は、あなたに任せますが…」
スライダーは奥歯を噛みしめる。
アウレリアの背後には、十数人の騎士が号令を待っている。
各人の左右にはさらに魔法使いとレンジャーが侍る。
三人一組の急襲部隊だ。
機を逸するわけにはいかない。だが――、
「ではリア様――、これだけはお聞きしておきたいのですが」
そう前置きし、リアの両脇に侍る者らを顎で示した。
およそ戦闘員には見えぬ二名を――。
「この者たちは一体?」
一人はあくび混じりでしゃがみ込み、こちらを見ようともせずダガーを研いでいる。体格は、子供にしか見えない。
銀髪と尖った耳の形からエルフのようだが、肌の色は褐色だった。
「彼女はわたしの友人です。索敵をお願いしています」
「ほう、つまりレンジャー役ですな…では、こちらの者が…?」
スライダーの視線が、リアの頭上に移動する。
女性にしてはかなり上背のあるリアを、はるかに超える巨体――
そのうえこの異相――なんだこれは、
…まさかオークの類…?
「あっ、どうもすみません…」
「わあっ」
しゃべった。
たっぷりの脂肪で膨らんだ顔の中央に、小さな眼鏡がめり込んでいる。
丸ガラスの奧で動くつぶらな瞳は、きょろきょろと落ち着きがなく、小動物を思わせる。
「で・・・では貴公が、魔術師なのだな?」
「いえっ、僕はっ、そんな大それたっ」
巨体が体の前で、両手の手のひらをぶるぶると振る。
子供がするような仕草――、
肉厚の手のひらから、汗が飛び散った。
「この方は、王都のお引っ越し屋さんです」
リアが助け舟を出した。
「引っ越し屋…? …それは一体?」
リアは巨体の顔にまなざしを向ける。
「ポポムさん…でしたよね?」
「あっ、はい。ポポムです。ポポム・フェルディナッツ」
嬉しそうに答える。
名前を確認したということは、ほとんど初対面ということではないのか?
命がけの作戦にそんな者を連れていく?
スライダーの不安を写したかのように、森の闇がいっそう暗くなる。
月が隠れたのだ。
作戦を始めなければ。
だがしかし――。
「ご指示を。スライダー上級騎士」
リアの凛とした声が響く。
「本当に…よろしいのですね?」
「もちろんです」
エルフの子供が、ダガーを見事な手さばきで腰に戻し、立ち上がった。
いいから早くしろ、と言わんばかりに。
ええい、もう知るか――。
「わかりました。ではこの場での最高位の者として、禁忌解除の許可を」
「ええ」
スライダーは懐から羊皮紙の公式文書を取りだし、声を張り上げた。
「――諸事略式! 我らティサリア金剛騎士団は、作戦実行のため禁忌魔法【空間転移】の使用許可を王と聖女に申請する!」
「承知――」
リアは落ち着いた声で、それに応える。
「僭越なれど我、王と聖女になり代わり、ひととき封印の鎖を解く――聖騎士アウレリア・アルマリア、禁忌魔法の使用を許可します」
スライダーが、騎士たちを見渡して叫ぶ。
「聞いての通り!」
これでこの場にいる全員が証人となった。
「これより貴公らは、魔物に占拠されしクインザム城へ上空より急襲をかける! 武運を祈る!」
騎士たちはそれぞれ、チームを組むレンジャーと魔法使いに手を触れる。
ある組はお互い腕をとり、ある組は両脇から騎士の肩をつかみ、リアを囲む。
「いこう、リズ」
リアはそう言って、右手でエルフの少女の手をとった。
そして左手は、汗ばむポポムの巨大な手を。
「――あっ、すいませんっ、汗がっ、にちゃにちゃでっ」
騎士たちがじろりと睨む。
リアは微笑む。
「緊張してらっしゃいますか?」
「は、はいっ。いえ、あの…すいませんっ」
「大丈夫です。すべてわたしに任せてください」
にこりと微笑む。
ポポムは赤くなり、その巨体をなるべく小さくしようと努める。
「では学者先生方、頼みます!」
スライダーが声を張りあげ振り返った先――、
そこには十数人の古代魔法研究者らが控えていた。
「詠唱開始―――!」
叫びつつ、スライダーは学者らの方へ全力で走る。
巻き込まれてはたまらない。
複雑極まる音階の、呪文の詠唱が始まる。
――まず、風が起こった。
夜の森に、赤と黒の電撃が生まれる。
(バリバリバリバリバリ!)
電撃は、渦を巻き、森の木々をえぐるようになぎ倒していく。
(メリメリメリメリメリ!)
倒された巨木が一本、リアたちの上に倒れかかった。
「―――!!」
同時に巨大な球体へと成長した赤と黒の電撃が、リアたちを飲み込む。
(ギュパッ…!)
栗鼠の親子が、ぴょこんと茂みから現れ夜の森に消えた。
もうそこには、何もなかった。
総勢五〇数名の急襲部隊の姿も、倒れた巨木の中央部も。
すべてが幻だったかのように、森は静けさを取り戻していた。
「…成功、したのか?」
「どうでしょう…」
頼りない学者の言葉に、スライダーは顔をしかめ、山上の古城を見上げる。
何の変化もなかった。
数拍置いて光ったのは、城の遥か上空に浮かぶ雲だった。
おお、と研究者たちが声をあげた。
「せ、成功…! 空間転移、成功です!」
その声に、小さな拍手が沸き起こる。
スライダーは目を凝らして仰ぎ見る。
月に照らされた遥か彼方の雲を。
そこから――
ゴマ粒のような人型の影が、ぱらぱらと落ちてくる。
「――高すぎではないのか?」
そのスライダーの問いに、答える者はいない。
代わりに見上げる雲から、ほんのかすかな音が届いた。
それは、さっきの引っ越し屋の野太い悲鳴に違いなかった。
「のああああああああああああああああああああああああああああああああああ」




